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戦いの終わる少し前
冷たい隙間風が入り込む灰色の部屋、うっすらと塵と埃が床を覆う。そんな薄汚れた部屋を不釣り合いな純白のLEDの蛍光灯が明るく照らしていた。
窓際の椅子に腰掛けていたアークは手にしていた本をバタリと閉じた。
「ふぅ・・・ この国では顔の上に布を被せるのは葬儀の風習ではなかったかい? 行儀が悪いと思うよ」
読み終わった本を机の上にそっと置くと机を挟んで座っている相手を見る。 神代唯牙は背もたれに深くもたれ掛かりハンカチを顔に乗せて浅く寝息を立てていた。
「まさか本当に寝ちゃうなんて、嫌われているとは思っていたけれどちょっとショックだよ僕」
アークはハハハッとあどけなさの残る顔で自重気味に笑うとそのまま懐から懐中時計を取り出し盤面を目を細めて見た。
「でもそろそろ終わる頃合いじゃないかな?」
唯牙はアークの言葉に全く反応する事なく静かに呼吸で胸だけを揺らしていた。
「君が可愛がっていたあの子、今頃もう殺されているんじゃないかな」
煽るような口調でアークは続ける。
「他の因子を持つ子達もそろそろ回収しようと思っていたからね、多少痛めつける事になるだろうけど丁度よかったよ」
唯牙に反応はない。
「・・・・・・遠路遥々やってきたって言うのにここまで冷たくされると、流石の僕も応えるね」
顔をしょぼんと萎ませるとアークはゆっくりと椅子を引き立ち上がる。無骨なコンクリートの床にふわりと埃が舞った。 そのままくるりと振り返り窓へ近づくと外の景色へ目をやった。星の見えないどんよりとした雲が広がる闇の空、眼下には生気の感じられない廃墟、それを越えた遠く先には別世界のような綺羅びやかな街の明かりが輝いていた。
うっすらと見える光をアークはぼうっと見つめる。
ここはアークによって人が祓われ電波と言う繋がりが絶たれた陸の孤島。アークと唯牙だけに色がついているような乾いた黒と灰色の空間。
まるで時間が止まっているかのように静寂が流れ続ける。
───しかしこの瞬間にも、少女達は大切な人の為に戦い続けている。皮膚を、肉を裂き、血を流しながら 骨を砕きながら小さな体を奮い立たせて戦い続ける。
────ぼんやりと外を見ていたアークが椅子に手をかけもう一度椅子に腰掛けようと窓から目を逸らしたその時。
遠くの夜空に綺麗な花が咲いた。
体の芯にまで響く低い音にアークが振り向くと灰色の部屋に鮮やかな光が届く。遠くに見える町並みの上空に輝く大きな花火が上がっていた。
「おや・・・ あれはこの季節に見られる物だったかな?」
冬の夜空に咲いた花火を窓越しに見ながら呟いたアーク、その背後でガタリと音がした。その音に振り向こうとしたアークの背中に花火の音とは比べ物にならない程に深く、重く敵意と殺意が突き刺さる。
振り向いたアークの目に映ったのはいつの間にか立ち上がっていた唯牙と目前に迫る紫の拳だった。
◆
「なになに?」 「なんかのイベント?」 「季節外れすぎない?」
寒空の下、大きな駅とその前に続く繁華街、道行く人々は突然打ち上がった花火に驚き足を止め空を見上げた。そんなざわめく人々を見下ろすように建つビルの屋上に動く人影があった。
「たーまや〜」
人影はライターに火を灯し次の打ち上げ花火を乱雑に置きそっと近づける。
「あ〜今日はまじしんどかった〜」
花火の導火線に火が付くのを確認すると足の力を抜き勢い良く地面に倒れ込んだ。
「まーじで13ヶ所に大規模テロレベルの玩具仕掛けてやがったぞ・・・・」
浅葱乱馬は夜空にぼやいた後はぁっと深く溜息を吐く。そこにすぐ横から優しい声がかけられた。
「爆薬にこの国には居ない筈の危険生物、毒ガスやらなにやら、本当にお疲れ様ねあさちゃん、ありがとう」
「まーじで今迄で一番働いたかもしれん・・・・ てか私よりお前は大丈夫なのかよ? 動き回っていい怪我じゃねえだろ」
乱馬は答えながら首だけを動かし声の主を見た。声をかけた女性はコートを着込んでいるが見えている手首や首、顔にも片目を隠すように包帯が巻かれ、そこには痛々しく赤い血が深く滲んでいる。
「あの子達が頑張ってるのに私だけ寝てる訳にはいかないわ」
「・・・それもそうだな」
ボッ
二人の横で小さな爆発音が上がると甲高い音と共に空へと閃光が登る。
「それにしても花火で合図って、季節外れにも程があるだろ」
ドォン 黄色の花火が空に咲く
「仕方ないわ、向こうからの通信はどうにか出来たけれど私達からあっちへの通信は妨害されて出来ないんだもの、ふふっでもちょっと可愛いじゃない」
「まったく、売ってるの探すの大変だったんだぞ・・・ まあ確かにアイツにしちゃあ茶目っ気がある作戦だよな」
乱馬は横になったまま次の花火を立てて火を付けた。
「おっ、これ一番デカイやつだぞ」
「おー!」
一際大きな筒からまた花火が飛び立つ。
「ま、これでアタシらの仕事は終わりだ 後はアンタらのとこの大先生の仕事だぜ」
「ふふっ そうね」
ドォン
舞い上がった閃光が暖かな赤色で炸裂して輝き街を薄く照らす。 乱馬の横でその花を見上げる白銀ハルは、その光を真っ直ぐな目で見つめてそっと口を開いた
「やっちゃえ、ユイ」