【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第五章

 虚無の曜日。

 八日あるハルケギニアの一週間において、唯一の休日だ。トリステイン魔法学院においても、多くの学生が城下町まで買い物に行ったり、浮気相手とラ・ロシェールまで遠乗りに行ったりする。

 麦野は、いつもまだルイズも起き出さないくらいの早い時間に目を覚ます。

 あんな騒ぎを起こした後だったが、麦野は――少なくとも表面上は――決闘以前の態度でルイズに接していた。良くも悪くも、である。乱暴な口調になったりしない代わりに、ルイズに対して心から親しみを向けることもない。

 

「ん……」

 

 麦野の朝は早い。

 まだベッドがない為ルイズと一緒に寝起きしているので、横で寝ている桃色頭を起こさないように静かに起きる。水の準備をして、顔を洗い、それから身体を拭う。

 元の世界では起きたらシャワーを浴びていた麦野だったが、この世界では夜しか浴場が使えない為、朝は身体を拭うしかない。煩わしかったがこの程度は別に我慢できない不満ではなかった。

 

「くァあ~っ……」

 

 

 眠気を取る為に欠伸を噛み殺しつつ部屋の外を歩いていると、前の方から緑髪の女性がやって来るのが見えた。

 ミス・ロングビル――この学院の長であるオールド・オスマンの秘書を務めている女性だ。メイジだが、貴族ではないのでマントは身に着けていない。オスマンは貴族も平民も分け隔てなく接する大人物という話だった。

 

「おはようございます、ミス・ムギノ」

「ん。おはよう、ロングビル」

 

 すれ違い際に挨拶し、そして別れていく。何のことはない日常の一コマだ。

 その裏で、麦野は思う。

 

(……監視されているな。まあ、あれだけ派手に暴れてりゃ当然かしらね)

 

 麦野がロングビルと知り合ったのはここ数日の事だ。

 『魔法学院ハイ・オーク事件』の噂の発生があまりにも素早かったので、何者かが意図的に噂を流した可能性を考慮し、それが可能な人物を探っている中で、麦野はロングビルに行きついた。

 学院長の秘書でありながら、平民。学院のあらゆる人材とパイプが繋がっているといって過言ではないポジションだ。問い詰めると、ロングビルはあっさりとオスマンとコルベールが主犯であることを吐いてくれた。

 ロングビルも女性としてオスマンのやり口には呆れていたのと、普段セクハラされていた鬱憤もあり情報を売ったのだが……それがきっかけで、精神年齢の比較的近い二人は親交を持つようになった。

 当然、仲が良くなったという意味ではない。麦野は勿論ロングビルも、表面上親交を持ったからと言って心を許すほど素直な性格ではない。

 ちなみにオスマンとコルベールについては麦野自らが粛清した。ルイズも流石にアレだと思ったのか止めに入ることはなかったのが哀れを誘う。

 

(確か、情報によるとロングビルのメイジとしてのランクはライン。学園都市の能力者で言えば異能力(レベル2)から強能力(レベル3)ってとこかしら。たとえ不意打ちでもそんな雑魚に私を潰せるとは思えないし、監視として役に立ってないんじゃないかと思うけど……)

 

 とはいえ能力の強さが全てではない。暗部にいる麦野は、そのことを知っている。かつての世界で仲間だった大能力者(レベル4)の滝壺は戦闘などこれっぽっちもできない雑魚だったが索敵能力でチームを助けていたし、無能力者(レベル0)だったフレンダは独力で超能力者(レベル5)を追い詰めることのできる技量の持ち主だった。

 要は、適材適所なのである。

 力には使いどころというものがあり、状況次第で価値など如何様にも変わる。

 

「お、いたわね」

 

 ――――尤も、超能力者(レベル5)はそんなセオリーなど跡形もなく吹き飛ばすが……という思考を最後に、麦野は前方に目を止める。彼女の視線の先には井戸があり、そのほとりには一人の少女がいた。

 黒髪の、そばかすが特徴的なメイドだ。桶に服を突っ込んでいる。どうやら、洗濯をしているらしかった。

 

「シエスタ」

「あ! ムギノさん。おはようございます!」

「ん、おはよう」

 

 シエスタと呼ばれた黒髪のメイドは、屈んでいた体勢から立ち上がると、麦野に向き直った。

 召喚された翌日、ごく当たり前のように厨房に行って賄をもらった時に親しくなったメイドで、名前はシエスタという。人懐こい性格で、お世辞にも温厚とは言えない麦野の態度にも難色を示すことなく接していた。

 実の所、決闘を経ても麦野の平民評が上がることはそんなになかった。

 というのも、『魔法学院ハイ・オーク事件』により麦野は平民から、『オークみたいにとんでもなく腕の立つメイジ殺しの女性』という認識を受けることになったからだ。あの決闘の顛末も、『喧嘩を売って来た貴族の少年六人を化け物みたいに強いメイジ殺しの女性が素手でボコボコにした』という形になっており、どちらかというと『貴族よりも強い化け物がやってきた』という感じで、恐怖の対象が一人増えた程度にしか思われていない。

 並行世界においてボコボコにされても諦めずに戦ったことで『我らの剣』と呼ばれた少年とは雲泥の差だったが、シエスタはというと麦野とわりと最初期の方から交流を重ねていた為、相変わらずの調子で接し続けていた。

 

「いつもご苦労ね」

 

 麦野は素直にシエスタを労う。洗濯など、麦野はこの世界に来て早々にシエスタに押し付けてしまった。

 ちなみに、今のルイズは『意地を張っている張本人の麦野に弱みは見せられない』とかでなるべく自分のことは自分でやろうとしている為、他の貴族同様に学院のメイドに洗濯物を渡しているのだが、そんな事情があるので実質の労力は何も変わっていない。

 ただ一つだけ、朝が弱いルイズは麦野に起こしてもらわなくては朝食ギリギリまで寝てしまっているのだが、どうやら彼女の中で朝起こしてもらうのは『弱み』にはカウントされないらしい。

 

「これも仕事ですので。辛いとか言ってられません」

「それもそうね」

「ムギノさんのお仕事は、ミス・ヴァリエールの護衛ですよね」

「…………そういうことになる、のか?」

 

 麦野がルイズの身の回りの世話をしなくなったのには、そうした認識の変化もあった。徒手空拳でもラインメイジを秒殺できるほどの力量を持つ麦野なのだから、使い魔の役割その三は確実に果たせるということで、身の回りの世話をする大義名分も消し飛んだのである。

 なので、せっかくの決意も実質的には無意味なのだった。

 

「何か変わったことはない?」

 

 洗濯を再開するシエスタを見ながら、麦野は何とはなしに問いかけた。

 何事も、情報収集は大事だ。メイド間の情報網はかなり有益になるので、麦野はこうして朝の時間にシエスタと話をすることにしていた。実際に『魔法学院ハイ・オーク事件』の初動もこのシエスタとの会話の中で判明したくらいである。

 ちなみに、シエスタはこうした麦野の行動を『凄いメイジ殺しの人が自分達のことを気にかけてくれている』と勘違いしており、これが彼女の中での麦野株上昇の一因なのだが、麦野はそこには気付いていなかった。

 

「いえ、特には。……ただ、マルトーさんの話だとアルビオンはかなり大変なことになってるみたいですね。アルビオンからの輸入品が高くなってるってぼやいてました」

「ああ、『レコンキスタ』だっけ?」

 

 麦野は適当そうに言う。

 アルビオンでは貴族派と王党派に別れて内戦が勃発しており、貴族派が圧倒的優勢ということは既にコルベールから聞いて知っていた。さらに戦局が傾いて来ているのなら、そう遠くないうちにアルビオンの王族……テューダー王家は滅亡するだろう。

 

(確か、アルビオンの国王はトリステインの死んだ国王の兄弟だったか。となると、新アルビオンとトリステインはどう頑張っても仲良くはできないわね。トリステインの国力は弱ってるらしいし、早い所手を打たないと次はこの国かしらん?)

 

 科学の発達した世界において尚『一個大隊に匹敵する戦力』と言われる麦野にしてみれば、この世界の技術力ならたとえ数万単位で襲われても残らず殲滅できるのだが、そんなことをする義理などどこにもない。ルイズの実家は大貴族らしいし、もしも戦争が始まったならとっとと里帰りについて行ってそのまま領地に引きこもれば良いだろう、と思っていた。

 

「本当に、恐ろしい話です……。せっかく最近怪盗フーケの被害が落ち着いて来たのに」

「フーケ?」

 

 麦野は首を傾げた。

 コルベールから聞いた『最近のトリステインの情勢』には、そんな怪盗の話はなかったのだ。

 

「ああ、ムギノさんは知らないかもしれませんね。少し前までトリステインを騒がせていた怪盗ですよ。貴族様の持っていたお宝を盗んでしまうんです。どんな堅牢な壁も土くれになってしまうから、『土くれ』のフーケって呼ばれていました。ああ恐ろしい……」

「ふぅん、アンタ平民でしょ。何が怖いの?」

「だ、だってムギノさん! フーケは目撃者を絶対生かしてはおかないって……。しかも、この魔法学院の宝物庫を狙ってるって噂もあるんですよ!」

「なるほど。でも、最近は見てないんでしょ?」

「はい……。数か月くらい前から、ぱったりと」

 

 となると、どこかでくたばったかしたのだろうか? と麦野は思う。何にせよ、死んだと確定していない以上、アルビオンよりはこちらの方がまだしも警戒すべき情報だろう。

 

「ありがと。それじゃシエスタ、またね」

「はい! また」

 

 適当に挨拶し、麦野はルイズの自室に戻って行く。

 

 

***

 

第五章 深まる疑念、深まらない疑念 A_Certain_Holiday.

 

***

 

 十数分後、麦野とルイズは厩舎にやってきていた。

 買い物と言えば都会、都会と言えばトリステインでは首都トリスタニアである。

 ちなみに、トリスタニアは魔法学院から歩きで行けばまる一日はかかってしまう。なので、馬で行くことになった。

 

「シズリ、馬には乗れる?」

「馬術なら一通り修めているわ」

 

 麦野は何てことなさそうに言いながら馬の首を撫でる。馬は嫌がるでもなくそれに従っていた。『馬術』ではなく『恐怖』で従えているのでは? とチラリと思ったルイズだったが、それは言わないでおいた。

 

「でも、シズリって貴族じゃないのに馬に乗れるのね。そういえば『がくえんとし』ってところにいたんだっけ? そこでは乗馬も教えてるの?」

「そっちは関係ない。私の生まれが貴族みたいに高貴だっただけよ」

「へえ。あんたもメイジだったの? もしかして、言ってなかっただけで貴族だったり?」

「いや違う。私は……――あー、一応貴族制がある国もあるのか。貴族か平民かで言えば、制度的には私は平民だったよ」

「何か含みのある言い方ね……」

「アンタに説明しても分からないだろうしね」

 

 そう言って、麦野は話題を断ち切った。そこから麦野のもといた場所などについて聞きだそうと思っていたルイズは、いきなり出鼻を挫かれた形になる。

 

「し、シズリの家って、どんな家だったのかしら」

 

 馬に乗りながら、ルイズはそれでもめげずに問いかける。もはや意地だった。麦野のことを今よりずっと知ってやるという意地が働いているらしかった。

 対する麦野は、楽々と馬に乗りながら、その発言を無視した。

 

「ねえシズリ? 無視しないでくれるかしら?」

「お前には関係ない」

 

 ばっさりと切り捨てた麦野の口調が冷たい色を帯びていたので、ルイズは面食らってしまった。ルイズに対する意地悪とかではなく、本当に本心から言いたくない話題だったらしいと気付く。

 気まずさから、ルイズはついに口を噤んでしまったが、麦野の方は涼しい顔だった。立ち往生しているルイズを追い抜き、門の方に移動していく。

 ルイズは、そんな麦野の後ろ姿を見つめていることしかできない。

 ほかならぬ麦野自身に会話をする気がないのだから、そもそも距離を詰めることさえできない。できたとしても、ほんの上っ面程度の話にしかならない。

 

(こんなんじゃ、いつまで経ってもシズリにわたしを認めさせることなんてできやしないのに……)

 

 歯がゆい思いでいたルイズだったが、麦野が操る馬がその足を止めたことで怪訝な表情になる。

 悠々と馬を駆っていた麦野は、呆れたように振り返って言った。

 

「何止まっているのよ。こっちは道が分からないんだから、アンタに案内してもらわないと先に進めないでしょうが」

 

 ハッとしたルイズは、先に進んでいく。

 そして、道案内をするということはその過程で会話の糸口も見つけやすくなるということだ。

 ルイズは打って変わって意気揚々と馬を駆った。

 

***

 

 そんな二人の姿を、学院の中から見ている影があった。

 

「あの子、あの使い魔相手によくやっているわね」

 

 一人は、赤い髪に健康的な褐色肌が目を惹く巨乳の少女。

 

「…………」

 

 もう一人は、メガネをかけた青い髪の、本が良く似合うおとなしそうな少女。

 

「タバサも、あの子が気になる?」

「使い魔」

 

 青い髪の少女――タバサは、キュルケの問いに言葉少なに答えた。無口な性分のタバサは、あまり多くを語らない。だが、友人として長いことやっているキュルケはそれだけの言葉からタバサの意図を読むことができた。

 

「……確かに、あの使い魔は気になるわね。特に、あの手から放たれた光」

「スクエア以上」

 

 タバサの補足に、キュルケは頷く。

 学院長の配慮によって、あの決闘を見た者や決闘の当事者は麦野のことをハイ・オークだと思っている。それ以外の者は、あまりに腕の立つメイジ殺しをそう錯覚したのだと思っているが……キュルケとタバサはそのどちらでもなかった。

 タバサは、実際にハイ・オークと対峙したことがある。ハイ・オークは先住魔法を使うことができるほどの知能と才能を持ったオークのことだ。そして、先住魔法というのは往々にして『自然と密着した形の』現象を引き起こす。あんな……石造りの城よりも精密で冷徹で人工的な光は、先住魔法に生み出すことなどできようはずもない。

 キュルケは、そんなタバサが警戒するのがただのハイ・オークではないという直感と、それがルイズの使い魔であるという事実から、麦野に対して一定の警戒を持っていた。

 

「何もしなければ、良いんだけど」

 

 とはいえだからといって特別ことを荒げたりしないのは、ルイズがあの使い魔と交流を持とうと努力していて、あの使い魔があれ以降『洒落にならない騒動』というのを起こしていないからだ。

 話を聞けば決闘自体件の貴族の少年たちが吹っかけたものだというし、基本的に刺激さえしなければ無害な存在なのかもしれない。

 

「…………」

 

 そう考える横で、タバサはじっと外を見つめていた。

 窓の外では、ルイズが麦野を先導して何かを話しかけているところが見えた。

 

「……気になる?」

「…………」

「……後、追ってみる?」

 

 その問いかけには、二つ返事が返って来た。

『あたし、女の尻を追いかける趣味はないんだけどなあ……』なんて呟きを残しつつ、二人の少女はルイズ達の後を追った。

 

***

 

「オイ『ご主人様』。アンタ、殺し屋を雇われるようなことをした覚えは?」

「何よ藪から棒に。わたしは人に恨まれるようなことをした覚えはないわよ」

 

 道案内にかこつけた会話を幾度しただろうか。『シャケ弁』なるものが好きだという情報を聞きだしたあたりで、麦野がふいにそんなことを言った。ルイズは意味が分からず、首をかしげてしまう。

 

「そうか……ならあの青いドラゴンを撃つのはやめておくか」

 

 そう言われて、ルイズは弾かれたように上を見た。青い空に紛れ込むようにしていたのでなかなか気づき辛いが、上空に青い鱗のドラゴンが飛んでいるのが微かに見えた。

 

「よ、よく分かったわね……」

「視線を感じたからね」

 

 そこからしてよく分からないルイズである。

 

「でも、あの使い魔は……確か、タバサの使い魔ね。いつもキュルケの横にいる」

「青い髪の?」

「そうよ。知ってるの?」

「ああ……()()()()()()()()

 

 そう言って、麦野は空に向かって手を翳す。すると面白いくらいに青いドラゴンは慌てて急制動を取り出した。くっくと麦野は愉快そうに笑うと、手を降ろして手綱を握った。

 

「ちょっと、そういう悪戯はやめなさいよ。洒落になってないわよ」

「洒落じゃないわ。ちょっと撃とうと思っただけ」

「なお悪いわ!」

 

 ルイズが憤慨するが、麦野はやっぱりどこ吹く風だった。

 ほどなくして、ドラゴンが地に降りて来る。

 

「ほら、降りてきたじゃない。いきなり撃たれそうになったから怒ってるのよ」

「そんな甘ちゃんには見えなかったけどね」

「ちょっと! 何をいきなり撃とうとしてきてるのよ!!」

「追跡していたことは謝る」

 

 軽口を叩きつつドラゴンから降りるのを待っていると、まずキュルケが怒り、次にタバサが頭を下げてきた。

 

「理由を話してくれない?」

 

 キュルケの方は鮮やかに無視し、タバサの方に視線を向けて問いかける。まさか危険分子の監視がしたかったなどとは言えずに一瞬答えに窮するタバサをフォローする形で、キュルケが麦野の間に割って入った。

 

「ヴァリエールが使い魔を連れて王都に遠出なんてしてるから、何を買いに行こうとしてるのか気になったのよ。あたしがタバサを部屋から引っ張り出したの」

 

 そう言って、ただでさえ大きな胸を誇らしげに張る。

 

「覗き見の為に友達を使うなんて必死過ぎてみっともないわよ」

「あーらルイズ、なかなか言うことを聞かない使い魔を物で釣ろうとしているアンタに言われたくないわ」

「ななな、な、なんですってえ!?」

 

 ここぞとばかりにツッコむルイズだったが、あっさりと煽られて形勢逆転されてしまう。麦野は頭に血が上りやすいご主人様にやれやれと頭を振り、そしてキュルケに上手く話をはぐらかされたことに歯噛みする。

 が、相手が麦野を監視しようとする理由も分からないでもないし、此処であえて追及することはしなかった。

 

「まあ良いわ。私達の買い物見物がしたいなら好きにすればいいし。でも、私は高みから見下され続けるのが非常に我慢ならない」

「なら一緒に乗れば良いわ。タバサのシルフィードに」

「ちょっと! それじゃあ馬はどうするのよ!」

「そこの駅に預ければ良いでしょ。帰りはそこに降ろしてあげるから」

 

 この時代の主な交通手段は馬なので、街ごとに馬を置く為の駅がある。一番近い駅は、この近くにある街だった。城下町ほどの規模はないが、それでも王都近くなのでそれなりに栄えていたはずである。

 

「う、ううむ……」

 

 キュルケの仲間の手を借りることはキュルケの手を借りることも同然と考えているルイズだったので、完璧に懸念が払われたあとも渋ってしまう。そんなルイズの膝に、麦野はいつの間にか馬から降りて手を置いた。

 

「さっさと降りましょう。時間を短縮できるなら儲けものだし」

 

 自分の使い魔に諭されたのが決め手になって、ルイズは渋々シルフィードに乗ることに決めた。

 馬はシルフィードが牧羊犬みたいに誘導できるそうなので、早速二人はシルフィードに乗り込む。シルフィードの背中には都合よく掴まれるような凹凸状の背びれがある。それに掴まると、シルフィードはほどなく飛び立った。

 バサバサバサ!! と力強く翼をはためかせると、その翼は明らかに物理以上の風力を叩きつけて浮かび上がる。

 

「触った感じ、骨の中がスカスカってこともないわね。やっぱり全部魔法の力か」

「? 何で骨がスカスカな必要があるのよ? ドラゴンは力が強いんだから骨が丈夫なのは当然じゃない」

「アンタ骨付きのチキンも食べたことないの?」

 

 疑問符を浮かべるルイズを、麦野は適当に切り捨てる。傍から見ていたキュルケは、『ああ、コイツらいつもこんな感じなのかな』とルイズがちょっと不憫になった。

 

「私も興味がある」

 

 そんなルイズの尻馬に乗るかたちで声を発したのは、タバサだった。

 タバサとしてはそう言っておくことで麦野から会話を引き出し、そこから麦野の抱えている『異常性』を分析したいという考えだったのだが、二人に尋ねられては断るのも面倒くさいのか、麦野は渋々話し出した。

 

「アンタ達、鳥が何で飛べるか知ってる?」

「? 翼があるからじゃないの? 何でそんな当たり前なこと聞くのよ」

「テメェはいちいち人の話す気を削いで来やがるな……」

 

 無垢な瞳で問い返すルイズに、麦野はひくりと青筋を立てた。が、すぐに気を取り直して話を続ける。

 

「じゃあ、翼を生やしたら人は飛べる? 想像してみなさい、両手に大きな羽毛の膜を取り付けたコッパゲが塔から飛び降りて羽ばたくのを」

「…………落ちるわね」

 

 キュルケは三人を代表して、地面に人型の穴を作りつつ落下するコルベールを思い浮かべながら答えた。

 

「そうよ。まあ他にも筋力やら航空力学やらいろいろと関係してくるけど、まず一番大きいのは『鳥の身体が軽いから』ってのがあげられる」

「身体が軽いと、飛べるようになるのかしら?」

「正確には『飛びやすくなる』ね。重さが軽いと、飛ぶのに必要な力が少なくて済むのよ」

「じゃあ、小さいものしか空を飛ぶことはできないってことになるわよね」

「まあ概ねは。ただ、鳥とかは骨自身がすかすかになるように進化することで重量を軽減するようになってる。あとは羽毛とか内臓系の進化も関係あるけど」

「ああ、なるほど。それでさっきチキンがどうのって言っていたのね」

 

 ただ、と麦野はシルフィードの翼を撫でながら続ける。

 

「コイツの骨は、叩いても軽い音はしなかったし、翼の大きさもこの巨体を動かすなら一〇メートル単位のものが必要になるでしょうね。そうじゃないってことは単純な物理を乗り越える力……『魔法』が使われてるってことよ」

「私のフレイムも、炎を出すのは火の先住魔法の力があるからだしね」

風竜(ウインドドラゴン)、だったかしら? コッパゲの図鑑で見たけれど」

 

 そう言って、シルフィードの背を撫でる。シルフィードはきゅいきゅい、と存外可愛らしい声でくすぐったそうに鳴いた。

 

(……魔法の力を持った生物、ね。どういう系譜でそんな現象を前提にした生き物が進化してたのか、気になるところではあるけど)

 

 それは、麦野の世界で言えば超能力や魔術による現象を前提にして進化した生き物に同じだ。人間の扱う技術を前提にして適応進化した生物というのは、SFチックではある、が……、

 

(まあ、そんなことはどうでも良いことか)

「ねえシズリ、あんたどこでそんな知識を勉強したの?」

「アンタには関係のない話よ」

 

 麦野はハルケギニアの生物の進化の歴史などどうでも良いので、そこで考えを打ち切った。

 なお、麦野が元いた世界に関する謎はさらに深まるばかりであった。

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