【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第一九章

「と、止めにって……ジャン、それ一体どういう意味?」

「そのままの意味だよ、ルイズ」

 

 動揺するルイズに、ワルドは落ち着き払った様子で答える。その表情に、常のような物腰柔らかな雰囲気はない。――これは、『兵士』だ。尋常な決闘を望む貴族の戦士でもなければ、ルイズのことを慮る年上の婚約者でもない。ルイズが見たことのない、冷たい決意を備えた……『敵』だ。

 

「ミス・ムギノは戦争を起こそうとしている」

「! ……やっぱり……」

「……、どうやらその様子だと薄々感づいていたみたいだが……そうだ。彼女はトリステイン魔法学院からいくつかのマジックアイテムを盗み出し、それを使ってガリアに戦争を仕掛けようとしている。……いや、正確にはガリアの国力を殺いで、トリステインと戦争を起こさせようとしている」

 

 ルイズにとっては、ガリアの国力を殺いでトリステインとの戦争を勃発させようとしているということは初耳だったが――疑問が生まれる。そこまで掴んでいて、どうしてワルドは麦野のことを止めようとしないのか? 否、いくらワルドでも麦野と面と向かって事を構えるのは分が悪すぎる。そういう観点から戦いを避け、ルイズと合流するのは分からなくもないが、何故ルイズの参戦まで止めようとするのか。遠距離からの虚無魔法に徹しているだけでもルイズの戦力は非常に有用だ。だから、ルイズが足手まといになるとか、ルイズの身の危険を必要以上に案じているとか、そういうことではないはずである。

 

「分からないかい? ルイズ。そもそも余人が此処までミス・ムギノの計画を知っておいて、生き残れるはずがないだろう?」

「……!」

 

 それは、そうだ。ルイズのように何もヒントがないところから麦野の企みを察知するならともかく、一から情報を集めていくやり方では核心に辿り着く前に絶対麦野にその存在を補足されるだろう。そして、彼女に疑わしきは罰せずなんて言葉はない。たとえワルドでも、怪しい動きを察知されたならすぐに拷問か、あるいは問答無用で頭部を消し飛ばされるはずだ。

 つまり、それが意味することと言うのは。

 

「ジャン、あんた……!」

「ああそうだ。僕は――――俺は、ミス・ムギノの側に着いた」

「どうして⁉ 今のシズリがしようとしていることは、この世界を混乱に陥れることにしかならないわ! 脅されて協力させられていたにしても、今ならシズリの目がない。逆らうことだって出来るはずよ!!」

「そうじゃない。そうじゃないんだ、ルイズ」

 

 ワルドは頭を振りながら、グリフォンを降りる。その表情には悔恨が浮かんでいるようにも感じられた。

 

「俺はね、ルイズ。……善人じゃないんだ」

 

 ワルドは、そう言いながら右手で自分の顔を抑えた。表情を隠す――というよりも、暴れ出した感情を押さえつけようとしている、と表現するのがぴったりな動作で、ルイズは思わず自分も馬から降りて臨戦態勢に入った。

 その表情は、未だにワルドの言っていることが分からない、と言っているようでもあった。『善人ではない』……それは武人である以上、当然のことだとも思う。『悪』というのが『人を傷つけること』という意味ならば、ワルドは大悪人だ。世間一般の認識でそうではないのは、『人を傷つけること』によって、それよりもずっと多くの人間を『救っている』からに他ならない。それでも、他国からすれば大悪人という認識は覆せないだろう。

 しかしワルドは、そうではないとばかりに目を伏せて続ける。

 

「俺は……ルイズ、君を利用していた」

 

 その言葉に、ルイズは思わず目を丸くした。

 利用していた――何に? と、ルイズは当たり前な疑問に行き着く。……正直なところ、この期に及んでルイズはワルドに何か事情があるのだと思っていた。何かのっぴきならない事情があって、それで知らぬ間に自分のことを国の平和の為に使っていたのだと。この心優しい青年は、そのことをわざわざ気に病んでいるのだろう――と。ルイズは、そんな希望的観測に()()()()()

 

「自らの目的の為にだ。君は俺が急に婚約者だのと口約束を持ち出していたことに違和感をおぼえていたね。それは正解だ。俺は、最初から君に接近する為にわざわざ昔の約束を持ち出した。……ルイズ、君の力を手に入れる為にだ」

「…………、」

 

 その言葉を聞いて、ルイズは俯く。

 自分の力――虚無の力を手に入れる為に。思えばワルドは、最初から麦野のことをガンダールヴとか言って意識していたように思える。ジョークではぐらかされていたが、よくよく考えればアレはおかしな態度だったと言えるだろう。

 そう考えてしまえば、ワルドの行動に対する一切の疑問が解消されていく。……されていってしまう。そしてそれは、証明にも繋がっていく。あの旅でワルドに感じていた親しみが、絆が、全て薄っぺらな嘘だったという証明に。

 

「おかしいとは思わなかったかい? ラ・ロシェールでの戦闘。スクウェアメイジなんて一国に二ケタいるかいないかっていうレアな戦力だ。それをわざわざ、それもよりによって内戦中に、他国に投入する訳がないだろう。しかも、お誂え向きにあの時襲撃を仕掛けて来たのは『風のスクウェア』だった」

「…………やめて、ジャン」

「いいや、やめないよルイズ」

 

 ルイズは絞り出すように呟くが、ワルドは止まらない。饒舌になった彼はさらに言葉を紡いでいく。……いや、言葉でルイズの心を抉り取っていく。

 

「俺はレコンキスタのスパイだったんだ。ミス・ムギノの実力を確認した時点で早々に見限った程度の忠誠心だったがね。俺には、そうしてでも達成しなくてはならない目的がある。辿り着かなくてはならない場所がある。ルイズ、君との関係も、その為の演技だったんだよ」

「やめて、ジャン、ねえ……」

 

 ルイズは殆ど泣き出しそうになっていた。だが、ワルドはそれを認めて表情をさらに愉悦に歪ませる。

 

「『聖地』だ!! 俺はそこに辿り着かなくてはならない! そのためにはルイズ、君の『虚無』が必要なんだ! だからこんな戦争で君を『消耗』させる可能性はあってはならない! だから俺は――お前を止める必要があるって訳だ!!」

「やめて、お願いだから……」

 

 右手を離したワルドの顔には、狂相が浮かんでいた。ルイズの心を言葉で切り刻むことに愉悦を感じているかのような表情だ。上目づかいでその目を見てしまったルイズは、今度こそ本当に目を瞑る。

 自らの顔を晒したワルドとは対照的に、目を逸らすようにして両手で顔を覆ったルイズは、ふるふると震えていた。ワルドはさらに畳みかけるように、ルイズの心に言葉の槍を突き刺していく。

 

「分かったか、ルイズ。これが『絶望』だ。君の感じている『希望』なんてものはな、この俺の言葉一つでさえ簡単に覆される程度のものでしかないんだ。その程度の『希望』で、ミス・ムギノに立ち向かう? 冗談もほどほどにするんだ。そんなつまらない感情で君を戦争に行かせ、むざむざ『虚無』を失うなんてことは認められ、」

「――――その、くっだらない嘘をやめろって、さっきから言ってんのよ!!!!」

 

 ワルドの言葉を遮るように、ルイズは吠えた。

 ()()()()()()()()()抑えていた感情を解き放ったルイズは、そのままワルドを見据えた。

 何一つ迷いのない表情だった。

 

「…………っ、何を言って、」

「もし今までのことが全部本当だったなら、あんたはどうしてそれをわざわざわたしに教えたりしたの?」

 

 一寸の迷いもなく、ルイズはワルドを見据える。その場に縫い留められたように動けなくなったワルドは、返答に窮した。つまり、それが答えということだ。

 

「それは……、」

「それを言うことで、わたしの心を折ろうとしていたんじゃないの?」

「…………、」

 

 ワルドが次の言葉を紡げないうちに、ルイズはさらに言葉をつづける。言葉でワルドの心を抉り取り、切り刻み、突き刺すのではなく……砕き割る。ワルドの心が纏っているその上っ面を打ち砕き、本当の気持ちに肉薄していく。

 

「確かに、あんたの話にはいくつか本当のことが混じっていたかもしれないわ。元々はレコンキスタの人間だったとか、わたしに近づいて来た理由だとか、わたしの『虚無』を必要としていたことだとか。でも、本当に虚無()()を必要としていたのなら、そもそもわたしに全て話さず、適当に騙して、別の場所に隔離しておくことだって出来たはずよ」

「…………それでは、何かの拍子に君が真相に気付いた場合のストッパーにならない」

「でも、戦争に間に合わせなくすることはできる。『虚無』をキープする為っていうのなら、精神的にわたしを折るんじゃなくて、物理的にわたしを封殺する方法をとっていたはずよ」

 

 今度こそ、ワルドは沈黙に陥った。

 

「それをしないってことは……あんたは、本当は自分を止めてほしかったんじゃないの?」

「……、」

「今、此処で! 軍人の合理的な思考のせいで、シズリに立ち向かうことができない自分を!! 打ち砕いてほしかったんじゃないの!?」

「…………………………」

「残念だったわね、ジャン。こちとら物扱いはあの馬鹿使い魔のせいで慣れっこなの。使い古された手っていうのは陳腐にしかならないわ。お蔭で必死に隠そうとしていたあんたの本当の気持ちを見ることが出来た」

「――――ああ、ルイズ」

 

 ワルドは静かに、自らの顔を右手で覆った。それはもはや抑えるというより、隠すようだ。抑えることができないから、せめて溢れ出す感情を隠そうとしているような、そんな姿だった。

 ワルドはレイピア状の杖を握る手に、さらなる力を込める。ルイズはそれを認めて、すぐさま自分の足元の地面を爆発させた。

 

「あぐっ!」

 

 局地的かつきわめて指向性の高い爆風に吹っ飛ばされたルイズは、転がりながらもワルドから二〇メートルの距離を無傷で確保した。

 

「……どうやら、俺の見立てはどこまでも間違っていなかったようだ。ルイズ……君は本当に、魅力的な女性に成長した。まさかこの俺の所業を聞いて糾弾するんじゃなく、そこにあったただの身勝手な気持ちを見てくれるとは。……君は、本当に優しい子だ」

 

 手を離したワルドの表情は、慈愛に溢れた笑みを形作っていた。

 先程までの演技の狂相ではない。本心から、心の底から溢れ出た自然な表情だった。

 しかしワルドは、次の瞬間にその表情を仕舞いこむ。冷徹な兵士の仮面を被り直し、ルイズに杖を向ける。

 

「だからこそ! 此処で君をミス・ムギノのところに行かす訳にはいかない! もう二度と……()()()()をこの手から零れ落としたりはするものか!!」

「ワルド…………!」

 

 互いに、杖を構える。

 相手は――――風のスクウェア。

 トリステインでも一〇本の指で数えられる程度しかいない『スクウェア』の、さらに五本の指に入るプロの軍人メイジ。

 対するは、伝説とは名ばかり、爆発しか能のない素人メイジ。

 それでも、ルイズは立ち止まるわけにはいかない。

 この青年の心を固く覆い尽くしている幻想を、ひとつ残らず殺す為に。

 

***

 

第一九章 『閃光』のワルド The_Capability_of_Her_Betrothed.

 

***

 

 最初に動こうとしたのはルイズだった。

 まずは先手必勝。『爆発』の威力伝達速度は文字通り音を超越する上、衝撃半径は不完全なものでも最大で半径五メートルに及ぶ。自分とワルドの間に一発撃ち込むだけで、それは牽制として十分な威力を発揮するのだ。

 ……そう思っていたルイズは、次の瞬間に自分の考えがあまりに甘かったことを思い知る。

 

「――――我が二つ名は、『閃光』」

 

 瞬きする前までは二〇メートル先にいたはずのワルドが、既にルイズの目の前から五メートル先にいた。

 

「『音』を超えた程度で、勝った気になるのは早いぞ、ルイズ!!」

「くっ!!」

 

 ルイズは咄嗟に杖を自分に向け、魔法を開放する。破壊力を最小限に抑えた爆風のみの爆発魔法だ。ルイズは自分の身体が浮き、内臓がせり上がって来るような不快感を覚えるが、背に腹は変えられない。ここで間合いを詰められてはどうしようもない。多少強引であっても、とにかく逃げなくてはならないのだ。

 ――が。

 

「……言ったはずだ。我が二つ名は『閃光』だと」

 

 ワルドが、並走していた。

 人間の身である以上、ルイズも流石に音速は出せていない。だが確実に人を超えるスピードで、体勢制御すら考慮に入れないでとにかくやみくもに放った最高速度に、人間の身であるワルドはいともたやすく並走していた。

 静かに、レイピアを振り上げるワルド。

 殺しはしないだろう。だが、確実に失血で気絶するような部位に、ワルドは精密な一撃を叩き込むはずだ。そうなれば、もう何もかもおしまいだ。此処で麦野を止めることができなかったら、全てに取り返しがつかなくなってしまう。

 

「これが『閃光』たる所以! 魔法なしでこの速度を誇るからこそ、俺は衛士隊の隊長となった!!」

「くっ、ああああ!!!!」

 

 ルイズは苦し紛れに足を持ち上げると、レイピアに足の裏を向けた。間一髪、足裏がレイピアを防ぐ。レイピアは肉を断つ為のものであって、革を刺し貫くようにはできていない。だから守ることができたのだ。……尤も、

 

「……ならば、風の短槍(エアニードル)を使うまでだが」

 

 ワルドにとって、それは小さな問題でしかない。

 そう呟くように杖を振った瞬間、ワルドの杖に透明な気流の渦が纏われる。攻撃力に優れた風のスペルの中でも、近距離タイプの呪文だ。その威力は、スクウェアメイジであればダイヤモンドであっても貫くことができるとまで言われている。

 当然、革製品など紙と同じように貫いてしまうだろう。

 

「くっ!?」

 

 ルイズは咄嗟にもう一度自分に向けて爆発魔法を唱えて加速する。……とはいえ、余裕の様子で自分に並走していたワルドをこの程度で振り切れるとも思えない。同時に、ルイズは足裏をワルドの方に向け、せめて胴体への攻撃だけは防御しようと動く。足はいくら潰れても『爆発』で代用できるが、胴体からの出血は文字通り致命的になるからだ。

 

 だが、予想していた追撃は来なかった。

 ゴロゴロゴロ! と受け身を取りつつ様子を確認してみると、ワルドは先程ルイズがいたところにエア・ニードルのレイピアを突き立てていた。まるで、そこにルイズがいると確信していたかのように。

 ワルドはゆっくりと顔を上げると、立ち上がって土ぼこりを払っているルイズを認めて感心したように頷いた。

 

「なるほど……二段階移動か。詠唱速度が速くなっている証拠だな。それに判断力も鋭い……成長しているね、ルイズ」

「なら……、」

「だがまだだ! まだ足りぬ!!」

 

 ワルドはエア・ニードルを消し、そのまま先程と同じように素早い速度でルイズとの距離を詰める。

 これは予測できていたことなので、今度はルイズも逃げの一手ではなく攻めの一手を打つことにした。

 

「『ロック』!!」

 

 ルイズの言葉と同時に、地面が爆散した。

 無数の散弾となったそれらはワルドの方に殺到していく。その数は少なく見積もっても数百、いかにワルドが素早く移動できようと、上下左右すべての方角に撒き散らされた爆発の散弾を回避することはできないだろう。ワルドもそう考えたのか、口の中で何かを小さく呟き、レイピアを前方に向けたまま直進を続行した。

 瞬間、散弾の全てがワルドの事を避けて飛んで行った。

 

「エア・シールドね……。厄介な……!」

 

 シールドに集中する為か若干ワルドの足は遅くなったが、しかしそれでも凡人を遥かに超えた身のこなしをするワルドだ。あっという間にルイズとの距離を詰める。

 

「さあ、もう逃げ場はないぞルイズ。どうする――?」

 

 ワルドはそう言いながら、杖を振ってエア・シールドを解除した。

 その瞬間。

 

「……いいえ、この瞬間を待っていたのよ! ――『ロック』!」

 

 ルイズは――杖を後ろに向けると、自分の背後で爆発を起こし、あえて前方に吹っ飛ぶことでワルドを迎え撃った。

 メイジは、一度に一つの魔法しか使用することができない。そして、系統魔法の発動には絶対に呪文の詠唱が必要になる。いかにワルドが閃光のごとく矢継ぎ早に魔法を繰り出せるとしても、詠唱する以上一瞬から一秒程度の隙は生まれざるを得ないのだ。

 対してルイズはその間に一言言えば良い。たったそれだけで、ルイズの魔法は終了するのだから。

 

「なッ!?」

「エア・シールドを解いたその瞬間なら、わたしの攻撃を迎撃することも、防御することもできないでしょう! まずは――一発よ!」

 

 そう言って、ルイズは肩からワルドの腹に体当たりを叩き込む。運動エネルギーが全てワルドに伝わりルイズはその場に静止するが、代わりにワルドは勢いよく吹っ飛んだ。

 

「ぐごっ、がァァああああッッ!!」

 

 転がりながら、ワルドは一回転ごとに体勢を立て直して起き上がった大勢のまま数メートルほど滑る。口端から血を流しているようだったが、その戦意には陰りは見られない。

 

「……どうやら……横着をしすぎたみたいだ。素人だからと言って甘く見ていたよ、ルイズ。君は『伝説』…………それ相応の心構えで行かないと、負ける」

 

 空気が、変わった。

 ヒュゴッ!! という風切り音と共に、ワルドの姿が掻き消えた。ルイズはほぼ勘で今までワルドがいた前方に爆発移動するが、ルイズの背後に回り込んでいたワルドはさらにそれに追い縋って行く。

 

「もう下手に小細工を弄するのはやめだ。そもそも、そんなことをしなくても俺とルイズには地力だけでこれほどの差がある。下手に魔法に意識を割くから、つけいる隙を見つけられる。こうすれば、君が移動にしか攻撃を使う余裕がなくなるのは先程の攻防で分かった。あとは君がボロを出すまで、このやり方を永遠に続けるまでだ」

 

 機械のようにそう言ってのけるワルドに、ルイズは歯噛みした。

 ワルドの分析が、何から何まで図星だったからだ。

 

(いくらなんでも、速すぎる……! スクウェアメイジで親衛隊の隊長にまでなると、これほどの力になるっていうの……!? こんなの、麦野の『あの移動』よりも速いわよ……!?)

 

 原子崩し(メルトダウナー)による爆発に乗っての移動。ルイズが先程から使っている緊急回避も、そこにヒントを得て見出したものだったりするが、ワルドはそれより早く、しかも安定した高速移動を見た限り生身で行っている。そんなの、いくらなんでも人間をやめすぎている。『閃光』という二つ名とはまさしく彼の為にあるんだ、と思ってしまう程に。

 

(いったい、どうすれ……、……いや、待って? おかしいわ)

 

 ワルドの追撃を躱し、そして徐々に追い詰められながら、ルイズは疑問に思った。

 

(もしそうなら……『あれ』はおかしいわ。『あの時』起こったことは、普通なら絶対にありえないはず。それから『あれ』も。だとすると…………、)

「どうしたルイズ! もうおしまいか!?」

「あ、ぐう!」

 

 脇腹に突き立てるように振るったレイピアを、ルイズは寸でのところで身を捻って回避する。しかしそれで決定的にバランスを崩してしまい、そのまま転がってルイズは崖の横に自分の移動力で叩きつけられてしまう。

 

「かはっ、がは!」

「どうやら、此処で打ち止めのようだな。……トリステインでも指折りのスクウェアメイジに、よくやったと言っておこう。……おそらく、俺以外のメイジでは君の奇想天外な発想に振り回されるだけで、実力を発揮しきることすらできなかったろうからな」

「…………、」

「安心してくれ、ルイズ。目を覚ます頃には、全てが終わっている。君が気にすることなんて何もないんだ。だから……此処で眠っていてくれ」

 

 そう言って、ワルドはレイピアに力を込める。

 ルイズはその様子を、ただ見上げていた。

 

「…………あんたのそれは、……ただの体術なんかじゃ、ない」

 

 ぽつり、と。

 ルイズは小さく呟いた。

 ワルドの手が、止まる。

 

「あんたはあの素早い身のこなしを魔法を使わずって言っていたけど、それは違う。証拠に、あんたはあの身のこなしを使う時絶対に他の魔法は使わなかった。わたしが二段階爆発で回避したときも、もしあの身のこなしが使えていたなら、普通に追走してわたしにエア・ニードルを振り下ろせたでしょう。もう一度あの身のこなしを使った時も、エア・ニードルを消さなくたって良かった。あんたなら、エア・シールドの凶悪な威力を加味してもわたしを殺さず生け捕りにするなんて簡単でしょ」

「……それが分かったところで何だと言うんだ? 確かに、あの動きは魔法を使っていた。……ついでに言うと、あれのお蔭で俺が魔法衛士隊の隊長に上り詰めた、なんていうのも嘘だ。アレは、アルビオンで見た『機械の蟲』の翅の仕組みを俺なりに解析して開発した新魔法だ。だが、それが分かったところで何になる? まだ新魔法――『エア・ブースト』は継続している。ルイズ、君に俺の動きを止めることはできない」

 

 そう言い切ったワルドに、ルイズは首を振る。

 

「いいえ、違うわジャン……。動きを止めることくらいなら、私にだってできる。私が崖まで転がったのが、本当にただのミスの結果だと思ってるの?」

「…………? ……、はっ、まさか!」

「もう遅いわ! 『ロック』!!」

 

 ルイズの言葉と同時に、彼女達の頭上で崖が爆発する。……そう、彼女たちの頭上で。

 当然、爆発を受けた崖は多少なりとも崩落する。下敷きになれば、ワルドはともかく華奢なルイズが生き残れるという保証はない。そして、ワルドは最初からルイズを殺すつもりなどこれっぽっちもない。むしろ、この戦いはルイズを戦争に行かせない為の戦いなのだから。

 

「くそっ、無茶なことを、エア・シールド!!」

 

 不可視の盾が展開され、気流によって大小さまざまな瓦礫が受け流されていく。それによって、ルイズもワルドも無事のまま崖の崩落を乗り越えることができた。

 ……ただし。

 

「チェックメイトよ、ジャン。……魔法を使っているときには、他の魔法を使うことはできない。この距離なら、わたしの爆発魔法の方が速い」

「……く……こういう状況になれば、俺がルイズを守るというのを見越して……」

「卑怯、とは言わないわよね。わたしは、あんたっていう強敵と戦う為に、あらゆる条件を利用しただけなんだから」

 

 拗ねるようにして言ったルイズに、ワルドは思わず吹き出してしまう。

 

「くっ……ふふふ、してやられたよ、ルイズ。君は…………本当に、俺の想像を超えて強くなっていたんだな……」

「それじゃ、悪いけど気絶してもらうわ。わたしはシズリを止めなくちゃいけない。あんたはわたしを止めなくちゃいけない。互いに相容れないんだし、」

「いや、それには及ばない」

 

 そう言ってルイズが杖を向けたとき、既にそこにワルドはいなかった。代わりに、ルイズの真横に立って、ルイズの鼻先にレイピアを突きつけていた。

 

「……え?」

「詰めが甘いぞ、ルイズ。これが単なる力比べだったら確かに君の勝ちだったが、今回の勝利条件はあくまで『相手の無力化』。鼻先に杖を突きつけただけで勝利と勘違いしていては――――」

 

 そう言って、ワルドはレイピアを振り…………、

 

「――この先が、思いやられるぞ」

 

 こつん、とルイズの頭に、軽く置いた。

 

「……ジャン?」

「俺はもう、君がくだらない心配なんてしなくて良い程に強くなったと理解した。なら、わざわざ止めに入るまでもないってことだ。荒削りではあるし、詰めも甘いが……そこは、俺が補ってあげるよ。……俺のフィアンセ様?」

「…………もう、最後のせいで台無しよ」

「ははは、あまり格好つけすぎると、どこかで気を抜きたくなってしまうんだ。こればっかりは勘弁してくれ」

「……でも、それじゃあ」

 

 期待の眼差しを向けるルイズに、ワルドは今度こそ笑みを浮かべて頷いた。

 

「…………ありがとう、ジャン」

 

 手を伸ばし、先程言えなかった言葉を、今度は万感の思いを込めて。

 ワルドは目を細めて、その手を掴んだ。

 

「どういたしまして、ルイズ」

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