「もうファイブオーバーとやらも壊せたんですし、これ以上この国に留まる必要ないんじゃないです?」
「何言ってんだよ今さら。そもそもファイブオーバーがあろうとなかろうとトリステインはガリアには敵わないんだ。王様のところに行って恐喝するついでに手勢をブチコロシでやっとイーブンだろ」
「もうやだこの人……」
半泣きになりつつ、ロングビルはドラゴンの御者をしていた。
ドラゴンには大剣アスカロンを初めかなりの重量物が乗せられていたが、流石に魔法生物と言ったところか、本来では飛行機でもなければ運ぶことのできない荷物もまるで重量を無視しているかのような快適具合だった。
当然、ロングビルや麦野にドラゴンを操る技能などない。だがこの手のドラゴンは『定期便』として一定の航路を行き来するようにしつけられており、一度飛ばせば目的地まで一直線であることを竜舎の番をしていた親切な人に教えてもらい、今に至る。
ちなみに、その親切な人も最初はとても恐ろしい態度をとっていたが、人間というのは手足の一本がなくなれば誰しも驚くほど親切になるものである。
そんな彼女達が向かっているのは、ガリアの首都――リュティスであった。
今は、リュティスから数キロの位置だ。このあたりになってくると人の活気も多くなっており、当然ながら麦野達の行動も目立っていた。
「そろそろこのドラゴンでの移動も無理筋になってくる頃か」
麦野はそう言って、怯えきった様子のドラゴンの首筋を撫でる。
ただでさえ、麦野のファイブオーバー爆破によってガリアはトリステインに宣戦布告しているので、現在のガリアは戦時中ということになる。不眠不休で飛ばしているから此処まで近づけたようなもので、このまま行けばまずリュティスに突入する前に砲撃されて墜ちるだろう。
「一旦降りるわよ。数キロなら歩いて行ける」
「このドラゴンはどうしますか?」
「そのまま飛ばしておけば良いでしょう。目晦まし程度にはなるかもしれないわ」
「了解」
麦野の残忍な指令に肩を竦めつつ、ロングビルはドラゴンを操る為に握っていた手綱から手を放す。尤も、ドラゴンは勝手に飛行していたので、手を放したからと言って何が変わると言う訳でもないのだが。
準備が出来たのを確認した麦野は、そのままロングビルを乱暴に肩に担ぐ。
「……え? ちょっと待ってください。あなたの能力で落下の衝撃を殺すという手筈なのは分かっていますが、この姿勢はちょっと――」
「問答の手間が面倒だわ。さっさと降りるわよ」
「え、いや、この体勢だと減速のときの慣性が思いっきりおなかに――――ひゃああああああああっ!?」
ロングビルの抗議も聞かず、麦野は鮮やかにドラゴンから飛び降りた。見る見るうちに森に覆われた地面が近づいてくるのを間近に見て、ロングビルはどうして自分がこんな目に遭うのだろうと大して信じてもいない始祖ブリミルに呪詛を吐く。
そして――――、
***
第二二章 激突 Brain_V.S._Left-Hand.
***
「……うげぇっ!?」
ドヒュン! という発射音と共に、麦野の至近から異界の光芒が放たれ、その反動で二人の身体は一気に減速した。代償に、ロングビルは妙齢の女性が出してはいけない感じの声をあげる。
減速するとしても慣性自体は生きている訳で、いきなり遅くなったらその分ロングビルの腹に麦野の肩がめり込むのだった。しかし、優雅ささえ感じさせる所作で着地した麦野は全く悪びれた様子を見せない。
「まるで潰れたカエルね」
「そんな声を出させた本人が何を……」
適当にロングビルを立たせると、麦野はまず空に放ったままのドラゴンの様子を見た。
「このまま囮役を全うしてくれると良いけど」
「すぐにバレると思いますけどね。まあ、私達の捜索が始まるまで多少時間は稼げるんじゃないですか。向こうはドラゴンによる接近そのものがブラフだった可能性まで疑わないとなりませんし」
そう言いながら歩き始めた二人だったが、すぐにその目算が甘いということを悟った。
ズガン、と頭上で飛んでいたドラゴンの首が斬り落とされたのを目撃したからだ。
「……おいおい、マジかよ」
麦野は肩にかけていた大剣アスカロンに手をかけ、ガンダールヴの力を供給し始める。彼女の眼は、ドラゴンの首を切り落とした攻撃が地上からの遠距離攻撃ではなく、飛び上がった人間による至近距離からの斬撃であることを認識していた。それはつまり、地上から一気に跳躍して一息にドラゴンの首を刎ねることが出来る
「下がってろロングビル。アンタじゃ手に負えないわ」
「言われずとも」
言葉と同時に、ロングビルはズズズ……と地面にめり込むようにして消えていく。高位の土メイジともなれば、地面の中に潜行することだって実の所難しくはないのである。
さて、一人になった麦野は、目を瞑り周囲の気配を探る。『ガンダールヴ』は単純な筋力や敏捷性の向上にも役立つが、そのほかにも五感の精度を上げる能力も持っていることを、麦野はこれまでの経験で分かっていた。考えてみれば当然のことである。たとえば眼がよくなければ、いくら素早く動けても判断の方がそれに追いつかない。それでは片手落ちだ。
「……そこか」
言って、麦野は大剣アスカロンを思い切り前方に振り下ろした。
まるで爆撃かと錯覚するような轟音が轟き、叩き付けた衝撃で前方に無数の瓦礫片は飛来する。
カカカンカンカンカン!! という細かな金属音が連続した。
「フン……。どうやら何発かは弾いたみたいだが、散弾銃を剣で弾くなんて土台不可能な話よ」
麦野の視線の先には、全身に無数の銃創――といっても麦野がアスカロンを叩きつけたことによる小瓦礫片の散弾によるものだが――を作った、黒髪の女の姿があった。両手に立派な大剣を構えている。おそらく、これによって散弾の直撃を回避したのだろう。
表情こそ余裕――というか無表情だが、全身から血を流している姿は間違いなく人間として耐えられるダメージを大幅に超えている。
「どうやらお得意のマジックアイテムでブーストをかけているみたいだが……その負傷でどこまでやれる? 肉弾戦特化の
女の額には――麦野の左手甲にあるようなルーンが浮かび上がっていた。
「――『場違いな工芸品』には面白い品が多いわね」
自分の負傷状況を確認した女は、それでも眉ひとつ動かさず――体幹ひとつぶれさせず、そうごちた。
此処に至って、麦野も気付く。――異常だ。アレは人間が食らって平気でいられるダメージではない。麦野だってあれほどの数の銃創、出血が生まれればよろめきはする。それで戦闘不能になるほどヤワな麦野ではないが、相当キツイ戦いは強いられるはずだ。
にも拘わらず……彼女は実際に佇んでいる。マジックアイテム主体の戦闘を得意とし、肉体的な脅威はさほどないはずのミョズニトニルンが。それに、遠距離戦・情報戦が専門の
「……何だそれは……? 学園都市製の変わり身機械でも用意したってのか?」
麦野は耳を澄ませ、あたりを見渡す。何かがこちらを狙っているような様子はなかった。念の為、
隠れている、というわけでもない。では遠隔操作か――と考えてみるが、それならば
「学園都市、か……。『あれ』の出所はそう呼ぶのね。でも、残念。違うわ。これはその発展形。私達が、アナタ達の技術をただ流用するだけに留まると思っているのかしら? 魔法も――進歩するのよ」
ジュオオオオオオオ……! と絶滅の輝きによる不気味な陽炎が立ち上る中で、女――ミョズニトニルンは不敵な笑みすら浮かべてそう言った。その言葉を受けて、麦野は考える。
(この能力は……学園都市の技術を参考に、ミョズニトニルンの能力でマジックアイテムをチューンナップしたってのか? ……この世界の連中でも『一流』になればこっちに対応してくるってことか)
麦野は知らないことだが、彼女と共にファイブオーバーの脅威を目撃したワルドは、その飛行技術を応用した高速移動魔法の開発に成功している。このように、学園都市の技術はただ異物として存在するのではなく、それ自体がこの世界の存在に影響を与えかねないのだ。
ともあれ、何であろうと学園都市の技術が根幹にあるとなればそれらは例外なく『えげつない』。アスカロンを牽制代わりに掲げて、様子を見る。次の瞬間――ミョズニトニルンの姿が麦野の目の前から掻き消えた。
「っ!?」
その初撃を躱すことが出来たのは、ガンダールヴゆえの感覚機能の機敏さからだ。
本能から来る危険信号に反応して即座に飛び退いた麦野がいた地点を、ミョズニトニルンの大剣が通過する。麦野がアスカロンを構えたその一瞬で、ミョズニトニルンはそれによって発生した『前方の死角』に潜り込んで麦野の視界から消え去っていたのだ。
空振り――それも大振りでありながら、ミョズニトニルンの攻撃は剣の回転が体の回転に繋がって即座に反撃を考慮した行動になっていた。
尤も、
「その剣で私の能力が回避できるわきゃねェがなァ!!」
麦野の殺意が、万物を消し去る滅光となって眼前に迸る。
しかしミョズニトニルンは回避行動をとらなかった。むしろ、それに対してただ防御をするかのように剣を構え――、
ズゾン!! と。
構わずに、振り下ろした。
本来であればその行動は全く無意味となるはずだが――あろうことか、ミョズニトニルンの剣は今まで何物であろうと消し去って来た麦野の最強の矛を切り分け、そしてその先にあるアスカロンと衝突して火花を散らした。
「な、はっ……!?」
驚愕の抜けきらない麦野は、ガンダールヴの身体能力を使って一気に飛び退く。
麦野の経験において、自らの能力を『無視される』なんて事態は――生まれて初めてだった。
防御してきた存在は、これまでにも何人かいた。
この世界に来る前に克服してやった第三位も電磁波を応用し
だが、これは違う。
受け止めるのではなく――切り開く。
防御の必要性すら感じていない、という挙動だった。そして事実、攻撃自体が麦野への最大の防御として機能している。
「テメェ……どんな技術を使いやがった」
「これ自体は、マジックアイテム本来の能力よ」
ミョズニトニルンはタネがバレようと問題ないと思っているのか、あるいは別の思惑があるのか、あっさりと口を開いた。
「デルフリンガー……『神の左手の左腕』。本来はアナタが手に入れることになっていたハズの武器――そしてまたの名を、『幻想殺し』」
「何?」
麦野は、ピクリとその言葉に反応した。
そういえば、木原数多がツンツン頭の少年と対峙した時に、あの能力を受け止める不可思議な右腕を差して『幻想殺し』と呼んでいたことを想いだした。
アレは、学園都市の中で使われていた麦野の世界の存在のハズ。何故それが――この世界に現れるというのか。
「フフフ……どうやら情報の利はこちらにあるみたいね。まあ、当然かしら。アナタはこの世qonge特異lbwy――異常な存在……この世界における『違和感』は、全てアナタの召喚を中心に発生しているからね。座標においても、時系列においても。中心点は逆に異常が感じられないといったところかしら」
「ああ、つまりこういうことか? 『テメェを半殺しにすりゃ全部の種明かしがしてもらえる』」
「興味を、持ってもらえたかしら?」
興味は――確かにある。異常な存在とは? この世界における違和感とは? 麦野からしても、これまでの出来事の中でいくつか腑に落ちないことはあった。それらすべての原因に自分があるという事実は、確かに幾ばくかの危機感とともに興味を感じさせる。
何より、ミョズニトニルンが具体的にどこで、どうやってその情報を知ったのかという点についても。
ただし……それは、あくまで本筋に関するものではない。
確かに不気味ではあるが、麦野の『計画』が成った暁にはそんな細かな疑問など簡単に調べられるし、何があろうと指先一つで面倒な問題は銀河の果てまで遠ざけることができるのだ。
だから、麦野はあえて獰猛な笑みを前面に押し出して、訳知り顔のミョズニトニルンにこう言い切った。
「全然。だから――――アンタはここで、ブチコロシカクテイよ」