原神二次   作:出力用

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蛍の恋人がコレイの話。


キスしたら子どもができるとか思ってるスメール陣営

 スメールにも平和が訪れ、私はガンダルヴァー村でコレイとイチャついていた。

 

 

「おい、くすぐったいって……」

 

 

 その苔色の髪を後ろからもふっているとそう抗議されて身を捩られる。

 しかし、嫌そうではなかった。

 むしろなんだかいつもよりもじもじしていて、もっとやれと言わんばかりである。

 長らく魔鱗病に侵されていたコレイは他者との肉体的接触に当初過剰反応していたものの、世界樹の修復が行われたのと同時に完治したため、今では「あたしに触んな」的な言動もなりを潜めていた。

 なついてきた猫。

 端的に表現するならそうだろうと思った。

 

 

「コレイの髪は苔みたいな匂いがするね」

「……それ、キノシシみたいだって言いたいのか?」

 

 

 その声は若干キレていた。

 キノシシとは、背中に苔とキノコが生えている小さなイノシシのことだ。

 ちなみにここコレイの家の近くにもいる。

 もふるのをやめて斜め後ろから彼女を眺めると、羞恥か怒りかわからない赤に頬を染めていると知れた。

 可愛い。

 端的に表現するならそう。

 コレアンバーとかいう拗らせちゃった名前のぬいぐるみを持っている時点で察していたけれど、コレイはとても可愛い。

 

 

「お、おい……なんか言ってくれ……」

 

 

 口調は乱暴でも声が可愛いので子猫が威嚇してきているようで可愛らしい。

 私が黙って見つめてくるのが気まずかったのか怖かったのか、だんだんとコレイの顔から険しさが消えて、おどおどした表情になった。

 今すぐにでも抱きしめたい気持ちを抑え、口を開く。

 

 

「ごめん。コレイ可愛い」

「きゅ、急になに言うんだ? あたしをからかってるのか? おおおおお、お前、いつもそうやってあたしのこと馬鹿にして……」

 

 

 口調とは裏腹に、とてもにやけた顔をしていらっしゃるコレイさん。

 なんか気分が良さそうに顔を覆って悶えていたからしばらく放置してみた。

 ──いいですか、落ち着いて聞いてください。

 ──あなたは二年間アンバー無しで旅をしていました。

 ──まずい、発作だ、看護師!

 ──落ち着いて、そう、落ち着いて。

 そういうわけで私はコレイに落ち着いていた。

 そう、アンバーにやりたかったことをコレイで消化しているのである。

 そういうことを言えば確実に嫌われるから黙っているけれども。

 いや、最初はアンバー関係の話で盛り上がる程度の仲だったんだよ?

 でもそのうち魔鱗病のこととかコレイの壮絶すぎる過去とか知ってしまって、村での立場とか考慮してもそのままにはしておけないと考えていた。

 触れ合うのが怖いのは、触れ合いたいからだろうなとも察していた。

 本人が成長してしまったからか拗らせちゃったからか、アンバーとの抱擁なんて無理に決まってると言い切られたときは、それまでわずかに感じていた嫉妬心が風と共に去り、この子をどうにかして笑顔にしたいと願うようになっていた。

 それからいろいろあって、魔鱗病も消えた。

 最初は、指先だけ触れさせた。

 その次に会ったとき、握手をした。

 三回目に、指を絡ませてみた。

 そのへんからコレイの様子が変というか、顔に浮かべていた戸惑いの表情の意味が急に方向転換したような気がしていたけれど、こちらとしては特に困るわけでもないので、突き放すこともしなかった。

 触れ合ううちにコレイの笑顔が見られる回数も増えたと思う。

 ティナリから聞くところによると、村での生活にも変化があったらしい。

 コレイ、家から村に繋がる橋を落とされていたり一部のレンジャーに邪険にされているみたいだし、なんというか肩身が狭い思いをしていたんだろうなあ……。

 魔鱗病が完治したからといって差別意識がいきなりなくなるわけでもなく、その辺りは折り合いをつけてやっていくしかないようだ。

 なお、コレイを悪く言うレンジャー隊員を沈めようとしていたら、当の本人に止められたことがあるため、結果的に荒療治ではあったものの関係改善に助力できたのかもしれない。

 そんなこんなで最近は恋を知るお年頃になったらしいコレイを私はもふっていたというわけである。

 コレイは昔は私みたいに髪が短かったらしい。

 それが今はアンバーを意識したのかなにかで、結構なロングになっている。

 今まで長髪の人を何人も見てきたけれど、コレイのようにウェーブがかった髪質の人には会ったことがない気がする。

 甘雨は長髪と呼んでいいんだろうか、あれは。

 リサさんもウェーブといえばウェーブ、かな……?

 まあとにかく私はコレイのことがかなり好きになっていた。

 仮にこれが憐れみから来たもので猫に対するような愛情だったとしても、この気持ちに偽りはない。

 いまだに幸福そうに悶えているコレイを見る。

 その髪を撫でてみても、コレイはもう前のように拒絶してくることもない。

 ただ黙って顔をこちらに向けて、なにかを期待した目で見つめてくるだけ。

 ……そういうのって、やっぱり私からした方がいいのかな。

 何回か前から感じていたことを今日こそ実行に移せそうな気がした。

 

 

「コレイ」

「う、うん? なんだ?」

 

 

 私が自惚れているわけではないのなら、コレイはもっと深く触れ合うことを求めているのだろう。

 その目が、表情が、そう訴えてきている。

 嫌われるのが嫌で今まで踏み込んだことはしてこなかった。

 でも、心配しなくていいのかもしれない。

 

 

「コレイ」

「……、……」

 

 

 髪を撫でていた手を、コレイの頬にそっと添えた。

 紅潮しているだけあり、手のひらより熱い。

 自分の鼓動がやけにうるさく聞こえる。

 何回も刻晴に襲われかけたり、綾華に無言で切望されたりといろいろあったものの、実際にそういうことをしたことはなかった。

 ──今やらなくていつやるの。

 アンバーのことは今だけは忘れよう、うん。

 なんかもうブリュー祭でエウルアと買い物しに来たのを見てから立ち直れていない気がするし。

 

 

「ほ、蛍……」

 

 

 コレイの電気水晶のような色をした目に、私が映っている。

 なんだか、泣きそうな顔をしていた。

 私がそんな顔をしてどうするの、私がしっかりしないといけないのに。

 

 

「いい?」

 

 

 いきなりやるのも乱暴なので、了承を得るために確認する。

 コレイは、なにが、とは訊いてこなかった。

 ただその目をわずかに大きくさせて、いいぞ、とだけ呟いた。

 これから行われることは合意の許のもの。

 些か残る罪悪感を無視するために、私は自分にそう言い聞かせる。

 その間にもどんどんコレイの顔と距離を詰めていく。

 間近で見たらコレイって睫毛長いなとか、やっぱり苔の匂いがするなとか考えていないと押し潰されそうだった。

 やがて近づきすぎて焦点が合わなくなる。

 コレイの吐息が顔にかかる。

 私は、覚悟を決めてその唇を──

 

 

「──や、やっぱりダメだッ!」

「ぐふっ」

 

 

 唇を奪おうとしたところで、コレイに頭突きをかまされた。

 慣性の法則に従ってベッドから投げ出された私の体は机まで吹っ飛び、その衝撃で壁から蝶の標本箱が落下した。

 淑女と戦って稲妻城から帰ったとき並みに頭がクラクラする。

 いやもうグラグラというかラグラグというか。

 毒キノコを食べたわけでもないのにコレイが三人くらい見える。

 顔はよく見えないけれど、なんだか慌てている様子だった。

 

 

「あ、あああ、ごめ、ごめんっ、ごめんっ」

「こ、コレイ……なんで……」

 

 

 合意は得たはず。

 直前になって断るなんて璃月なら岩喰いの刑に処されるところである。

 コレイはおそらく真っ赤な顔をさせて、

 

 

「き、き、キス……キスしたら、キスしたら、キスしたら子どもができちゃうだろーーーッ!」

 

 

 そう言い残し、逃げたのだった。

 

 

「嘘でしょ……」

 

 

 私はそのまま昏倒した。

 

 

*****

 

 

 数日ガンダルヴァー村でそのまま療養して、ティナリから許可をもらえたから村を出ることになった。

 あれからコレイとは会えていない。

 言伝すらなかったらしい。

 そこまでなっていまさら、自分がとんでもない過ちを犯したのではと気づいた。

 嫌われたのではないのかと怖くなった。

 もしかしてまだ早かったのではなかろうか。

 むしろ本当はコレイは望んでいなかったのでは。

 言伝もなかったのはしばらくか永遠に会いたくないって意味だろうし、わざわざ探さない方がいいのかもしれない。

 絶望的な気持ちを払拭するために、私はその足でエルマイト旅団の拠点へ向かった。

 

 

*****

 

 

 それからしばらくして、スメールシティに来ていた。

 といっても釣りとか香辛料買い占めくらいしかすることがない。

 それにしてもコレイが最後に言ったあの言葉が脳内でリフレインして一向に止まらない。

 ──キスしたら子どもができる。

 本気で言っていたのだろうか。

 だとしたらテイワットではそれが真実なのか。

 そうでないことを祈りつつ、そういう話題を突然振っても一応答えてくれそうな相手を探しに私はグランドバザールに向かった。

 

 

*****

 

 

 案の定そこには買い物中のニィロウがいた。

 さすがスメールで一番有名な踊り子らしく、歩いているだけで商店の方が進んで商品を差し出すという異常事態が起きている。

 エウルアが見たらなにか思いそうなところだった。

 さすがに一人で持てなそうな量になってきたので、そのへんの男が絡んでくる前に先手必勝。

 

 

「ニィロウ」

「あれ? 久しぶり蛍!」

 

 

 タフチーンの塊らしき包みを取り落としそうになっていたので、まずそれを掴んでから他の荷物を持った。

 

 

「わあ、ありがとう! あ、でも袋がないから両手が塞がっちゃうね。うーん……」

 

 

 手ぶらになったニィロウはなにやら考えているようだった。

 通りの真ん中で立ち往生しているのも邪魔だろうし、商品を落とさないように気をつけながら道を下っていく。

 

 

「そうだ、いいこと思いついた」

 

 

 そこはトレジャーストリートに続く通路の中だった。

 他に人はいなくて、両手も塞がっていた。

 だからだろうか。

 あどけない笑顔のまま、ニィロウが頬にキスしてきたのを止められなかったのは。

 小さな水音がしたと気づいたときには既に事後で、イタズラっぽく笑ったニィロウの背中を見送る形になっていた。

 

 

「全部あなたにあげるねっ」

 

 

 呑気に買い物していたのだから急いでいたわけもなく、完全に私をからかう意味で逃げていったのだろう。

 だったらこちらも本気を出すまで。

 私は両手に抱えていた様々な商品を一瞬でバッグにしまい、元素視覚を使ってニィロウの追跡を試みた。

 

 

*****

 

 

 辿り着いたのはプスパカフェだった。

 なるほど、スイーツ好きのニィロウらしい逃亡先だ。

 むしろ看板猫たるガタが本命なのかもしれない。どうもニィロウに撫でられすぎて抜け毛が酷いようだし……スヴァンが泣きそうな話だ。

 中へ入ると、既に席についていたニィロウが悪びれもせず私を手招きしているのが見えた。

 その目の前にはパティサラが散りばめられたタフチーンがまた塊で置いてあり、他にもデーツナンやバクラヴァもある。

 それだけでしばらく公演がないことが理解できた。

 なお、ニィロウの食べ方からスイーツと勘違いされそうなタフチーンは、見た目に反して米と肉の塊だ、ライスバーガー的なものなのだ。

 先にコーヒーを頼んでおいたのか、ニィロウの向かい側の席、つまり今し方勧められたところには私の分のコーヒーまで置かれている。

 どうやら前に一緒に来たときに好みのブレンドを覚えられていたらしい。

 

 

「ニィロウ、さっきのは……」

「まあまあ♪ とりあえず食べよ?」

 

 

 釈然としないまま席につき、薄くて甘いコーヒーを啜りながらニィロウが幸せそうに食べている姿を眺めた。

 

 

*****

 

 

 それで、とようやく話が切り出される。

 

 

「私に、なんの用だったのかな?」

 

 

 ニコニコしながらそう言われると、逆に圧を感じてしまうのはなぜだろうか。

 一日分のカロリーを余裕で超過したとおぼしきニィロウはノエルのように深刻そうにはしていない。

 アザールにはああ言われていたけれど、実は脳のカロリー消費が多いとか?

 それか、ダンスの練習が激しい?

 まあいい、今はそれどころではない。

 

 

「ちょっとニィロウに訊きたいことがあって」

「ああ、だからグランドバザールまで来てたんだね。なになに? なんでも聞くよ!」

 

 

 人好きのする笑みを浮かべたまま、ニィロウはそう言ってくれる。

 正直まだ可能性は捨てていないけれど、コレイのあの発言がこの世界の真実ということも考えられる。

 スズキを加工したのにマグロの握り寿司ができるし、鍋で煮たのにステーキができるし。

 すっかり冷めてしまったコーヒーを飲んで一度深呼吸し、口を開いた。

 

 

「キスで子どもができるらしいんだけど、本当?」

 

 

 純粋そうなニィロウのことだから肯定されるだろうとは踏んでいた。

 ニィロウはキョトンとした後、照れくさそうに少し横を向いた。

 

 

「うん、そうだよ。だから、そういうことは……一番大切な人としか、しちゃダメなの」

 

 

 タフチーンに散りばめられていたパティサラのひとひらを唇に触れさせ、ニィロウはそれを咀嚼し飲み込んだ。

 ……コーヒーを飲んだからか余計に落ち着けなくなってきた。

 ニィロウが先ほど私の頬にキスしたのはアウトなのかセーフなのか。

 キスがそういう意味を持つと知っているならアウトかもしれない。

 アンバーが好きなのにエウルアとのことで勝手に絶望してコレイに浮気したから罰が下ったのだろうか。

 

 

「蛍、大丈夫? 頭痛いの?」

「…………コーヒー飲みすぎただけ。大丈夫」

 

 

 そういえばコレイに頭突きされたことをすっかり忘れていた。

 多分そのときに頭のどこかに致命的なエラーが起きたのかもしれない。

 ──なんでこの世界は私の望みをことごとく打ち砕いてくるんだろう。

 もう宵宮と結婚するのがベストな気がしてきた。

 

 

「帰るね……」

「もう帰るの? もう少し一緒にいたいなぁ……なんて」

 

 

 少しだけ悲しそうにそう言われると、つい傍にいてあげたくなる。

 でも私にはまだ確かめなければいけないことがあった。

 そう、望みを捨ててはいけない。

 ──キスしたら子どもができる。

 それを口にしたのは、悪意に晒されてきたコレイと、幸せに生きてきたニィロウの二人だけ。

 他の人の意見も聞いてみたい、まだ結論を出すには早すぎる。

 多めにモラを置き、席を立つ。

 視線を感じたのでそちらを見ると、ニィロウは既に元通りの笑みを浮かべていた。

 

 

「忙しいのにわざわざ会いに来てくれてありがとう。嬉しかったよ」

 

 

 洞天でのニィロウを知っているので、その言葉の裏を察するのは簡単だった。

 わずかに心が痛んだものの、ここでいつまでもニィロウの相手をしているわけにもいかない。

 

 

「うん、またね」

 

 

*****

 

 

 そのまま通りをぶらついていたら、探している相手がちょうど二人とも見つかった。

 というかなんだかんだで基本的に二人で行動しているのかもしれない。

 

 

「ドニアザード、ディシア」

 

 

 鍛冶屋の前にいた二人が同じくらいの速度でこちらを振り向いた。

 

 

「ああ、アンタか。久しぶり」

「蛍。本当に久しぶりね。最近どうしてたの?」

 

 

 最近か……キノコンでモンスターバトルしていたような気がする。

 レイラって次はいつ会えるんだろうか。

 

 

「元気にしてたよ」

 

 

 私の答えを聞いたドニアザードは柔らかくほほえんだ。

 少し前までは魔鱗病に侵されて死の淵にいたのだから、健康のありがたみがよくわかっているがゆえの反応だろう。

 ディシアも後方保護者面で頷いていた。

 

 

「なによりだな。ところで今日は買い物か?」

「二人を探してた」

 

 

 鍛冶屋の前にいたけれど、ディシアって結局自分の大剣は買い戻せたのかな。

 下手したら私が買うはめになる……?

 ふと顔を上げると、二人とも私になにを言われるのか待っている様子だった。

 

 

「立ち話もなんだし、座らない? デーツナンとかあるよ」

 

 

 先ほどニィロウに押しつけられたアイテムの有効活用をしよう。

 ドニアザードが誘いに乗り、ディシアがやれやれといった感じでドニアザードに手を引かれてそのへんのベンチに引っ張っていかれるのをほほえましく見つめた。

 この二人、これで結婚していないとは不思議だ。

 隣のベンチに私も座り、バッグからデーツナンを取り出して猟兵の刀で切り分けた。

 ナンを二人分受け取って礼を言ってきたドニアザードに対し、ディシアは笑いを必死で堪えているようだった。

 多分デットエージェントの刀がそんな使い方をされるなんて予想外だったからだろう。

 笑いを噛み殺しすぎて肩を震わせているディシアにドニアザードが若干引いていた。

 ディシア、そんな状態で受け取ったらナンが落ちるよ……。

 

 

「それで、私たちにどんな用事?」

 

 

 いまだに震えているディシアを放ってドニアザードがそう訊いてくる。

 二人ともコレイとニィロウよりは年上だし、真相を知っているかもしれない。

 一呼吸置いてから私は口を開いた。

 

 

「単刀直入に訊くよ。キスで子どもができるって本当なの?」

 

 

 謎の沈黙が辺りを覆った。

 ディシアはいつの間にか震えるのを止めていて、無言でナンを頬張っていた。

 あと、ドニアザードの笑みが凍りついた気がした。

 なんだろう、この反応は。

 てっきり笑われるものだと思っていたのに、もしかして私のことを子ども扱いして真実をどう伝えようか考えあぐねている?

 しかしすぐにドニアザードが苦笑し、その考えが間違いだったと知らされる。

 

 

「そんなことは誰でも知っていることよ。わざわざ口にしなくてもね」

「え……」

「砂漠の民でさえそうだぞ。まあ、アンタは違ったみたいだが」

 

 

 ディシアもそっち側だった。

 嘘でしょ知恵の国スメール。

 ──まさか本当にこの世界ではキスで子どもができるっていうの?

 ありえない、だとしたら刻晴とか刻晴とか刻晴の奇行が完全に私の貞操を狙っていたものだとしか捉えられなくなって今度の誕生日の怪文書すら無視したくなってくるあと綾華。

 ──いや待って落ち着こう、冷静に、深呼吸、コレイの匂いを嗅いでいると想像して落ち着こう、スーハースーハー。

 ……ダメだ、ナンの甘い香りのせいでニィロウのことしか思い出せない。

 洞天で一緒にパティサラを植えたのは今では良い思い出でしかなかった。

 唇を震わせる私を二人が気の毒そうに見ている。

 

 

「なあ、なにかあったのか? いきなりそんなこと聞いてくるなんて」

「蛍、あなたもしかして……」

 

 

 ハッとして口元を押さえるドニアザード。

 なにに気づいたのか知らないけれど、私自身にはなにも起きていない。

 

 

「私の知らない常識が蔓延っている」

「アンタ、どこから来たんだ……?」

 

 

 冷静に指摘してきたディシアの問いに答えず、私は立ち上がった。

 

 

「アアル村に行ってくる」

 

 

 既にドニアザードは勝手に察した表情で話題から離れてデーツナンを堪能していた。

 その横でディシアが呆れた表情をしている。

 

 

「キャンディスにも訊いてくるってことか? あいつも同じ答えを返すと思うが……まあ好きにするといいさ」

 

 

 二人に別れの挨拶をしてから、私はアアル村へ向かった。

 

 

*****

 

 

 村に着いたときには既に夜になっていた。

 暗くなると、霊廟上方の物体が禍々しく発光しているのがよく見える。

 村長の家に入ると、入ってすぐの場所で村長と守衛がいつも通り向かい合って話していた。

 村の行く末を心配しているものの、キャンディスのような後継者がいれば安心だという内容が聞こえてくる。

 キャンディスはというと、奥の席でザイトゥン桃を齧っているところだった。

 しかし、私に気づいて急いでそれを飲み込む。

 そのまま立ち上がりそうな勢いだったから、手で制してとどまらせた。

 私が目の前の席につくとキャンディスは目線を合わせて淡くほほえんだ。

 

 

「こんばんは蛍さん。今晩はこちらに滞在されますか?」

 

 

 いかにも温厚そうな声音ではあるけれども、キャンディスがこの砂漠で一番恐ろしいということは彼女を知る者なら誰もが知ることだった。

 文字通りその矛先を向けられたことがないのは幸いだろう。

 まあ盾だけでもサソリとかなら瞬殺か。

 

 

「キャンディスに用事があって来た」

「私に用事ですか? はい、なんでしょう?」

 

 

 物腰穏やかで人当たりもよくて、背の高い美女で妖艶な格好をしているとか、アアル村でガーディアンをしていなかったらすぐにでも無数の男に言い寄られている未来が見えた。

 本人は「村が平和であれば幸せです」という悟りきった性格なのがまた人間できているというか老成しているというか。

 

 

「キャンディスって防砂壁の向こうには何回かしか行ったことないんだよね?」

「そうですね……」

 

 

 キャンディスは変わらずほほえんでいたけれど、どことなく蔭のある表情にも見えた。

 私は知っている、キャラバン宿駅にキャンディスのことを慕う冒険者の女性がいることを。

 下手したらその人がまた遭難してまたまたキャンディスの前に現れるかもしれないということを。

 というか、そういう人がいるからキャンディスも防砂壁の向こうに行く機会があるのだろう。

 バハラカ、血眼になって探しているキングデシェレトの末裔が自分を何回も助けてくれたお姉さんだと知ったらどんな顔をするんだろう?

 やっぱりドラゴンじゃないと認めないのかな。

 ところで、キャンディス本人はガーディアンが天職ということで私との旅に同行するつもりはないらしく、ちょっとだけ残念に思ったのは内緒。

 あの盾、どうにかして複製できないか……。

 話が逸れた。

 

 

「さっきディシアにも聞いたんだけど、『キャンディスも同じ答えを返す』って言ってたから意固地になって来ちゃった」

 

 

 それを聞いたキャンディスは一瞬ポカンとした後、淑やかに笑った。

 

 

「あなたにもそんな可愛らしい一面があるんですね。なんだか意外です」

「そう?」

「はい。だってあなたは、とても強い人ですから」

 

 

 キャンディスの言う強さがなんなのか詳しく聞いてみたい気もした。

 ただなんていうか、きっとそれは私が思う強さとは違うのだろう。

 綾華と手合わせして辛くも勝利し、やはり強いと思い知らされたけれど、綾華は可愛らしいところもある。

 つまり、強さと可愛らしさは反発しない。

 むしろ可愛らしいから強いのかもしれない。

 ニィロウもああ見えて強いし。

 洞天で過ごした『二人きりのステージ』という名の手合わせでは、私が草元素共鳴していたせいで開花ダメージをまともに喰らってしまい、一人だけ死にそうになっていた。

 あのとき慌てて口に突っ込まれたタフチーンの味が忘れられない。

 というかなんでニィロウはタフチーンを常備しているんだろうね……。

 

 

「それで、尋ねたい内容はなんでしょうか?」

「ああ、うん……」

 

 

 今度は単刀直入に訊くことはなかった。

 まず私がとても遠くから来ていて、常識とは異なる考え方を持っていることなどを先んじて伝えておいた。

 そうしておかないとドニアザードのような反応をしてくる可能性があったから。

 軽く前置きしたつもりなのになんだか長くなってしまい、話し終えた頃には村長たちは眠ってしまっていた。

 

 

「なるほど……」

 

 

 本日何度目か考えるのも面倒になってきた疑問をようやくキャンディスに問えた。

 どっと疲れた。

 私は机に突っ伏したままザイトゥン桃を齧った。

 ──ラーズィー、お元気ですか? 私は元気です。コレイに言われた一言でアアル村まで来るほどに……。

 ぼんやりしていたら目の前に空の器が置かれ、キャンディスが水元素で生成した水をそこに注いでいた。

 純水。

 消毒のときにバーバラに似たようなことをされたことがあるので、特に驚きもなく私はそれを飲み干す。

 

 

「ありがとう」

「いえ、もう少し前に出しておくべきでした」

 

 

 多分、長々と説明していたことによる配慮だろう。

 ザイトゥン桃は糖分も多いから余計に喉が渇くし。

 しかしキャンディスの生成水はバーバラのとは違ってミネラルが多い味がする。

 地域の特色とかそういうのだろう。

 ニィロウには求めたことがないからわからないけれど、ニィロウのは森の香りがするのかもしれない。

 モナだったら星空か運命の味がするんだろうか、フィッシュルが好きそうだ。

 空になった器を指先で転がしながら、私はキャンディスを目だけで見上げる。

 肌が褐色なのでわかりづらいけれども、その表情から察するに、わずかに頬を染めているようだった。

 

 

「ディシアはああ言ってたけど」

「そう、ですね……私もディシアと同意見です。ただ、知識としてだけですが……」

 

 

 知恵の国ってなんなんだろうね。

 こうなったらもうナヒーダに直接問いただす他ない気がしてきた。

 

 

「そっか……」

「遠くからわざわざお越しくださったのに、期待に添えなくて申し訳ありません……」

 

 

 などと言いつつ、熱くなったらしい顔を手のひらから出した水で冷やしているキャンディス。

 見た目は年上に見えるのに、可愛いと思ってしまった。

 しかし、スメール人って純情なんだなあ。

 あと、コレイがなんで最初了承してきたのかがわからなくて泣きそう。

 ──なに、つまり最初は私と子ども作ろうとしてたってことなの?

 でも直前になって怖くなった。

 そう考えると、先に迫った私が完全に悪い気がしてきた。

 しばらく時間を置いたら会えるだろうか。

 とりあえずナヒーダに会わないと。

 その日はそのまま村長宅に泊まることになった。

 横になった私の額にキャンディスが指を当てて、なんだろうと思ったら、ニィロウもやっていた眠りのまじないだと気づいた。

 そのせいなのか、動力が切れるように私は夢の中へ落ちていった。

 

 

*****

 

 

 私は夢を観ていた。

 夢の中で私は言う。

 今日は私の誕生日なのだと。

 双子の兄とたくさんの仲間が私を見つけた。

 ──蛍、ようやく見つけた、みんな君に会えるのを楽しみにしてる。

 誕生会が幕を開け、みんなは私を囲んで楽しく踊る。

 塵歌壺の前で私がさよならを言うまで。

 

 私は夢を観ていた。

 夢の中で私は言う。

 今日は私の誕生日なのだと。

 双子の兄とたくさんの仲間が私を見つけた。

 ──蛍、ようやく見つけた、みんな君に会えるのを楽しみにしてる。

 誕生会が幕を開け、みんなは私を囲んで楽しく踊る。

 塵歌壺の前で私がさよならを言うまで。

 

 私は夢を観ていた。

 夢の中で私は言う。

 今日は私の誕生日なのだと。

 双子の兄とたくさんの仲間が私を見つけた。

 ──蛍、ようやく見つけた、みんな君に会えるのを楽しみにしてる。

 誕生会が幕を開け、みんなは私を囲んで楽しく踊る。

 塵歌壺の前で私がさよならを言うまで。

 誕生日おめでとう、私。

 

 

*****

 

 

 暗闇の中で目を覚ました。

 遠くにいくつもの赤い光が見える。

 

 

「ロウソクみたいでキレイだね」

 

 

 光はまるで私の誕生を祝っているかのようだった。

 

 

「嬉しそうね」

 

 

 こちらを覗き込んでいるナヒーダと目が合う。

 ここでこうして会うとは、ナヒーダはまた私のことを考えていたらしい。

 起き上がるのが億劫だったのでそのまま寝転がっていると、なにを思ったのかナヒーダも横になった。

 

 

「ちょうど私もナヒーダのこと考えてたよ」

「そう、それならよかったわ」

 

 

 洞天でプライベートは詮索しないと言ってきたわりには結構踏み込んでくるから、神って相変わらずマイペースだなと思った。

 この分だと私がなにを言いたいのかも既に理解しているのだろう。

 

 

「ナヒーダ」

「なにかしら?」

「スメールって知恵の国だよね?」

「ええそうよ」

 

 

 なんとなく、ナヒーダがドヤァという顔をしている気がした。

 ナヒーダにとってスメールの民は手塩にかけて育てているパティサラのようなものなのかもしれなくて、その人たちに知識が根づくのはとても喜ばしいことなのだろう。

 親が子どもの成長を見守るのとは少し違う。

 鍾離先生と違ってナヒーダはまだまだこれからが本番の神だし。

 顔を傾けてナヒーダの方を見る。

 既に彼女は体を横向きにして私を見ていたようだった。

 外見はクレーくらいの年齢にしか見えないのに、あんな苦難を五百年も強いられてきたとは、本当に胸が押し潰されそうだ。

 セノではないけれど、アザールたちの処分はもっと重くてもよかったのではないかと思えてしまう。

 

 

「どうしたの? その表情……まるで重荷を背負って千の夜を越えてきた駄獣みたい」

「ナヒーダがアザールたちを許してるのなら、私はもうなにも言えないね」

 

 

 慈しみ深い表情でナヒーダは軽くまばたきした。

 

 

「なにかわたくしに訊きたいことがあるんでしょう?」

 

 

 やはりお見通しだったらしい。

 ナヒーダ相手に遠回しに言っても仕方ないので、私は今日で最後になってほしい例の疑惑を口にしたのだった。

 

 

「『キスで子どもができる』ね……」

 

 

 さあ、知恵の神はどう答える?

 身構えていたのに、ナヒーダの方は花が咲くような笑みを浮かべただけだった。

 

 

「それは正しくもあり、間違いでもあるわ」

「ちょっとなに言ってるかわからない」

 

 

 ナヒーダの回答は迷走していた。

 矛盾とも言う。

 その大きな目が薄く閉じられて、でもその先では私を捉えて離さない雰囲気だったので、私もナヒーダから目を逸らせなかった。

 

 

「あなたは今日、多くの人から同一の答えを得たのよね。あなたからしてみれば間違いとしか思えないような答えを」

「うん」

「その意味で、一つ」

 

 

 正であり負である理由がまだあるらしい。

 ナヒーダが顔を寄せてきた。

 私は特に身じろぎせず、黙ってそれを見ている。

 

 

「普通、人はこういうときに反射的に距離を取ってしまうものらしいわ。でもあなたはそうしなかった。なぜなのか、わたくしとても興味があるわ」

「それは、ナヒーダのことが好きだからだよ」

 

 

 自分でやっておいて予想外だったのか、ナヒーダは驚きに目を見張った後、本当に嬉しそうに笑っていた。

 

 

「そういうところからあなたは他の人とは違うのね」

「……だから、矛盾してると?」

 

 

 ナヒーダは頷いた。

 でもまだ決定的な答えを聞いていない。

 こちらから顔を寄せたら、向こうも微動だにせずにそのまま鼻先が触れ合った。

 ナヒーダからは静謐と呼ぶしかない抽象的な匂いがする。

 だから、顔を寄せたからといって好意とか嫌悪感を抱くこともなく。

 

 

「あなたがなにを正しいと信じているのか、理解しているわ。そしてその考えは彼女たちの答えと矛盾しない。それがどういう意味を持つのか、頭のいいあなたならもうわかっているのよね?」

 

 

 いや、普通にわかっていない。

 ナヒーダは本当に回りくどい言い方が好きだなということくらいしかわからない。

 沈黙が肯定ではなく戸惑いを表していると察したのか、急にナヒーダが上体を起こして珍しく恥じらった表情を向けてきた。

 

 

「もしかして、わかっていないの?」

「え、うん」

 

 

 嘘をついても仕方ないから正直に答えたのに、なぜか距離を取られた。

 なにが起きたのかよくわからず、私も起き上がってみる。

 暗闇の中で発光しているような若芽の神は、どうやら自分の言葉がまったく私に伝わっていないことで動揺している様子だった。

 というか、完全にスベったことで羞恥を感じている。

 なんだかフィッシュルを彷彿とさせる姿だった。

 

 

「待って、少し考える時間をちょうだい……」

 

 

 それからどれほど経ったのか、ようやくナヒーダが顔を上げた頃には私は少し空中に浮くことができるようになっていた。

 元々摩訶不思議な空間なのでなにも問題はない。

 

 

「スメールの民は一途だから、キスという行為は生殖行為の前段階という捉え方をしているの。だからあなたの考えも彼女たちの答えも、どちらも間違いではないというわけね」

 

 

 最初からそう言えばいいのに、その簡潔な真実を捻り出すのにだいぶ時間がかかったようだった。

 しかし、なるほど、そういうことか。

 スメール人が純情と感じたのもあながち間違いではなかったということになる。

 つまりコレイのあれは本当に若気の至りだったということで、今頃は猛省しているのだろう。

 今度会ったら価値観の相違についてきちんと話し合っておくべきかもしれない。

 

 

「じゃあそれってテイワット全土に根づいてる認識とかそういうわけじゃないんだね?」

 

 

 私はわりと深刻に尋ねた。

 剣幕に圧されたのか、ナヒーダの表情が若干引きつっていた。

 

 

「文化というものは国によって異なるものよ。そして価値観は文化により形成される」

「…………」

「他国のことはわからないという意味」

 

 

 知恵の神なのにわからないことがあるらしい。

 まあナヒーダは一番若い神だから仕方ない。

 とりあえずスメール国内ではそういう事情と知ることができて、安堵した。

 というか……認識がそういうものなら、今日の私ってかなり恥ずかしいことを訊きまくっていたのでは……。

 今になって顔が熱くなるのを感じる。

 

 

「あら? リンゴみたいに顔が真っ赤よ? どうしたの?」

 

 

 この神、自分のことは棚に上げて自然に煽ってくれる。

 軽く睨みつけてみたら笑顔で逃走されたため、夢が終わるまで私はその小さな背中を追いかけ続けたのだった。

 

 

*****

 

 

 新しい価値観を知ることは、悪いことではない。

 ただ、旅人という特殊な身分のせいで、どこの国でも余所者だということは少し寂しくもあった。

 たとえば先日、コレイに言われて知った恋愛の最終段階のこととか。

 

 

「……」

「……」

 

 

 私は先ほど入ったアビディアの森でばったりコレイと遭遇し、今は二人して時の流れから取り残されていた。

 再会した瞬間から二人ともまったく動いていない、いや動けないでいる。

 この間のことを思い出しているのはお互いの赤くなった顔を見れば明白で、言葉が出てこないのも同じ理由だった。

 これがサンドウォーター相手だったら愉しく遊べるところだけれど、相手は今現在好感度トップを走るコレイ。

 しかし言葉が出てこない。

 どんなに戦闘経験を積んだところで、こういった分野に関しては素人同然の私には虚勢でリードすることしかできそうにない。

 つまり今はなにもできないという。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 コレイ、泣きそうである。

 私が目を逸らさない限り向こうも逸らせないんだろうなと思うと胸が痛んだ。

 ただここでその選択をすると、コレイの想いごと手放してしまいそうな気がしていて、安易に実行できなかった。

 動けないし言葉も出てこないから、目で見て匂いを嗅ぐくらいのことしかできない。

 アビディアの森は当たり前だけれど森の匂いが濃い。それから土とか水とか、獣の臭い。

 それらのにおいを感じたのはなにも森だけのせいではなかった。

 よく見るとコレイの服には動物の体毛がいくつも付いていて、ブーツも半分くらい泥にまみれていた。

 両手と前髪の一部にも泥が付いた跡があり、どうやらぬかるみに転んだと見て取れた。

 

 

「水浴び、した方がいいと思う」

 

 

 最初に口から出たのはそんな言葉だった。

 もっと言葉を選べたのではないかと後悔する前に、緊張の糸が切れたらしいコレイが激しく頷いてきた。

 

 

「そ、そ、そうだな。でもあの、その、まだパトロールの途中なんだ! だから、えっと……うぅ」

 

 

 半泣きのコレイに近づき、安心させるために指を絡める。

 大方、狩りに失敗した挙げ句にぬかるみに落ちたのだろう。

 しかもその後にまさか私と再会してしまった。

 先ほどの反応を見た限り、まだ心の準備ができていなかったのではなかろうか。

 それは泣きたくもなる。

 

 

「そんな顔しないで。パトロールでもなんでも手伝うよ」

「蛍……うん、ありがとう。お前と一緒なら上手くやれそうな気がする」

 

 

 コレイは、アンバーとは違う。

 わかっていたことなのに、なぜだか今になってようやくそれを理解した。

 一緒にいてほしいという気持ちより、私が一緒にいたいと強く願っているからだろう。

 必要としているか、必要とされているか。

 私は、コレイに必要とされていたいのだ。

 

 

「向こうの川で泥とか落とすから、ちょっとの間見張っててくれないか?」

「わかった」

 

 

 川の傍まで二人で進み、周辺に脅威がないか念入りに確認する。

 安全が確保できたため、私はコレイから離れて邪魔にならないように木の陰に隠れた。

 さすがにコレイも半裸になるようなことはないけれど、見られていたら恥ずかしいだろうという配慮もあった。

 あと、万が一にもアザールとかが通りかかったら嫌だし。

 ……リシュボラン虎と間違って討伐したら怒られるのだろうか。

 などと考えている間にコレイの方も終わったらしく、軽く声かけがあったので川辺に戻る。

 コレイは確かに前髪や両手の泥を落としていたけれども、まだ水を滴らせていた。

 余分に濡れた髪は、苔というより水草のように波打っている。

 健康的な赤に染まった顔にはわずかな笑み、あるいは恥じらい。

 

 

「みっともないとこ見せちゃったな。ごめん。今度はもっとカッコいい登場ができたらいいんだけど……」

「──……」

 

 

 そう言って苦笑するコレイを、考えるより早く抱きしめてしまっていた。

 当然、コレイは硬直していた。

 

 

「お、おい……ッ」

「ごめんコレイ、我慢できない」

「我慢!? なんの我慢なんだなにする気だ蛍おい、おいッ、おーーーいッ!?」

 

 

*****

 

 

 その夜、洞天で。

 

 

「お前、ちゃんと反省してるか?」

「はい……」

 

 

 私はコレイにより、寝室の床に正座させられていた。

 コレイは腕組みをしてベッドに腰掛けている。

 草元素の持ち主のはずなのに、目から雷が出ている気がして視線を合わせられなかった。

 

 

「お前、あたしになにしたかわかってるよな?」

「はい……」

 

 

 怒り心頭というわけではなく、半分くらいは他の感情も含まれていそうな声色だった。

 アビディアの森でコレイになにをしたのか。

 思い出さない方が幸せなのかもしれない。

 

 

「その……それ相応の責任は取ってもらうからな、絶対に……」

「一応言うけど、コレイ以外にああいうことしたことないよ」

 

 

 指先で額を弾かれた。

 よく眠れるまじないのはずが、ただ痛いだけだった。

 

 

「これからもするなッ」

「はい……」

 

 

 わりと嫉妬深い一面が見られて嬉しい反面、ニィロウとの相性は悪いかもしれないなと戦慄した。

 それで、と深くため息をつきながらコレイがベッドに倒れ込む音がしたので顔を上げる。

 正座を解除して立ち上がると、大の字に寝転がったコレイは目だけを私に向けていた。

 

 

「それで、これからどうするんだ?」

「……、……」

 

 

 私には私の価値観があり、それはコレイとは違うものだ。

 既に伝え終えたことをもう一度訊かれて、つい笑ってしまった。

 

 

「一緒に寝るんだよ、恋人同士は」

 

 

 脱力して広げられていた腕は実際には私を抱きしめるためにそうあったのか、私が体を重ねると同時に背中を抱いてきた。

 コレイの体はとてもあたたかくて、少しだけ、震えていた。

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