乗り物酔いしてる銀狼が列車に来た話。
光るクジラが浮かぶ星穹列車のラウンジには、ほぼ毎日と言っていいほど外部の人間が訪れる。
列車が現実に停留している先の人々が来ることが多いのかと思えばそうでもなく、羅浮にいるのにナターシャが来たり、ベロブルグに白露が来たりすることもある。
うん……二人に他意はないと信じたい。
「ヤバい、気持ち悪い……重力シミュレーターを切っておけばよかった……」
そして今日この場を訪れていたのは、銀狼だった。
顔色が悪く見えるのはそのホログラムが青みを帯びた色をしているからだろうか。
「ネットの旅に慣れすぎて、普通の乗り物に耐えられなくなるなんて」
「吐くなら列車の外にして……」
独り言にしては大きな声で銀狼がぶつぶつ呟いていたから、私はすかさずそう言った。
明らかに乗り物酔いしているのに冷たく言いすぎたかと軽く後悔した瞬間、目の前のホログラム体はわかりやすくムッとした。
「乗り物酔い? 私が? そんなわけない!」
売り言葉に買い言葉とはこのことだろう。
まあ銀狼の性格上、気遣ってみせても同じような返答があったとは思うけど。
意外すぎる弱点をどう活用してやろうかと考えてみたものの、私を見上げるその生意気な目つきとは裏腹に、本気で具合が悪そうな表情をしていたから、さすがにかわいそうになってラウンジのソファーを指差した。
「ソファー? そこがなんだっていうの?」
「横になると少し楽になるらしいから、やってみたら?」
銀狼は鼻で笑った。
背丈が近いせいか、ヘルタが小馬鹿にしてくるときと似たような気分に陥る。
「本当の私は心地好いアイスバスに浸かってて、星穹列車には乗ってないから。つまり無意味だってこと。わかる?」
もしかしてヘルタが銀狼のアカウントを全部凍結させたのってただの同族嫌悪なのではなかろうか、と思わせるほど銀狼はヘルタのような言い方をしてくる。
しかも二人とも天才だから手に負えない。
いや、天才だからこそ性格が破綻しているのかもしれない。
「それで、アーケードゲームもなにもない列車になにしに来たの?」
ゲームこそ人生な銀狼にとってみれば、娯楽が皆無な星穹列車など退屈すぎて気絶するレベルだろう。
ヘルタ同様に、小さいわりに態度が大きな銀狼は偉そうに腰に手を当てて私をじーっと見上げていた。首が痛そう。
「そんなに見つめられたら穴が開く」
「安心して、それが事実ならあなたは今頃蜂の巣になってるはずだから」
そんな大勢から一気に見られたことなんてない。
比喩表現に真面目に返してくるのがなんだかおもしろくて、声を出さずに笑ってしまう。
そのためか、銀狼の目元がふっと弛んだ。
「そうやって笑っていれば可愛いのに。なのに、あの女と過ごしてるせいであなたこそ人形みたいな表情になって……」
アカウントを凍結させられたことをいまだに許していないのか、銀狼はヘルタに対してかなり思うところがあるようだ。
この先何度銀狼がヘルタの鼻を明かそうとしても、そのたびにこの間のようにどんでん返しを喰らう未来しか見えない。
おそらく、感情で引き起こされたものではヘルタに勝てない。
そんなものが原動力では、絶対にミスが出るからだ。
「で、本当になにしに来たの」
銀狼は万能合成マシンの横に突っ立っているけど、それに用があるとは思えなかった。
「用もなく来ちゃダメなの?」
「星核ハンターのくせに呑気なものだね」
よくよく考えてみれば星核ハンターなんて職業としては成り立っていない気もするので、銀狼を含めて彼らはほとんどの時間を無意義に過ごしてそうな気がした。
私にああ言ってきた銀狼こそ笑えば可愛いのに、また露骨に眉をつり上げて不愉快そうにしている。
そして、試すように嗤った。
「あなたに会いに来た、って言ったら?」
見え見えの嘘に付き合うほど暇ではなかったけど、銀狼の弱点を知った対価というか単純な憐れみというか、そんな意味で私は握りしめた拳の親指だけを立てて、奥を示した。
「惚気たいなら部屋で聞くけど」
銀狼が嫌そうにしていた。
「あの女に見つかったら面倒だから遠慮しておく」
「……なんでヘルタがいるって知ってるの?」
もちろんヘルタ本人ではなく開拓先で日々の鬱憤を晴らすかのごとくハンマーを振り回すリモート人形だけど、銀狼からすればヘルタという概念がそもそもアウトらしい。
現に、いつもは眠そうにしているだけの目が、今は不快をあらわにする意味で思い切り細められていた。
「遭遇したら面倒な相手の居場所くらい把握しておくものでしょ?」
各地をうろつく反物質レギオンや裂界造物扱いされているヘルタが憐れで仕方ない。
確かにリモート人形を待機させているせいで他のだれかが部屋に来たときに気まずそうにされることが何度もあった。
オフラインとはいえ第三者がずっと部屋にいるのだから、それは落ち着かないはずだ。
かといってわざわざ別室に移動させるというのも後ろめたいことをしているようでなにか違う。
「あんたがなにかしない限りはヘルタもなにもしないと思うけど」
自分が興味のあるものしか視界に映さないヘルタにとって、そもそも技術的に格下と捉えている銀狼が私とどう過ごそうと関心を示すはずもない。
しかし、銀狼はホログラムで触れられるわけでもないのに、私に掴みかかる勢いで詰め寄ってくる。
「私はアカウントを全部停止させられたことを許してないの!」
自業自得だし、手ぬるい処罰だろう。
完全に逆恨みしている銀狼は確かに普通の社会で生きていくのは無理そうだ。
「消されなかっただけありがたく思いなよ」
私が冷静にそう言うと、銀狼は悔しそうに俯いた。
「だから、こんなにもムカついてる…………私なら絶対にアカウントを取り返すって予想して、削除じゃなくて凍結させたんだから」
それがヘルタの優しさか意地の悪さか判断するのは、私ではなく銀狼本人だ。
認めたくないんだろうけど、銀狼も手心を加えられたと気づいているはずだった。
「ああそうだ、その件であなたに提案があったんだった」
「面倒事は嫌なんだけど……」
顔を上げた銀狼は悪そうな笑みを浮かべている。
「私が使ってるアカウントを一つあげるから、チームプレイに協力してくれない?」
予想の斜め上を行く発言に頭を抱えてしまった。
「……アカウントの譲渡とかって規約で禁止されてるよね」
いくらハッカーといえども、そこらへんはきちんとしていると信じていたかったのに。
銀狼はなぜかキョトンとしていた。
「そんなの運営にバレなきゃいい。だいたい、普通はバレるはずがないから。私はただ自分が育成したキャラ同士でチームプレイがしたいだけ」
是非はともかく、悲しいマルチモードだと思った。
「……カフカにやらせれば?」
「やると思う?」
やるわけがない。
銀狼に友人がいないということがわかって、また憐れんでしまった。
私を頼ってきたのも、信頼の表れというよりは他に選択肢がないからなのかもしれない。
「ヘルタにバレたらなに言われるかわからないから断っておく」
銀狼がまた眉をつり上げていた。
「ヘルタヘルタって、あなた……あの女以外に知り合いがいないの?」
友人がいそうにない銀狼にだけは言われたくなかった。
「前から思ってたけど、あなたはあの女に依存しすぎ。毎週のノルマをクリアすればお小遣いをくれるから? そんなのそのうちマンネリ化するに決まってる。ほら、今のうちに私と新しく『ゲーム』っていう名の旅を始めよう」
そう言って銀狼はホログラムのスマホをこちらに向け、なにかのゲームタイトルを見せつけてくる。
そのゲーム内のアカウントがいくつか並んでいる画面が表示された。
「なにしてるの? 早くあなたのスマホを出して」
なにをしているのかと言うのはこちらの台詞だった。
私は一度も銀狼の提案に同意していない。
この傍若無人なところ、本当にヘルタにそっくりだ。
「普通に私がそのゲームを始めて一緒にプレイするっていうのじゃダメなの?」
「え……最初から? そんなの時間の無駄じゃない?」
「じゃあ、そんなゲームのアカウントを複数所有してるあんたはなんなの……」
やはり星核ハンターはただの無職のサークルにすぎないようだ。
銀狼は頬の代わりにツイストガムを膨らませ、それをパチンと弾けさせる。
物質としてここにいるわけではないので、ガムの匂いまでは感じ取れなかった。
「えっと……念のため訊いておくけど、あなたってどういうタイプのゲームが好きなの? 今後の参考にするから教えて」
そんなことも知らずに自分のアカウントを使わせようとしてきたとは、さすが天才は他人の気持ちに寄り添う機能が欠如しているらしい。
それと、最後の言葉がこれ以降起きる面倒事の宣誓に思えたから聞き逃したかった。
「タップしていれば勝てるやつ?」
「脳筋」
嘲るわけでも憐れむわけでもなく、無表情に銀狼はそう呟いた。
ただ連打するだけでは苦楽が存在しないとでも思われたのかもしれない。
待機中にプレイするくらいには気に入っているのに、個人の志向は違うから仕方ない。
「脳筋、ね……わかったら私をもう誘わないで」
「そんなにやりたくないの? そう……」
銀狼はしょんぼりした様子でスマホをしまった。
パンクロード出身の銀狼は、他人と深くコミュニケーションを取るにはゲームをやるしかないと思い込んでそうだからかわいそうなことをした。
ただ、規約違反に荷担したのがバレたら列車のみんなどころか知り合い全員に呆れられるのが目に見えていたし、これでよかったのだと思いたい。
そういえば、マグネティックサーキットとかセリルのあれとか、私もけっこういろいろな装置を解除してきたことを思い出した。
「物理的なゲームなら得意なんだけど」
なにを思ったのか、銀狼がぎょっとしていた。
「さすがバットをところ構わず振り回す人は違う……」
「なに勘違いしてるの? ゲームって言ってるでしょ」
「反物質レギオンを背後からバットで殴るゲームでしょ? 違う?」
私のイメージがあまりに野蛮すぎたから、今度からは存護で行こうと心に決めた。
「ふう……」
銀狼はようやく酔いが治ってきたのか、俯きがちだった姿勢が平時と変わらないものに戻っていた。
乗り物酔いしていてもこれだけ元気なら、健康なときはもっと面倒だと証明されてしまう。
……多少友好的とはいっても愉快犯として宇宙ステーションを混乱させたのは記憶に新しいし、なにより銀狼はカフカと共に私をそこへ置き去りにした過去がある。
はっきり言って私は、銀狼に気を許していなかった。
そこで、あることを言い放ってみた。
「突然、好きなゲームのタイプを詳細に思い出した」
「へえ、聞かせてくれる? 私もプレイしてみるから」
ゲームの話題になると少し声音が高くなるのは、単純にゲームが好きだからだろう。
前に銀狼が言っていたように、もし彼女がナナシビトになっていれば、今頃なのも入れて部屋で仲良く遊べていたのだろうか。
──ブロニー、とか名乗って。
可能性の一つとして考えられた世界から視線を戻し、私はオフラインになったスマホのブラウザに表示された白黒のドット絵を銀狼に見せた。
それは、ネットワークが見つからないときに表示される謎のゲーム。
ヘルタがご丁寧にドット絵に起こしてくれた模擬宇宙のあれを流用しているのか、やたらカクカクした自分の分身が右からやってくる宇宙ステーションをただひたすら飛び越えていくだけのものだ。
暇なときに回線を切ってこれをやり込んでいたせいでヘルタからのメッセージに気づかず怒られ、オンラインでも特定のサイトに飛べば普通にプレイできると教えられた。
「ジバオ・キャロット……」
銀狼は模擬宇宙に不正侵入したのだからこのゲームのことは知っている様子で、呆然とそう呟いた。
「連打するだけの単純明快なゲームで私は好きなんだけど、あんたもどう? 今のところのハイスコアは257000」
一時間ほど外界の刺激に一切応えず画面を見つめてタップするだけの私を姫子が心配し、ヘルタに苦言を呈したけど、教育方針の違いから結局わかり合えなかったのがしばらく前の出来事だった。
模擬宇宙なんて壮大なゲームのようなものを作るくらいだし、ヘルタはそういう方面には緩い思考をしているらしい。
姫子はラウンジでコーヒーを啜っている以外に特になにもしていないし、無我の境地に到るのが趣味なのかもしれない。
「バグとかチートじゃなくて、リアルにそのスコアを取ったの?」
「そうだけど」
このブラウザを使うのは私だけではないので、開発者のヘルタもわざわざ優遇してくれたわけではない。
……そういえば、以前ヘルタが手にはめていたパペットに私ではないもう一人のだれかがいたようだけど、暇そうにしていたヴェルトにこのゲームをやらせたときにはその人物のドット絵が表示されていた。
ユーザーの性別によって操作キャラクターも変わるのだろうか。
至極どうでもいいことを考える私の傍で、銀狼が初めて不味いチャーハンを食べたときのような表情を作っていた。
「オブジェクトをひたすら破壊するだけのゲームをリストアップしてあげるから、そんな脳死プレイはやめて私ともっと楽しいことをしよう」
銀狼がここまで誘ってくるのって、友人がいない云々以前にもしかしたらヘルタに対する嫌がらせなのでは。
ホログラムではなく実体であれば、煽る意味でも頭を撫でてやりたいところだった。
*****
そして、後日。
銀狼から送りつけられてきたそれらのゲームをやっていて、気づけば模擬宇宙の決算日前日になっていた。
銀狼は「オブジェクトを破壊するだけ」と言っていたけど、稀にシルバーメイン的な輩とエンカウントしてリアルタイムで五分説教を受けるか、あるいは音楽ゲームのハードモード並みに指が痛むミニゲームに突入するかの二択があったため、謎の使命感を燃やして私は迷わず親指を二つとも酷使させた。
おかげでスマホが割れてだれとも連絡が取れずにヤリーロ-Ⅵの郊外雪原で夜を明かすこととなり、何事もなく戻ったら列車のみんなには安堵と説教をされ、案の定ヘルタには怒られた。