「シェム! こっちだ、早く!」
キャプリニーの親友であるアゼルが、自身の黒髪についた砂ぼこりを払いながら、僕の名前を呼ぶ。
僕の視線の先には、あちこちから煙が上がるピッコロ村が広がっている。その村の中央で、僕の両親は働いているはずだ。
「でも、父さんと母さんが!」
「お前が行ったところで、どうにもならないだろう! まずは生き延びないと!」
しびれを切らしたのか、アゼルは僕の腕を掴んで、村の外れにある教会へと走っていく。僕は何度も背後を振り返るが、村から両親が出てくる様子は一切ない。代わりに出て来るのは、武装し、返り血を浴びた姿を晒す悪党たちの姿。
「振り返るな! 走れ!」
アゼルの声に、慌てて僕は視線を前に戻し、懸命に走る。ただただ走り続けて、ようやく教会へとたどり着いた。
「おお、アゼル君にシェムハザ君、無事だったか」
教会の中に入ると、神父さんが僕たちを出迎えてくれた。教会の中には数十人の村の人たちもいて、皆ここへ避難してきたようだった。
「はい……俺たちの両親は、来てませんか?」
息を切らしながら、アゼルが神父さんへと聞くが、ゆっくりと首を振った。
「残念だが、二人のご両親は、ここへは来ていない」
その言葉に、僕は全身から力が抜けたような気がした。
「父さん……母さん……」
あまり裕福とは言えないこの町で、僕は家族といる時間が、かけがいのないものだった。鉱石病、天災、とても平和とは言い難いこの世界だったが、僕は家族さえいれば、それでよかった。
だが、きっともうそんな時間は帰ってこない。村で暴れる悪党が、僕の大切なものを壊してしまう。
「なんだ、こんなところに隠れてやがった」
「女に子供もいるじゃねえか、こりゃ高く売れるぞ、ははは!」
教会に不快な笑い声が響く。
村で暴れていた悪党たちだ。ついにここまで来てしまったようだ。教会に逃げ込んでいた人達は一斉に奥へと逃げるが、教会に出入り口は一つしかない。
「おお? なんだこのガキ」
「動かねえぞ? 俺たちにビビッて気絶したか?」
僕は、逃げようという感情が浮かび上がってこなかった。この世界で一番大切だと思っていた家族を失った今、本当に生きている意味があるのだろうか? そう考えたら、もう全てがどうでもよくなってきていた。
「シェム!」
アゼルが僕の名前を呼んでいる。
「本当に動かねえな。まあちょうどいいか、ここまで成長しちまうと商品価値も下がるし、見せしめに殺すか」
悪党二人は、どうやら僕を殺すつもりのようだ。
もういい、ひと思いに、早く殺してくれ。
「じゃあな、ガキ」
悪党の一人が、片手に持つサーベルを振り上げる。
そっと目を閉じ、意識が遠のくのを待った。これで、また父さんと母さんに会えると、そう思っていた。
だが、いつまでたってもその刃は僕の身体に振り下ろされることは無かった。不思議に思い、そっと目を開ける。
「命を粗末にするのは、頂けないな」
白衣の上にパーカーを羽織り、顔には金属製のマスクをつけた人物が、僕を見ていた。視線をずらすと、悪党二人の頭には矢が刺さっており、白衣の人物の裏には、クロスボウを構えた人物が立っている。
状況が呑み込めず、その場に立ち尽くしていると、白衣の人物の手に握られていた通信機から声が聞こえた。
『ドクター、教会へ向かう敵性存在、全て排除しました』
「了解した、これよりそちらに向かう。その後、村に残る残党を駆逐する」
『了解』
ドクターと呼ばれた人物はさっと踵を返し、教会から出ていく。その背中に向けて、僕は思わず声をかけていた。
「あの! 貴方は、一体……」
足を止め、振り返るドクター。
「俺は、バベルの戦術指揮官だ。この村を救援しに来た」
ただそれだけ言い残し、ドクターは教会を出て行った。
後ろから駆け足で近づく足音が聞こえ振り返ると、アゼルが僕の両肩を掴んだ。
「何やってんだよ! お前死にかけてたんだぞ!」
アゼルの必死な表情に、僕は段々と感情を取り戻してきた。
「ご、ごめん……家族がもういないって考えたら、なんか、どうでもよくなってきちゃって……」
そこまで言って、僕はハッとした。ドクターはバベルと名乗り、この村を救援しに来たと言った。ならば、僕の家族も、助けてくれるかもしれない。
「ドクターなら、僕の家族を助けてくれるかも……」
思わず口に出てしまった。
「ちょっと行ってくる!」
「おい、ちょ、シェム!?」
心配してくれた親友を置いて、僕はドクターの背中を追いかけた。
村へ走っていくと、住居が多くあるエリアの手前で、手元に視線を落とすドクターを見つけた。
「ドクターさん!」
「君は、さっきのヴァルポの少年か。何故ここに来た」
ちらりと僕の顔を見ると、すぐに手元の小さく薄い端末に視線を戻した。
「この町の中央に、僕の家族がいるんです! どうか、助けてくれないでしょうか! お願いします!」
深く頭を下げる。人生で一番心からお願いしていると言っても過言ではない。しかし、ドクターは何も僕へと返事は返さない。淡々と通信機で指示を送り続ける。
「シェム! ここにいたのか!」
後ろから、呼吸を荒くしたアゼルの声が聞こえる。
「危ないだろ! この人たちの邪魔になるから、教会へ戻るぞ!」
「やめてくれアゼル、今僕は、この人にお願いしてるんだ」
「お前が家族を一番大切にしてるのは分かるが、お前自身が死んだら意味ないだろ!」
アゼルが僕の腕を引っぱるが、精一杯僕は抵抗する。鉱山で働く親を手伝っているだけあって、アゼルの方が力は強く、ずるずると僕は引きずられる。
アゼルと攻防を続けるさなか、ドクターは視線をそのままに、冷静な声で言った。
「君の両親は、パン屋か?」
「え? そうですけど……」
唐突な問いに戸惑う。しかし、僕の頼みを聞いてくれる気になったのかと、嬉しくなる。
「やはりな、村中央のパン屋で、ヴァルポの夫婦が倒れていた。その二人に、君はよく似ていたからすぐに分かった」
喜びを感じたのも束の間、その言葉を効いた瞬間、再び絶望が僕を襲った。
「それって……」
「残念だが、君の両親は既に亡くなった」
一切隠そうともせず、ドクターはそうはっきりと言い切った。
「……ああ、了解した。残党を警戒しつつ、集結してくれ」
ドクターは端末をポケットにしまうと、僕の方へと近づいて来る。
「キャプリニーの少年、教会にいる人達に、村の安全は確保したと伝えてきてくれ」
「は、はい。シェム、行こう」
「ああ、ヴァルポの少年は少し話したいことがあるから、君一人で頼む」
アゼルは、少し悩んだ後、頷いて教会へと駆け出した。
「君の名前は?」
「……シェムハザ。皆はシェムって呼ぶ」
ドクターは僕から名前を聞きだした後、「ついてこい」と手招きし、村の中央へと歩き出した。ほとんど放心状態だった僕は、言われるがままドクターの背中を追いかけた。
「シェム、君の家族は、大切なものは、もうこの世には存在しない。それは変えようのない事実だ」
ドクターはおもむろに話始める。
「この大地は残酷だ。大地に生きとし生けるもの全てから、平等に大切なものを奪っていく。君が家族を失ったように、この襲撃で一体何人の大切なものが壊れた?」
立ち止まり、指を指すドクター。その先には、瓦礫の山と化した村の中心がある。そして、何人もの村の人の骸が横たわっている。その中には、知った顔もあった。
「皆平等に奪われたのだから、僕も我慢しろって言いたいんですか?」
目の前に広がる光景から目を逸らし、そう呟く。
「そんなことは言わない。ただ、目を逸らすなと言いたいだけだ。目を逸らし、諦め、自らの命を投げ出そうだなんて、愚かしいことは考えるなと」
ドクターの表情は、マスクで薄っすらとしか見えない。だが、その声から真剣さが伝わって来る。
「君は大切なものを失う恐怖と、絶望を覚えた。そうだな?」
小さく僕は頷く。
「と言うことは、同じく大切なものを失った人と共感することができる。もう二度とこんなことを感じたくないと、奮起することができる。つまり、成長できるということだ。この世界で生きるにはその成長が必要なんだ」
ドクターは、僕の肩を掴み、顔を近づけて力強く話し続ける。
「君の大切なものは、本当に家族だけなのか? 育ったこの町は? 親が経営していたパン屋は? あの友達は、大切じゃないのか?」
「……どれも、大切です」
僕の目からは自然と涙が溢れてくる。ようやく、現状に心が追い付いてきた。
「なら、これ以上大切なものを失わないためにはどうすればいいかを考えるんだ。全てを投げ出すな、足掻き続けるんだ」
「っつ……はい」
涙で掠れた声で返事をすると、ドクターはポンと僕の背中を叩き、その場を後にした。
立ち去っていくその背中は、僕にはとても大きく見え、無意識のうちに、ドクターという人物に惹きつけられていた。
♦
「あの!」
翌日、僕は村から少し離れた林に向かっていたドクターを見つけ、声をかけた。
「君か、俺に何か用か? というより、よく俺の居場所が分かったな」
村の宿や至る所を探しても見つからなかったが、聞き込みをした結果、林へ向かっているという話を聞きだしたのだ。
「あの! 僕に、作戦指揮のやり方を教えてくれませんか!」
それも全て、このため、ドクターから作戦指揮のやり方を教わるために、探していた。
「なぜだ?」
「昨日、貴方は言いました。これ以上大切なものを失わないためにどうすればいいかと。それで考えたんです、大切なものを守るために、力を付けなくちゃいけないって!」
ドクターは黙って僕の話を聞いている。ドクターが連れていた仲間の人達も、静かに僕の次の言葉を待つ。
「貴方は言いました、この大地は等しく大切なものを奪っていくと。でも僕は、僕みたいに大切なものを失って苦しむ人を見たくない。こんな悲しみを経験する人は、少しでも少なくしたいんです」
昨日一晩ベッドの上で考えた。家族という一番大切なものを失った僕は、この先どうするべきなんだろうと。最初に思いついたのは、両親のパン屋を継ぐことだった。家族との思い出を大切にしながら、これから生きて行こうと、そう思った。
だが、ふと思ってしまった。もし再びこの村に今日のような災禍が降りかかったら? このままだと、また僕は大切なものを失ってしまうんじゃないかと怖くなった。
どうすればそれを回避できるか、その思考の果てにたどり着いたのは、バベルと名乗ったドクター達がずっとこの村にいてくれればいいんだと。だが、それは到底無理な話だと、昨日の説明を聞いて理解していた。彼らは偶然この村の側を通りかかっただけであり、本来はもっと別の仕事をして、大陸を渡り歩いているのだと。
ならどうすればいいか? 僕が、ドクターになればいい。僕がドクターの代わりとなって、この人達のように村を守ればいい、そう考えたのだ。
「……君の言いたいことは分かった。だが、何故俺がそれをする必要がある? 確かに昨日、俺は君へ色々伝えたが、それでも君の親代わりになるなど言っていないぞ」
それはその通りだ。この人が、僕に何かを教える義理なんてない。だけど、この人以外、頼れる人物はいないのだ。
「そこを、どうかお願いします! 僕も、貴方のように何かを守れる人になりたいんです!」
昨日のように頭を下げる。まさか人生で一番のお願いをこの短期間で更新するとは思ってもみなかった。しかし、昨日と同じくドクターは、僕のお願いに応えようとはしてくれない。
「……受けてやればいいじゃないか」
その言葉を発したのは、教会でクロスボウを構えていた人物だった。
「なぜだscout」
「守りたいもののために努力する姿勢は、評価するべきだろ? 昨日死んだ目をしていたこいつが、今は目をギラギラさせてドクターに頼んできている。成長の見込みがあるってもんだ」
scoutは、僕の目を真っすぐに見つめる。
「指揮をお前がとったとして、その下では誰が戦うんだ? 指揮官だけじゃ戦えないぞ?」
「それは……これから集めます」
正直、そんなことには頭が回っていなかった。少し考えれば分かるようなことだが、自分がドクターのようになると言うことで一杯になっていた。
「はは、無鉄砲だな。だがその決断力、真っ先に行動を起こそうとする姿勢は、指揮官として立派だ」
ポンポンとscoutは俺の頭を叩き、再びドクターの方を向く。
「ドクター、そうけちけちすることは無いだろ? 将来への投資だと思って、教えてやったらどうだ?」
再度scoutはドクターを説得する。改めて、僕もドクターへと頭を下げた。
すると、ドクターは大きくため息をつく。
「仕方ない……」
そう呟き、ドクターは歩き始める。
「これから、君の村を襲った組織の根城を潰しに行く。俺の横で、それを見て居ろ」
僕は大きく目を見開き、元気よく返事をする。
「はい! よろしくお願いします!」
♦
「あ、シェム! お前どこ行ってたんだよ!」
その日の夜、僕はアゼルの家へと帰ると、夕食を用意して待っていたアゼルが出迎えてくれた。僕たちは二人とも両親が殺され、僕は家すらも破壊されてしまった。だから奇跡的に残ったアゼルの家で、僕たちは一緒に暮らし始めたのだ。
「ちょっとね、ドクターの所に」
それから、アゼルが作ったパスタを食べながら、今日あったことを全て話した。ドクターに教えを乞い、一日同行させて貰ったことを話すと、アゼルは信じられないと言うような表情を浮かべた。
「なんで、そんなことしたんだ? お前、別に戦いが好きな訳じゃないだろ?」
「……これ以上、大切なものを失う人を少しでも減らしたい。最初はこの町の自衛組織として、ゆくゆくは、この大陸に住む僕たちみたいな人を救えるような団体になりたい」
正直にアゼルへと話す。自分がバベルのように、ドクターのようになりたいと思ったことも。
最初、アゼルの顔は険しい物だった。今までそう言ったことと無縁だったから、心配している様にも見えた。
「俺は、お前の友達だ、親友だとも思ってる。だから一言言わせてもらうとすれば、危険じゃないか? それで、お前が死んだらどうする」
「確かに、危ないことだと思うよ。自分から戦場に身を置く訳だし……でもさ、誰かがその危険の矢面に立たなくちゃ、他の誰かが危ない目に合う。そう考えたら、僕はいてもたってもいられないんだ」
食器を片付けながら、僕は答えた。
その解答を聞いたアゼルは、少し考えた後、呟く様に言った。
「一体何がお前をそんなに変えたんだろうな……分かった」
「アゼル?」
僕の前に立ち、真っすぐに僕の瞳を見つめる。
「どうせこれからやることもなかったんだ、その夢、俺も手伝ってやる」
「え……それって?」
「俺が、お前の最初の仲間になってやる。指揮官だけじゃ、戦えないだろ?」
アゼルはニッと笑って、手を差し出す。その腕には、黒い鉱石が光る。
「俺は感染者だ、鉱山で親の手伝いをしてる時、ちょっとだけだがアーツも使えるようになった、戦力としては申し分ないはずだぞ?」
「ああ! もちろんだ、ありがとうアゼル!」
ためらうことなくその手を握った。今この瞬間から、僕たちは同じ志を持った仲間となった。あの人に近づく、第一歩を踏みだした。
♦
「この場合、高台で援護する狙撃手はどこに立つのが効率的だ?」
「はい、この場合は見晴らしがよく、空中のドローンを迎撃することも可能なここにいるべきだと思います」
「だがそれだと、敵に狙われてしまうぞ?」
「その場合は、ここに前衛と重装を置き、派手に暴れて貰います。敵が上を向けないよう、釘付けに―――」
あれから僕は毎日ドクターに作戦指揮の方法を教わっている。基本的な兵科、役割。効率的な敵の殲滅、戦術の基本。0から100まで全てだ。
「お、やってるな」
そこへ、scoutがやって来た。
「ああscoutか、どうだ? 何か問題はあったか?」
「いや、今日も特には問題がない」
その場に腰を下ろし、僕とドクターの間にある地図に目を落とす。
「ん、講義中だったか、邪魔したな」
「いや、気にしなくていい。丁度狙撃手の運用について話していたからな」
Scoutを交えて戦術指南は続いた。
「それじゃあ、今日はここら辺にしておこう」
「はい、今日もありがとうございました!」
日が傾き始めると、そう言ってドクターは地図を片付ける。お辞儀をしてその場を去ろうとするが、scoutが僕を呼び止めた。
「随分成長したな、数日教わっただけとは思えない考えだったぞ」
「ありがとうございます! これも全て、ドクターのおかげです」
本心からそう述べる。
「そうか……俺は指揮官じゃないから、戦術どうこうの話で、お前に教えてやれることは少ない。だが、これだけは言える」
僕の両肩を掴んで、言う。
「いいか、戦場の狂気に当てられて、只の殺戮マシーンにだけはなるな。戦いは手段であって目的ではない。それだけは、見失っちゃならない」
scoutは、僕に何かを言うことは少なかった。話すことも雑談程度のもので、真面目な話をすることがほとんどなかったから、急にこんなことを言われた僕は、すぐに返事をすることが出来なかった。
「流石にいきなり過ぎたな、すまない」
僕の困惑具合を見て、scoutは僕の肩から手を離した。
「い、いえ、scoutさんの言葉、しっかり覚えておきます」
「おう、そうしてくれ」
♦
村の襲撃から2週間が経った。俺は毎日ドクターの下へ通い、作戦指揮の方法を教えてもらい続けた。二日目からはアゼルも同行し、バベルの術師の人から、アーツでの戦闘方法を学んだ。
俺たちの動きに感化された一部の村の住人も、バベルに戦闘技術の教えを乞い、10数名の団体が出来た。
「ああ、君の村を襲った組織はあらかた片づけた。俺たちが去った後に、急襲してくるようなことは無いだろう」
遂に今日、別れの日がやって来た。バベルの人達は、本来の自分たちの仕事に戻るのだ。
「……2週間、ありがとうございました! 貴方から教わったことは、絶対に忘れません。そしていつか、貴方すらも超えるような指揮官になって見せます!」
荷物をまとめ、歩き始めたドクターの背中に向かって、そう叫ぶ。ドクターは何も言わず、右手を軽く上げ、それに返事をした。
「行っちゃったな」
一緒に見送っていたアゼルが、そう零す。
「ああ、これからこの村は、俺たちエグリゴリで守らなきゃいけない」
「お前、いつの間に“俺”なんていうようになったんだ?」
「そっちの方が、ドクターっぽいだろ?」
「このかっこつけめ~!」
アゼルは俺の首に手を回し、じゃれついて来る。
エグリゴリ、それはピッコロ村を守るために俺たちで作ったグループの名前だ。まだ10人と小さな自衛組織だが、いつかはもっと大きな組織にして、この大陸中の人たちを、不幸から守るための組織になる。なって見せる。
♦
「ドクター、あいつ随分成長したみたいだな?」
「ああ、正直あの呑み込みの早さは恐ろしいものがあった。教えたことを、この2週間であそこまで仕上げるとはな」
scoutとドクターは、村を離れながらそんなことを話す。
「あいつは、将来とんでもない指揮官に化けるかもしれない、ドクターもそう思うだろ?」
「……そうだな」
「あんまり嬉しそうじゃないな、ドクター?」
「いや、そうゆう訳ではない。ただ、あの子が戦場の狂気に感化されることがないよう、願っているだけだ」
♦
俺たちエグリゴリはバベルが去った後、村を守り続けた。二度三度、小規模な悪党どもが、この村へと近づいてきたが、それらを完膚なきまでに撃退し、自分たちが自衛組織として機能できていることも証明できた。
そうして2年、エグリゴリは30名の団体となり、遂には周辺の村から、依頼を受ける様にまで成長した。
「シェム、本当に行くのか?」
「ああ、この周辺の村だけを守り続けても、平和はやって来ない。もっと世界に出て、もっと多くの人を救うんだ」
荷造りを終えた俺は、エグリゴリ20名の仲間を連れて、ピッコロ村へ別れを告げる。
「いつか、世界中に名をはせる組織となって、この村に戻って来る。それまでは、さようなら」
アゼル他仲間たちも村へと頭を下げ、旅立っていく。
村には10名のエグリゴリメンバーを残した。自衛はこれで十分できる。
「確か、依頼主が居るのはウルサスだよな?」
「そうだ、俺たちみたいな貧しい村らしいが、最近武装集団に襲われたらしい。そいつらは定期的にやって来て略奪や暴力を繰り返していると書かれていた」
このタイミングでの旅立ちは、こうして遠方からはるばる依頼がやってきたからというのがあった。
俺たちエグリゴリは、民兵集団として故郷のシラクーザ、近隣のリターニア、ウルサスの一部に広がっていたようで、こうして依頼が届いた。こんな小さな組織に縋りついて来るぐらいだ、よほどピンチな状態なのだろう。国の兵士や警察機関に見捨てられ、無防備な状態になっている村はいくつも存在している。
「エグリゴリが、大陸全土に進出する第一歩だな」
「ああ、まずはこの村を、いずれは大陸中全土で、弱き人々を助ける。大切なものを守る助けとなる」
17歳の二人が掲げるには大きすぎる夢かもしれない。だけど、もうやると決めたのだ。あの人に出会ってから、僕は変わった。あの冷静な指揮、卓越した頭脳。全てがかっこよくて仕方がなかった。
「行こう、アゼル!」
「おうよ!」
家族を失って、全てを無くしてしまったと思っていた自分の心に、生きる意味としてあの人はいた。いずれ、自分が『ドクター』になる。それが俺の夢となり、生きる理由となったのだ。