ヘルタの立ち絵からできた話。
最近、アスターとかナターシャとかを列車に招いて楽しく過ごしていたから、その反動が来たのだろうと内心考えていた。
いつも通り「オフィスに来て」と素っ気ないメッセージを送りつけられたから、私はごく従順にヘルタのオフィスを訪れていた。
どうせまた装置の近くにオフラインのリモート人形が突っ立っていて、インプットされた会話しかできないんだろうとか考えていたのに、その期待を裏切るかのごとく、オンラインらしき人形が模擬宇宙の入り口を塞ぐように床に座ってなにかしているのが見えたので、首を傾げた。
傍らにはインナーと靴だけ履かされた人形が二体転がっていて、床に寝そべっている様子の人形はファンタジーな黒猫のぬいぐるみを抱かされていた。
ヘルタの趣味なら意外だし、可愛らしさの演出ならあざとすぎて軽く引くレベルだった。
「なんだ、もう来たの?」
床に座ったまま振り返ったヘルタの手にはめられていたものを見て、私は絶句せざるを得なかった。
本人も人形のボディーなのに、ヘルタはなんと私のパペットをその右手にはめている。
もう片方にはそれと似た短髪のパペットがあり、どうもその二体で遊んでいたらしい。
「──……」
「どうしたの?」
どうしたもこうしたもない。
私がリモート人形に勝手に触ると怒るくせに、自分は私のパペットなんかを無断で作って遊んでいたとは。
肉体が若返ったことで中身までそうなったとは思えないけど、ヘルタらしからぬ行動に頭を抱えるしかなく。
しかしここで逃げるほど私の開拓精神は脆くない。
「あんたでもお人形ごっこなんてするんだ?」
言われてようやく気づいたのか、ヘルタはやれやれといった感じでパペットを外した。
ヘルタがこういう反応をするときはだいたい本音を隠そうとしていると理解していたので、特に追及しようとも思わなかった。
「模擬宇宙のデータ収集の一環だよ」
「それ言えばなんでも誤魔化せると思ってない?」
アバターを作る際にもそんなことを言われて身体測定された。
いやあれは本当にデータが必要だったから仕方ないのか。
でも、ヘルタ本人がやる必要はなかったのではなかろうか?
特に用もなく入った医務室で自主的に受けた健康診断のときに機械が自動で測定してくれていたし、それを活用するのが早かったはず。
それを言えばどうせ「実測値が欲しい」とか返されたんだろうけど……。
ヘルタは私の気など知らず、淡々と続けた。
「模擬宇宙をやっているとき、たまに私のアバターに会ったでしょ?」
「ボケッと突っ立ってるやつ?」
宇宙ステーションにも迷子のようにして点在している人形が、確かにバーチャル空間内にも存在していた。
現実世界なら、一部の嗜好の人間に好まれそうな球体関節の人形の姿をしていても『リモート操作のためのアバター』として理解できたけど、バーチャル空間でまでその人形を使う意味がわからない。
そういう意味でも私はヘルタ本人に会ったことがなかった。
私の不躾な物言いに、しかしヘルタは眉をひそめることもなく軽く首を振っただけだった。
「そっちじゃなくて、デフォルメされたアバターの方」
確かに、ヘルタと認識はしていたけど外見がどう見ても生物ではない謎のアバターに出くわしたことは何度もあった。
近い形でたとえるならペンギンか、あるいはゲームでよく見る丸い爆弾。
そこまで聞いて合点がいった。
「ああいう感じで私のアバターを作りたいんだ?」
「察しが悪いのよ。あともう作ってるから。これはその実物」
もしかして手製かと疑ったけど、さすがにヘルタもそこまで暇ではないだろう。
でも、なんで座って遊んでいたのか。
あとこの棄てられた感じの人形はなんなのか。
これは多分尋ねても答えてもらえない部類の質問だろうから、訊いてもムダだろう。
「本人から見た出来はどう?」
おそらく私を模した方のパペットを手渡されたので、細部までよく見てみる。
私の目はこんな長方形じゃないとか、だらしなく垂れた裾まで再現しなくていいとかツッコミを入れたかったけど、一番気になったのは…………構造的に、パペットのスカートの中にヘルタが右手を容赦なく突っ込んで弄っていたという事実で。
「……どういう感じで動くか、再現してくれない?」
「なんで自分でしないの?」
「第三者の視点で見てみたい」
私の尤もらしい言い分を信じたらしいヘルタにパペットを返すと、彼女はさっそくその中に手を突っ込んだ。
しかも、パペットの両手に指を入れて、「ハーイ」なんて言いながらその小さな手をピコピコ動かしてみせた。
本人もパペットも無表情、だがそれがいい。
「くっ……!」
「なに被弾したみたいな声を上げているの?」
ヘルタの中身がエステルより多分年上だと頭ではわかっているのに、普段は性格の悪い少女が無邪気に人形遊びをしているようにしか見えなくて、胸が苦しくなる。
「ヘルタ……」
「なに?」
私は床に放り出されていたもう一つのパペットを手にはめて、ヘルタが持っている方のパペットにくっつけた。
そのままじっとヘルタを見つめる。
数秒経ち、十数秒経ち、二十秒を超えたかその辺りで突然ヘルタがパペットを私に放り投げて立ち上がった。
その顔は見えなかったが、見る必要もなさそうだった。
「お気に召したみたいだから、これで発注しておくね。すぐに片づけさせるから図鑑でも読んでて」
「いっぱいあるんだし、リモート人形を一体くらいちょうだい」
「絶対に、ダメ」
奇物に比べたら稀少価値なんてなさそうなのに、ヘルタがここまで頑なになる理由がなんとなくわかっていた。
だから私は生暖かい目でヘルタを見上げて──背中越しなのに、見事にデコピンをキメられた。
*****
数日後、星穹列車の私宛てに例のパペットが届けられた。
ラウンジで開封したせいで、ジュースを飲んでいたなのやその辺にいた姫子まで見に来る始末。
「へえ、よく出来ているわね」
「これってあんた? 可愛いじゃん、本人とツーショットしようよ!」
使い方をわかっていないらしいなのがパペットを私の頭に載せて写真を撮るのをほほえましく見つめる。
「ウチじゃなくてカメラの方を見てよ!」
「ごめんごめん」
何枚か撮られているうちに、なのの後ろから姫子が視線を寄越してきていること気づいた。
私はパペットをなのに預けて姫子の近くに行った。
「どうしたの?」
「ああ、ヘルタからのメモみたいなものが入っていると思ってね。ほらここ」
パペット二体が届けられた箱の内側に、確かに走り書きのメモが一枚紛れ込んでいた。
ヘルタの筆跡はサインとか難しい論文なんかで見て覚えていたから、他人のものも見間違うこともないし、なにより姫子がそう言うなら確実だろう。
メモにはこう書いてあった。
──私のアバターも実物化してみたから、ついでにあげる。感謝して。
そこまで読んで気づいた、箱は二重になっている。
私はアドレナリンをMAXにして隠された下の部分を外そうと試みる。
その手の動きといったら、マグネティックサーキットを解除する速さの比ではない。
それを見ていた姫子が呆れたようにため息をついていたが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
「──外れたッ!」
汗を滴らせる私に姫子が冷めた視線を向けている。
「やっぱり、模擬宇宙のやりすぎなんじゃないかしら……」
私の大声に、パペットで遊んでいたなのまでやってきてしまった。
「今度はなにしてるの?」
「宇宙の神秘がここにある」
「は? また眠れなかったの?」
嫌みなんだか単純に心配してくれているんだかわからないことを言われる。
まあいい、それは今重要ではない。
底が外れて、包みに隠されたもう一つのパペットを解放していく。
なんだかんだで優しいヘルタのことだし今回も私の声なき声を聞いて──って、なにこれ?
「わあ可愛い! 撮っていい? いいよね?」
「ヘルタ……」
楽しそうに写真を撮るなのと、なんともいえない調子でそう呟く姫子。
私は無言で、『ヘルタのアバターを模したパペット』を持ち上げた。
それはどこからどう見ても……例のペンギンか爆弾のようなあれでしかなかった。