原神で初めて投稿したもの。
この頃はまだモンドと璃月しか実装されてなかったしアンバーと旅ができるもんだと思ってた。
「蛍、髪の毛伸びたよね」
旅の合間の休憩中、誓いの岬で軽食を摂り終えたときのことだった。
隣に座っていたアンバーがごく自然に私の後頭部に手を添え、伸びた後ろ髪がその手袋越しの手に弄ばれた。
それでなんだか少しだけ変な気持ちになってしまう。
アンバーは結構スキンシップが多めというか、嬉しいことがあればウサギ伯爵代わりに抱きついてくるし、ついでに頬擦りなんかまでしてくることもしばしばある。
だからそこまで深く考える必要もないのだけれど、髪に触れられるのは、なんとなく、恥ずかしい。
そんな私の羞恥に気づくこともなく、アンバーは珍しく真剣な顔をして見つめてきた。
「このまま伸ばすの? それとも切っちゃう?」
そう問われて初めて、アンバーと出会ってからそれなりの時間が経っていたことに気づかされた。
私だって本当は長い方が好きだ。髪型を変えて楽しみたい気持ちもある。
でも、前まではそうすることができなかった。
お兄ちゃんは私と違って長髪で、最後に見たときは三つ編みにしていた。
私たちは双子で顔がよく似ているから、いろいろと異なった部分を作っておかないと、他の人から見分けがつかなくなる。
私が短くて彼が長いのは、単純にじゃんけんに負けてしまったから。
手入れが面倒な長髪の権利を得たときのお兄ちゃんの表情といったら、思い出しただけでも笑えてくる。
「蛍?」
「ああ、ごめん。ちょっと昔のことを思い出してて」
……不貞腐れた顔をしていたお兄ちゃんも、今はいない。
だから、律儀に短くしておく必要もないはずだった。
でもやっぱり、私が短くて、お兄ちゃんが長い方がいい。
「切ろうかな。アンバーと出会った頃くらいに短く」
「そっか。ちょっと残念」
そう言って手を離すアンバーは、ちょっとどころかとても残念そうな顔になっていた。
「でも蛍って金髪だから、よく絡まったりして手入れとか大変だよね。それなら短い方が楽なのかも」
お兄ちゃんが言ったような言葉だった。
そう、金髪は髪の毛が細いから手入れが面倒なんだ。
だからお兄ちゃんも三つ編みにして髪が絡まないようにしていた。
寝坊したときなんかは、私が代わりに編んであげていたけれど、それでも普段からかなり時間を使っていた。まあ、少しは女の子の苦労もわかったことだろう。
アンバーの琥珀色の目をじっと覗き込む。お兄ちゃんに少しだけ似ていて、安心する。
「なに?」
「髪──アンバーが、切ってくれる?」
ウサギ伯爵を抱きしめて動揺するアンバーの姿は、見ていて楽しかった。
*****
なぜか分からないけれど、その日の内に『蛍が髪を切ってくれる人を探している』という話が仲間全員に広まり、気負う性格のジンならまだしも、孤雲閣近海で停泊中だった死兆星号からは北斗がやってきて大仰に胸を叩き、果ては玉京台から刻晴と凝光までもが駆けつけてくる始末だった。
いやいや、みんな忙しいんだよね?
最後の二人なんて璃月のお偉いさんでしょ?
「切りすぎないようにしなければ」
「腕が鳴るな」
「即戦即決!」
「どれがいいかしら……」
呆然とする私を余所に、集まった四人が喜色を浮かべて手持ちの道具を確認していた。
ジンは、なんとなくわかる。不器用だったら代理団長なんて務まらないだろうし、彼女自身も髪が長いから、その辺りの世話は任せられそう。
北斗も刻晴も刃物の扱いには慣れているし、髪型も複雑なので、きっと大丈夫。他人にセットさせないで自分たちで手入れしているというのは、旅の道中で見てきたからよく知っている。
問題は凝光だった。
凝光の武器はこの中では唯一の法器であり、長く伸ばされた白髪の先は何気に黒いという明らかな違和感がある。
さらにあの突き刺さりそうな謎の装飾品をほぼ全ての指にはめていて、ハサミもまともに握れそうにない。
「……」
はっきり言おう、怖すぎる。
完全に他人から世話をされている人だよ、凝光は。
フィッシュルと違って「無礼者」って言うときの語調に凄みがあるし、同じ七星の刻晴とは対照的に分かりやすいお金持ちオーラを出している。
もう一度言おう、怖すぎる。
だれなんだろうか、こんなに早く情報を伝えた人は。
それにしても、こんなときに真っ先に現れるはずのノエルの姿がどこにも見えないのが気になる。
……と思っていたら、ジンの後ろに隠れるようにして小さくお辞儀をしてきた。
これは、ジンたちの顔を立てるために身を引いたという認識で合っているだろう。
なぜなら、笑みを装っていても、明らかにウズウズしている。
なんでも出来るノエルに頼むのが安心感としてはベストだけれど、世界平和のためにはそうはいかないらしい。
とにかく凝光だ、あの人だけはお引き取りいただかないと。
しかしこの中では最も恐ろしい相手なだけに口が開かない。
璃月七星の一人とかそういうことではなく、単純に、その存在が怖い。
下手をしたらこのヘアカットもなんらかの商売に繋げる可能性がある。
凝光だけ帰すのもなんなので、ついでに刻晴にも帰ってもらおう。
それにしてもどう切り出したものか……。
頭を捻っていたら、道具を決めたらしい各々が統率のとれた動作で一斉にこちらを振り返ってきた。
それだけでもう気迫というか、心構えがヘアカットに対するものではないと断言できた。
「それで、君はだれに切られたいの?」
単刀直入に尋ねられて、一気に心臓が縮まった。いや、まずその台詞が怖いよね。
刻晴も効率主義者なのはわかるけれども、少しは周りのことも考えてくれないものか。
ジンなんて「交代制ではなかったのか?」と目を丸くしている。
まるで自分が選ばれると確信しているかのように──実際確信しているのだろう刻晴が、一歩近づいてくる。
「私だったら即刻終わらせるわよ。その後に髪を洗って、丁寧に乾かしましょう」
不意に、九死一生の焼き魚のことが脳裏に浮かんできた。
あれは厳密に言えば焼いていなくて、刻晴の雷元素で焼いたように焦がしていただけだ。
そんなものを作る相手が言った「乾かす」という言葉に、どれほどの重みがあるか?
答えは明白だった。
「話しながら切ってもらいたいから、刻晴は、いいかな」
唯一無二のアドバンテージを披露できなかった刻晴は、無表情無言のままに道具を納めて、部屋の隅に仁王立ちした。
ヘアカットはさっさと諦めても、帰るつもりはないらしい。
気まずくなって顔色をうかがったら、ものすごいジト目を返された。
これは……後々面倒なことになりそうな予感がする。
「…………」
「…………」
「なるほどな!」
ドラゴンスパインのような凍てついた空気の中で真っ先に声をあげた猛者は、もちろん北斗だった。
愛用なのだろう、使い込まれた質感のあるハサミを一つだけ選んでいた。
「だったらあたしは話せることが盛り沢山だ。蛍も海のことまではよく知らないだろう?」
確かに、マスク礁と名もなき小島、あとは孤雲閣訪問以外では海にも用事がなくて、たまに浜辺でカニとか星螺を捕獲することしかしていない。
その点、北斗は海に生きる人だから、私が知らない多くのことを知っているのだろう。
ただ、話す内容がヘアカットの時間内に収まる様子がなかったので、
「今度聞かせて?」
と言った。
嫌な顔一つせずに笑って身を引いてくれた北斗に申し訳なさを覚えつつ目で追っていると、なぜか北斗は壁際に背をつけ、腕組みしてこちらを見つめてきた。
イケメンとしか言いようがないその顔というかまなざしで見つめられると、見つめ返すか目を逸らすかの二択で頭が混乱するからやめてほしい。
というか、北斗も帰らないのか……。
隅には仁王立ちでジト目の刻晴、壁際に北斗の眩しい笑顔とかどういう状況だろうか。
残ったジンと凝光は顔を見合わせて苦笑していた。
よし、この流れだったら凝光も諦めて帰るのは無理としても、隅で煙管を回すくらいの行動に移ってくれそうだ。
ジンを選ぶのも他の三人に申し訳ないから、ここはやはり外部の人間を引き合いに出すしかない。
「あの、せっかく来てくれて悪いんだけど、実はもう他の人に頼んでて」
「そうなのか? 事を急きすぎたようだ」
「あら、残念ね」
よ、よし、問題の凝光もわりとあっさり諦めてくれたぞ。
しかしそのことにより別の問題が浮上してくる。
そう、実際にだれに切ってもらうか、だ。
ジンを断ったから、面目的にノエルは選べない。
アンバーは無理の一点張りで妙に動転していたから、これも不可。
男性陣に切らせるつもりはないので、選択肢がより少なくなってくる。
臨時収入としてモナに依頼を持ちかけるという手もあるけれど、占星術師がハサミの扱いに長けているとは思えない。
髪が短い人がむしろ安心できるのではないかと思うも、女性陣には私以外に短い人がいないので、その選択はできなかった。
フィッシュルは余計なことをしてきそうなので論外。
わざわざ璃月の人を呼ぶのもなんだし、ここはやはり──
「バーバラなら安心だ」
*****
サラサラと、髪が切られる音だけが室内に響いていた。
ノエルに連れてこられたバーバラは道中で事情を説明されていたのか、部屋の人口密度が高いことについては特になにも言わなかったけれど、そこにジンがいることには一瞬だけ反応していた。
じゃあ髪の毛を濡らすね、と言われて、そういえばバーバラは水元素の持ち主だったと思い出したのが数分前のこと。
バーバラの手つきは迷いがない。普段から子どもたち相手にこういうことをしているんだろう。
まあ、そういう予想がついたからバーバラを指名したのもある。
「蛍なら長くしても似合うと思うよ?」
「手入れが面倒」
「それじゃあ、この横の髪も切っちゃう?」
「そこはダメ」
という他愛のない会話しか存在しない室内。
バーバラを送り届けたノエルが帰ったので、部屋の中には例の四人がいるだけだった。
……うん、案の定というかなんというか、ジンと凝光もなぜか帰らなかった。
さすがにそこまでなると壁際に放置というのも気が引けて、別室から椅子を持ってきた。
髪を切られる様子を眺めてなにが楽しいのか知らないけれど、怖いので向こうを見ないようにしている。きっと刻晴なんかは普段の何倍も目を見開いていることだろう。
「それにしても、急に頼んでくるんだもん、ビックリしちゃった」
うん、世界平和のためだからバーバラもわかってくれたはず。だからここにいる。
「バーバラが来てくれて本当によかった」
「なんか照れる」
などと反応しつつもハサミがぶれることもないバーバラはやはり、慣れている。
隅から発される殺気には気づかない振りをしておこう。
「このあとの予定ってあるの? また鉱石集め?」
「午前中にやったから、今日はもうフリーだよ」
レザーのおかげで早く終わった。事前に凝光から鉱石の位置を聞いていたのも大きい。
バーバラは「そう」とだけ呟き、しばらく沈黙した。
……これは、露骨なお誘いかな。
アンバーとだけピクニックもどきをしたのがバレている?
新曲の披露とかしてきたいんだろうか。
わざわざ来てもらって髪まで切らせているし、少しくらいの無理なら聞くべきだ。
「これが済んだら、バーバラと付き合うよ」
──ガタンッ。
部屋の隅から大きな音がした。
しかし私は振り向かなかった。雷元素のだれかさんと目を合わせたくないからである。
後ろにいたバーバラは音がした方をもろに見てしまったのか、ハサミを操る手を止め、気配を揺らめかせていた。
「どうしたの?」
努めて、素知らぬ振りをするしかなかった。刻晴に関わると本気で面倒なことになる。
だからバーバラ、今見たもののことは忘れるんだ。
「え、えっと……なんの話をしてたっけ?」
「これからの予定。なんでも付き合うよ」
話題を変えさせることはしない。フリーと言った手前、隅の人が電光石火で捕まえてきて、どこかへ私を強制連行する可能性が高いから。
そんなことになる前にバーバラを使って逃げる。こんな大人数の前で交わされる約束なら、早々横やりも入れられまい。
人口密度を逆手にとった戦法だった。
「あ……あー、そうだったそうだった! 天空のライアーの件で蛍には聞きたいことが山ほどあるんだった! だからこれが済んだら大聖堂まで来てもらうから!」
嘘くさい言い方でもジンの方を見ながら言ったようなので、多少の効果は期待できそうだ。
実際に大聖堂に連れていかれるのかどうかはさておき。
「それにしても、蛍には枝毛とかないんだね。わりと手入れしてるの?」
「特には」
だいたい切り終えたのか、バーバラが指先で髪を摘まんできた。長さの確認でもしているんだろう。
「私なんて毎朝のセットにそれはもう時間がかかって……アイドルとしては当然のことなんだけど」
……髪、ロールしてあるからね。
文明レベルのわりに衣装とか髪型は私が見ても違和感がないものなのは、どういうことだろうか。
世界は謎だらけだね。
「ジンみたいにポニーテールにすればいいのに」
「えっ」
急に話題を振られたジンが椅子から落ちそうになっていた。
このタイミングで私がジンの名前を呼んだのには理由がある。
髪はまだ濡れていて、少し冷たくてそこそこ不快だ。タオルで拭いてもいいけれど、もっと簡単に乾かす方法が存在する。
右端にいる刻晴をギリギリ視界に入れないようにしながら、私はジンを見つめた。
「髪乾かすの、手伝ってくれる?」
*****
「それでは、その、いくぞ?」
「いつでもいいよ」
バーバラに代わって傍に立ったジンが、風元素をまとわせた手で髪を梳いてくる。バーバラよりは大きくて、それから少しだけあたたかい手。
冷たいと予想していた風は激しさがないおかげか、春風のような心地好さがあった。
バーバラは私を通り越してジンを見ている。その表情は、笑みに近い。
「代理団長にこんなことさせていいの?」
「祈祷牧師に髪を切らせた蛍だぞ?」
二人が小さく笑った。
きっかけなんてなんでもよかった。
ただ、無理に二人を近づけるつもりもない。こういう風に少しずつ打ち解けていってくれたらいいなと思う。
柔らかな風が止んで、優しい強さでジンの手が髪を撫でてくる。
「すっかり乾いたようだ。これで私の役目は終わりだな」
「風で飛ばした髪の毛とか、一緒に掃除してよ?」
「そうだな、後始末は大事だ」
まだ完全には打ち解けていないけれど、姉妹らしさは出てきた二人に自然と笑みがこぼれる。
そして、すっかり空気と化した璃月組に目を向けてみた。
凝光はバーバラたちが集める髪の毛をなぜか凝視していて、北斗は微笑ましそうに二人を見ていた。
「…………」
「…………」
まずい、刻晴と目が合った。
めちゃくちゃ眉間にしわが寄っている。片方の眉が器用につり上げられている。口元は笑っているのに目が笑っていない。
怖い。
見なかったことにしようとしていたら、刻晴が唇だけを動かしてなにか伝えてきた。
読唇術の心得がなくてもこれだけはわかった……「逃がさない」だ。
いろいろ片付け終えたバーバラが最後に手鏡を持ってきてくれたけれど、私の思考は既に「如何にして刻晴から逃げるか?」というものに切り替わっていた。
「蛍?」
「ありがとうバーバラ、ジン。あと、ごめん」
「えっ?」
「お礼は今度するから」
言い終わらない内に立ち上がって、星落としの剣を発動した。
突如として出現する強固な岩。
室内でそんなことをする奇行に全員が驚愕している隙を突き──私は逃げた。
数秒遅れて刻晴の元素スキルが発動する音がしたけれど、中原のもつ焼きを頬張りながら猛ダッシュする私に追い付けるはずがなかった。
*****
「蛍、髪の毛切ったんだ?」
なぜかむくれた顔でウサギ伯爵を抱きしめているアンバーと一緒にモンドを見下ろしていた。
場所は大聖堂の鐘楼の下。
アンバーの行動を予測して駆け登ったら案の定、というわけだ。
ただ、不満そうにしている理由が分からなかった。
「バーバラに切ってもらったよ、アンバーが嫌がったから」
「なにそれ? 私が悪いみたいな言い方に聞こえるんだけど」
アンバーのジト目は怖くない。むしろ可愛い。だれかさんみたいに険がないからね。
「だって本当はアンバーに切ってほしかったんだから。その気にさせてきたのもアンバーだよね?」
「えぇ……そうだったっけ? あー、うん、そうだったかも」
よし、話題を変えることに成功した。
むくれていても可愛いけれど、アンバーには笑顔が一番似合う。
ウサギ伯爵を抱きしめる意味が変わったアンバーが、鐘楼の縁から出した足をバタバタさせている。
「今度は、アンバーに切ってもらいたいな」
などと言いつつ、アンバーの長い髪の一房を手に取る。
そして、そこに唇を落とした。
すると、アンバーが遥か下にウサギ伯爵を落とした。
大聖堂の屋根の上で爆音が鳴った気がしたのは本当に気のせいだろう。
服装にふさわしい赤に顔を染めたアンバーが、若干後ずさりながら涙目でこちらを見ている。
「うわあ!? もうっ、なにしてるのっ!?」
「え? 口にした方がよかった?」
「~~!」
咄嗟に腕で唇をガードするアンバー。本気にしたわりには本気で嫌がっていないのが本当に可愛い。
「冗談だよ。友達にそんなことしないから安心して?」
「う、うん」
アンバーは、安堵していいのか落胆すればいいのか分からない微妙な表情をしていた。
好意的に見られていることに心が弾む一方で、どれほどのことをしでかせば彼女は私を憎悪し殺意を向けてくるのだろうかと、暗い気持ちも浮かんできた。
「それにしてもバーバラってヘアカットが上手だね。出会った頃と丸っきり同じ」
私は笑顔のアンバーが一番好きだ。
でも、むくれた顔のアンバーも好きだし、泣いた顔のアンバーも好きだ。
そして多分、愛憎をない交ぜにした顔のアンバーも。
あまりまじまじと見つめすぎていたのか、アンバーが照れくさそうに笑っていた。
「そんなに見られたら穴が開くよ」
照れてはいても嫌がらないアンバーの髪にまた、唇を落とした。
顔は背けられているのに視線を感じる。
興味とは好意だ、そして好意は何物にでも変じる。
アンバーは嬉しいことがあればウサギ伯爵代わりに抱きついてくるし、頬擦りなんかをしてくることもある。
私が望むのは、ただ一つ。
──私だけを見てほしい。