【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第二四章

「さて、ルイズ」

 

 デルフリンガーとの邂逅の後、また馬を使って移動を始めたワルドは、おもむろにそう呼びかけた。

 その表情は、婚約者を慮る優しい青年のものではない。部下に対し、覚悟を求める厳しい上官のものだ。

 

「これからリュティスに入る。覚悟はいいか」

「ええ、もちろんよ」

 

 ルイズはそれをむしろ頼もしく思った。これから自分と共に戦ってくれるのは、トリステインでも屈指の風メイジである魔法衛士隊隊長・ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドなのだから。

 

『俺の方も準備は万端だぜ』

「あんたは剣なんだから当然でしょ」

『ひでえなあ……娘っ子』

「その娘っ子っていうの、やめてくれない? わたしにはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールっていうちゃんとした名前があるんだから」

『ああん? 何だって? 長くて覚えきれねぇよ。やっぱ娘っ子で十分だ』

「…………ウンジュー・ハガル……」

『ああっ! ごめん! 悪かったから虚無はやめて! 虚無で直接爆発を送り込まれたら幻想殺し(イマジンブレイカー)でも対応できないから!!』

 

 慌ててカチカチと鍔を鳴らしながら弁解するデルフリンガーに、ルイズは渋々詠唱を止める。

 

『っつーか、これから「虚無」を使うってのにこんなところで精神力使っちゃダメだぜ。虚無だって無限じゃねえんだ』

「分かってるわよ。でもこの後城に侵入するんだし回復するでしょ駄剣を消し飛ばすくらい」

『さらっとひでえこと言うなお前! ……っつか、わざわざ城に入らなくたって、ジョゼフが城にいるって分かってんなら直接「虚無」を撃てばいいんじゃねえのかい?』

「二人とも、雑談するのは良いが気合を入れてくれよ」

 

 寸劇を演じるかのような調子の二人に、ワルドは思わず笑いながら肩を竦める。

 そしてそれから、こう続けた。

 

「あの城にジョゼフがいると目されているが、実際には違うかもしれない。もし違った場合、ルイズの精神力が回復するまで数日は待たなくてはいけなくなる。それに、ジョゼフだって虚無だ。得体のしれない術で対策されるかもしれない。……リスクを承知で、ヤツの虚無を見極める必要があるのさ」

 

 それに、とワルドは前置きし、

 

「トリステイン……いや、それだけじゃない。アルビオン、ゲルマニア、果てはガリアまで……戦争が本格化すれば、多くの人が傷つくことになる。それを止められるか否かは、俺達の手に掛かっているんだ。雑な仕事は出来ない」

 

 その言葉に、ルイズは唾を呑みこみ、前を見据える。

 眼前には、丁寧に舗装された広い街道が目を惹く大都市――リュティス。

 これが、最後の戦い。

 

 ジョゼフと……ではない。

 もっと大きな何かとの戦いの気配に、ルイズは改めて気を引き締める。ともすれば、引き締め過ぎてしまうほどに。

 

『……娘っ子、ビビってんのかい? 意外とカワイイとこあんじゃん』

「…………」

 

 ゲシ、ゲシ、と蹴りの音が連続した。

 まあ、この相棒と一緒にいる限り『気を引き締めすぎる』ことは、なさそうだが。

 

***

 

第二四章 ある復讐の終わり Charlotte's_War.

 

***

 

「待て、止まれ」

 

 リュティスの中心街にほど近い街道を先導していたワルドは、そう言って足を止めた。周囲には既に街が広がっていたが、戦時中だからか人通りは殆どなかった。そのうち幾つかは、戦火が広がる前に田舎に逃げたりもしているのだろう。

 

「……どうしたの? ジャン」

「…………出てこい。そこにいるのは分かっている」

 

 問いかけるルイズだったが、ワルドはそれに答えない。彼の視線は路地裏に続く角に集中していた。ルイズに背負われたデルフリンガーが、カタカタと鍔を震わせる。

 

「人だよ、娘っ子。そこのヒゲは風メイジだから、空気の流れで物陰に誰かがいるって分かったんだ」

「三人だ。人間三人分の気流の乱れがある。……一人は……子供か。ルイズ」

「分かってるわよ。死なない程度に爆発を調節するくらい、朝飯前なんだから」

 

 そう言った瞬間、物陰の向こうにいる者たちがあからさまに反応した。そして次の瞬間、物陰から三人の人影が躍り出る。

 

「出たわね……! イル、」

「待って! ルイズ! ストップ! タンマ!!」

 

 ルイズが杖を振りおろそうとしたその直前、聞き慣れた声が彼女の耳に飛び込んできた。

 それから、目が眼前の三人の容姿を認識する。

 赤い癖毛の長髪を持つ、褐色の美女。

 青い髪を肩で切りそろえた、眼鏡の少女。

 そして――同じように青い髪の、活発な印象を感じさせる美女。

 

「キュルケ! タバサ! ……あと一人は誰?」

「ああ、この子は、」

「きゅいきゅい! シルフィなのね!」

「…………私の使い魔。シルフィード」

 

 飛び跳ねる美女を押さえつけて応えるタバサに、ルイズは目を丸くする。

 

「ええっ!? でもあんたの使い魔ってドラゴン……人、あれ? 再契約???」

「なるほど……『韻竜』というわけだね」

 

 落ち着き払って言うワルドに、タバサは無言で頷いた。

 

「……って、そうじゃないわ! それも重要だけど、何であんた達が此処に?」

「ちょっと、それが急いで戦場に駆けつけて来た親友にかける言葉? 労いの一つでも言えないのかしら? ヴァリエールの娘っ子は」

「こ、この、ツェルプストーは口の減らない……!」

「キュルケ、話を混ぜっ返さない」

 

 タバサはキュルケの頭に大きな杖をコツンをぶつけ、

 

「ガリア国内にいる反乱勢力の扇動は、もう済ませた。ジョゼフ王を倒すのはわたしの役目。あなた達だけに押し付けるつもりは――ない」

 

 そう、静かに言った。

 その瞳の中には、静かな決意が湛えられていた。

 ワルドはその目を見て満足そうにうなずき、

 

「こちらとしても、訓練を受けたトライアングル二人というのは助かる。先程は隠れるつもりがなかったからやっていなかったようだが、本来風メイジというのは、周囲の気流を操ることで風メイジからの探知を逃れることもできるからな。高位の風メイジに韻竜がいるなら、我々全員の気配を完全に消すことができる」

 

 ワルドはそう言って、街道の向こう――ジョゼフがいるであろう王城を見据え言う。

 

「面倒な過程は省略して、一気にボス戦と行こうか」

 

***

 

 ワルドの言葉に嘘はなかった。

 王城に入り込んだルイズ一行は、本当に誰にも気づかれずに城の中を進んで行ってしまう。トリステインでも指折りのスクエアメイジに、ガリアでいくつもの死線を潜り抜けて来たトライアングルメイジ。戦時で強力なメイジが出払ってしまっているガリア王城の戦力程度を欺くのは、それこそ簡単なことだった。

 

(……でも……)

 

 だが、城の中を進んで行くルイズの心は晴れていなかった。何と言うか、それだけで終わるはずがないと思うのだ。相手は、自分と同じ『虚無』の担い手。であれば……いや、仮に相手が虚無の担い手でなくとも、何かがあるはずだ、と。

 

「此処だ」

 

 ワルドが扉の前に立ち、指を差す。

 勿論、声も気流の壁に防がれて外部に漏れることはない。

 

「……風のメイジっておそろしいわね。ギトーが最強って言うのも分かるかも」

 

 キュルケがそう呟いてしまうのも無理はないだろう。そんなキュルケを横目に、ルイズは心配そうにワルドの裾を掴む。

 

「ジャン……」

「分かっているさ。可愛いルイズ。俺だって馬鹿正直に扉を蹴破ったりはしない」

 

 ワルドはレイピアでもある杖を振るい、

 

「ミス・オルレアン――――魔法発動後の隙は頼んだよ」

 

 瞬間。

 不可視の刃によって、目の前の扉どころか壁全体がバラバラに切り刻まれた。その呪文は……、

 

「『カッタートルネード』!?」

 

 風圧の騒音に紛れ、キュルケの声が聞こえて来る。

 ワルドだって、虚無の担い手を軽く見ることはない。むしろ、ワルドは虚無の担い手の恐ろしさを味方視点から十分に承知している。あれほどの爆発が『初歩の初歩の初歩』であるということも、知っている。

 ならばこその、完全なる不意打ち。

 ならばこその、回避できない制圧魔法。

 ワルドはまさしく、プロだった。

 

 だが。

 

「ふむ。やはり読み通りだったな」

 

 ガリアの無能王は、それすら上回った。

 

「な、馬鹿な!? 前兆はなかったはず、何故――――」

「一つ教えておこう、子爵。政治の世界では、『対応』というのは前兆を察知してからするのではない」

 

『カッタートルネード』の、その破壊が届かない安全域。

 そこに、ジョゼフは『まるでそうなることが分かっていたかのように』佇んでいた。

 

「相手の思考を読んで『先回り』して行うのだ」

 

 そう言って、ジョゼフは手に持った短剣をワルドに向け……それから飛び退いた。

 瞬間、それまでジョゼフがいたところにいくつもの氷の槍が突き立つ。

 

「ありがとう、ミス・オルレアン。君にバックアップを頼んでおいて助かった」

 

 その場の全員が驚きの余り硬直していたその時、事前にワルドに声をかけられていたタバサただ一人だけは、行動を止めていなかった。それは、タバサの中にも確信があったからだ。

 ――あの男がこの程度で仕留められるわけがない。

 ――もしそうだったら、わたしが今までで()っていた。

 

 だから、ジョゼフを発見した瞬間に魔法を発動することができたのだ。

 

「流石に強者だな。だがその程度で覚醒した『虚無』に勝てるか――?」

 

 ジョゼフの姿が、その言葉と同時に掻き消える。ワルドは事前に会話の間に詠唱していた『エア・ブースト』を発動させる。キン! カキィィィン!!!! と金属音が連続する……が、ルイズ達は二人の戦闘に介入することはできない。それどころか、目で追いかけることすら困難だった。

 同じ風メイジであるタバサでギリギリ……そんな境地だ。

 

(前にジャンと戦ってた時は、『わたしを倒す』っていう目的に愚直に向かってきていたからどうにか対応できてた。でも、今は違う。ジャンとジョゼフの戦いは、ただ向かうだけじゃない駆け引きがある……私じゃ、その駆け引きに付き合いながら戦うことはできない……!)

 

 だが、それはルイズには何もできないということを意味するのではない。

 

「――――エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ」

 

 『虚無』。

 どんな場所にでも問答無用で爆発を叩き込み望んだものだけを消し飛ばすことができるあの魔法なら――ジョゼフがどれほど素早く移動しようと関係なくジョゼフの杖のみを消し去ることができる。そして、いかに虚無といえど、杖を消し飛ばされてしまってはもう何もできなくなる。

 

「……と、考えているであろうことを読まれていないとでも思ったか?」

 

 ギュバッ!! と、ワルドを躱したジョゼフがルイズに肉薄する。

 実際の所、ワルドの『エア・ブースト』よりもジョゼフが扱う『虚無』の方が素早い。それでもワルドは衛士隊の隊長であり、ジョゼフはただの王だ。だから二人の力量は拮抗していると言えたのだが――――ジョゼフの持つ短剣には、毒が仕込まれていた。ワルドはそれを見抜き、一撃も食らわないよう慎重に戦っていたのだ。だから、その隙をジョゼフに突かれてしまった。

 だが。

 

「――――!!」

「軍人なめんな、ガリア王ッ……!!」

 

 轟!! と寸前のところで、キュルケの杖から火が噴いた。ジョゼフの姿は掻き消え、その後をワルドが追い縋って行く。

 

「……ルイズ! あんたはその呪文を唱え続けてなさい! あたしとタバサで此処は止められるけど、あんたのフィアンセだって正直じり貧でしょ! さっさとしないと勝ち目なくなるわよ!」

「……! オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド……」

 

 詠唱を再開したルイズを尻目に、少女たちの周囲を炎と氷が渦を巻くようにして取り囲む。

 その様子を見たジョゼフが、鷹揚に笑う。

 

「トリステインの虚無は、随分と頼もしい仲間を用意したようだ」

「ガリア、ゲルマニア、そしてトリステインからだ。……あの子はいずれ世界を変える。その為には、貴様は邪魔だ、ジョゼフ!」

「ふん……粋がるのは良いが、『虚無』相手に少し動きが大胆すぎやしないかね?」

 

 下段への突きを繰り出したワルドに対し、ジョゼフは飛び上がってそれを回避する。およそ政務に追われていた王の動きとは思えない機敏な動きだったが、それは引き締まった筋肉から容易に推測できたことだ。それより、ワルドはその回避を誘っていた。

 いかに素早くとも、空中では落下する以外にすることがない。そして、落下速度はどんなに素早くとも平等だ。

 

「いいや、『風』は最強だ。……時には、『虚無』すらも凌駕するほどにな!!」

 

 そして、ワルドはジョゼフの腹目掛けて剣を突き出す。

 

 その次の瞬間に起こった出来事に、その場の全員が目を疑った。

 

「――――ミューズはおれにとって、素晴らしい情報を齎してくれた」

 

 トッ、と。

 ワルドが剣を突きだした時既に、ジョゼフは地に降り立っていた。

 当然、ワルドの剣は虚空を貫くに留まる。ジョゼフは、その横を悠々と通り過ぎる。

 

「な、なんで……落下の速度すら早い……!?」

「『虚無』が司るもの、それは『ゼロ』だ」

 

 ジョゼフの短剣は、いともたやすくワルドの脇腹に突き刺さった。

 ジョゼフは突き刺した短剣をあっさりと引き抜き、そして三人を見据える。

 

「『次元』についての話をしよう。お前達には分からないことだろうが――……『次元』というのは、『切断』するごとに一つずつ下に落ちていく」

 

 そして、浮かべる。

 笑み。

 狂ってしまった者の――――というより、()()()()()()()()笑みを。

 

「立体である()()を包丁で切ればその断面はただの長方形になるのと同じように、n次元の物体を切断すると断面はn-1次元になる。ならば、理論上一次元の物体を切断すればその断面は〇次元になるはずだ。そうだろう?」

「…………!!」

「たとえば――――『時間』だって、一本の線と考えれば一次元の物体だ。時間の流れは一本のゴムひものようなものだからな。おれの『虚無』はその『時間』という一本の線を切断したその断面を掌握する」

 

 つまり、切断した『時間線の断面』の中を自在に活動する魔法。

 その言葉が本当ならば、時間停止すらも可能な恐ろしい能力になるが――そうなっていないということは、切断が正確でないと考えるべきだろう。『―||―』というように『時間の向き』に対して垂直に切断されているのであれば時間停止も可能だろうが、現状のジョゼフの魔法では『―//―』というような斜めの切断が精いっぱいなのだ。その結果、断面は『時間の向き』に対して完璧に垂直にはならず、ジョゼフは『数瞬という曖昧なくくりの中を自由に移動できる』状態になる。つまり、完璧な時間停止にはならず外部から見れば高速移動――いや、『加速』のように見えているのだ。

 『加速』。

 ……速度が上がるのではなく時間の流れそのものが早まっているのであれば、落下が速くなってもおかしくはない。

 

「…………!!」

「ルイズ! アンタは詠唱を続けなさい! 此処はあたしが――」

「遅いな、ゲルマニア」

 

 トッ、とその肩にナイフが突き立つ。ナイフの表面に塗られた麻痺毒が一瞬にしてキュルケの筋肉を痙攣させる。

 タバサは――――その場にへたりこんでいた。戦意を失った主を庇うように、シルフィードが必死に盾になっている。

 

「そんな……」

 

 万全を期していたはずだった。

 自分を含め、『虚無』が一人、スクウェアが一人、トライアングルが一人、韻竜が一体。負ける要素なんてないと思っていた。物量で纏めて押し潰せるものだと思っていた。――復讐が成し遂げられると思っていた。

 なのに、ルイズの詠唱は未だ終わらず、ワルドもキュルケも倒れた。その事実が、少女の心をへし折ってしまったのか。

 

「…………ッ!! ジュラ! イサ! ウンジュー! ――!!」

 

 それでも、ルイズは詠唱を諦めていなかった。最後の最後に『虚無』さえ成功させれば、絶対に勝てると……そう信じてただ無心に呪文を唱え続ける。

 そんなルイズに向かって、ジョゼフは懐からさらに短剣を取り出す。

 

「もう遅い。『加速』は投擲物にも影響を及ぼす――――トリステインの虚無……『チェック・メイト』だ」

 

 ヒュッ、と風を切る音がルイズの耳に届いた。

 その次の瞬間、短剣がルイズの胸を貫いた。

 

 

「……ハガル・ベオークン・イル…………」

 

 

 ――――それでも、ルイズの詠唱は続いていた。

 短剣は確かにルイズの胸を貫いた。

 だが…………それは本物のルイズではない。

 

「!? なんでなのね!?」

「……ぬう!? これは……なるほど、シャルロットお前――」

「…………キュルケが放っていた炎魔法の熱を利用して、事前に蜃気楼を生み出しておいた……。ジョゼフ、あなたが貫いたルイズの姿は、わたしが別の場所に作り出した虚像にすぎない」

 

 タバサがへたり込んだのは、絶望して勝負を諦めたからなんかではない。

 用意していた蜃気楼はルイズの周囲にしか展開していなかったから、最後の瞬間に交戦の意志ありと見做されて攻撃されれば自分はダメージを受けてしまう。そうすると魔法で生み出した蜃気楼を維持することができなくなってしまう。だから心が折れたフリをして、ジョゼフの意識の外に出たのだ。

 ジョゼフは自分に降りかかる困難に興味を示し、そうでない相手は無視する。その性格を知っていたタバサだからこそとれた戦略だといえよう。……シルフィードまで騙されているのはご愛嬌だが。

 

「……そして、これだけ時間を稼げばもう十分」

「行くわよ、虚無の初歩の初歩の初歩―――!!」

「……チェック・メイトをかけた気になって、逆にかけられていたというわけか」

「『虚無の光(エクスプロージョン)』ッッッ!!!!!!」

 

 ルイズの詠唱とともに、彼女の杖の先から莫大な光が生み出される。

 そしてその瞬間、ルイズの意識は飛躍的に縮小し、同時に飛躍的に拡大した。

 手元にあるどんな存在よりも極小の一点。それがこの世界の全てであると、ルイズは自覚する。この世界のたった一つに『光』を送り込むことができるし、逆に全体を『光』で包んでしまうこともできる。

 その中で、ルイズは選ぶ。ジョゼフの持つ杖、……だけでなく、キュルケに刺さったナイフ、そしてワルドとキュルケの身体の中をめぐる毒素。それらに狙いを定め――『光』を、放った。

 

「――――チェック、メイト」

 

 広く狭い空間からルイズが意識を戻すと、あらゆる武器を失ったジョゼフにタバサが杖を突きつけているところだった。

 

「うっ、ぐ……タバサ、あなた」

「おれを殺すか。それも良い……おれが殺したシャルルの娘に憎しみをぶつけられ果てる、というのもなかなか悲劇的でおれ好みだ……」

 

 ジョゼフは自嘲の笑みを浮かべていた。だが、その表情に恐怖はない。歓喜もない。ただ、諦観を以て自分の死を受け入れる――此処までの策略を披露した稀代の王とは思えない無気力な姿があった。

 

「……いや、お前は殺さない」

 

 タバサは杖を突きつけたまま、憎しみの炎を目に灯してそう言い放った。

 

「殺して終わりなんて、そんな安易な終わりは認めない。お前はこれから自分が苦しめたハルケギニアの全ての民に償いをすることになる。一生かけても終わらない償いに、一生を費やしてもらう」

 

 慈悲ではない。ジョゼフが有能だから利用するといった実利的な思考でもない。単純に、これがジョゼフにとって最も苦しい結末だと、考えに考え抜いて生み出した一つの結論。

 小さな復讐者は、そうして己の復讐を締めくくる。

 

「――――このつまらない世界の為に、一生を使い潰せ。それがお前への罰だ」

 

 振り下ろされた長大な杖が、死神の鎌めいてジョゼフの意識を断ち切った。

 

***

 

 ぱち、ぱち、ぱち、という軽薄な拍手の音がその場に響いた。

 それは、今までルイズ達が戦っていた部屋の中から聞こえていた。毒が抜けて復活したワルドにキュルケ、復讐に決着をつけたタバサと気絶したジョゼフを縛り上げるシルフィード、そしてルイズがそれぞれ拍手の方を見やる。

 そこには誰もいなかった――――が、ルイズ達はそこに誰がいるのか既に気付いていた。

 

「流石だ、ルイズ」

 

 ズゥ、と。

 虚空が突然揺らぎ、そこに麦野とロングビルが現れる。

 

「ミス・ロングビル? どうしてあなたが……」

「…………やっぱりね」

 

 事態を把握しきれないキュルケとは対照的に、ルイズは特に慌てた様子もなく突然現れた麦野を睨みつける。

 

「蜃気楼だよ。まぁ、魔法の応用によって物理現象を起こしたそこの青いガキのそれと違ってこっちは蜃気楼も含めて魔術の現象だから『完璧に姿を消す』っていうふざけた芸当までできるがな」

「そうじゃなくて……何で、どうやって此処に」

「どうやっても何も、事前に潜伏していたに決まっているでしょ。私の目的はガリアの無能王なんかじゃない。最初の最初から、ルイズの『虚無』の為に動いていたんだから」

「…………、」

 

 そして、此処でその事実を開陳するということは。

 

「……ミス・ムギノ、貴方は」

「ワルド、どうやらお前は裏切ったみたいね」

「……!」

「でもそんなことはもうどうでも良い。結果としてお前のお蔭で虚無を見れたんだからな……帳消しってことにしておいてやるわよ」

「…………〇次元の極点は?」

 

 そこで、それまで無言だったルイズが初めて口を開いた。

 あらゆる状況確認をすっ飛ばしての本題に、麦野はぷっと吹き出してしまう。

 

「流石に『虚無の担い手』か……話が早くて助かる。っていうか、私も早いとこ新しい玩具を見せびらかしたくってさあ!」

 

 そう言って、麦野は右手を突き出す。

 そこには、白く輝く『何か』が確かに収まっていた。

 

「〇次元の極点。世界のすべて。進化した原子崩し(メルトダウナー)は、これに干渉することで世界の万物を好きなところに吹っ飛ばし、引き寄せることができる。まさしく! この瞬間! 私はこの掌に世界を収めたって訳だ!!!!」

 

 麦野の哄笑が、城中に響き渡っていた。

 ひとしきり笑った麦野は、それからゆっくりと、ギアを切り替えるようにルイズの方に向き直る。

 他の者は、言葉を発することすらできなかった。何か余計なことをすれば、死ぬ。麦野と共にこれまで行動し続けて来たはずのロングビルですら、そんな確信があった。

 

「私がお前との使い魔契約に甘んじたのも、全てはこの時の為。〇次元の極点を手中に収めた今、私にできないことはなくなった。元の世界を探して帰るもよし……いや、その前にハルケギニアの全土を統一するのが先かしら? あー、魔法やらなにやらを色々取り出して不老とかに挑戦してみるのもアリかもね? そのへんはどうでも良いわ。重要なのはルイズ、お前よ。目的を果たした使い魔契約の主……ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

 生来気位の高い麦野が使い魔という『従えられる側』に甘んじていた理由。

 それは、ひとえに『〇次元の極点』を手に入れる為だ。それまでの間の社会的地位を担保する手段。世界のすべてを手に入れられるのであれば、その為に少しくらい生意気なガキの子守をしたって良い。その程度の考えでしかなかった。

 では、目的のもの――『世界のすべて』を手に入れてしまった麦野が次にすることは、いったいなんだろうか?

 

 麦野沈利という人間は、気位の高い人間だ。

 

「――――私はさァ、どうも自分の上に誰かが立つって状況が気に入らないみたいでね。だからさ、ルイズ……」

 

 すべてを手に入れた今、麦野にとって世界のすべてがどうでも良いものとなっている。

 ……ただ一つ、『使い魔契約』という裏技で、たとえ形だけででも麦野の上に立っているルイズを除けば。

 

 だから、麦野は獰猛な笑みを浮かべる。

 実に彼女らしい、悪鬼のごとき笑みを。

 

 そして次に、彼女の口はこんな言葉を紡いだ。

 

 ブ・チ・コ・ロ・シ・カ・ク・テ・イ・ね。

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