「よいしょっと」
少しだけぐらつく箱に片手と足を乗せて私は体を持ち上げた。ゆっくりと箱に登って足元に気をつけながら箱の上で立ち上がると、さっきまで少し飛び上がらないと届かない位置にあった柵の手すりはわたしの胸元に来ていた。
「これなら・・・ 超えられるかな」
あとは勇気を出してこの柵を超えれば──
「全部、終わる」
怖い─
落ちるのも、痛いのも、
死ぬ事も─
だけどきっとこれが正しいんだと私は震える足を握った拳で叩いた。
手が、震える
歯がガチガチとなってる。
顔が熱くなっていつの間にか涙が頬を流れてた。
それでも私は決めたんだ。
震える手で手すりをつかむと力を込めて私は体を持ち上げた。
(みんなさようならっ!)
恐怖といろんな思いで頭がぐちゃぐちゃで
「凛々奈さん・・・」
最後に思い出すのは、貴方の笑顔で
これで 全部終わ──
「なーにしてんの?」
いつもの、私の大好きな日常の中で聞いていた声が後ろから聞こえた。
「ふぇ!?」
私はそれに驚いて振り返るとぐらつく足場のせいで足を滑らせて箱の上に座るように転んでしまった。
「いたぁ!!」
お尻を強くぶつけちゃった。
「アハハ、危ないよ」
いたた、とぶつけた所に手を当てて声をの方を見た。
「だいじょぶ? みーちゃん」
ああ、どうして─
「凛々奈さんッ!」
この人は会いたい時に居てくれるんだろう
「ほんと何してんのみーちゃん てっか寒っ!!」
凛々奈さんは寝ていた時の姿のまま上着も着ないで寒空の下で立っていた。
「良かった・・・ 凛々奈さん 目が覚めてッ!」
凛々奈さんの姿と声に安心して私はすぐに駆け寄ろうとしたけれど、その足は動かなかった。
「よく寝たからもう絶好調よ」
元気そうに凛々奈さんは笑った。
「どうして、凛々奈さんがここに?」
「んー?」
尋ねると凛々奈さんは人差し指を頬につけ首を傾げて言う
「なんとなく?」
「えぇ?」
気の抜ける声で言われ私は少し苦笑いをしてしまった。
「ま! みーちゃんのいる所私ありって事よ、さ帰りましょ! 寒い寒い!」
凛々奈さんはそう言って私の方へ歩き出して手を差し伸べる けれど。
「来ないでッ!」
だめ。
もう決めたから、あの手を取ったらこの覚悟が消えて無くなってしまう気がしたから。
また涙が溢れてきて、きっとぐしゃぐしゃになってる顔で精一杯の笑顔を作った。
「凛々奈さん! さよならです!」
「私! みんなと過ごせて幸せでした! 本当に本当に!!!」
きっとこれは神様が最後にくれた時間なんだろう。
気持ちを伝える時間をくれたんだ。
「みんながッ 大好きだからッ わ、わた、私が」
うまく喋れないけど、伝えないと
「私のせいで傷ついちゃ! 嫌だから!」
「だ、だから! これが一番良いんです!!」
凛々奈さんはまっすぐ私の目を見つめて動かない。
「さようなら凛々奈さん ずっとずっと大好きですよ!」
伝えたい事を勢いに任せて吐き出して、私は覚悟を決めて振り返る。手すりを掴んで終わりへと飛び出そうとした時。
ガチャッ
変な金属音が後ろから聞こえた。私はそれが気になって少しだけ動きを止めて振り向いてみた。そこに凛々奈さんがいるのは当然なのだけどその姿に私は思考が一瞬止まった。
「ふぇ?」
凛々奈さんはなぜかポカンとした表情で何処にもっていたのか分からないいつものピストルを右手で自分の頭に当てていた。まるでそうするのが当たり前みたいに自然な表情で。
「えええ!」
私にはなんでか分かった、凛々奈さんが本当に撃つって
「だめえぇええええええ!」
無我夢中で私は走り出した。箱から飛び降りて転びそうになりながら凛々奈さんに抱きつくように飛びついた。その勢いで凛々奈さんは尻もちをついて二人で地面に倒れた。
ズガァン
それと同時に凄い音と花火みたいな匂いがした。凛々奈さんのピストルの音。弾は空に向かって飛んでいったみたいだった。
「な、な、な、何やってるんですか!!!」
起こっている事の意味も分からず凛々奈さんの胸を叩いた。
「なんで! こんな事をッ」
もうちょっとで凛々奈さんがいなくなってたと思うとさっきよりも涙でてきてしまった。胸を叩きながら凛々奈さんの顔を見上げると、
パチンッ
「いたぁ!!!」
おでこに凄い痛みがあった!
「こっちのセリフよ」
ヒリヒリするおでこを擦りながら痛いのを我慢してなんとか片目だけ開けると凛々奈さんの左手が顔の前にあった。手の形で分かったけどデコピンされたみたいだ。
「全く・・・ みーちゃんは」
静かに優しく言った凛々奈さんは私を両手でぎゅっと抱き寄せる。
「分かった? 大事な人が勝手に死んじゃう気持ち」
肩を抱きしめてくれていた手が優しく私の髪を撫でた。
「あっ あうああ」
なんだか色々ありすぎて混乱して言葉が出てこない。そんな私に凛々奈さんは優しく言葉を続けた。
「分かってるよ、みーちゃんの気持ち 自分のせいでって思っちゃったんだよね、」
ああ─
優しい声と優しく撫でる掌
「みーちゃんは優しいから、みんなの為にってこうしようと思ったんだよね」
この声が、あなたの温もりが─
「だけど分かったでしょ? こんな戦いの傷なんかよりずっと 大事な人が居なくなることのほうが痛くて、辛いのよ」
なにより、大切で─
「だからみんなの事を想うのなら、こんな事二度としちゃ駄目よ」
「ううぅッ うああああっ!」
また涙が溢れてきたけれど、これはさっき迄とは違うなんだか 暖かい涙で。
「だけどッ! もし私のせいで誰かっし、死んじゃったら!」
そう言うと凛々奈さんは私の頬に触れて私の目を見つめて言う。
「死なせないわよ、私が守るから」
力強いその言葉が不安な私の心を貫いて。
───抱き合って見つめ合う私達。世界に二人だけに、なったみたいで。
この人とずっと一緒に居たいと思って。
私は一つだけ、我儘を言う。
「じゃあ、約束してください ずっと、一緒にいてください
みんなともずっと一緒にいられるように」
「もちろんよ」
私は両手を凛々奈さんの首に回して抱き寄せる。
「でもやっぱり不安なんです 怖くて、怖くて」
「うん」
「だから安心させてください、約束して」
貴方とずっと一緒に居られるように、貴方が居なくならないように
「もしも、凛々奈さんが死んじゃったら、私も死にます」
貴方に救われた私も貴方を信じて生きるから
「だから 絶対死んじゃ駄目ですよ 私の命も一緒ですから」
凛々奈さんの耳元でそう伝えると。凛々奈さんの掌が私の顔を凛々奈さんの顔の前に持っていって、触れてしまいそうな程近くて。
「──いいよ」
いつの間にか降りだした雪が凛々奈さんの唇に触れてゆっくり溶けていった。