言いようのない浮遊感で、麦野は目を覚ました。
気付くとミョズニトニルンは既に剣を構え終え、トドメの第二撃を放とうとしているところだった。
(……クソ! 一瞬だけ意識を飛ばしていたってのか!? 一体どうやって……いや、考えるのは後だ!!)
麦野が攻撃を受けて生きていられたのは、二人の距離があまりにも近かった為だ。距離が近かった為にデルフリンガーの間合いの『内側』に入って来てしまい、刃が当たらない位置に立っていたのだ。それでも構わずミョズニトニルンが剣を振るったため、デルフリンガーの鍔が思い切り麦野の側頭部に命中し、結果として意識を失った――と言う訳である。
(だが、このままだと受け切れない――)
今から剣を振るったところで迎撃はおろか防御すら間に合わないのは分かり切っている。かといってデルフリンガーの
ドッ!! と地面が爆裂する。
しかし……
ジュウウウ……! と。
消し炭――ではないが、しかし確実に重傷と判断できるレベルの火傷が、麦野の右足に広がっていた。
「クソったれが……! テメェ……!」
戦慄。
麦野はこの世界に来てから始めて、その感情を抱いていた。達人の剣裁きと、能力を無力化する魔剣。それだけでなく、人外の挙動すら可能にする身体構造の外部制御。そして――、
「……不死身か、ミョズニトニルン……」
ぐちゅ、ぐちゅ……と、湿っぽい音が響く。
それは、ミョズニトニルンの腹が独りでに蠢くことによって発せられた音だった。
ミョズニトニルンの腹は、アスカロンの短槍を突き刺した状態で麦野の頭を思い切り殴り飛ばしたため、短槍の刃によって胴体の中ほどから完全に斬られていた。今や、身体の左半分だけが繋がっている状態だ。……無論、そんな状態では人間が生存することは不可能である。
「これも動物の機構の応用よ」
そんな致命的な状態にあって、ミョズニトニルンは尚あっさりとそう言った。
「蟹の甲羅と同じ……魔力の『外殻』を使って、内部の肉体を強引に修復してるってのか……!」
考えてみれば、今までの戦いで奇妙な点は幾つかあった。散弾による無数の銃創のダメージを無視して戦闘したり、鼓膜が破れているはずなのに普通に会話していたり。それらは全て、この能力による治療の結果だったという訳である。
「これも、ファイブオーバーの中に備え付けられていた『もう一つの鎧』の機能のようでね……『外部から肉体を操る』という方向性においては、
麦野は知らなかったが……このミョズニトニルンの機能の元となったのは、学園都市にて『奴ら』――『グレムリン』を相手にする為に開発された技術を応用して作られた
此処とは違う世界において、『新入生』の一件でシルバークロース=アルファが
――不死身。刀傷では殺すことはできず、さりとて能力でも殺すことはできない。つまり、麦野にミョズニトニルンを殺すことはできない。
一度に複数の動物の生態を参考にした活動をすることはできないという制約こそあるものの、『達人の剣技』は『猛獣の動き』や『自動再生』と併用することができるし、根本的な解決にはならない。
「貴方は、私に勝てない」
ミョズニトニルンは、ただただそれだけを告げた。
「勝て、ない…………?」
「戦意を削ぐ為のハッタリじゃない。単純な事実を積み重ねていった予測演算の結果として、貴方の勝利はあり得ない。そういう風に戦場の構築は完了している。……聡い貴方ならもう分かるでしょう? 能力を打ち消され、単純な剣戟においても後れを取る現状……貴方が私に勝利することは『不可能』なのよ」
致命的に、相性が悪い。
麦野沈利という存在の全てに対抗できる手札を備えた上で、ミョズニトニルンはこの場に立っている。否、
戦闘が始まった瞬間から、既に勝負は決していた。
――それが『戦争』というものであり、二人の戦闘は既にその規模に到達していたのだ。
「く、」
その事実を突きつけられた麦野は。
「くはは、くは、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!」
――哄笑した。
「私が、勝てない? この麦野沈利が、テメェごとき三下に敗北する、だと?」
「ええ、間違いないわ」
「ふざ、けるなよ……ふざけるなよ!! 私を誰だと思ってる、学園都市の第四位、
瞳孔を限界まで縮めた麦野は、いっそ猛獣の一種と表現した方が近い表情で、ミョズニトニルンに噛みつく。
しかし、既にその姿からは先程の、滾るような戦意は感じられない。――麦野も、馬鹿ではない。だから、心の底で理解してしまったのだ。これはもう、勝てないと。麦野沈利は、
「足の一本が何だ……こんなモンはかすり傷だ!! 能力の無効化も治癒能力も達人の技術も、それがどうした!! 私は第三位を消した! 第一位を消した!
それはもう――現実を認めたくないが為の、ただの悲鳴だった。
完全に戦意が折れた麦野を見て、ミョズニトニルンはせせら笑う。
「所詮、これが現実。勝利の方程式が崩れれば、ガンダールヴもただの少女よ。惨めなものね、ここまで脆いなんて」
「……認めねェ」
麦野の呟きを聞きながら、ミョズニトニルンは最後の仕上げに入る。確かに折れてはいるものの、それでも麦野はただの雑兵以上の力を持っている。何かしらの自爆技を使ってくる可能性だって十分にある。念には念を入れて――確実に殺しきる必要がある。
「認めない!! こんなっ、私がこんなところで終わるなんて、認めてたまるかよォォォ!!!!」
「次で最後にしましょう。このデルフリンガーで、貴方の首を刎ねる。貴方に土壇場で私と切り結ぶ余力はないし、能力は全てこれが吸収してくれる。貴方の負けよ――異界から来たガンダールヴ!」
ミョズニトニルンの言葉は、それで終わりだった。
一瞬ののちには、麦野の頭は胴体から切り離され、それで生命は完全に終了する。
「……ぁえ?」
そこで。
剣を持つ自分の腕の、肘から先が――既になくなっていることに気付いた。
ひゅん、ひゅん、ひゅん、と。
どこか遠くて、何かが宙を舞っている音が聞こえるような気がした。
ミョズニトニルンの右腕があった位置には、土くれで形成された腕が、鋼の剣を持っていた。
麦野は。
数瞬前まで絶望の淵にいたはずの少女は、俯いたまま、こう言う。
「な・あ・ん・ちゃ・っ・て☆」
その表情は――絶望ではなく、愉悦に歪みきっていた。
「麦野沈利が、ミョズニトニルンに勝利できねェだと? ――最初の最初っから知ってんだよ、ンなことはよぉ!!」
瞬間、絶滅の輝きが迸り、ミョズニトニルンの両足が消失する。
女性の悲鳴が、ガリアの空に響き渡った。
「だがソイツは彼我の力量差を確定するワケじゃあねェ。元の世界にも『キャパシティダウン』とかいう子供だましはあったからな。最強ってのも難儀なものよ。世の凡人どもはソイツを引き摺り下ろすことに躍起になるからねえ。アンタみたいに、私に極端に『刺さる』スキルの構成を用意したり、さ」
悲鳴を上げながら崩れ落ちたミョズニトニルンの髪を掴み、麦野は彼女を宙吊りにする。
「が、あば、……な、にが……?」
「何が起こったのか? とか? アンタも大概脳味噌が緩いわねえ。勝利の方程式が崩れれば、ミョズニトニルンもただの女。なるほどね、
先程まで勝ち誇っていたミョズニトニルンを思い出し、麦野は嘲弄しつつ話を始める。
「アンタは知らないだろうけど、私は最初からそのつもりで『アイツ』を連れて来た。単なる道案内人に終わらせるつもりもなかった。ファイブオーバーのガラクタのような私の世界のモノを敵が運用して、追い詰められた時の『バックアップ』……ロングビルの『用途』は、最初からそれよ」
そう呟く麦野の背後から、浮かび上がるようにして緑髪の女性が現れる。
戦闘開始と同時に姿をくらましていたはずの、ロングビルの姿だった。
本来、いくら不意打ちとはいえロングビルの――トライアングル程度の魔法の攻撃では援護にもならない。だから麦野はロングビルの援護を期待していなかったし、ここまで一人の力で戦ってきた。しかしそれは、ロングビルの戦力を全く無視していたというわけではない。……どれほど用心深くとも、人間である以上気が緩む瞬間はある。そして、ロングビルもプロだ。壮絶な戦闘を制したと判断したときに生まれるその一瞬を見抜き攻撃することくらいならば、造作もないことだ。
「私のレベルになれば、戦いの規模は戦争並に広がる。そうなると当然、『強い奴に強い奴をぶつける』んじゃあなく『強い奴をいかに少ない労力で屠れる戦力を送り込む』かが重要になってくるわけだ。そんな状況でやって来た単独の敵――敵も私の情報を知っているという前提で考えれば、そのスキルが私という戦力を完封するモノだってくらい容易に予測はできるよなぁ?」
だから、麦野はあえて演じた。
『頭脳』によって敗戦に追い込まれる、哀れな巨人という役割を。
そうして戦闘開始前に引っ込ませたロングビルの存在をミョズニトニルンの意識から廃し、完璧なタイミングでの不意打ちを成功させたのだ。
それでもミョズニトニルンを完璧に騙すには、足の大火傷という対価を支払わなくてはならなかったが……それは致し方ない犠牲だったと言えよう。
「足はなく、頼みの綱の魔剣も手元にない。もう、テメェに勝利はない。……じゃあ、後は口を動かすだけだよな? 言え。テメェは私について何を知っている? 『世界の特異点』ってのは一体なんだ? 言えば楽に殺してやるぞ」
「……ふ、……ふ……何よ、結局、気になる、んじゃない」
「御託は良い。次は残った腕を消し飛ばすぞ」
「言っても、無駄よ……貴女には、理解できない」
瞬間、無慈悲な閃光がミョズニトニルンの左腕を呑み込む。悲鳴すらあげられずに、ミョズニトニルンは苦痛にもだえた。
「理解できないかどうかは私が決める。このままダルマのままに死ぬか下半身から徐々に蒸発していくか、どっちが良い? 選ばせてやるぞ」
「……く……は……ふ…………、貴女はこの勝利を自分のモノと勘違いしているようだけど、それは大きな間違い。貴女から見れば必然でも、貴女を知らない者からすれば自然でも、貴女を知る者がこの状況を見れば異常だと感じるはずよ。何故ならこのnge系qihgは本来ならばあり得ないrfd向lgeへ捻じlahdfaいるから。この戦いの結果で確信した……この世界はそうなるように調roqiyれgiimbcmz配さzbeurいる。貴女roiyxblkエラーをbvxy異点にして、貴女がoinxg世界でfhumnはずだったldvwedjfsahcの近似orenvこの世bxc時系oreksl歪めoiebvxとしているんだわ」
「……? コイツ、言葉が……」
「ほら……ね? 言った、でしょう? 真実を伝えるには、この世界は
「麦野さん。あまり長く話を聞いてはいけません。この女は、何を企んでいるか分かりませんから。情報は必要ですが殺せる時に殺した方が……」
「ああ、そいつは分かってるよ」
と、麦野は諫言するロングビルに頷き、
「……本当に、テメェは不死身だよな」
麦野はそう言うや否や、短槍と化したアスカロンを振るう。
直後、ガイィン! という音が響き、
「斬り落とされた腕で、最後まで私の命を狙うとはな。いや……
結局、ミョズニトニルンも麦野と同じだったということだ。万策尽きたふりをして、か弱い女のふりをして甚振られて――最後の最後に一発逆転を狙っていた。
そしてもしも麦野が最後の最後に勝ち誇って油断したりすれば、おそらくだがデルフリンガーと接触したミョズニトニルンは突き刺さった瞬間に能力を取り戻し、筋肉の収縮とかで麦野にデルフリンガーを高速で射出し、突き立てようとしただろう。そしておそらく、麦野はそれに反応することが出来なかったはずだ。……麦野であれば大いにあり得る末路だった。
しかし、それも最早回避した。
「これで、完全に万策尽きたな。言い残すことはあるか?」
「…………フフ、そうね……」
本当の本当に万策尽きたミョズニトニルンは、心の中で愛する男の名前を小さく呟き――――、
そして、一つの情報を麦野に伝えた。
直後、極大の光条がガリアの空を引き裂いた。