「ドクター、緊急連絡です」
ロドス艦内の執務室に、アーミヤが息を荒くして駆け込んでくる。
「どうした?」
「ウルサス南部で、レユニオンの残党が集まっているのを現地のオペレーターが発見しました! それも武装している状態で全員が一方向に向かっています!」
アーミヤの報告を受けたドクターは少し考えた後、席を立った。
「近くに居るのに、ほっておくことは出来ないな。アーミヤ、動けるオペレーターを集めてくれ、説得に向かう。事情によっては、鎮圧しなくちゃならないが……」
「分かりました、すぐに支度を整えます」
ドクターの胸の中には、妙な騒めきがあった。何か良くないことが起こる気がする、そんな騒めきが。
それを気のせいと振り払い、ドクターは出撃の支度を整えた。
♦
「これより、ウルサス執行隊の殲滅を始める。各員、進め!」
「「「「応!」」」」
林の中にキャンプを構えていた執行隊目掛け、レユニオン残党が迫撃砲を発射する。それを合図に、エグリゴリの先鋒が侵入。敵兵力の偵察と攪乱を遂行する。
「報告! キャンプにいる敵は少数。テントの数から比較して、明らかに撤退した痕跡があります!」
「既に退いていた?」
こちらの動きに感づいていたのか? それとも、たまたまか……。
「了解した。先鋒は周囲の林を探れ、前衛、重装はそのままキャンプへ侵入、制圧しろ」
「了解」
ドローンでキャンプの様子を窺いながら、俺は指示を続ける。
「シェム、この先に市街地がある。そこに逃げ込んだんじゃないか?」
「市街地か……民間人を巻き込むのはさすがにまずいな……」
どうしようかと悩んでいると、ヘルモンから通信が入った。
「その市街地は、執行隊の連中の根城だ。感染者を追い出して、自分たちのものにした場所だから、全員民兵とみていい」
「証拠はあるのか?」
「あの腕章を付けた連中の写真は、そこで撮ったものだ」
少々証拠としては弱いような気もするが、どちらにせよ、行くしかなさそうだ。
「全軍、隊列を組んで市街地へ向かう。こちらからは攻撃を仕掛けるな、まずは市街地内部の様子を探る」
「それがよさそうだな」
アゼルもそれに同意のようだった。
キャンプを無傷で制圧した俺たちは、そのまま市街地へと前進。内部へはまず先鋒とドローンを侵入させ、様子を窺わせた。
「C班より報告、敵は防衛線を構えている模様。至る所に伏兵が見えます」
「A班より報告。敵の中に、何か制服を着た隊員が見えます」
「B班より報告、非武装の民間人を発見出来ず。少なくとも目につく限りの家には、人がいないようです」
そんな報告が先鋒から上がって来る。どうやらヘルモンの言っていたことは正しかったようだ。
「了解、先鋒は各自で攻勢開始と同時に強襲を、タイミングは任せる」
いよいよ殲滅に入る。
「第一ライン、前進開始!」
市街地には、三本の大通りが中央に向かって伸びていた。それぞれを侵入経路として、三つの部隊で攻勢をかける。
まずは中央の第一ラインが圧力をかける。ここが一番兵力を集中している。
ドローンでその様子を窺うと、前線を構築する重装が攻撃を受け始めていた。
「前衛は重装の後ろに潜め。狙撃隊、高所は取れたか?」
「こちら狙撃隊、建物上部に居た敵援護要員は片づけた。これより重装の援護に当たる」
「最優先目標は術師、敵狙撃の反撃があった場合は報告しろ」
「了解」
こうして第一ラインを進めていくと、少しづつ敵は後退していく。敵の第一防衛線が撤退したことを確認して、次の号令を出す。
「第二ライン、第三ライン、攻撃開始!」
中央が撤退したため、各戦線での連携が難しくなる。中央の通りを挟む高所は抑えているため、全ての道を援護出来る。
「第二ライン正面! 敵重装!」
その報告を受け、カメラを切り替える。
「確認した、術師の支援を送る」
通信先を切り替える。
「アゼル、第二ラインに援護に行ってくれ、重装を処理したら、そのまま第一ラインの援護に移動、厄介な敵の足止めを頼む」
「了解、行くぞ!」
進撃は比較的順調に進んだ。
「第一ライン、敵の排除完了、前進を継続する」
「第三、第二も前進を再開、中央の広場を制圧するぞ!」
激しい攻防や負傷者も出るが、上手くスイッチを繰り返し、前線を維持、非常時はアゼルの岩の壁で時間を稼ぎ、体制を建て直す。それを繰り返し、3時間にも及ぶ激闘の末、村の中央の広場へと俺たちは進軍した。
「先鋒、周囲の建物の偵察を、撃ち下ろされるとまずい」
俺も市街地へと入り、前線の兵に合流する。
「流石エグリゴリ、まさかロドスを相手にしながらこんな善戦するなんて思わなかったぜ」
ヘルモンは白い仮面を外しながら、俺にそう話しかける。
「ロドス?」
知らない組織の名前だ。
「ああそうか、知らないか。ロドスって言うのは、感染者と非感染者が手を取り合って過ごせる世界を理想にする製薬会社だ。チェルノボーグ事変の時、レユニオンと大々的に衝突した一勢力だな」
「製薬会社なのに?」
「まあ、そう思うのも当たり前だよな。一応、自衛の力と言うことらしい」
自衛の力にしては、随分手ごわかったが……。
「そもそも、そんな理念を掲げているのに、殺戮部隊に協力しているのはどうゆうことだ?」
「さあな、向こうの事情は知らない。ただ、こうして立ち向かうなら、まとめて叩くだけだ。お前の指揮なら、ドクターの指揮も撃破出来るみたいだしな」
何気ないヘルモンの一言に、俺は食いついた。
「ドクター……?」
「ん? ああ、ロドスの指揮官だよ。なんでも、鉱石病研究のドクターで、ロドスの戦術指揮官らしい。あいつの指揮にはだいぶやられたが、こうして―――」
「それは! 白衣を着て、フードを被り、フルフェイスのマスクをしている人物か!?」
あまりの気迫に、ヘルモンは「お、おう」と躊躇い気味に答えた。
「ドクターだ、バベルのドクターだ!」
あの時、俺の村を救い、俺に指揮を教え、俺の目標となった、本物の『ドクター』だ。
「なんだ? 知り合いなのか?」
「あ、いや……何でもないんだ、気にしないでくれ」
慌てて誤魔化すが、俺の心の中にはただ一つの感情が渦巻いていた。
俺は今、ドクターの指揮を打ち破っている。
ロドスというあの青っぽい服を着た兵たちを率いているのがドクターなら、恐らくこの戦場全体の指揮を執っているのはドクターなのだろう。確かに、各所で俺を唸らせる作戦を展開して見せた。指揮官がドクターだと聞けば、それも納得できる。
「俺は、ドクターを越えられるのかもしれない」
そう一人呟く。この戦いに勝利できれば、それは即ち、ドクターの指揮を上回った、ドクターを越えたと言っても過言ではないだろう。俺が6年間追い続けたその背中を、超えることが出来るチャンスが目の前にある。
そう思ったら、『ドクターと敵対している』ということなど、些細な問題に過ぎなかった。
♦
「ここからは、再編した部隊でもう一方の広場を制圧する。ここからもう一つの広場までは、さっきよりも大きな通りが一本で、高所からの支援は難しい、よって一部を除いて全員低地を移動する」
ざっとこれからの動きを説明すると、俺の指示通り味方の兵は陣形を敷いた。
「ラムはどうした?」
「さっきの攻撃の時足をやられて、戦線を離脱した」
この先陣にはラムに行ってもらいたかったが、どうやら負傷してしまったようだ。
「そうか……仕方ない、ならこのまま行こう」
ドローンを飛ばし、通りの様子を確認する。
「よし、攻撃開始!」
俺の指示と共に、再びエグリゴリの兵たちは前進を開始した。敵も盾を構えた兵を全面に押し出し、攻撃を受け止めるが、それをルカのいる前衛と、アゼル率いる術師が道を切り開く。
「うお!」
「ぐわ!」
ある一定のラインまで進むと、兵たちの悲鳴が通信機から聞こえ始めた。
「敵にも出来る奴がいるみたいだ!」
重装の一人からそう報告が来る。
ドローンを動かし、その姿を捉える。
「あいつか……」
重装へと術攻撃を加え続ける術師の姿を見つけた。長いうさぎ耳を揺らしていることからおそらくコータス、黒い得体のしれないアーツを使っている。
「随分幼く見えるな」
見た目だけで言えば、18前後だろうか。
「悪いが、俺たちもそれくらいから戦っていたんでな」
子供だろうと、容赦はしない。
「先鋒、切り込んであの術師を押さえろ。前衛はそれの援護を」
重装の戦線が崩される前に手を打つ。
数名の前衛が突出し、向こうの戦線に穴を開け、そこに先鋒が素早く潜り込む。前線にいる兵は無視して先鋒は突き進み、後方にいたコータスの術師へと肉薄する。術師のため、接近されたら弱いと考えた攻撃だったが、どうやら少し考えが甘かったようだ。
「なんだその剣……」
肉薄した二人の先鋒の攻撃を、コータスの術師は、真っ黒な剣を召喚して受け止めた。それだけでなく、目にもとまらぬ速さの斬撃で、先鋒へと切りかかる。
「クソ! アゼル! コータスの術師を狙えるか!?」
「やってみる!」
このままだと孤立してしまった先鋒が危ない。そう踏んだ俺は、アゼルへと援護を要請する。したのだが……。
「なんだあいつ!」
ドローンのカメラ越しに、コータスの少女が先鋒の攻撃をいなしながら、アゼルの撃ちだす岩石を剣ではじいている。まるで、アゼルがどこを狙って撃っているのか、先鋒がどのタイミングで仕掛けて来るのか、全て見えているかのような動きで、こちらの攻撃を無効化していく。
しかし、そうしてやっかいな術師を釘付けにできたおかげか、重装部隊は前進し、続々と応援が先鋒たちの下へたどり着く。
状況不利と悟ったのか、ドクターからの指示か分からないが、コータスの術師はその場を離脱して行った。
強力な支援が消えた敵部隊は後退速度を速め、俺たちは一気にもう一方の広場へと前進を続ける。
「広場制圧! 敵、市街地外へと遁走中!」
「逃がすな!」
目前に完全勝利があると言うのに、わざわざ逃がしてやることはない。
敵は俺たちが町へ侵入した時に通った道と、同じ形の通りを通って退却していく。
「まてシェム、味方の疲労が凄い、少し待つべきじゃないか?」
「なら動けるものだけで良い、それに、追撃戦なら重装は数を減らしていい。とにかく追うぞ!」
あと少しでドクターに完勝できる。憧れの背中を追い抜くことが出来る。その興奮が、俺から冷静さを奪って行った。
「勝てる……勝てるぞ。ドクターに、勝てる」
俺のその呟きを、通信機が拾うことは無かった。
♦
「ドクター、敵は追撃に移ったみたいだよ?」
「ああ、確認できた。防衛戦闘を開始する。ブレイズ、中央は頼むぞ」
「おっけー任せといて!」
ドクターの指示で、ブレイズはエグリゴリの中央勢力に立ちはだかる。
敵の様子をさっと眺めたブレイズは、自身のチェーンソーを起動した。
「チェーンソーの唸り声が聞こえる? このチェーンソーで真っ二つにされたくなかったら、さっさと投降しちゃって!」
そう叫んだ後、向かってくるエグリゴリの兵へと手に持つ凶器を振りかざした。
一方ドクターは、両翼へと指示を出す。
「重装隊はそこを動くな、術師と狙撃だけで敵の頭数を減らす」
一先ず行動方針を告げると、ドクターは大きく息を吐く。
「なかなかいい動きをすると思っていたが……最後に詰めを誤ったな」
ドクターは一人そう呟く。ここまでの後退は想定通りではあるものの、全体的にロドスは劣勢で、敗走に近い撤退も行っていた。なかなかいい指揮官がいるのだろうと、ドクターはそう踏んでいた。
「戦力の分散、防衛の有利、戦術の基礎を忘れると、ロクなことがないぞ」
その呟きを肯定するように、シェムの元には、悲痛な声が届いていた。
♦
「第二ライン、これ以上進めません! 後退の許可を!」
「第三ラインも負傷者が多く出てるぞ!」
「第一ラインの敵、強すぎます! 進むどころか、押されてる!」
どうして、何故!? あそこまで押されていたロドスの兵が、こっちの半数以下の兵力しかいないと言うのに、何故こんな反撃ができる!?
まさか、ここまで撤退することを想定して戦っていたとでも言うのか? 最初から俺は、ドクターの術中にはまっていたと言うのか?
「シェム! もう無理だ、ここは退こう!」
アゼルもそう進言する。だが、俺はそれを受け入れなかった。
「ダメだ! 退けない、ここまで来て、退けない!」
「シェム!」
どんどん呼吸が浅くなっていく。どうすればいい、どう兵を動かせば、この状況を打開できる? 今までの経験から、打開策をひねり出す。ドクターから教わった戦い方は、本人に向かってやっても通用しない。自分で考えるしかない。
「狙撃を……いや前衛で切り込むか……」
ドローンから送られてくる映像を、真っすぐ見つめることも出来なくなってきた俺の耳に、無線を介さず、アゼルの声が届く。
「シェム! もうだめだ! 退こう!」
「アゼル、ダメだ……ダメなんだ、ここで退いたら、またドクターの背中が!」
「シェムっ!」
ひと際強い声で、アゼルは俺の名前を叫ぶ。
「もうやめよう。俺たちは負けたんだ。ここでエグリゴリが潰れたら、それこそお前のドクターを越える夢も、エグリゴリの理念も、果たせなくなるぞ」
そう話している間にも、戦線はドンドン後退していく。三本の通りから、広場まで押し戻される。
「シェム! 早く撤退の指揮を執れ! 元レユニオンの連中も皆倒れた、これ以上エグリゴリが戦う必要はないはずだ!」
アゼルがそう急かす。
もう俺に、選択は残っていなかった。
「……全体、こ――」
撤退を指示しようとしたその瞬間、空から黒い服を着た兵たちが降って来た。
「なんだ!?」
「ウルサスの強襲兵!?」
俺たちの前に現れたのは、ガスマスクのようなもので顔を覆い、真っ黒な装備で身を固める、ウルサス強襲射撃兵だった。
「貴様らエグリゴリは、善良なるウルサス市民を攻撃したとして、処分の決断が下った。之よりそれを実行する」
「何が善良なるウルサス市民だ! 散々感染者たちを攻撃した組織が!」
アゼルがそう叫びながらアーツを放つ。
「それだけではない。貴様らが村々に自衛能力を付けさせ、武力を渡したがゆえに、ウルサスの村同士での抗争も起こった。感染者の処分のために向かった兵が攻撃される事例も起こった。これらの責任は全て、貴様らエグリゴリにある。その責任を取ってもらおう」
ドローンのカメラには、ロドスの攻撃から撤退するエグリゴリの兵の元へ、強襲兵が降下してくる姿が映る。
「各員! 各々の判断でこの市街地を離れろ! 何としてもエグリゴリ本艦に撤退するんだ!」
強襲兵に後方を乱された部隊は、組織だった撤退など難しい。
「逃げようとしても無駄だ。既にこの市街地一体には兵が待機している。貴様らに逃げ場はない、おとなしく投降しろ。さもなくば……死ね!」
強襲兵が俺を標的にクロスボウを構えた。この距離だ、避けきれない。
そう悟った時、強襲兵の首に矢が突き刺さった。
「指揮官! 早く撤退を、俺たちが援護します!」
近くに残っていた狙撃手や、負傷兵たちが俺の元へ駆けつけてくれた。
「お前たち……」
「どんな選択をしてきても、どんな指揮をしても、貴方は俺たちを率いてくれた指揮官です。きっと皆、思うところがあります。恨みすら感じた者達もいます。でも、無力だった私たちを最初に助けてくれたのは、貴方です」
狙撃手の一人がそう俺に告げる間にも、様々なところからウルサス兵たちがエグリゴリへと攻撃を加えて来る。
「さあ行って! エグリゴリには、貴方が必要なんです!」
その言葉に、俺はハッとした。
自分が自分の夢を叶えるためだけに仲間を使っている間、皆こんな風に思っていたのだろうかと。俺はどうして、仲間の思いをくみ取ってやることが出来なかったのだろうかと。
『大切なものを守る』そのために立ち上げたエグリゴリを、どうして俺は、ドクターを越えるための組織と考える様になってしまったのだろう。
狙撃兵たちは、そのまま俺を狙って向かってくるウルサス兵を相手取る。
「シェム! こっちだ、早く!」
キャプリニーの親友であるアゼルが、自身の黒髪についた砂ぼこりを払いながら、俺の……僕の名前を呼ぶ。
僕の視線の先には、あちこちから煙が上がる市街地が広がっている。その煙の下では、僕の仲間が戦っているはずだ。
「でも、皆が!」
「お前が行ったところで、どうにもならないだろう! まずは生き延びないと!」
しびれを切らしたのか、アゼルは僕の腕を掴んで、市街地外へと走っていく。
走り去っていく間にも、ドローンからは映像が送られてくる。強襲兵や監視官だけじゃなく、重装術師にコマンドー、あの時は少数だけだった帝国精鋭先鋒も大勢参戦している。空には、戦闘用のドローン、帝国砲撃誘導機投入されている。
あの時、初めて俺が敗北した時とは比べ物にもならない戦力で、ウルサスはエグリゴリを潰しにかかっていた。
♦
「……変だな」
戦場の様子をモニタリングしていたドクターは、敵兵たちの動きを見て、怪訝そうな表情を浮かべ、そう言葉を漏らす。
「どうかしましたか?」
その言葉に、無線機越しで聞いていたアーミヤが反応する。
「いきなり敵の統制が崩れた……何かあったのか?」
これまで組織だった抵抗を続け、後退は続けると言っても、戦線が崩れるような様子は見せなかった相手が、ここに来て急にバラバラと崩れ始めた。その状況を、ドクターは不思議に思った。
「ドクター、報告します」
医療隊員の子が、息を切らしながらドクターの元へとやって来る。
「どうした?」
「地下壕に隠れていた市民の元に、ウルサス兵がやってきました。『ここから先はウルサスが引き受ける。ロドスは早急に退去せよ』とも言っていました」
その時、カチッとドクターの中で何かが嵌った気がした。
「そうゆうことか……クソ、やられた」
ドクターは戦闘中の各員に一斉に指示を出す。
「各員攻撃中止! 敵兵への攻撃を止めて後退してくれ!」
「ドクター?」
「アーミヤは、恐らく敵兵を攻撃しているとおもわれるウルサス兵に接触、対話を試みてくれ!」
やけに強い民間自衛組織ウルサス執行隊、攻撃されていると言うのに一切動揺を見せない一般市民、急に活動を始めたレユニオン残党、急遽現れたウルサス兵。これらの情報で、ドクターは全てを察することが出来た。
「頼む、話の通じる相手であってくれ……」
そうドクターは祈るが、アーミヤからの通信で、その祈りは通じなかったことを宣告された。
「ドクター、ウルサス兵の目的は、どうやら今私たちが戦っている組織、エグリゴリの殲滅だそうです。邪魔をするならロドスにも攻撃を加えると」
「そうか……アーミヤ」
「分かっています、負傷者の救助ですね」
「ああ、けしてこちらからウルサス兵に手は出すな」
「了解」
♦
市街地を走り抜け、林へと差し掛かる時。
「目標を発見。エグリゴリリーダー、シェムハザと認」
「精鋭先鋒!」
複数人の精鋭先鋒が僕たちの前を塞いだ。
「投降の機会を用意する。両手を上げて、その場に跪け。そうすれば命までは取らない」
手に持った投擲機をこちらに向け、そう迫る。
だが、アゼルがハンマーを構えて俺の前に立つ。
「お前らみたいなやつらに、従う訳ねぇだろ!」
アゼルが地面へとハンマーを叩きつける。すると、地面が割れるようにして岩が出現し、精鋭先鋒へと突き刺さる。
「こちらの提案を無視したと判断。殲滅する」
岩を避けた先鋒がアゼルへ投擲機から銛のようなものを発射するが、地面から伸びる岩の壁が、それを遮った。
「おらぁ!」
投擲を外した先鋒の頭上から、アゼルはハンマーを振りかざす。
アゼルはたった一人で、先鋭歩兵四人を相手取り、僕の指示を受けながらなんとか勝利した。
しかし、アゼルの身体は既に満身創痍だった。
「そんなに強くなっていたんだな……」
座り込んでしまったアゼルに肩を貸し、移動するため動き始める。気づけば、はらはらと雪が降り始めていた。
「まあな、6年も戦っていれば、これぐらいできるようになるさ」
「……僕は、いつから君のことすら見えなくなっていたんだろう」
その呟きに、アゼルは答えなかった。まるで、自分で思い出せと言わんばかりに、笑うだけだった。
「でも、こうしてまた見つめ直せたんだ。また建て直せる。また二人で、組織を大きくしようぜ」
「ああ、約束する。今度こそ、見失わない」
「へへ、そうだと―――」
一歩、二歩と歩き始めたその瞬間、後ろから金属音が聞こえた。
「シェム!」
僕が振り返るより早く、アゼルは僕を突き飛ばした。
「あぜ……る……?」
その場に立ち尽くすアゼル。その胸は、精鋭歩兵の銛が貫いていた。
「エグリゴリ重要人物、一名消去……完了」
地べたに伏せたまま腕だけ上げていた精鋭歩兵は、そう言って立ちあがる。
「アゼル!」
アゼルもその場に膝をつき、口から血反吐を吐き出す。
「……しぇ……む。無事、か……?」
「ああ、ああ! アゼル!」
手当をしようにも、銛はアゼルの身体を貫通してしまっている。どうしようもない。
「そんな顔、するな……エグリ……ゴリは、お前の、組織だ。しっかり……やれ……よ。早く……にげ、ろ」
そう言い残して、アゼルの身体から力が抜け、目から光が消え失せる。
「続けてリーダー、消去」
腰からサーベルを取り出した先鋭歩兵は、ゆっくりと僕に近づき、振りかざした。
「やあああああ!」
しかし、女性の叫びと共に、振り下ろされたサーベルは弾き飛ばされ、精鋭先鋒の胸に剣が突き刺さる。
「シェフ!」
それは、ルカの声だった。
「よかった無事だねって……アゼル」
こちらに駆け寄って来るルカは、俺の腕の中で息絶えるアゼルの姿を見て、グッと唇を噛みしめる。
「ごめんね……私が、この依頼を受けようなんて言ったから」
「ルカが気にする必要はない……悪いのは、全部僕だ」
そうしている間にも、後ろから足音が聞こえて来る。
「シェム、行って……」
「え……?」
「ここは私に任せて、艦へと早く戻って」
再び剣を抜き、向かってくるウルサス兵の方へ向き直る。
「ダメだ、君一人で相手にできる量じゃない!」
「それでも!」
ルカは、僕の身体を抱きしめそっと囁く。
「貴方を生かすためだから……助けてくれてありがとう、シェム。私の、『ドクター』」
僕を強引にアゼルの遺体から引き離すと、背中を突き飛ばした。
「行って!」
それだけ言い残し、アルはウルサス兵たちの元へと駆けて行く。
僕はルカを背にし走る以外、取りえる選択肢がなかった。これほど、自分が指揮官であることを恨んだ時はなかった。
林を走り抜ける頃、大きな爆音が後ろから聞こえた。それも、一発じゃない。二発、三発と砲撃の着弾音が響き渡った。
この大地は、僕に『振り返って』『立ち止まって』『考えること』すら、許してはくれなかった。
♦
どれだけ歩いたか、もうすぐ艦に付くだろうか。雪は段々と強くなっていった。僕の歩いた場所には、赤い雪が足跡とともに残る。
「アゼルに、ルカに助けてもらったと言うのに……結局僕は、死ぬのか」
あの後、巡回していた監視官に発見され、もみ合いになった。一人だけだったためなんとか倒したが、腹部に深手を負った。
ドクドクと血は流れ続け、僕の視界は少しずつ暗くなっていく。
遂に耐えられなくなった僕は、その場に倒れ込む。冷たい雪が僕の視界を埋めた。ああ、僕もここで、一人で死んでいくのだと、そう思った時だった。
「……その服は、エグリゴリの隊員だね。ひどい傷だ」
誰かがそっと僕の身体を抱き起す。どこかで聞いたことのある声に、そっと目を開ける。
白衣の上にパーカーを羽織り、顔面はフルフェイスの仮面で隠されているその男は、6年前、僕を助けてくれた、本物の『ドクター』だった。
「どく、たー……」
「私を知っているのかい?」
ああ、間違いない。少し雰囲気が変わったが、この声はドクターの物だ。
「覚えて、いませんか……? 貴方に、教えを乞うて、必死に努力して、ここまでやれるようになったんですよ……」
最期の力を振り絞って、そう話し続ける。しかし、ドクターは、何も言ってはくれない。この人にとって、僕の村を救ったことなど、些細な出来事に過ぎなかったのだろう。
「……君は、もしかしてエグリゴリ、あの市街地で指揮を執っていた人物なのかな?」
僕のポケットから顔を覗かせる端末を見て、ドクターはそう問う。
こくこくと僕は頷く。
「ええ……僕は、エグリゴリの戦術指揮官、シェムハザ」
遠のいていく意識の中、心の声を零す。
「僕はドクター……貴方に、なりたかった……ただただ、それだけを想って……」
6年前、僕を救ってくれた。僕に全てを教えてくれた貴方に、なりたかった。
「貴方を、目指して……ここ、まで……戦って、きました」
でも僕は、間違っていた。僕が目指したのは、僕が自分の中で作り上げた勝手な『ドクター』で、あの時憧れた『ドクター』とは違っていた。
「ドクター……エグリゴリを……僕の大切なものを、また……守って……く、だ……さい」
貴方のように、強い指揮官に。貴方のように、誰かを守れる指揮官に。貴方のように、誰かに希望を与えられるような指揮官に。
僕は、なりたかった。
♦
「……どうして君は、そうも私になりたいんだい。どうして初対面の私を、そんなに信じているんだい?」
瞳を閉じたシェムへと、ドクターは語り掛ける。
「ドクター、ウルサス兵の撤収を確認しました。エグリゴリの生存者、13名は一旦捕縛してあります」
ドクターの後ろから、アーミヤが歩み寄って来る。
「捕縛は解いていい。全員を連れて、ロドスへ帰ろう」
「よろしいのですか?」
「うん、今敵の指揮官から、部隊を任された。少なくとも、敵対することはない」
「了解しました、そのように伝えます……その人が、エグリゴリの指揮官なんですか?」
ドクターの腕の中のシェムを見て、アーミヤは聞く。ドクターはそっと頷き、シェムの遺体をその場へ寝かせる。
「でしたら、きっとエグリゴリは良い組織なのでしょうね。きっと、本当はロドスとも仲良くできたかもしれない……」
そっと手を合わせ、アーミヤはそう呟く。
「どうしてそう思ったんだい?」
「この人からは……ドクターと同じ何かを感じます。きっと、悪い人では無かったのだと、私は思います」