「おいシェム、さっきの指揮、お前らしくなかったぞ? どうしたんだ?」
依頼を終え、艦へと帰還したアゼルは、執務室に入るなりそう切り出してきた。
「……何も、ただそうすれば勝てると思っただけだ」
俺はアゼルの顔を見ず、次に受ける依頼を選ぶ。しばらく、部屋には紙を捲る音だけが響く。
「勝てる、か……依頼を果たせたことよりも、勝てたことが嬉しいのか?」
「勝ちは即ち依頼の達成だ。別にどちらで喜んでも差はないだろう」
「そうか……分かった」
アゼルは、何か言いたそうに口を開いたが、結局それだけ言って、執務室を後にした。
ウルサス兵に負けたあの依頼の後、別の任務でも厳しい戦局になった。どうしても失敗したくなかった俺は、現場の兵に死守命令を下し、無理をするよう命じだ。それを聞いた兵たちは戸惑うも、「指揮官が言うなら、やって見せよう」と、俺を信じてその死守命令を受諾した。
厳しい戦局だったが、その死守命令によってなんとか巻き返し、戦いに勝利することが出来た。死守命令を受けた兵には死傷者も出たが、誰も俺を恨もうとはしなかった。
「指揮官は勝利へ導いてくれる。その作戦の中に、俺たちが無茶をしなければならないと言うなら、喜んで無茶をしよう。それが、何かを守ることに繋がるなら」
重装隊員の一人は、そう言って死んでいった。罪悪感は勿論あった。だがそれ以上に、無茶をすれば厳しい戦況でも勝利することが出来る。そして、その無茶を兵は疑わない。その事実に、俺はほの暗い喜びを感じた。
それから俺の指揮方針は、大きく変化した。
「第一ゲート、重装の応援はない、耐えろ」
「狙撃手、敵歩兵はいい、大物だけを狙え」
「前衛、そのまま前進、撤退は許可しない」
エグリゴリのメンバーはそれなりの練度であったため、俺の無理な指示もしっかりこなした。時折反発の声もあったが、俺はそれを無視し続けた。
「おいシェム! さっきの指揮はどうゆうことだよ!」
ラムが執務室の扉を勢いよく開ける。
「どうゆうこと、とは? 作戦は成功した、我々の勝利だ」
「それで何人怪我したと思ってんだ!」
そう言って詰め寄るラムの手や腕には、血の跡が滲む。
「戦闘しているんだ、ケガ人が出るのも仕方ないだろう。最近エグリゴリの信頼は向上して、より強大な敵を相手にすることも増えた、戦場の負担が増すのは当然だろう」
「それでも! もっと仲間を思いやった指揮は出来ないのか!? こんな無茶な戦い方を続けていたら、仲間がいなくなるぞ!」
ラムはここ最近、こうしてよく俺に突っかかって来る。戦場で最も負担がかかりがちな重装の兵であるため、疲れがたまっているのだろう。
「指揮のことについて、一歩兵の君に言われる筋合いはない。ラム、随分疲れているようだ、しばらく休んだらどうだ?」
俺の言葉に、ラムは「意味が分からない」とでも言わんばかりの困惑した表情を見せる。何故だ? なぜ困惑する?
「昔のお前は、仲間のことを兵と呼ばなかった。そんな冷たいことも言わなかった……お前は、今何を守ろうとしてるんだ?」
「それは……この世の弱者だ。この大陸にいる弱者を救い、守りたくても守る力のない人々に力を貸す。それがエグリゴリの大義だ」
「それは、エグリゴリの大義だろ。俺が聞いてるのは、お前、シェムハザは何を守ろうとしているんだ?」
その問に、俺は即答することが出来なかった。
「お前は、変わっちまった。俺の村を助けてくれたシェムは、もうエグリゴリにはいない」
ラムはそう言い残して、執務室を去った。
その言葉の意味を、俺は理解できなかった。だが同時に、胸の奥がチクリと痛む不快感。それを忘れようと、仕事へ戻った。
あれ以来、ずっと俺の胸の中には、ラムの言葉が引っ掛かり続けた。何故そんなことを言われたのか、そもそもあの言葉はどうゆう意味だったのか。そして、何故こんなにもその一言を気にしているのか、シェムの心には、ずっともやがかかっていた。
そんな中、ウルサスでの依頼を終え、艦へ帰還している時のことだった。
「シェム、左前方から煙が見えるぞ」
通信機から、アゼルの声が聞こえた。
言われた通り、双眼鏡で確認すると、小さな集落を目にした。
「破壊されたような壊れ方だ……行ってみよう。負傷者、及びそれの護衛は先へ艦へ帰還せよ、残った者はついてこい。確認に行くぞ」
「「「「了解」」」」
集落に近づくと、その惨状を目の当たりにした。
「これは……」
思わず、隊員の数名も視線を逸らした。アゼルも、口元を抑え一歩後ずさる。
見渡す限り死体、死体、死体。それも、ただ殺されただけでなく、何かしら虐待されたような跡が残っており、女子供の遺体も多い。
「……皆、感染者だ」
追従していた医療兵が、そう報告する。
「すると、ここを襲ったのはウルサス兵か?」
死体を埋める作業をしながら、アゼルはそう問う。
「いや、ウルサス兵は確かに感染者の処分を行う時もあるが、ここまで残虐行為を進んでする者は少ない。一応軍隊だからな……多分、民間の軍事会社か、感染者の排斥を望む民間組織の行動だ」
「なんで、感染者だからってだけで、こんな目に合わなくちゃならないんだ……」
同じ感染者として、アゼルは複雑な心境だったのだろう。やりきれない思いを、土を掘るスコップへと込めていた。
あらかた埋葬が終わり、艦へ帰還する前に、生き残っている者の捜索と情報収集をかねて、集落の周囲を見て回った。どこも凄惨な状態で、とても生存者がいるようには見えなかった。
「ここで最後か……」
集落の外れにある池。ウルサスの寒さにも耐え、凍らずに綺麗な水が溜まっていた。しかし辺りは開けており、人気はない。
「……帰るか」
少し離れた場所から辺りを見渡した後、その場を離れようと歩き出した瞬間、ぱしゃりと水の音が聞こえた。慌てて振り返ると、水面に波が起こっている。
よく目を凝らすと、その波の中心に肌色が見えた。
「人!?」
慌てて水際へと近づくと、透明な水の中に、沈んでゆく人影を見た。
「このクソ寒い時に!」
俺は服を脱ぎ下着になると、体に水をかける。突き刺すような痛みが体を襲うが、覚悟を決め、水の中へと飛び込んだ。
沈みゆく人物の腕を掴み、なんとか陸まで引っ張り上げる。
今にも体が凍り付きそうな中、上着だけ羽織り、心臓マッサージを行う。
「さっき動いたんだろ! 死ぬな!」
必死にマッサージを続ける。引き上げた人物は、熊のような丸い耳が頭に付き、肩ほどまで茶色い髪を伸ばしたウルサスの女性だった。
「シェム! その人は!?」
やがて、俺のことを探しに来たのか、分隊メンバーが駆け寄って来る。
「さっきまで水の中にいた、まだ死んでないはずだ!」
医療兵にそれだけ言って、後を頼んだ。
♦
翌日、執務室には一人の女性が訪ねて来た。
「失礼しまーす」
その女性は、エグリゴリの女性隊員用の服を着ていたため、一瞬誰だがよくわからなかった。
「あの、昨日は助けて頂き、ありがとうございました」
「ああ、池の女性か」
俺が池から引っ張り上げた女性だった。どうやら体力を回復したようだ。
「出歩いて大丈夫か?」
「はい、もう平気です。本当に何とお礼を申し上げればいいのか」
凍りそうな水の中に長時間使っていたと言うのに、随分復活が早い。流石ウルサス人と言うべきか。
「礼はいい、俺たちエグリゴリは、弱者を助けるために活動する組織、当然のことをしたまでだ」
その言葉に、女性は口に手を当て、目を見開く。
「エグリゴリって、各地で悪を滅し、弱者を救って回っていると言われる。あの?」
「そんな伝説の存在みたいに言われても……まあ、そうだ。俺たちがそのエグリゴリだ」
「じゃあ、貴方がエグリゴリを率いている。大陸から悪を治療していると言われる、『ドクター』?」
その言葉に、俺は息を飲んだ。女性の純粋な瞳に、俺は少し後ろめたさを感じながら、そっと頷く。
「ああ、そう呼ばれたこともあるな。最も、別にエグリゴリは医療組織ではないから、大体は指揮官と呼ばれるが」
女性はその言葉を聞くなり、俺へと近づき、手を伸ばしてきた。
「私は、ルカと言います! エグリゴリの話はずっと聞いていました! 会えて光栄です!」
その勢いに押されるまま、俺は握手を交わす。
「お、おう。俺はシェムハザ、シェムでいいぞ」
一先ず、あの集落の状況を聞きたいと思っていた俺は、ルカを座らせ、ゆっくりと話を聞くことにした。
小一時間話を聞く限り、おおよその推測は当たっていた。あの集落は、ウルサスの様々な所で差別され、行く当てを失った感染者たちが集まってできた場所らしい。しばらくは穏やかに過ごせていたらしいが、最近になって、非感染者の団体が立ち退きを要求してきたらしい。それを拒否した結果が、あの惨状だったと言う訳だ。
ルカの話を聞くと、最近では珍しくないことらしい。感染者たちが小規模な村や集落を形成し、武力で身を守ることが増えたため、非感染者も武装し、こうした紛争が頻発していると。ひどいときは、ウルサスの兵が介入することもあると。
数年前、レユニオンという感染者の団体が、炎国とウルサスを巻き込んで一暴れしたのは知っていたが、こうした事例が多く起こっていることは初めて知った。
「そうか、それでルカは、敵から逃れるために自ら池に飛び込んだと……とんだ選択だな。あの時たまたま俺が来なければ、君は死んでいたぞ?」
「でも、貴方は来てくれた」
俺の問に、真っすぐルカは答えた。
「確かに、あの時は夢中で池に飛び込んだけど、結果的にシェムに会うことが出来た。だから、私はあの選択を公開していない」
なんて前向きなんだろうか。それとも楽天的と言った方がいいか、ルカは眩しい笑顔を俺に向けた。
「ねえ、シェム。今度は貴方の話を聞かせて。エグリゴリとして、貴方はこれまでどんな道をたどって来たの?」
ラムの言葉がいまだに引っ掛かっている俺は、それに、素直に頷くことが出来なかった。
「……何か、言いにくいことがあるの?」
それを察したのか、ルカが聞く。
「ああ、まあ……」
口籠る俺の手を取り、ルカはずいっと顔を近づけ言った。
「指揮官という立場だから、きっと色々あったんだよね。でも、それはシェムの選択なんでしょ? それに正しいとか間違いはないよ。私はシェムよりお姉さんだし、何でも話してみてよ!」
俺は21、どうやらルカは23らしく、それが分かった途端話し方が一気に崩れていた。
ともあれ、そこまで言われた俺は、ゆっくりと語りだした。どうしてエグリゴリが出来たのか、俺が『ドクター』の背中を折っていること、エグリゴリはこれまでどんな戦いをしてきたのか。ルカは聞くのが上手く、ついつい色々なことを話してしまった。ラムのことについては、自分一人で解決するつもりだったのに、それすらも話してしまった。
ルカは一つ一つ真剣に話を聞き、全てで俺を肯定するような発言をした。「シェムは凄いね」「頑張ったんだね」、この短時間で、ずっと俺が求めていたその言葉たちを、久しく聞いていなかったその言葉を、何十回と聞いた。
そして何より、「シェムは、私にとっての『ドクター』だよ」。そう言われた時、思わず涙すら溢れて来た。追いかけ続け、一度は突き放されたと思っていたその背中に、俺は追い付けていたような気がした。
話し込むうちに、夜も更けてきた。
「今日はありがとう、色々と話せて、随分スッキリしたよ」
「命を救ってもらった身、これじゃあまだ恩を返し切れないよ」
そう言って恐縮するルカ。何か思いついたかのように顔を上げ、改めてこちらを見た。
「シェム、いえ、指揮官!」
「ん?」
「私を、エグリゴリに入れてください!」
随分唐突な申し出だった。
「それは構わないけど……またどうして?」
「さっきも言った通り、恩返しです! それに、エグリゴリの掲げる大義に、私も強く共感しました。ぜひ、そのお手伝いがしたいなと!」
元気のいい女性だ。テンションが高く、裏表がない。一応言葉を改めはしたが、さっきと態度はほとんど変わっていない。
「分かった、なら正式にルカを隊員として認めよう。話し方は普通にしていいぞ」
「やった! ありがとう、シェム!」
俺の手を握り、ブンブンと振り回すルカ。ウルサス人なだけあって、腕力は相当だ。
♦
そうして、ルカはエグリゴリのメンバーとなった。元より若干剣の心得は合った様で、何度か戦闘訓練を行った後、自前の腕力を生かし、大剣を振り回す前衛として部隊に加わった。アーツも多少使えることから、場合によっては術攻撃によって、相手へと甚大な被害を与える。そんな前衛へと仕上がって行った。
ポジティブ思考で明るい性格のルカはすぐに部隊へ馴染むことが出来た。俺も、そのポジティブさに惹かれ、アゼル以外で唯一、常に部隊に編制するようになっていた。
「今日も作戦お疲れさま! シェムの指揮のおかげで、今日も勝てたよ!」
「やっぱりシェムは凄いね! もうダメかもって思ったけど、なんとかなっちゃった!」
ルカのその明るい言葉は、常に俺の心を癒し続けた。ルカは決して俺のことを責めず、ずっと褒めてくれる。ずっと肯定してくれる。それが、凄く心地よかった。
数か月ともに活動し続け、やがて日常でも、俺はルカと共に行動するようになった。ルカは、それに一切嫌な顔はしない。むしろ望んで俺の日常に付き添ってくれた。
アゼルは、そんな俺の様子を見て、苦笑を浮かべていたが「指揮が落ち着いてきた、現場の皆も安心している」と、そのことを咎めはしなかった。
ルカが戦場に出る様になってから無意識に、俺は兵の消耗を抑える指揮をするようになった。兵の消耗が進めば、ルカに攻撃が行く。それを避けるためだった。
だがきっと、それが兵を安心させたのだろう。アゼルが言うところの「兵に無茶をさせる」戦い方を止めたから。
ルカがエグリゴリのメンバーとなって半年が経った。依頼を終え、しばしの休暇もかねて、シラクーザの大都市へと、エグリゴリは立ち寄っていた。
俺も艦を離れ、町へと繰り出した。久しぶりにアゼルとゆっくり酒を飲んだり、美味いものを食べたり、存分に羽を伸ばした。
そんな休暇の最終日、俺はルカを連れてバーへと向かっていた。このまえアゼルと歩いている時に見つけた、ひっそりとしたバーだったが、出す料理の味が良く、夕食にと改めて今日来たのだ。
「お? シェムじゃないか、それにルカも一緒か」
「こんばんは、アゼル」
「ようアゼル。お前ももう一度来たいと思っていたのか?」
俺の問に、アゼルは頷く。
「おう、ここのスパゲッティーニ美味かったからな。折角だし、一緒にどうだ? それとも、お邪魔だったか?」
ルカの方をちらりと見ると、ルカはブンブンと首を振る。
「まさか! みんなで食べた方が楽しいし、シェムもいいよね?」
「勿論、断る理由はない」
「よし、じゃあ行こうぜ」
俺とルカ、そこにアゼルを加えた三人は裏道へと入っていき、レンガ造りの階段を下りていく。
くすんだ木の扉を開けると、カラカランと乾いたベルが鳴る。
「いらっしゃい」
マスターが一声、俺は店内を見渡すと、四人掛けのテーブルが空いていたので、そこへと腰掛ける。
俺とアゼルがスパゲティーニを頼むと、ルカもそれに倣い同じものを注文する。
「にしても、お前ら本当にずっと一緒にいるな?」
アゼルがそうにやにやしながら俺とルカを交互に見る。
「いや、別に、そんなことは――」
「ええ、だってシェムと一緒にいると楽しいんだもの」
俺の言葉にかぶせるように、ルカは満面の笑みで答える。
「お、おう……」
聞いた本人であるアゼルも若干退いている。
「シェムは私のことを気遣ってくれるし、色々なことを教えてくれる。聞くこと聞くことが新鮮で、とっても面白いの」
「あーはいはい、もう十分だ」
バンザイして降参を表現するアゼル。
「ま、エグリゴリリーダーのシェムハザに、いいパートナーが見つかってよかったよ……本当に」
やけにしんみりした表情で、アゼルは言う。
「アゼル?」
「いつだがお前に言ったことがあったよな、『らしくない指揮だ』って。俺は、どうしてお前があんな指揮をするようになったのか、心当たりがあったんだ」
兵に無茶をさせれば勝てる。そう思い出したころ、確かにアゼルは俺にそう言ったような気がする。
「お前の勝ちにこだわる姿勢は、初めて負けたあの時から始まっていた。お前は、皆からの信頼を失うのが怖かったんだろ? 皆お前の指揮を見て、お前の下でなら戦ってもいいと思った連中だ。そいつらから、期待外れと思われることが怖かったんだろ?」
アゼルは、テーブルに置いてある水を一杯飲んで、話し続ける。
「そしてそれだけじゃない。お前は、このままだと『ドクター』になれないと、そう思ったんだろ?」
こっちの心の内を見透かしたような瞳で、アゼルは俺に語り掛ける。
「……アゼル、それ以上は」
俺の表情を見て気にしたのか、ルカがアゼルを制止するが、アゼルは止まらない。
「いや、ルカ。別に俺はシェムを責めている訳じゃないんだ。元々、こいつが『ドクター』になることを夢見て指揮を学び、エグリゴリを結成したことを俺は知っている。大切なものを守ると共に、それがシェムにとって一番の夢だった……そうだろ?」
「ああ、一語一句、お前の言葉に間違いはない」
さすが幼い頃から一緒にいただけのことはある。俺の心の内は、全てアゼルにはお見通しだったようだ。
「その焦りを、俺は止められなかった。どうすれば止められるのか分からなかった。でも、ルカが来てからお前は、少しずつ冷静さを取り戻したのか、無茶な指揮はしなくなった。だから、ルカには感謝してるんだ」
柔らかい笑みで、アゼルはルカの方を向く。
「良ければ、これからもシェムの隣にいてやってくれないか? それで、シェムを手伝ってやって欲しいんだ。俺にはできないことも、ルカならできると思うんだ」
ルカはアゼルの言葉に、真剣な表情で頷く。
「私にできることなら、何でもするよ。シェムに命を救ってもらったんだから」
「あー止めろ止めろ、俺を置いてそんな勝手に話を進めるな」
耐え切れなくなった俺は、そう言ってその話を中断させる。
「ははは、悪い悪い。まあ、これからも仲良くやれよってだけだ、式には呼んでくれよ? 祝辞くらいは読んでやるぞ」
「そもそも付きあってすらいないわ!」
そんな風に三人で笑いあっている内に、料理が運ばれてきたので、食事にありついた。三人で食事を終えた俺たちは、まだしばらく談笑を続けていたが、何やらアゼルは用事が会った様で、先に艦へと戻って行った。
テーブル席からカウンターへと移動した俺とルカは、カクテルを片手に話を続けた。
「それでねその時―――」
「なあ」
しばらく話していると、白いパーカーのような服を着ているフェリーンの男が、俺の隣に座った。
「なんだ?」
「あんた、エグリゴリっていうグループのリーダーなのか?」
「そうだが、それが何か?」
「頼みがあるんだ」
急に話しかけられたため警戒していたが、どうやらエグリゴリへの依頼がしたかったようだ。
「どんな依頼だ?」
パーカーの男は、マスターからグラスを受け取ると、一枚の写真をこちらに差し出す。
「ウルサス執行隊って知ってるか?」
「……いや、聞いたことないな。執行隊って言ってるぐらいだ、ウルサスの警察組織か?」
その写真には、ひび割れた石とハンマーが書かれたロゴが刻まれた腕章をまく人物たちが映っている。
「国の組織じゃない。民間人で組織された、民兵集団だ。感染者を排除するためのな」
男がもう一枚写真を取り出す。そこには、先ほどの人物たちが、民間人を攻撃しているような姿が映っている。
「ウルサスから感染者を排除し、平和を取り戻すのが使命だそうだ。その大義の下に、感染者たちを攻撃して回ってる」
「……酷いな」
「ああ、許せるもんじゃない。だから俺たちは、この組織を潰すことにしたんだ」
唐突な発言に、俺は混乱する。
「ああすまない、自己紹介がまだだったな……俺はレユニオンのメンバーのヘルモンだ」
「レユニオン!?」
三年前、ウルサス東方でチェルノボーグを制圧し、様々な勢力と激戦を繰り広げた感染者のテロ組織の名前だ。感染者差別に立ちあがって大暴動、もはや戦争と言えるような戦いを繰り広げたと聞いている。
思わず席を立ち、距離を置こうとしてしまう。
「そんなに警戒しないでくれ、メンバーとは言ったが、今はもう抜けている。それに、レユニオンは元々感染者の権利を訴える一団体に過ぎない、チェルノボーグ事変は、レユニオンの上層部が暴走しただけであって、皆が皆暴力的な訳じゃない」
一先ずその言葉を信じ、俺は席へ戻った。
「それで、その元レユニオンがエグリゴリに何の用だ?」
「俺たちは、感染者を攻撃し続けるこの組織を許せない。元レユニオンとして対抗できる武力もあるのに、黙って見過ごすことは出来ない。だから、仲間内でこの組織を叩こうと決めたんだ」
黙って見過ごすことは出来ない……か。どことなくエグリゴリに近いものを感じた。
「だが、俺たちだけだと数がそんなに多くない。いくら多少戦いの心得があるとは言え、一対多数では部が悪い。それに、指揮役がいないんだ」
話が見えて来た。
「つまり、エグリゴリにそこを叩くのを手伝って欲しいと?」
「そうゆうことだ。あんたらは弱者を助けてくれるんだろ?」
「確かに、感染の有無はまったく気にしてないが……いいのか? うちにはお前らが敵視する非感染者も多くいるぞ?」
その言葉に、ヘルモンは苦笑する。
「確かに非感染者は憎いし、俺たちを攻撃してくるようなら叩きのめす。だが、共存しようとするやつらまで拒もうとはしない。非感染者を全員殺せと思っている過激派は、レユニオンの一部でしかない」
なるほど、俺が思っていたより、レユニオンは随分大きな組織だったみたいだ。
「事情は理解した。だが三日~四日時間をくれ、こいつらがどれだけの悪事を働いたのか、武力で制圧しなくちゃならないような組織なのか調べる必要がある。俺たちは確かに弱者の見方だが悪の味方ではない。向こうが全面的に悪い場合は、討伐にエグリゴリも力をかそう」
俺の言葉が不満だったのか、ヘルモンは首を振る。
「ダメだ、それじゃあ遅い。三日後には、あいつらが今いる場所を移動する。叩くなら今がチャンスなんだ。明後日には攻撃を仕掛けたい」
「そうは言ってもな……事前調査無しに殲滅作戦はやらないことにしてるんだ。これは、エグリゴリの最重要規則なんだ」
そうヘルモンと依頼について協議していると、ずっと黙り込んでいたルカが、俺の肩を叩いた。
「ねえ、シェム。この依頼、受けて上げられないかな?」
「なぜだ? さっきも言ったが、エグリゴリの規則上―――」
「この組織、私がいた集落を襲った連中なの」
ルカの一言に、俺とヘルモンは言葉を失う。
「皆を殺した連中は、皆この腕章をしてた」
ルカの言葉に、畳みかける様にヘルモンは聞く。
「そいつらはウルサス人中心で、ほとんどが打撃武器を持っていなかったか?」
「確かに、こん棒やハンマーが多かった」
「まとまった服を着ないで、見た目は一般人だったか?」
「うん、だから最初、誰もその人たちを警戒しなかった」
ヘルモンはグッと手を握りしめ、少し強く言う。
「間違いない、執行隊だ」
こんな偶然があるのだろうか? いや、偶然ではないか。それほどまでに、この組織が各地で暴れているというだけかもしれない。
「なあ聞いただろ、頼む、俺たちに力を貸してくれ! こいつらに感染者は多く殺された。家族や恋人を失った奴も多いんだ。これ以上大切なものを失う感染者を、一人でも減らすために、頼む!」
「……私は、エグリゴリの隊員だから、これ以上は言えない。シェムに任せるよ」
ヘルモンが頭を下げ、ルカは視線を下げる。ヘルモンの言い分は大いに理解できる。『これ以上大切なものを失う人を減らす』は、エグリゴリが掲げる大義そのものだ。
そして何より、ルカがそれを望んでいる。その事実が、俺を突き動かした。
「……分かった。その攻撃には、エグリゴリも参加しよう」
「やった! ありがとうシェム!」
ルカが席を立ち、俺へと飛びついて来る。
「ありがとう、これで、感染者の未来を守ることが出来る」
その後、ヘルモンから情報を貰い、ある程度の予定を練った後、明後日の朝集合し、作戦を開始することにした。
艦へ帰った俺は、そのことをアゼルへと話した。
「そう言う訳で、次の依頼は、この組織の殲滅だ」
「……なあアゼル。本当にやるのか? 確かにその組織の暴力性や思想は危険だが、まだ知らないことが多い。もう少し慎重になるべきじゃないか?」
ある程度情報を仕入れたとは言え、規則に背いていることは、アゼルも気づいているのだろう。
「俺も最初はそう考えた。だが、お前もあの集落の惨状を見ただろ? あれが全土に広がる前に、早めに叩かないといけない。そう思ったんだ」
アゼルはしばらく沈黙を貫いた。だが、大きくため息をついて言った。
「こうゆうのは、今回だけにしろよ。皆は、あくまで正しいと思って戦ってるんだ。その思いだけは、無下にしちゃいけない」
「分かってる。安心してくれ」
そう言うとアゼルは頷き、執務室を後にした。
「んお、ラムか。シェムに何か用か?」
「いや……たまたまここを通りかかっただけだ」
「そうか。随分目元がきついが、何かあったか?」
「なんでもない。ちょっと、酒を飲み過ぎただけだ」
執務室の扉が閉まるまでの間、そんな会話が、俺の耳に届いていた。