崩壊:スターレイル二次   作:出力用

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お久しぶりです!
ヘル星ですがなぜかアスターしか出てきません。



真珠の耳飾りの少女

 

 

「──真珠の耳飾りの少女の幽霊?」

 

 

 違うわ、と言うアスターに慌てた様子で口を塞がれて、自分が思いのほか大きな声で聞き返していたと気づいた。

 私の声に反応したらしきスタッフの何人かがこちらを見ている。

 その人たちに仕事に戻るよう指示したアスターがため息をつきながら一枚の写真を取り出した。

 どこの通路だろうか、壁に宇宙ステーションの刻印がされているのがかろうじて写っているだけで、場所までは特定できそうにない。

 

 

「なにこれ?」

「もう、よく見て。ほらここ、かすかだけど調査対象が写り込んでいるのが見えるでしょ?」

 

 

 アスターが指差した部分を凝視してみると、確かにそこには空間を切り取ったように浮かぶ長い髪の人物が写っていた。

 額縁かなにかが模擬宇宙のイベントエリアのような形で浮いていて、その内側はほとんど漆黒だったけど、かすかに他にも二色くらい見えた。

 霞んだ紫と、それから亜麻色。

 視覚から得られた情報が速やかに脳で処理され、私はヌースも驚きの速度で一つの答えを導き出していた。

 

 

「…………これヘルタの肖像画じゃん」

 

 

 舐め回すように見なくても、配色でわかる。

 コンマ数秒で言い当てた私に呆れているのかなんなのか、アスターが深くため息をついていた。

 どうでもいいけど、シャンプーを変えたのか前とは違う芳香がしていて、なんかいい感じだった。

 

 

「そうなのよね…………はあ、どうしてこんなことになったのかしら」

 

 

 アスターは心底面倒そうに額の辺りを押さえている。

 ──ヘルタの肖像画か……。

 戦闘以外のときに高確率でヘルタがそれを眺めているのは知っていたので、だからなんだという気持ちが強い。

 そういえばリモート人形は寄越したくせに肖像画は一枚も持ってこないから、仕方ない、オフィスのあれを記念に持って帰るか。

 ヘルタのことなので予備なんていくらでも用意しているだろうし、なにも問題はない。

 

 

「つまり、ヘルタの野生の肖像画が現れたから私に確保保管鑑賞してほしいって依頼だね?」

「あなたまたそんなこと言って……まあ、確保っていうのはあながち間違いでもないけど」

 

 

 頼んできたわりには迷惑そうにアスターが答えた。

 大抵の依頼は報酬目当てでやる気スイッチを探しても見つからないことが多いけど、ヘルタ絡みとなれば話は別だ。

 とりあえず写真をスマホに取り込んで対象部分をピンチアウト、そしてピンチインしまくる私にアスターが軽く引いていた。

 

 

「……依頼する相手を間違えたみたいね」

「私こそ適任、むしろ他に代役なんていない」

「あのね星、熱心なのはいいけど、まだ私は肝心なことはなに一つ伝えていないのよ」

 

 

 そういえばそうだった。

 なぜかアスターに写真を奪われてしまったので手持ち無沙汰になり、泣く泣く自分のスカートの裾を握りしめるはめになった。

 アスターはこめかみに指を当てつつ話を続けた。

 

 

「見ての通り、依頼したいのはミス・ヘルタの肖像画について。先に言っておくけど、くれぐれも本人には知られないようにして」

 

 

 もしかして私より先に肖像画を持ち去った不届き者がいるのかと憤慨しそうになったところで、いきなりアスターが距離を詰めてきたから思わず息を止めた。

 

 

「ただでさえレギオンの侵入で手を煩わせてしまったっていうのに、正体不明の現象にまで付き合ってもらう道理がないから」

「むしろヘルタならすぐ解決しそうなものだけど……」

 

 

 息がかかる位置に来られたら喋るのに気を遣うんだけど、あろうことかアスターは私の襟首を掴んでさらに顔を寄せてきた。

 周りから見れば、恫喝現場に違いなかった。

 実際に「またあの人なにかしたのよ」とかヒソヒソ声が聴こえてくるし。

 急に呼びつけておいてこの仕打ちはあんまりではなかろうか。

 あとそこのスタッフ、顔を覚えたから。

 アスターは乱暴に引き寄せてきたくせに、目がどことなく不安そうだった。

 

 

「宇宙ステーションがいくらミス・ヘルタの私的財産といっても、レギオン侵入レベルにならない限り、彼女にとってたいした価値はないのよ」

「……要するに所長様の管理下でこっそりやりたいってこと?」

 

 

 ええそうよ、と呟いて笑顔で襟首を離してきたアスターは、不器用だなと思う。

 ヘルタを敬愛しているからがっかりさせたくないと一言伝えてくれればいいのに、アスターもヘルタに負けず劣らずの性格をしているらしい。

 ──そういうところ、嫌いじゃないけど。

 

 

「わかった。それで、なにから始めればいいの?」

「この現象を目撃したスタッフが何人かいるから、彼らから話を聞いてみて。……気をつけてね、あなたが考えるより事態は面倒なことになっていると思うから」

 

 

*****

 

 

「…………」

 

 

 封鎖部分の培養室、ルアン・メェイの創造物の一つである藤餅に膝を占領されながら、私は一つの結論に至っていた。

 ──みんな私のこと、暇人だと思ってるんだろうな。

 なぜ依頼人はことごとく依頼内容をまとめずに私に自力で調べさせようとするのか?

 目撃したスタッフが複数人いるなら、その人たちの証言を録音でもして要約してくれたらいいというのに。

 私は考えるより体を動かす方が性に合っているけど、だからといって目撃者の間をたらい回しにされるほど暇ではない。

 なんのためのスマホで開拓者チャットなのだろうか、情報収集ならその文明の利器で事足りるはずだ。

 とにかく、このままではラウンジで暇そうに突っ立って時々場所を移動している姫子とかヴェルトみたいになってしまう。

 私までそうしてうろうろしていたら、絶対パムに「掃除の邪魔じゃ!」とか言われるだろう。

 嫌すぎる未来を回避するために、私は藤餅を抱えて場所を移動することにした。

 創造物の中では唯一自分から私にコンタクトを取ってきたヘルタ似のこの生物は、機嫌を損ねるようなことさえしなければ基本的におとなしい。

 アスターがヘルタには内緒と言ってきた手前本人に会いに行くのも憚られて、代わりに藤餅を抱いているというわけだ。

 

 

「…………」

 

 

 嫌な視線を感じたから腕の中を見ると、ペイストリーの皮と餡で構成されただけのヘルタ似の創造物、つまり藤餅がじと目でこちらを見上げていた。

 

 

「なに」

「え。視線を感じたから見たんだけど……」

 

 

 ふうん、と呟いただけで藤餅はそれ以上なにも言わず、再度沈黙してしまった。

 どこまでヘルタに似ているんだろうか。

 ──あれ……そういえばルアン・メェイの創造物だけど私が手を加えたものだし、もしかして藤餅って私とルアン・メェイの子のわりになぜかヘルタに似てるとかいう闇で、そもそもアスターに頼まれてそんなことしたから……。

 

 

「…………」

 

 

 やめよう。

 このままでは深淵に呑まれてしまう。

 

 

「藤餅がいるから幸せ。それだけでいい、真実はいつも一つ」

「急になにを言っているの?」

 

 

 怪訝そうに返す藤餅だったけど、その尻尾が天を衝いて先端は震わせているのを私は見逃さなかった。

 白と濃いクリーム色をした尻尾は柔らかそうで、本当に美味しそうだ。

 

 

「ねえ、(私の口の)中に入れていい? (尻尾の)先っぽだけ、先っぽだけだから」

「やめて。あなたの場合、冗談で済みそうにないから」

 

 

 その体を物理的に食べられるのだと知ってか知らずか、藤餅は尻尾を大きくくねらせていた。

 いろいろな意味で唾液を溢れさせていたら、いきなり胃酸が込み上げてきた。

 

 

「──……」

 

 

 なんてことはない、通り過ぎようとした場所にリモート人形が佇んでいたからである。

 ビビって藤餅を取り落とすところが、逆に尻尾を腕に巻きつけられていることに気づいて理性がさよならしそうだった。

 とはいえ、アスターとの約束もあるのでヘルタが不在である確認が先だった。

 

 

「これ、オフラインだよね……?」

 

 

 リモート人形はいつも通り目の前を見ているだけで私と視線を合わせることはなく、微動だにしない。

 たまにオフラインを装って観察してくることもあるけと、この場所の個体はオート返信型のようだ。

 余計なことをしたら本気で本人が登場しそうなのでやめておこう。

 培養室から出て通路に到達すると、ルアン・メェイが趣味で繁殖させた虫が一定の間隔で浮遊を続けているのが見えた。

 それらをバットで粉砕しながら、先にある薬剤調合室に向かう。

 通路や衣服に赤紫色の体液が飛び散ったのを見たからか、藤餅が皮の中に引っ込んでしまった。

 汚いものを見せてしまって情けない限りだ。

 

 

「ごめんね。話はもう終わりだから、藤餅はここにいて」

 

 

 藤餅がいたのとは反対側のエリアに配置された小さなロボットが、アスターから受けた依頼の最後の目撃者だった。

 皮から顔を出して藤餅はクッションの上に鎮座したけど、内容が気になるのか露骨に視線を寄越していた。

 それに気づかない振りをして、私は小さなロボットに向き直った。

 

 

「ねえ、アスターの依頼で来たんだけど──」

 

 

*****

 

 

 内心途中放棄したいと思いつつなんとか聞き込みを終えた結果、アスターが言っていた通りに事態が面倒なことになっていると実感していた。

 もしも私が失敗した場合に備えて後任のために情報を残しておくと、次のようになる。

 まず第一に、ヘルタの肖像画はなにかに投影されたホログラムではなく、それそのものとして出現するらしい。

 そして第二に、肖像画自体に意思があるらしく、絵の中のヘルタと目が合うと追いかけてくるとのこと。

 ──どこから見ても目が合うんだけど、そこツッコミ入れたら負けかな。

 最後、最も重要そうなことが、追いつかれたら絵の中から腕が伸びてくるというもの。

 危うく掴まれかけたと証言したのはプラットホームにいたスタッフだったけど、詳しい話を聞こうとしたらなぜか逃げられてしまった。

 なので、実際にその肖像画にどんな危険性があるのかは身を以て体験するしかない。

 

 

「──って、思った矢先にこれか」

 

 

 通路の行き止まりから戻ろうとしていたら、道を塞ぐようにヘルタの肖像画が宙に浮いていた。

 まるでというか、まさに私を捕らえるために。

 見たところオフィスにあるあれと大差はないようだけど、どことなく黒ずんでいるというか、細部までよくよく見ればなにか違うことに気づけた。

 ──左耳にしてあるはずの耳飾りが、変だ。

 たぶん真珠であろうそれが、ピアスもなにも着けていない耳の下に浮いている。

 こんな違和感に気づかない方がおかしい、とでも言わんばかりに。

 私はやれやれと大袈裟なポーズを取って斜めに肖像画を睨みつけた。

 

 

「なに、間違い探し? ヘルタを騙りたいならもう少し細かいところまで擬態したら?」

 

 

 鼻で笑われたのが気に食わなかったのか、真珠の耳飾りを揺らしながら、絵の中のヘルタがゆっくりとこちらに体を向けた。

 生身に近いリモート人形と違い、油絵の質感で見つめられるのは不思議な感覚だった。

 なにか言っているらしく、口がパクパクと開閉しているけどなにも聴こえない。

 当然だ、絵の中には音なんてない。

 これは多分、歳陽だろう。

 カフカの指名手配書に潜めたのだから、ヘルタの肖像画に擬態することなど造作もないはずだ。

 細部までよく見ようと顔を近づけると、絵の中から伸びてきた腕が私の上半身を手繰り寄せた。

 躓く形で前のめりになると、不思議なことに肖像画にぶつかることもなく、そのまま私は絵の中に半身を突っ込んでいた。

 

 

「──、──」

 

 

 そこは、なんの音もしない世界だった。

 自身の鼓動さえ感じられないとは、夢の中の方がまだ現実感があるだろう。

 正面から見ていたときに感じていた通り、世界は闇に似た絵の具で塗り潰されていて、奥行きとか立体感がまったく存在しない。

 ただ、私をその胸に受け止めた肖像画のヘルタだけが文字通り異彩を放っている。

 ──錠前の輝きが、目に痛い。

 肖像画のヘルタは喋らない。

 喋っていたのだとしても、その声がこの世界に拒まれている。

 肖像画のヘルタから離れて表情を確認してみると、本物のヘルタは絶対に作りそうもない、寂しそうな笑みを浮かべていた。

 ……そこでふと気づく。

 本物もなにも、私はリモート人形越しにしかヘルタと接したことがない。

 なにかを介している時点で本物になりようがなく、リモート人形だってヘルタを模しただけの贋作にすぎない。

 それならこの肖像画のヘルタを偽物と定義するのは、おかしくはなかろうか。

 

 

「──、──」

 

 

 アスターは確かこの肖像画を確保しろと言っていた。

 それなら、この絵の中から直接連れ出した方が手っ取り早い。

 そうして肖像画のヘルタの腕を掴んで外を指差したら、なぜかぶんぶんと頭を振られた。

 

 

「──」

「──、──」

 

 

 なるほど、このヘルタはシャイな個体らしい。

 ならば、羞恥心が吹き飛ぶくらいのことをしてやれば素直に応じてくれるだろう。

 本腰を入れる。

 絵の中に入るのに特別な感覚はしなかった。

 私が入ってきたのが嬉しかったのか、肖像画のヘルタは愛おしそうに頭を抱いてくる。

 なんということだろう、夢の中ですらこんな少女らしい挙動を観たことはないというのに、さすが崇高なる道徳の賞賛を二十個以上獲得した聖人は違う。

 ──それにしても……柔らかいな、このヘルタ。

 リモート人形は排熱処理がきちんとしているのかはたまた氷属性だからか冷たくて、出るところも出ていないので、抱擁などされようものならその硬い胸骨がもろに当たって、普通に痛い。

 こちらから抱きしめたら少しは違うだろうかと考えて、絵の中に全身収めようとしたときだった。

 絵の外に残っていた左足がだれかに強く掴まれたものだから、ぎょっとして振り返った。

 額縁の先に、必死そうな表情をしたアスターが見える。

 その細腕のどこにそんな力があるのか、肖像画のヘルタたち(、、)に引っ張られている私をかろうじて引き戻しているようだった。

 それでいくらか冷静になり、自分がどうなっているのか改めて知ることになった。

 重力はあるはずなのに宙に浮いたり重なったりした肖像画のヘルタたちが、その腕で私を絡め取っている。

 そしてそれらに触れられた部分から、絵の具が混ざったように融け合っているのがわかる。

 そんなものを見せられて平常心を保てるわけがなかった。

 ──なに、これ。

 目に見えないし触れられないけど、ヘルタの意思がここにないのだけは理解できる。

 歳陽だと推測したくせに、やはり私は、その姿に弱いらしい。

 ──せめて一体でも捕獲しないと。

 振り払えば簡単に元の有り様を取り戻した腕が、肖像画のヘルタの顔を無慈悲に掴む。

 その両手が、私の腕を優しく撫でている。

 逃がさないように求めてきたわりに、なぜ抵抗しないのかが謎だった。

 手袋越しでも本気で掴まれたその顔に古びた絵画のようなヒビが入り、それから無音のままに紫色の絵の具を飛び散らせた。

 一瞬、ヘルタが髪に着けている花がその顔に咲いたのだと錯覚した。

 顔を潰されてなお動作を止めないさまは人形より人形らしくて、このまま飼い殺してやりたいとさえ思ったくらいだった。

 でも、これはヘルタではない。

 

 

「──星ッ!」

 

 

 アスターの声が聴こえる。

 つまり耳まで外に出たということだ。

 まだ目が絵の中にあったほんの束の間に探り当てたものを掴み、ようやく全身抜け出た。

 私から腕を離したアスターが即座に肖像画に手を向ける。

 絵の中からなおも伸ばされた手を取ることもなく、アスターは冷たく言い放った。

 

 

「誘ってないけど」

 

 

 次の瞬間にはもう、肖像画は塵一つ残さず燃え尽きていた。

 つい先ほどまでの体験がただの幻覚だったと説明されても納得できてしまいそうなほどには、跡形もない。

 アスターは一仕事終えた様子でこちらに向き直った。

 

 

「怪我はない?」

「腕が少し、気持ち悪いだけ」

 

 

 肖像画のヘルタは柔らかかった。

 でもそれは今思うと、絵の具の質感だった。

 

 

「はあ、よかった。宇宙ステーションにいるはずなのに座標がいきなり消えたから、びっくりしたわ。まさか調査対象と接触していたなんて……」

 

 

 ──なんで私の位置をアスターが特定できるんだろう……。

 つい先ほど遭遇した怪奇現象よりも、そちらの方がよほど怖い。

 

 

「ずっと手を握り締めているけど、やっぱり怪我をしているの?」

 

 

 そう言われて、手のひらになにか硬いものを握っていることに気づいた。

 指を伸ばして中を見てみると、それはあの個体が着けていたらしき大粒の真珠だった。

 屈んでそれを眺めながら、アスターが言った。

 

 

「もしかして絵の中から取ってきたもの?」

「そうだと思う」

 

 

 アスターは「ふうん」と呟いて真珠を観察していた。

 私はアスターから目を逸らしつつ、それをポケットへ入れ──

 

 

「今回の資料として回収するわ、渡しなさい」

「わ、私の戦利品だ……」

「星ー? それをポケットから出して?」

 

 

 笑顔のアスターほど怖いものもないので、仕方なく真珠を彼女に渡した。

 証拠品だからきちんと保管したいのか、アスターはそれを腰から外した瓶に入れていた。

 からんからん、と小気味良い音が鳴る。

 

 

「それにしても、あなたよく無事だったわね……最初、上半身だけ食べられたのかと思ったわ」

 

 

 外から見るとそういう光景だったらしい。

 主制御部分に戻る道すがら、なにがあったのか大雑把に話していた。

 

 

「多分だけど、あの肖像画のヘルタは私と遊びたかっただけなんじゃないかな」

 

 

 実際、アスターが引っ張ってくるまでは特別なことはなにもしてこなかった。

 ヘルタらしからぬ行為も、私の無意識の願望を反映した結果だったのかもしれない。

 あのまま絵の中に全身浸っていたらどうなっていたのか……とても興味がある。

 しばらく反応がなかったのでアスターの方を向くと、アスターはなぜかじと目でこちらを見上げていた。

 

 

「なに? 私に見惚れてた?」

 

 

 言うまでもなく私は美少女である。

 だから見惚れるのも仕方ないんだけど、アスターは露骨にため息をついてさっさと視線を逸らしていた。

 

 

「あなたってミス・ヘルタならなんでもいいのね? そういえば手稿も大切に取っているみたいだし……」

「サイン入りのグッズとかはまったく興味ないけど」

 

 

 いつぞや楽曲の不正投票をしたとき、上位にランクインしていたものの賞品がそんな代物で一気に興味が失せたことがある。

 ちなみに百回投票して得たのは『クライシス』というレコードだ。

 これでヘルタを賞賛する楽曲なんぞを持ち帰っていたら、姫子もさすがに私を精密検査にかけていただろう。

 アスターは私の言葉をまったく信じていない顔でこちらを一瞥した後、もう一度ため息をついてみせた。

 

 

「とにかく、今回は助かったわ。報酬は振り込んでおいたから後で確認してね」

「危険手当てとか別につかないの?」

「んー、自分から突っ込んでいったわけじゃないならつけてもいいけど?」

 

 

 ぐうの音も出ない。

 アスターも一部始終を目撃していたわけではないだろうに、完全に私の思考が読まれている。

 そうしてエレベーターの前で別れる間際、アスターが言った。

 

 

「そういえば私の端末の重要情報ってミス・ヘルタにも通知が行くのよ。たとえば、『だれがどこにいつ来た』とか」

「──……」

 

 

 いつだって現実が一番怖いし、生きている人間こそ恐ろしいものだ。

 私を見つめたまま、アスターが可憐にほほえんでいる。

 

 

「今のって本当……?」

「どうでしょ~?」

 

 

 アスターが依頼してきたのだから、情報同期は嘘だと信じたい。

 宇宙ステーションにいるのに模擬宇宙には来ないことを、ヘルタがどうとも思わないわけがないから。

 ──でも今週の階差宇宙、やってるし……!

 なあなあで済ませようとしていたのがアスターにバレたのか、ここまで回りくどいやり方で結局ヘルタのところへ引きずり出されているわけで。

 アスターはエレベーターに乗り込みながら、こちらにひらひらと手を振っていた。

 

 

「まあ、気が向いたら行くといいわ。ミス・ヘルタも喜んで迎えてくれるでしょうから」

「それ絶対怒ってるよね」

 

 

 返事を待たずにエレベーターのドアが閉まり、私は一人その場に取り残された。

 ああ──いっそこのまま、肖像画の中に突っ込んで行方不明にでもなりたい……。

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