もうもうと立ち上る煙の中、『その女』は悠々と凱旋していた。
その表情は満足げで、それは何もかもがこの女の掌の上で進んでいることを意味している。
あたり一帯は元々は市街地だったのであろう。赤熱した建物だったものがそこらに点在しており、その瓦礫が街道のいたるところに散らばって、戦いの凄惨さを見るものに伝えていた。
「クク……まさかこれほどとはね」
麦野は上機嫌で呟く。腕を組んだ彼女は足元に転がったカマキリの前足のような機械の破片を無造作に蹴り飛ばして街道の端に退けると、そのまま彼女のすぐ後ろを歩く緑髪の女性に視線を向ける。
白いシスター服に身を包んだ緑髪の女性――ロングビルは、その視線に居心地悪そうに身じろぎしてから、周囲を見て頷く。
「……確かにこれは、凄まじい。馬を潰してしまったのは痛かったですが」
「足ならいくらでも調達できる。試しに竜でも捕まえてみるか? 足の一本でも焼けば嫌でも従うだろ」
――――この状況を生み出したのは麦野の
……ブワッ!! と風が巻き起こり、無数の紙片がロングビルの懐へと戻って行く。
異界の魔術師が用いていた術。科学とは相いれない魔術の力。それが、この惨状を生み出した元凶である。
「ペンキで塗りたくったような髪のヤローが使っていた魔術だが……まさか、『土』の魔法とこれほどまでに相性が良いとはな」
行く手を阻むようにうねる土煙を能力で無造作に打ち払った麦野は、足元に転がる破片を適当に蹴り飛ばしながら歩いて行く。この世界には似つかわしくない重厚な金属音があたりに響いた。
焼け溶けたような断面の
「相性もあるとは思うが……拍子抜けだな。ま、何にしてもこれで第一目標は達成って訳だ。あとは……適当にガリアを焦土にして国力を殺いでいけば良い」
第一目標の達成。
それは、現状確認されているガリアの最高戦力を無力化した、ということに他ならない。
そして、ガリアの最高戦力とは、以前の世界においてはこう呼ばれていた。
――ファイブオーバー、と。
***
第二〇章 その名は炎、その役は剣 Earth_And_Fire.
***
ラグドリアン湖を越え、オルレアンへと入った麦野とロングビルは、そのままガリア内部を進んでいた。
本来なら密入国者はすぐさまガリアの国境警備部隊に察知されるのだが、そこは盗賊で馴らしたロングビル――フーケの経験が物を言った。巧みに警備の穴を掻い潜り、二日――つまりルイズがタルブから魔法学院に戻る道を進んでいる頃には、オルレアンを発ち完全にガリア国内に侵入してしまったのだ。
「いっそ笑えるくらい拍子抜けね」
「そうでなければ待っているのは延々と続く迎撃戦ですよ」
「そっちの方が退屈しない分マシかもね」
麦野は適当に言っているが、ロングビルからすれば笑えない話だった。
麦野から自分の持っている『霊装』と呼ばれる異世界のマジックアイテムの性能の程は聞かされているが、それを実感として認識できるかどうかはまた話が別だ。むしろ異世界の理論で構築されたアイテムの使い方を『ガンダールヴ』の詳細な説明付とはいえきちんと把握できているロングビルの状況判断能力が褒められるべきところである。
そういうわけで、現在二人はオルレアンから数リーグの街『ラ・オセール』にやって来ていた。
ラ・オセールはオルレアンの東、リュティスの西に位置する街で、東西に広いガリアの交通の拠点の一つとして栄えている。その為風竜の貸し出しも行われており、二人は此処までの旅路で確実に疲労している馬を此処で捨て、竜による移動に切り替えようかとも考えているのだった。
「でも、流石に国境警備隊を誤魔化せるのもあと数日というところだと思います。私がやっているのは、入国の痕跡を一時的に隠しているだけですからね。盗賊時代は、そうやって国の目を誤魔化しているうちに別の所に高飛びしてお茶濁しをしていたのですが……」
「心配要らないわよ。此処が目的の場所だから」
「……私が心配しているのは、目的を達成した後の帰路ですよ。こちらの存在もバレた上に、此処は敵地。無事に帰れるのか……」
「敵の戦力の目玉がごっそり潰されるんだもの。相手だって多少足並みが乱れるでしょ」
麦野はそう言って、目の前の竜舎に目をやった。
「――――そう、ファイブオーバーっていう目玉をね」
常識的に考えて、ファイブオーバーという機材をそのままの形で動かしていく訳にはいかない。いくらあのバケモノ兵器の燃費が良いとはいえ、一国を横断するレベルの飛行をさせるのは兵器運用としては間違っている。さりとてフネを使った移動は時間がかかりすぎ、ファイブオーバーの利点の一つである『信じられない戦力を迅速に向かわせる』という点が失われてしまう。
であれば、ガリアはどういう運用を考えるか。
答えは簡単。ステンレス等で徹底した軽量化を施されたファイブオーバーの機体重量を生かし、竜で運搬する、だ。
「……此処で間違いない?」
「ええ。地下に空洞があるのが分かります。此処の下にファイブオーバーとやらが格納されていますね」
「……便利よね、土メイジの『特技』とやらは」
隠し場所の目星がつけば、あとは簡単。
ロングビルに地面の厚さを感知させ、ファイブオーバーの位置を突き止める。そして――あとは蹂躙だ。
***
その日、ラ・オセールの市民はいつもと同じ日常を過ごしていた。
街道は人であふれかえり、店の客引きや出店での注文の声、ひったくりを糾弾する悲鳴なんかが聞こえて来る。馬車がガラガラと音を立てて走って行くその上では、竜籠が人やモノを乗せて飛んでいく。
最近はレコンキスタとかいうアルビオンの貴族派連盟が反乱を起こし、それをトリステインの貴族が王党派と協力して鎮めたとか何とかという噂が聞こえており、色々ときな臭い情勢だが――彼らの多くは自分達がそんな大きな流れには関係ないと思っており、いつまでもこんな日常が続くと特に何の根拠もなく思っていた。
その時までは。
***
ドジャオオオォオオオオオオオオオオッッッッ!!!! と、熱したフライパンに油を流したような音がラ・オセールの空に響き渡った。
遅れて、世界全体を引き裂くような爆炎が立ち上って行く。
「……本当、貴方の能力は悪目立ちしますね」
「これが
地面に
「不意打ちだから真っ向勝負で叩き潰せねェのは少し不満だけど……まあ量産型相手に勝ち誇っても意味ないしね」
「お願いですから、少しでも楽な方向に行かせてください」
軽口を叩きつつ、麦野は手を振る。
それだけで彼女の手の先から輝く大剣が生み出され、地下に『駐車』されていたファイブオーバー達を一気に爆破していった。
しかも、この狭い中では同士討ちの可能性があるとAIが判断したのか、彼らの中心に降り立った二人の少女はガトリングレールガンの餌食になる気配すらなかった。
尤も、事実
ただし、ファイブオーバー達も馬鹿ではない。
残り五機と言ったところで、何を思ったのかカマキリの鎌のような両腕を上に向け、狂ったようにレールガンを撃ち出したのだ。
「? 一体何を……?」
「マズイ! 野郎ども、上の連中の被害も無視して上に退路を見出したんだ!」
「は!? ってことはもしかして……、」
「チィ!」
慌てて麦野は追撃の滅光を繰り出すが、それでも二機潰せただけだった。残りの三機は、そのままラ・オセールの大空へと飛び立ってしまう。
麦野の
循環させるなどといった小技によって辛うじて『線攻撃』にする程度の応用性は存在するが、その程度では空中を高速かつ三次元的に移動する――ファイブオーバーのような敵に対しては滅法弱い。
「……ロングビル、行けるか!?」
「やってみます!」
……まあ、だからこその『バックアップ』――ロングビルなのだが。
ゾゾゾゾゾ!! と、麦野達の立つ地面が隆起していく。
瞬く間にそれは巨大な人間となり――二人はその巨大な人間の肩に乗った。
ロングビル――いや、『土くれ』のフーケの十八番、『クリエイト・ゴーレム』の呪文だが、今回は一つだけ、普段とは違う部分がある。
それは――――
ゾバァ!! という音を立てて展開された、無数の紙片の存在だった。
麦野の故郷で『ルーンカード』と呼ばれていたそれは、三〇メートルはある土くれのゴーレム全体を疎らに覆っていく。そして、
「
ロングビルの口から、異世界の呪が紡がれる。
「
現れるのは、土の巨人ではなく――――火の巨人。
「――――
土の巨人から、まるで枝分かれするようにして現れた炎の巨人は、今まさにゴーレムから離れようとしていたファイブオーバーの一機の胴体部分に目にもとまらぬ速さで腕を突き立てる。小爆発を連続させたファイブオーバーは、最後に大きな爆発を起こして粉々に砕け散る。
ゴポガボボボ!! と、
危険度の高さゆえか、ファイブオーバーは愚直に
人間であれば思わせぶりに貼られたルーンに気づきそうなものだが、生憎自動操縦のファイブオーバーは『紙にはリスクがない』と判断してしまう。
「学園都市の科学力でとっとと魔術サイドを制圧できないのはおかしいと思っていたが……こういうフォーマットの噛み合わなさが関係しているのかもな」
何にせよ、こうして麦野達は恙無く目的を完了させるのだった。
しかし――ガリアがそれを黙って見過ごしているハズがなかった。
ハルケギニア最大の国家。レコンキスタの黒幕。そんな大国が、ついにその牙を剥く。
***
「ほう?」
部下からの報告を聞き、青髪の壮年男性――ガリア王ジョゼフ一世は思わず楽しげな声を上げてしまった。トリステインに出撃させるはずだった『機械の蟲』達が、根こそぎ破壊されたというのだ。
アレを出せば確実に戦争に勝利していただけに、部下達にとっては多大な痛手だろう。
「……して、どう思う? ミューズよ」
部下を下がらせたジョゼフは、傍らに控える黒髪の女性――ミョズニトニルンに呼びかける。ミョズニトニルンは『はっ』と短く答えてから、
「状況から言って、アルビオンでの反乱に加担したトリステインの手のものだと思われます。現地ではアルビオンでも確認されたという『光』が目撃されたとか」
「ふむ、なるほどなるほど。……くくく、これは面白い盤面になってきたな」
ジョゼフは本当に愉快そうに笑い、
「むこうが『クイーン』を使うなら、こちらもそれに応えねばなるまい。元帥に伝えよ! トリステインと戦争だ!」
そう高らかに宣言したジョゼフは、今度は蜜月のときのように優しく、ミョズニトニルンに囁く。
「お前も行ってくれるか? 余のミューズ……。トリステインの『ガンダールヴ』を始末できるのは、お前だけだろう」
そう言われたミョズニトニルンは、恍惚とした表情を浮かべて頷く。
その背に担がれた大剣の鍔が、カタリとひとりでに動いた。