そんな
人が定めた体感品質。”レア”である上に、長生きゆえの巧妙な話術を駆使する国永と、国永と縁のある刀で固め。俺は審神者の護衛。嫌味は無視して、演練場で当たれば熨斗つけて返して。
役人対策は、
光忠や国永からの注がれる困った子を見るような眼差しや『伽羅坊、本気で怒ってただろう。』なんて言葉は、見えなかったら見えなかったし聞こえなかったったら聞こえなかった。
つらく当たってしまった刀剣男士たちに優しくされるのがつらいと云うのは、もはや当人同士で解決してもらうほかない。初期刀である山姥切国広を引きずり、審神者の首根っこを子猫のごとく掴んで対面させた。むしろ間に挟むことによって、より複雑怪奇に拗れる可能性があったから。と言うのもあったが―――そもそも、
結局、口下手同士。何もしなくても上手く言葉が伝わらず、うっかり拗れそうになったこともあるが。加えて、
兎にも角にも、話し合わなければ解決しないと強硬手段として光忠を仲介役に置き、それぞれが言葉を発するまで俺はそこに居た。門番のような、言葉を交わすまで通さんと……門番といっても良いのだろうか。役割を果たすために。
話し合いが始まってから数日を経て、本丸の空気は良くなり。三日三晩こんこんと、人の子の生活に合わせながら対話を続ける二人の様子に問題なしと太鼓判を押し、退室した。
あのまま俺があの部屋にいる必要性を感じなかったから、出て行っても問題ないだろう。気づけば他の刀剣男士とも和解し、「自分は主にふさわしくない」という考えも解決したらしく、久しくつむじを撫でる風に黄金の瞳を細めた。
ふと追憶にしずめた意識をゆったりと起こす。本丸を見渡してみると、仲良さげな審神者と刀剣男士の笑い声が聞こえてきた。ブラック本丸とやら以前より良くなったような気もする。
なんとなく漂っていた気まずい雰囲気はなくなり、以前より強固となった絆が審神者と刀剣たちの間で結ばれたと確信する。―――あれからまた一年過ぎたが、かなり審神者と刀剣の仲は改善されたようだ。茶請けにずんだ餅を運んできた審神者の瞳は穏やかだった。
「相応しくないなら、相応しいって思ってもらえるような審神者になるさ。」
雲泥の差が見て取れる今や本丸を吹き抜ける風や季節なんかは、この審神者の状態に合わせたものである。そう豪語した
■
持ち直せた、そう確信した。
「ちっ、読み違えたか……!」
―――――しかし、物事はうまく運ばれないものだ。
舌打ちをしながら迫りくる刃を、脚のバネ頼りに飛び込む形で地面代わりの足蹴にする。先方も刀という形であることや己が刀の等身であることをよかったと心底感じながら片刃の上を躊躇なく蹴りつけ、宙を何回転しながら刃を振るった。
通信機越しに、
『くりちゃんッ!!!!!』
つまり、あの、悲鳴は―――自分は、大俱利伽羅は、重傷を負ったようだ。修行に行く前に長谷部の練度を上げよう、と主の言葉のまま出陣したはずが…運悪く検非違使に遭遇した。
油断したつもりはなかったが、多少なりとも気は緩んでしまったのだろう。人はそれを、平和ボケともいう。―――念願叶って、噂の浦島虎徹をドロップし、別のタイミングでもう一本の刀もドロップしたのを横目に地面に刀を突きたてて肩を揺らして呼吸を繰り返す。
出血のし過ぎで平衡感覚がおかしい。地面とは、こんなにも揺れるものだっただろうか。すでに光忠も貞宗も決して小さくはない傷をいくつもその身に受け、ボロボロな状態である。
唯一傷の浅かった国永や長谷部、三日月も、俺たちを逃がそうと壁になって重傷まで追い込まれてしまって。耳奥でぎしゃり、ぎじゃり、と何かがひしゃげる音がする。……早くしなければ。はやくしなければ、あいつらまで折れてしまうと、妙な耳鳴りが鳴りやまず。
ばきん、と零れ落ちる音がした。己の一部が、砕けて、叩きつけられて。は、と浅い呼吸だけが自分の中に響く。
「伽羅ちゃん折れないで!!」
「伽羅、伽羅ぁっ!しっかりしろよッ!こんなとこで折れんなよ、くそっ、俺たちまだ伽羅にちゃんとお礼だって言えてない!!」
「大倶利伽羅や、このじじより先に折れるでないぞ…!」
そうか。………そうか。
「はよう竜の子を連れてゆけ、その傷では一刻の猶予も争う! 鶴や背を任せたぞ!」
「任せておけ!!光坊、貞坊、早く伽羅坊を連れて行け!! 俺が、俺が殿を務める!三日月ッ、長谷部ッ、あの子のためにも主のためにも絶対に折れるなよ!!」
「言われなくとも……!」
幸い、ドロップした刀剣は『大倶利伽羅』。しかし、付喪神は宿っていない。……荒手だが、何もしないよりもマシか。首からかけるネックレスを傷一つない『大倶利伽羅』に引っ掛ける。成功するかは知らんが、下準備は済んだ。…―――なら、あとは主のもとにあいつらを連れ帰るのが、
地面から刀を引き抜く。刃こぼれは酷いが、あんな奴らに劣るなどと思いは一つもない。俺は、伊達政宗公の刀。……大倶利伽羅だ。別に語らうことはない。慣れ合うつもりはないからな。
(だが……)
地面に突き立てた刀はもうだいぶと刃こぼれが酷い。……助からない、と確信してからの行動は早かった。仲間たちが必死に声をかけてくるのを、ひそり心の中で謝って。
敵を引き付ける三日月、国永と叔父のもとへ一目散に駆けつける。火事場の馬鹿力というやつであろう。黄金の龍が生命を詠い、まさしく今もなお大俱利伽羅という人の等身から誇りを叫ぶ。
己の一部として剝がれ落ちたそれが、明らかな流動をもって宙を翻ったことを認めた大俱利伽羅は、先方と肉薄する。鍔迫り合いをしてしまえば押し負けるのは欠けて砕けた方。だからこそ、無理矢理に刀身を翻させ、柄で流しきった。
囮? 殿? 負けをむざむざ認めてやるなぞ相手を喜ばせるだけのこと、ならばいっそ全て倒してしまえばいいだけのことだ。少なくとも、
「…どこで死ぬかは、…俺が決めるッ!」
「伽羅ちゃんっ!!」
壊れるぐらいなら、崩れるぐらいなら、思いきり暴れ尽くしてからにしてやる。ゆらりと立ち上がり、反撃してすぐ崩れ落ちた体を支えるように側にいた燭台切光忠の腕を振り払った。
それでも追いすがろうとする昔馴染みの腹を蹴り上げ、今しがた相手から奪ったばかりの
「国永!」
「坊!?」
「ふん、…―――驚いたろう。」
国永、あんたは折れるな。懇願のような気持ちを隠すように悪戯めいて、らしくもなく、そんなことを言った。まだ折れるな。
主が壊れかけてから来たアンタは薄く穢れた本丸から立ち直ったことしか知らない。長谷部も、光忠も、貞も。あんたたちは真っ当に運営される本丸で、主を支えてやってくれ。俺はどうも慣れ合いは性に合わん。
触れ合えば触れ合うほど、語らえば語らうほど、別れが苦しくなる。こんなに苦しいなら俺は、最初から何とも関わりたくなかったと思っていた。だからこそ、突き放そうとしたのに。
でも、あんたたちは俺が離れれば離れるほど距離を詰めてきたな。大俱利伽羅が三歩引けば、二歩越えて三歩。隣どころか密着する日だってあった。口では悪態ばかりだったかもしれないが、そんなあんた達と……―――共に過ごした日々は思いのほか悪くなかった。
―――だからこそ、
「お前なんかじゃない!」
検非違使を叩き折り、驚愕に目を見開く国永の首根っこを引っ掴んで騎乗で悲しき痛みを食いしばる光忠に投げ渡す。長谷部を樽のように肩に担ぎ、稼働済みの時計の輪に入り込んだ。
せめて、あいつらだけでも無事に帰さなければ。大俱利伽羅の肉体を動かすのは、ひとえにその原動のみ。自分のことは、自分がよく分かっていた。同じ刀身であるならば、もう、分かってるはずだろ。あんた達だって、
「帰還する!折れるなよ、大倶利伽羅…ッ!!!」
見える傷だけじゃない、布に隠れた場所はすでに重傷を通り超え……限界なんだとも。わかるだろう、否、分かっているのだろう。敏いアンタのことだ。
それでも諦めきれないのは、人の身を授かったゆえか。ある意味では、あんたこそが諦めの中にあったのだろう。客観的に見極めることに長けたジジイどもよ。出来ることなら、あんた達で主を支えてやってくれ。あの人の子は苦しみを与えられすぎて壊れそうなんだ…。
(一人で戦い……、一人で死ぬ……)
慣れ合うつもりはない。だが、放っておくことも出来なかった。刀である俺たちは命を奪う道具でしかないはずが、……まさかこんな感情が生まれるとは思いにもよらなんだ。
伊達家での、別ればかりの日々。
苦しいということが、つらくて。感情など捨て去りたくて、何からも縁を結ぶ恐ろしさに怯え、季節の移ろいに目を背けるばかりの行年。
嫁入りを果たした友や白く美しき鶴との約束を幾千年、待てど暮らせど。黒のあいつは燃え、おまえも主に付き添うことも出来ず人の手を渡り歩き、伊達の門戸を叩くこともなく時は流れ続け。約束はついぞ果たされることなく本丸に降り立ったあの日から、動き出したこの
(俺は、それでいいんだ…)
―――――きっと、忘れない。
「大倶利伽羅ァァーーーーーーーーあアッッ!!!!!!」
ぱきん…っ
儚き音を奏でながら、大倶利伽羅の意識は闇にとじた。