「いたぁ……」
「安静にしていてください。まったく、『この霊装』の使い道に『火傷治療』が存在していてよかったですね」
「あるって分かってたからこんな派手な火傷を負う戦略を許容できたのよ」
負け惜しみのようにつぶやく麦野に、ロングビルは『あれ以外の戦法を選ぶ余裕なんかなかったくせに』と心の中でだけ思った。
現在、二人は森の中に潜伏した上で疲労の回復にいそしんでいた。
アスカロンは既に短槍から元の大剣に戻っており、麦野の足の火傷は火傷治療のルーン魔術によって修復している真っ最中であるが、戦闘によって消耗した体力や精神力まで回復してくれるわけではない。そんなわけで、二人は首都リュティスを前にして足止めを余儀なくされていた。
「しかし、現状はまずいのでは? 使い魔の視聴覚はメイジと共有されています。そして生死についても、契約の解除という形でメイジ側からはすぐに確認できるはず。ミョズニトニルンは死んでいるのですから、私たちがこの周辺に潜伏していることに気付かれて波状攻撃を受ければ、分が悪いと思うのですが」
「その時はアンタが相手をしてやりなさい。何のために霊装を持たせていると思っているの?」
人のことを使い潰す気満々な麦野に閉口するロングビルをよそに、麦野はさらに小さく付け加えた。
――自分がトリステインに置いてきた、あの桃色髪の生意気な少女を脳裏に描きながら。
「それに、『虚無』の使い魔に視聴覚の共有はない。…………多分、あいつの主はどこで自分の使い魔がくたばったかも知らないはずさ」
***
第二三章 邂逅、そして Beginning_of_Finale.
***
麦野がミョズニトニルンを撃破したその翌日、戦争が始まった。
発端は、トリステイン軍がガリアの辺境オルレアン領に侵攻、占領したことだった。だが、何よりも諸国の注目を集めたのは、オルレアンを占領したトリステイン軍が、自軍の先頭に今は亡きガリア王弟シャルルの忘れ形見、シャルロット=エレーヌ=オルレアンが立っていると発表したことだ。
現ガリア王はシャルル皇太子を謀殺するだけでなく、その忘れ形見であるシャルロット嬢にまで手ひどい仕打ちをしていた。そのため、彼女はトリステインに亡命してきた。
そしてガリアはそれだけに飽き足らず、レコンキスタなる組織を率いて先のアルビオンで発生していた革命を裏から手引きしていた。
また、レコンキスタはトリステイン内部にもその根をはびこらせており、かの組織と内通している者が組織からの指示で汚職に手を染め、トリステインの国益を害する事件も存在していた。
これは許されざる暴挙であり、トリステインは国としての自立性を守るためにも、悪辣な現ガリア王家を認めない。始祖の光を浴びる血統はシャルロット=エレーヌ=
現ガリア王家はすぐさま王権を彼女に譲るべきである。
それがなされない場合、トリステインは始祖の名誉を守るため、現ガリア王家を倒さなくてはならないだろう。
――声明の内容を要約すれば、このような形になる。
そして追従するように、トリステインの同盟国ゲルマニアの辺境伯ツェルプストーが、この発表が事実であることを認める声明を発表。次いで、ゲルマニアが同盟国として正式にトリステインと共同戦線を組むことも表明した。
さらに遅れて数時間後、アルビオンも革命軍から国難を救ってくれた『勇敢なる大使』への恩義を果たすためとして、トリステインと共同戦線を張る声明を発表。ここに、トリステイン=ゲルマニア=アルビオン同盟軍対ガリアの構図が完成したことになる。
「状況はかなり良い」
ルイズと共に馬を駆っているワルドは、そう言い放った。あたりは森の中だったが、二人は少しも止まらずに走って行く。
タバサはこの戦争に大義名分を与えるため、今はオルレアンに留まっている。キュルケもまた、ゲルマニアに働きかける為にオルレアン近くで留まり、本国と連絡をとっていた。
二人とも用事が終わればすぐ最前線に駆けつけると息巻いていたが、正直ワルドとしてはルイズと二人きりという状況のほうが気が楽だった。
単純に気心が知れているというのもあるし、『敵国への潜入』は少人数であるほうが成功率が高い。
とはいえ、潜入自体の難易度も低下していた。
「どうやら、アンリエッタ王女が水面下でいろいろと働きかけていたようだね。いくらミス・ツェルプストーからの働きかけがあったとはいえ、このタイミングはあまりにも早すぎる。おそらく『外交努力』で口説き落としていたところに、ミス・ツェルプストーからの働きかけがあったことで最後の決断に踏み切れた、といったところか。アルビオンについても同じだ。どう考えても、あのタイミングの表明はひそかにアルビオンに同盟の打診をしていたとしか思えない」
「アン……」
「きみが貴族として成長しているように、あの王女様も今や立派な為政者というわけだ」
実際、この盤面は麦野と通じていたワルドでさえも予測していなかった。
麦野はガリアとの戦争にトリステインが単独で臨むものと考えており、だからこそ戦力をそぐために先んじてガリアに向かっていたのだ。
だが、この状況。
三国からの同時攻撃であれば、いかにガリアとはいえ五分五分の戦いを強いられることになる。いや、三国から輸入に制限をかければ、いかに広大な国土を持つとはいえただの一国。徐々に干上がっていくことは想像に難くない。この上麦野がさらに戦力をそげば、さすがのガリアも敗北必至となるだろう。
だが、ガリアには不気味な武器が存在している。
『場違いな工芸品』。
このまま行けばガリアは間違いなく『それ』を使用するだろう。そうなれば、盤面は分からなくなる。将棋の中にチェスの駒を投入すれば、予測が崩壊するのと同じ。それだけで、当たり前だったセオリーが働かなくなる。
だから、麦野は真っ先に『それ』があるだろう場所へ向かうはずだ。
王都リュティス。
本来であれば、ガリアはもう少し余裕を持って戦争に入ることが出来たから、国内の至る箇所に『場違いな工芸品』を配置しているはずだった。ゆえに麦野の動向を予測するのは、合っているかも分からないルイズの『勘』に頼るしかなかったが……今は、違う。
ガリアは極力消耗を抑えて、ここ一番のタイミングで勝負を仕掛けるしか戦争に勝つ術がない。だから、必然的にそれは最も巨大な都市に集中せざるを得なくなるのだ。リュティスは元々王都であり、その分国防は他よりも強固になっている。戦力は集中させやすいだろう。
「……待てルイズ! 何か妙だ」
状況を整理しつつ馬を駆っていたワルドだが、不意にそう言って馬を止める。
『風』のスクウェアであるワルドには、感じ取れた。まだしばらくは森が続くはずなのに、空気の流れが違う。まるで森の中の一部で木が消し飛んだような、そんな空気の流れを感じるのだ。
「……何かの戦闘の痕かもしれない」
「! それって……」
「分からない。ミス・ムギノかもしれないし、そうでないかもしれない。既に戦争は始まっているからな。ガリア国内に潜伏していたシャルル派が戦闘を始めている可能性もある」
言葉を交わしつつ、二人は慎重に馬を操って件の場所に辿り着く。
そこは『戦場跡』だ。
半径五〇メートルほどの円形型に、木々が殲滅されている。ワルドをして『空気の流れがおかしい』とするのも無理はない。ここまで木が伐採されていれば、もはやそこは『森』とは呼べないだろう。
そして、こんなことができるのは一人しかいない。
「シズリ…………」
「どうやら彼女は此処で戦闘していたようだな。……だが、彼女が此処まで派手に地形を破壊するほど激しい戦闘が、起こり得るものか……?」
ワルドは油断なく周囲を観察するが、弾痕の類はない。破壊の痕も、概ね
と、
『おぉーい!! そこ、そこの!』
木の陰から、人間の声が聞こえて来た。
それに対し、ワルドの返答は実にシンプルだった。
「『エア・カッター』!!」
『うおぉ!?』
木ごと切断して声の主を切断せんとした風の刃だったが、それはパキィン! という何かが割れるような音と共に打ち消されてしまう。
「何……? 魔法を打ち消す、だと? いや、それよりも……」
『こっこの野郎! いきなり魔法とかどういう神経してやがるんだ!』
ところで、木が切断されるということはその向こうにある『何か』の姿が分かるということだ。
ズシン……! と音を立てて倒れた木の向こうには――、
「……『インテリジェンスソード』……?」
新品のような輝きを放つ大剣が地面に突き立っていた。
***
『……ったく、妙な女に拾われたと思ったら化け物みてえな
切断されて横たわった木のすぐ横に突き立てられた大剣――デルフリンガーは、そんな風に捲し立てていた。
あれからワルドが攻撃したことを詫びて、それからこうして話をしているのだが、二人は早くもデルフリンガーの性格について掴んできていた。
「貴族は杖を振るのよ」
『けちくせえこと言うなって! あの女のお蔭で俺っち新技習得したからよ、杖を振りながら剣を振るうくらい余裕だぜ。それにお前さん、
デルフリンガーのその言葉に、ルイズは思わず息を呑んだ。咄嗟に言葉が出てこないルイズに代わって、ワルドが切り出す。
「きみは何者なんだい?」
『あん? 何だヒゲ。俺様はデルフリンガー。「ガンダールヴの左腕」ってヤツさね。あの女に色々いじくられたショックでけっこー思い出してるんだぜぇ?』
「ガンダールヴの、左腕……ですって?」
『何だ娘っ子、お前さん虚無の担い手だってのにそんなことも知らねえのか? いや、知らなくて当然か……? もうけっこう経ってるしなあ』
「どういうことよ! ちゃんと分かるように話して!」
強い剣幕で詰め寄るルイズに、デルフリンガーは鍔をカタカタと震わせた。肩を竦めているつもりらしい。
『ま、俺本来の役割に「ガンダールヴの左腕」って機能はねえんだけどよ。まあコイツはブリミルの野郎が勝手に設定してくれやがったせいで今もなお続いているってことかね。虚無ってのはホントどうしようもねえぜ。「幻想殺し」の機能じゃ
「そういうことじゃなくて! あんたがいないとシズリに勝てないってどういうこと!? シズリのこと知ってるの!? シズリと此処で戦ったの!? シズリはどうなったの!?」
『質問が多いなあ、娘っ子。……ま、順々答えて行ってやるけどさ』
デルフはそこで言葉を切って、
『まず結論から言うと、使い手のあの女は無事だ。なんか自爆で足に大火傷を負ってたが、一緒にいた緑髪の女に治してもらってたしよ』
「そ、そう……」
『んで、その時俺を使ってたのはもう一人の「
「ミョズニトニルンが、だと?」
デルフリンガーの言葉に反応したのは、ワルドの方だ。
ガリアの虚無がミョズニトニルンであろうということはワルドも突き止めている。だが、それならミョズニトニルンはガリアの持つ手札の中でも最上位に位置しているはずだ。そして、あらゆる異能を打ち消す機能を持つデルフリンガーも。
それが今こうして宙ぶらりんになっているということは……今、ガリアはワルドたちが考えているよりも劣勢に入っているのではないだろうか?
『ああそうだ。ヤツの能力は「あらゆるマジックアイテムを使う」こと。……つまり、武器である前に「インテリジェンスソード」っていう「マジックアイテム」の俺も範疇ってこった。んで、支配された俺はあの女に機能の一部を改造された上で「使われて」いた』
「それで、シズリとかち合ったと……?」
『そゆこと』
答えると、ルイズの視線に恨みがましいものが混じったが、これはデルフリンガーからすればどうしようもないことだ。むしろ自分も被害者だと分かって欲しい、とデルフリンガーは思う。
その意を汲んだのか、ワルドはルイズの肩に手を置き、
「ルイズ。彼は悪くない。それに彼もまた、ミョズニトニルンに操られて意に沿わぬ相手と切り結ばされた被害者だ」
『おうヒゲ、話が分かるじゃねえか。……ま、娘っ子の気持ちも分かるがね。そこでだ、娘っ子。お前さん、俺を振るってみねえかい? 詫びに色々サービスするぜ』
「……さっきも言ってたけど、そもそもわたし、剣なんて持ったことないんだけど。あんたみたいな大きな剣、とてもじゃないけど扱えないわ」
『大丈夫大丈夫、ミョズニトニルンも大概インテリって感じの女だったけど、俺のことを達人並に使いこなしてたぜ』
「それは『あらゆるマジックアイテムを操る』能力のお蔭でしょ! わたしはただの虚無の担い手なの!」
『ミョズニトニルンの機能は「マジックアイテムを使う」ところまでで、別に剣を振るうのはマジックアイテムそのものの機能じゃねえのにかい?』
そう切り出したデルフリンガーに、ルイズは思わず言葉を止める。
つまりそれは、このデルフリンガーに『達人の剣技を授ける』機能が存在している――ということか?
『元々は、あんまり濫用できるようなものでもないんだがね。アイツに色々いじくられたお蔭で、俺の方でも使い方がマスターできた。あの使い手……シズリっていうのか? ソイツにおっそろしい光を何回も叩き込まれたお蔭で、
流石に、ミョズニトニルンがやっていたような『獣の機能』や『自己再生機能』についてはデルフリンガーにはできないが、使い手の身体を動かすことくらいならばできなくもない。
これはこの場にいる全員が
「……何でわたしなの? それならジャンのほうが、わたしなんかよりもずっとあんたのことを……」
「いや。それは違うな、ルイズ」
尤もな疑問を言うルイズを遮るように、ワルドが返す。
「彼の話を聞くに、なれるのは『達人まで』だ。それ以上にはなれない。これでも俺は自分の剣技を達人並と自負していてね。これ以上余分なオプションをつけても、元々の技能と競合してしまうだけなんだ」
『そーゆーことだ。それに、多分あの使い手に太刀打ちできんのは「虚無の担い手」だけだしな』
「……どういうこと?」
デルフリンガーの意味深な物言いに、ルイズは怪訝な表情を浮かべる。それに対し、デルフリンガーはカタカタと鍔を揺らしながらつづけた。
『あの使い手は今までの使い手とは違う。あの力……かなり歪んじゃあいるが、虚無の力と同種の物を使ってる。アレに本当の意味で対抗できるのは、虚無の担い手くらいだろ。「幻想殺し」がなけりゃ始まらないが、俺にできるのは負けないことだけだし』
ルイズには言っていることの半分も理解できなかったが、とにかく『虚無』だけでも『幻想殺し』だけでも勝てず、両方が揃わないといけないということは分かった。であれば。
「…………わたし、で……良いの?」
『娘っ子じゃなけりゃできねえよ』
ルイズはデルフリンガーの横に立ち、大剣を掴む。
「なら……力を貸して、デルフリンガー」
『おうともさ。担い手に力を貸して、使い手と戦うなんざ初めての経験だが――』
そして、引き抜く。
まるで聖剣を引き抜く若き王のように。
鮮やかに、すんなりと剣を翳す。
『今回の使い手はお前さんだ。よろしく頼むぜ、ゼロのルイズ』
伝説の魔剣は、口元を吊り上げるように鍔をカタカタと震わせた。