ウルサスへ向かって歩き続けて1週間が経った。ようやく俺たちエグリゴリは、依頼主がいるピェールヴイ村へとたどり着いた。
「ここか……」
見渡す限りでは平穏な村に見える。あちこちから金属と油の臭いがするため、鉱山の村であることは確かのようだ。
「なんだ、お前たち」
俺たちが村の中へと入っていくと、ピッケルを携えた男が俺たちの前に立ちふさがる。
「この村には! もうお前らが盗っていくようなものはねえぞ!」
「落ち着いてくれ、別に俺たちはここを襲いに来たわけじゃない」
「そんな証拠どこにあるってんだよ! 物騒な武器携えやがって!」
男が指さす先には、仲間たちが武器として使用する剣やクロスボウなどがある。どうやら、これらの武器がこの人を刺激してしまったようだ。町を歩いている最中、俺たちを見て家の中へ逃げていく人々も、きっと怖がっていたのだろうと、反省する。
「すまない、怖がらせてしまって。でも聞いてくれ、俺たちはこの村を守るために来た、エグリゴリというグループなんだ」
なんとか落ち着かせようと、俺が近づくと、男は持っているピッケルを構えた。
「そんなグループ知るか! それ以上近づいたら、このピッケルで頭かち割るぞ! 嫌ならさっさと出ていけ!」
ダメだ、さっきから聞く耳持たない。一度ここは出直そうかと思ったその時。
「ラム! お前何をしている!」
ピッケル男の後ろから、老人が早足で歩いて来る。
「じいちゃん!」
「その人達は、儂が呼んだ人々だ! ピッケルを下げんか!」
やけに覇気のある声で、老人はそう告げる。しぶしぶとそれに従う、ラムと呼ばれた男。
見る限り親子、というより祖父と孫のようだ。
「悪い……」
バツの悪そうにラムはその場を離れて行った。
「おじいさん、貴方が、我々に依頼を出した方ですか?」
「ええ、儂が依頼を書いた、スタリーです」
握手を交わすと、スタリー爺さんは、俺たちを町の宿まで案内したてくれた。宿のロビーで、俺はスタリー爺さんから現状の説明を聞くことにした。
「それで、ご依頼には野盗による略奪が相次いでいると書かれていましたが……」
「はい、この村は、見ての通り鉱山によって生計を成り立たせています。ですが最近、掘り出した鉱山資源で稼いだ金を、野盗どもが盗み出しているのです。手紙を出す前と貴方がたが今日来るまで、合計4回、この村は襲われました」
その言葉を聞いて、アゼルは首を捻る。
「なあ爺さん、ここの鉱山資源は、国に売っているんだよな?」
「そうですね」
「ならどうして、ウルサス兵に頼まないんだ? 国家資源として使われている鉱石を掘り出している村なら、国から支援が合ってもいいと思うんだが」
それは確かに気になっている。このご時世、鉱山採掘と言えばほとんどが源石採掘を指す。源石は鉱石病を引き起こす一方、ありとあらゆるものの燃料資源として使われるため、その貴重度はかなり高い。
そんな源石を採掘してくれる村が襲われていては、採掘に影響が出ると国が考えそうなものだが。
「はい、我々も一度ウルサス兵士に警備をお願いしたのですが……」
スタリー爺さんは、自身のズボンの裾をまくり、膝下を俺たちの前へ出す。そこには、アゼルの腕と同じように黒く光る石が付着している。
「ウルサスは、感染者に対しての差別が特別強いのです。この村の住人のほとんどが感染者でして……感染者のために割く戦力はないと言われてしまいました」
感染者への差別は、ピッコロ村でも多少あったものの、少し注意して接する程度であり、特段問題はなかった。実際、感染者であるアゼルも普通に生活を送っていた。
「我々も、国へ鉱石を納めることで生活しているので、掘るのをやめる訳にはいかないのです。お願いです、どうかこの村を守ってはくれませんか?」
アゼルと俺は顔を見合わせ、頷く。
「勿論です。我々のモットーは『大切なものを守る』ですから、是非協力させていただきます」
俺は手を差し出す。スタリー爺さんは、豆だらけでややくすんだ色をした手で、その手を握り返した。
「よろしく、お願いします」
契約は成立した。後は、どうやって守るかを考える必要がある。
♦
一日村の周囲を見させてもらい、どこでどう戦うべきかを考えた。話を聞く限り、野盗の連中は腕っぷしこそ立つものの、組織だった連中ではないとのこと。大体西の方からまとまってやって来て、強盗や暴力を行うらしい。
「ここは迎撃に適している、もし次攻め入ってくるようなことがあれば、ここで迎撃したいところだな」
村へ向かう途中、若干村に向かうに連れて坂になった道があり、その両端は小高い丘がある。迎撃するにはこれ以上ない場所だ。
「野盗、次はいつ来ると思う?」
一緒に視察に来ていたアゼルが、坂を見下ろしながら聞いて来る。
「聞いた話だと、大体5日に一回程度、明日か明後日には五度目の襲撃があってもおかしくない」
「じゃあ、俺らはここで警戒待機になるか?」
「そうだな、適当な所にテントを張って、張り込みの用意をしよう。先鋒の数名は他の侵入経路に向かわせて、警戒に当てる」
あらかたの行動指針が決まった俺たちは、寝泊りの用意を進めた。そうして日が暮れた頃、昼間俺たちにピッケルを向けた男が、俺たちのもとへとやって来た。
「……昼間は、すまなかった」
やってくるなり第一声がそれで、昼間とは対照的な態度だったため、少し驚いた。
「あ、ああ、いや謝らなくていい。俺たちも、配慮が足りていなかった。すまない」
せっかくだ、この村のことをもう少し知っておこうと思い、ピッケルの男を座らせ、コーヒーを差し出す。
「名前はなんて言うんだ?」
「俺はラムエル、皆にはラムって呼ばれてる。一応、歳は20を超えているんだがな」
どうやら年上だったらしい。
「ああ、気にしないでくれ。ラム呼びで、ため口でいい。堅苦しいのは苦手なんだ」
「分かった、ラム。俺はシェムハザ、シェムって呼んでくれ」
軽く自己紹介を済ませた後、この村がどうゆう村なのかなど、たわいもない話をしばらく続けた。話が一区切りしたタイミングで、俺はラムへと聞いた。
「どうして、あそこまで俺たちに敵意を向けたんだ? 他の人たちは、皆怖がりこそすれ、ああやって立ち向かってはこなかったぞ?」
「……前回の襲撃の時、俺の彼女が殺されたんだ」
「それで、怒り狂っていたと?」
ラムは頷く。コーヒーの揺れる水面に目を落とし、ぽつぽつと語りだす。
「彼女は、俺の生きがいだった。親が事故で死んで、じいちゃんの手で育てられた俺は、そのじいちゃんに楽させるために、鉱山に入り浸って仕事をした。それこそ、それ以外に生きる理由を見つけられなかったんだ」
やはり、ラムとスタリー爺さんは祖父と孫の関係であったようだ。ただ、親がいないと言うのは考えもしなかったことだが。
「そんな時、疲労で俺は、町中で倒れた。酒場の裏路地で倒れたせいで、ただの酔っ払いだと思われて、誰も気にしてくれなかった。そんな時、彼女が俺に手を差し出したんだ。一杯の水をくれて、汚れた体を拭いてくれた。単純かもしれないけど、もうそれだけで、俺はあいつに夢中だった」
微かに、ラムの口元に笑みが浮かぶ。楽しかった頃を、思い出しているのかもしれない。
「それから猛アピールしてさ、ようやく付き合って、俺の貯金も貯まって来たから、いよいよプロポーズしようと思っていたんだ……だけど、だけど……!」
ラムの瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる。
「そんな時に、あいつらはやって来た。俺の家も荒らされて、貯金はほとんど持っていかれた。そして、そのことを知った彼女は、野盗どもに食って掛かった。元々正義感が強くて、襲撃を黙って見ているのも辛かったらしい……そしたら」
「野盗が、彼女さんを殺してしまったと」
ラムの言葉が強くなる。こちらにまで怒りが伝わってくるようだ。
「ああ、あいつは、へらへらしながら彼女を捕まえて、攫おうとした。それでも反抗的で、唾を吐きかける彼女を面倒に思ったのか、そのまま腹にナイフを突き刺した。一回、二回と……五回は刺した」
コーヒーの入ったカップを置き、ラムは頭を抱えながら、絞り出すような声で言う。
「俺はすぐ目の前にいたのに、何もできなかった! ピッケルも側にあったから、俺が勇気をもって一歩踏みだせていたなら、彼女を救えたかもしれないのに! 俺は……怖くて、その場から動くことが出来なかった」
息を荒げ、辛そうにラムは話し続ける。
「まだ目を瞑れば鮮明に思い出せるんだ、彼女の顔が。一突きされた時の、驚きの表情。二度三度と刺されるにつれて、色味が抜けていく顔。最後、その場に放られ、焦点が合わない開き切った瞳孔! 全部、全部!」
そこで、聞くに堪えられず、俺はラムの肩に手を回した。
「もういい、分かった。もう話さなくて大丈夫だ……辛かったな」
家族を失ったあの日のことを思い出していた。ラムも俺と同じように、大切なものを失ったのだ。その気持ちは、痛いほどよく分かる。
しばらくラムは泣き続けたが、やがて落ち着いたのか、残っていたコーヒーを飲み干し、顔を上げた。
「すまない、取り乱したな」
「良いんだ、ラムの気持ちは、よく分かる」
「……もう、こんな時間か、俺はそろそろ帰るよ。明日の朝、エグリゴリの皆に、朝食のサンドウィッチでも持ってきてやるよ」
そう言って、ラムはこの場を後にした。空になったカップを見つめ、あの時のドクターの言葉を思い出す。
「『大地に生きとし生けるもの全てから、平等に大切なものを奪っていく』……貴方の言う通りですね」
だからこそ、俺たちが少しでもそれを阻止する。阻止して見せる。
♦
翌朝、本当にラムは、人数分のサンドウィッチをもって俺たちの下へやってきた。
「おはようラム。サンドウィッチ助かった、久しぶりに新鮮な野菜を食べたよ」
「それはよかった、俺はこの後鉱山で仕事があるんだ。警備、よろしく頼む」
ピッケルを肩に担ぎ、ラムは言う。
「おう、任せておけ、俺たちエグリゴリがいる以上、村には指一本ふれさせねえ」
後ろからアゼルが声を上げる。その言葉に、一同からも同意の声が上がった。
「頼もしいな。それじゃあ、行ってくる」
手を振って歩き出そうとしたその時、空中へと赤い光が撃ちあがった。
「来たか!」
坂の下に広がる林で偵察を行っていた先鋒が、敵を発見したことを知らせる発光弾を撃ち上げたのだ。
「各員戦闘配置! 迎撃の準備を整えろ!」
「「「「応!」」」」
俺の声に、一同は素早く反応し、それぞれの持ち場へとつく。
「ラムは下がっていてくれ、戦闘に巻き込むわけにはいかない」
「わ、分かった」
ラムは素直に頷き、その場を離れる。重装3人が坂下へと下り、隊列を作ると、その一段後ろに前衛の2人が武器を構える。丘になっている所には、クロスボウを持つ狙撃が3人ずつ左右に分かれる。一人術師として、アゼルは最後尾で両手持ちのハンマーを構える。
それぞれの役職は、全てドクターが使っていた名前だ。
「シェム、今戻った」
先鋒の一人が、俺の下へと駆け足で戻って来る。
「お疲れ、敵の規模は?」
「ナイフやサーベル、近接戦闘武器を持ったのが20弱、クロスボウを持っていたのが5名、アーツを使えそうな奴や、異端なオーラを発する奴はいなかった。ただ、自分たちで飼っているのか分からないが、野犬を数匹連れていた。多分そいつらが一番最初に突っ込んでくると思う」
「分かった、追跡に備えて待機していてくれ」
「了解」
数分後、ワンワンッ! と、やけに血の気の多い鳴き声を響かせながら、数匹の犬が重装たちの前に姿を現したのを、双眼鏡で確認した。
俺は笛を咥え、短く一度、ピッと吹き鳴らす。すると、重装が盾を構え、犬の前に立ちふさがると、後ろから前衛が前へ移動し、犬へと刃を突き立てる。今の笛は、狙撃にその場で待機を知らせる笛だ。下で戦っている兵だけで済ませることを指示している。
前衛が犬を片付けると、再び重装の後ろへと下がる。しばらく経つと、ちらほら野盗らしき男たちが向かってくるのが見えた。村の様子が違うことに気づいたのか、武器を構えながらこちらに向かってくる。
「アゼル、アーツの準備を!」
「あいよ!」
最後方にいるアゼルに直接声で指示を出すと、俺は再び笛を加え、ピッピッと、今度は短く二度吹いた。すると、重装が少しずつ後退を始める。それに、こちらが怖気ついたとでも思ったのか、野盗たちは勢いよく重装へと切りかかって来る。重装は、それを盾で防ぎ、前衛が攻撃を加える。辺りにギンッギンッと、金属同士がこすれる音が響き渡る。
そのまま重装が後退していくと、今度は後ろから、クロスボウを持った野盗が援護を始める。だがこちらの狙撃はまだ攻撃を始めさせない。まだ、その時じゃない。
重装が後退を続け、遂に坂を上り切る辺りまで登って来る。双眼鏡を使わなくても、敵の姿が見える距離まで近づいてきた。最後方にいたクロスボウ持ちが坂へと入ったのを見て、俺は力いっぱい笛を吹く。ピッーっと長く吹かれた笛は、総攻撃の合図だ。伏せていた狙撃手が一斉に立ちあがり、攻撃を開始する。
「アゼル、今だ!」
それと同時に、アゼルの腕が黄土色に光り、力いっぱい地面へとハンマーを叩きつける。すると、野盗の後ろに、2メートルほどある岩の壁が出現する。アゼルは鉱山で働いていた時に、岩を操るアーツを習得していた。それをバベルの術師に見せると、アーツを使う才能があるとして、より洗練されたアーツの制御技術を教わり、アゼルは部隊唯一の術師として戦えるまでになった。
敵の退路を奪ったアゼルは、ハンマーを振り、先を尖らせたピックのような岩を、敵へと発射し、戦いを援護する。野盗は、退路を断たれた動揺、伏せていた狙撃手の攻撃に対応できず、一人、また一人と地に伏していく。これが、ドクターから教わった基本戦術。重装が攻撃を受け止め、狙撃や術師が敵を片付ける。これが全ての基本だと、ドクターは俺に教えてくれた。
この基本を覚えておけば、大抵の防衛戦闘はどうとでもなると、そうも言っていた。実際ピッコロ村での防衛戦闘では、この戦術が最も使いやすく、かつ効果的だった。
野盗の残党が数名となると、俺はアゼルに合図を出して、岩の壁を崩して貰った。すると、一目散に生き残っていた数名が逃げ帰って行った。
「先鋒!」
そう叫ぶと、待機していた先鋒が駆け出し、逃げ帰っていく野盗の後を追う。
「これにて、防衛戦闘は終了かな」
息を吐きだし、そう呟いた後、ピッピッピーっと笛を吹く。作戦終了を告げる笛だ。
「指揮お疲れ。流石シェムの指揮、完璧だな」
アゼルがハンマーを下ろし、俺の下へと寄って来る。他のメンバーもそれぞれの武器の構えを解き、俺の下へ集まって来る。
「この後、野盗どもの死体を片付けて、先鋒の報告を待つ。敵の根城が分かり次第、そこを潰滅させる」
そう指示を出すと、各々死体の処理へと向かって行った。
「アゼル、いつもみたいに墓標を頼む」
「任された」
敵であっても、それがどんな悪さをしたものたちであっても、死んだのなら土に埋め、墓標を立てる。それは、ドクターたちバベルがしていたことでもあった。
「凄い……」
後ろから足音が聞こえ振り返ると、ラムがあっけにとられたような表情で、こちらを見ていた。
「お前ら、一体どうしてそんなに強いんだ……? 歳だって、俺より下の奴らばっかりじゃないか。敵は武器をもってお前たちを殺そうとしてきた、なのに……お前らは一切動じず、逆に返り討ちにして見せた……」
「それが、俺たちのなすべきことだからな」
「……シェム、お前たちは一体……何者なんだ?」
まるで、あの時の俺のようなことを聞くのだなと、心の中で懐かしく思う。記憶の中のドクターを真似して、俺は言葉を返した。
「俺は、エグリゴリの戦術指揮官だ、この村を救いに来た」
♦
死体の処理が終わり、現状をスタリー爺さんに報告していると、先鋒も村へと帰還した。
「そうですか、野盗を撃退してくれたのですね……ありがとう、本当にありがとう」
スタリー爺さんはそう何度も繰り返し、俺の手を握った。
「まだ終わっていません。一度撃退はしたものの、仲間が奴らの根城を見つけました。そこを叩くまでは、終われません」
先鋒によると、この村から西に離れた林の奥にある洞穴に潜伏しているらしい、規模は80人弱。おそらく交代制で村を襲っていたのだと思われる。野盗にしては思ったより統率がとれているようだ。そこを叩くとなれば、それなりの反撃を覚悟しなければならない。
「報酬はしっかりと出します故、どうか、よろしくお願いします」
「任せてください、そのために、我々はここにいるんですから」
準備は早急に進められた。先鋒が持ち帰った情報を加味し、作戦を練る。他にも、俺たちがこの町を去った後、多少の自衛は出来る様にと、村の防衛設備、戦闘訓練を行った。それこそ、俺たちがバベルに頼み込んだことを、この村にも行ったのだ。
訓練者の中にはラムの姿もあった。ラムはウルサス人特有の膂力を活かし、盾を構え、隙があれば使い慣れたピッケルで敵を殴るという攻守一体の重装として成長していた。
そして、1週間がたった。
「いよいよ出発だ、各員、用意はいいな」
エグリゴリ20名全員での出撃だ。敵の根城を徹底的に叩く。
俺たちを見送る村の人達、その中から一人、ラムがピッケルと盾を持ってこちらに駆け寄って来る。
「シェム! 俺も連れて行ってくれないか!」
足を止め、ラムの方へ向き直る。
「ダメだ、訓練して1週間程度の素人を、殲滅作戦には連れて行けない。危険すぎる」
「そこを曲げて頼む! 俺に、彼女の仇を討たせてくれ!」
敵討ち、か……。ドクターなら、こんな時なんて言うだろうか?
少し考えた後、俺は口を開いた。
「敵討ち、それは何を生む?」
「え?」
俺は問いかける。
「大切なものを奪われた憎しみは分かる。でも、敵討ちしたところで、奪われたものは返ってこない」
「それは……そうかもしれないが……」
ラムが口籠る。それを見て、俺は、あの時ドクターが言ってくれた言葉を思い出しながら、ラムへと伝えた。
「それなら、これ以上大切なものを失わないために戦え。失ったものではなく、まだ残っているもののために」
はっと目を見開くラム。ピッケルを強く握りしめ、改めてラムは言った。
「俺に、この村を守る手伝いをさせてくれ!」
その言葉に、俺は頷く。
「分かった、それなら一緒に行こう。守るために戦おう」
そうして、21名で敵の本拠地へと俺たちは攻撃を仕掛けた。
初動は先鋒を洞穴へ突入させ、敵を洞穴から引っ張り出す。迎撃に出て来た敵を重装で抑え、先鋒、前衛で制圧していく。三役をすり抜けてこようものなら、アゼルのアーツと狙撃手の矢で制圧する。
順調に見えた殲滅作戦だったが、敵にアーツを使う存在が現れた時、ピンチに陥った。物理的な攻撃は、重装が耐えることが出来るが、流石にアーツの集中砲火を浴びてしまえば、重装の守備も崩れる。そんな状況でも、只一人の重装は、防衛線を維持し続けることに成功していた。その一人とは、ラムのことだった。
「アーツを使う敵は俺に任せろ!」
ラムの身体がオレンジ色の光を纏い、敵のアーツの攻撃に耐え続ける。どうやら、ラムも感染者だったらしく、非感染者に比べれば、アーツへの体制があるようだった。
「分かった! 狙撃、今のうちに敵術師を狙え!」
そうして、ラムの活躍もあって殲滅作戦は見事成功した。
「洞窟、オールクリア、殲滅完了だ!」
「やったぁー!」「終わったぁ」「疲れたぜ」「もう無理、動けない」
最後の仕上げに、洞窟へと入って敵を探したが、その姿を見ることは出来なかった。作戦を終えた皆は、ぐったりとその場に座り込む。
さすがにここまでの戦いは、エグリゴリを結成してからも初めてのことで、達成感と疲労から、俺もその場に座り込む。
視線の先には、ラムが大の字に体を投げ出し、天を仰いでいる。あれだけ攻撃を耐えてくれたんだ、ねぎらいの言葉を掛けるべきだと思い、その側へと移動する。
「お疲れ、ラム。本当に助かった」
「そっちこそお疲れ。いい指揮だったと思うぞ」
顔は天を見上げたまま、ラムは話す。
「大切なものを守るための戦い……これが、お前たちの戦いなんだな」
「ああ、そうだ。大切なものを失った俺たちが、これ以上不幸な人を増やさないために、同じような人を増やさないために戦う。それがエグリゴリだ」
ラムはゆっくりと体を起こし、何か決心したように、俺の方に向き直った。
「シェム……いや、指揮官。俺を、エグリゴリに加えてくれ」
これまた急な申し出に、俺は目をぱちくりさせる。
「いい、のか? いや、メンバーが増えること自体は大歓迎なんだが、おじいさんのことや、村のことは?」
「野盗たちがため込んでいたお金があれば、爺さんは大丈夫だと思う。村も、あんたらが鍛えた自衛組織がある」
その眼は真剣そのものだ。
「俺は、指揮官の掲げた理念に、強く共感した。俺もその手伝いがしたい。重装として、俺をエグリゴリのメンバーにしてくれないか」
本人がそこまで言うなら、こちらとしては断る理由などない。
「分かった、今日この瞬間から、ラムエルはエグリゴリのメンバーだ。これから、よろしく頼むぞ」
「ああ! よろしく頼む、指揮官!」
二人で硬い握手を交わす。
「俺のことは、シェムのままでいいぞ」
「俺はアゼルって呼んでくれ。おーい! 皆! 仲間が増えるぞ!」
後ろからぬっと顔を出したかと思えば、簡単に自己紹介し、他の皆にも声をかける。
あっという間にラムは皆に受け入れられ、エグリゴリのメンバーとなっていた。
♦
「本当に行くんだな、ラム」
ピェールヴイ村を旅立つという時、スタリー爺さんを中心に、村人たちが見送りに来てくれた。
「ああ、じいちゃん。健康には気をつけてな」
「お前こそ、他の人に迷惑をかけるんじゃないぞ」
スタリー爺さんは、ラムとの別れを終えると、俺の下へ何やら小型の機械を持ってきた。
「エグリゴリの皆さんには、本当に助かりました。これは、ほんの気持ちです」
既に報酬のお金は受け取っていたが、その上で、この機械をくれるらしい。
「……これは?」
「これは鉱山で使われている通信機です。古いものなので、親機から子機へ声を届けることしかできませんが、きっと役に立つと思いまして」
親機を一台、子機の小さなスピーカーが20個。今いる仲間全員に配ることができる。
「本当に貰っていいんですか?」
「ええ、倉庫に仕舞われていたものです。貴方達なら、これも有効に使えるでしょう」
正直、笛での指揮は難しいところがあり、通信機はありがたい寄付だった。
「分かりました、これは、ありがたく使わせてもらいます」
それらを鞄へとしまうと、エグリゴリ一同で村へと一礼し、踵を返す。後ろからは、感謝を告げる村人たちの声が聞こえた。
その声に背を向けて、俺たちは次の助けを待つ人々のところへと向かった。
♦
エグリゴリの活動はこれを機に各地へ広がって行った。ウルサス、リターニア、シラクーザ、炎国、極東と大陸の東半分の国々で、弱き人々を助け、力を貸した。その過程で、エグリゴリの精神に共鳴し、旅の仲間へと加わる者も増えて行った。
いずれ、俺たちエグリゴリの名前は国やもっと大きな町などにも広がっていき、そう言った所からの依頼もやってくるようになった。そう言った時は、依頼の内容をよく精査し、戦う相手は本当に悪なのか、依頼側に非はないのかをよく見極めてから引き受けることにしていた。互いに非があり、他者が介入すべきでないと判断した場合は、人道支援だけを行い、中立の立場を保った。
依頼の中には、依頼主側の傲慢な考えによるものや、弱い者いじめとなるものもあり、そう言ったものについては、逆に依頼主を攻撃する時もあった。
とにかく善を、少なくともエグリゴリ全員でそれが正義と信じられる方を選択し、戦い、守り続けた。
そうしてかれこれ2年の時が流れた。ピッコロ村を旅立った時俺は17歳で、エグリゴリは20名だった。それが今では、俺が19歳で、エグリゴリは90名にまで増えた。
さすがにこれ以上メンバーが増えると、徒歩をメインとした旅は難しくなり、どこかに本社を作り、そこを拠点として活動しようかなど、いよいよそういったことを考えなくてはいけないほどになっていた。
そんな時、思いもよらぬ依頼がエグリゴリへと舞い込んできた。
「レム・ビリトン政府からの依頼?」
「ああ、わざわざ俺たちが今いるところを探して、使いの者を出してきた」
アゼルと俺は、たき火を囲いながら、受け取った手紙に目を通していた。レム・ビリトンの国章が印刷され、最後にはレム・ビリトンを代表する鉱石会社の名前も入っている。
依頼の内容としては、この鉱石会社の護衛だそうだ。
「なんでわざわざ国が、俺たちみたいな組織に依頼するんだ?」
「その鉱石会社を襲ったグループが、どうやらヴィクトリアの兵士っぽいらしい。そんなことはないとは思うが、万が一ここで国の組織を使って問題になれば、国家間戦争になる恐れがあるから、だそうだ」
「なるほどな……でも、国からの依頼は慎重に受けないとだぞ?」
手紙を俺に返したアゼルは、少し険しい表情をしてそう答える。
「分かっている。これで一勢力に肩入れしている様に見られたら、俺たちの大義が失われるからな……」
悩んだ俺たちは、現地に行って詳しい話を聞くことにした。
実際に聞いてみた限りでは、鉱石会社に非はなく、この鉱石会社の収入で多くの人が支えられている話を聞き、実際に社員に被害が出ていることを理由に、依頼を受けることに決めた。
貿易の護衛は成功した。敵の正体も、ヴィクトリアの兵士に偽装しただけの武装集団であることが判明したため、これ以降は国で対応できるとのことだった。
エグリゴリにとって喜ばしかったのは、鉱石会社の一室で話された、報酬のことだった。
「軍艦を、ですか?」
「はい、まだ実験段階で、非常に小さなものですが、移動都市の設計を流用した陸上艦を最近作成したのです。その試作品を、貴方達へ寄付しましょう」
金銭的な報酬ではなく、エグリゴリメンバー全員を収容できる艦を、報酬として持ち出したのだ。
「全長118.5m、最大幅10.8m、最大で239人を収容できます。軍艦とは言いますが、試験艦のため、武装は12センチ連装砲一基のみです」
腰を据える場所を探していたエグリゴリにとって、非常にありがたい品物だった。様々な場所で活動したいと考えるエグリゴリは、どこかに本社を立てるより、こうして移動できるものを本社とする方が効率的だったからだ。
「し、しかしこんなもの、貰っても大丈夫なんですか?」
驚きで、引きつった声になりながら俺は聞いた。
「ご心配なく。エグリゴリの中立性が出るよう、この艦の我が国のロゴは全て消去してあります。この受け渡しも、表に出ることはありません。我々としても、この艦のデータさえ取れれば、それだけで構いませんので、まあ数年後にでも我が国に一度立ち寄って頂ければ、それで」
本当にその通りならば、確かに、こちらとしては貰わない理由がない。
「分かりました。そちらのご厚意、謹んで、お受け取りします」
「貴方達のような正義を持つ人が、この大陸では必要です。貴方達のこれからの活躍を期待しています」
艦を手に入れたエグリゴリは、活動の幅を大陸中に広げた。南方の海に接するイベリアや、西に広がるカジミエージュ、クルビア。今までは手が届かなかった、ウルサスのより多くのエリア。ありとあらゆる場所で、エグリゴリは活動を続けた。
活動を続ける中、俺は一度も失敗することなく依頼をこなし続けた。勿論、依頼の内容もよく精査し、正義であろうとし続けた。
そんな姿を見た誰かが、俺のことを『ドクター』と呼んだ。このテラ大陸に蔓延る悪を治療する『ドクター』だと。俺は誇らしかった。偶然とは言え、憧れのあの人と同じ名前で呼ばれることが出来て、確実にあの人へ近づけている気がして、本当に誇らしかった。
このまま活躍を続ければ、いつかまた、あの人に再会できるような気がした。そして、再会できたその時には、きっと俺のことを認めてくれると、そんな風に思えた。
俺のことを、優秀な指揮官になったと認めてくれる、と。
♦
そうしてまた1年が経ったあの日のこと、ウルサスの一角で、感染者が多くいる村を守っている時のことだった。
「第三守備線後退!」
「シェム、ヤバいぞ! これ以上は下がれない!」
切迫したラムの声が通信機から聞こえる。ドローンから見える映像で、その現状はよく分かっている。
「分かってる! 負傷した者は後退! 前衛を増やして、敵の殲滅に力を注ぐ!」
そう指示をしたのも束の間、別の仲間からも声が聞こえた。
「第二ゲート突破されました! ウルサス兵足止めできません!」
「しまった!」
手持ちの画面を切り替え、第二ゲートの方のドローンの映像を見ると、村の中へと流れ込んでいくウルサス兵の姿が映る。
「第一ゲート、もう持たないぞ!」
通信機の声と共に、村からは火が上がり、悲鳴が聞こえて来る。
「シェム!? 指示を!」
「……全員、撤退だ。犠牲者を最低限に抑える」
「シェム!?」
アゼルが驚いたように俺の名前を呼ぶ。
「第二ゲートが、突破された……」
「……分かった。今回は相手が悪かった。こうゆう時もある……今は、退こう」
その日初めてエグリゴリは、俺は、敗北を喫した。
その依頼は、決して難しいものではないと思っていた。ウルサスの雪原にある、感染者たちでできた集落。差別され、行き場を失った住人たちがそこで暮らしていた。そんな集落を襲う非感染者の暴徒集団から村を守ること、それが今回の依頼。そう、ただの暴徒から守る、それだけの依頼のはずだった。
「何人、やられた」
「8人死んだ。21名重症、9名軽傷。村人は……今の所生き残った人は見つかってない」
残骸となった村を歩きながら、俺はアゼルに聞いた。
死者を出し、負傷者を多く出し、それでも、只の一つも、守るべきものを守ることが出来なかった。戦略目標も、戦術目標も、達成することが出来なかった。
「失敗した………失敗した失敗した!」
俺は頭を抱えて、その場へとへたり込む。
「落ち着け、お前はよくやった……今回は、相手が悪すぎた」
襲ってきたのは、暴徒だけではなかった。何故かはわからないが、ウルサス監視官だけに留まらず、重装術師、強襲射撃兵、コマンドーが襲来。帝国精鋭先鋒も少数相手にすることになった。
「ダメなんだ! 相手が悪かったで済ませては、ダメなんだ!」
あの人は、あの人なら失敗しない。絶対に失敗しない。失敗する訳がない。
これじゃあ、あの人には成れない。
近づいたと思ったその背中は遠のき、皆から得られた信頼が落ちていく。俺にとって、負けは、その二つを意味していた。
こんなんじゃダメだ。これじゃあ良い指揮官ではない。優秀な指導者ではない。之では……ドクターではない。