秋津ノ夜森肝試し大会のときにニィロウとかがいた話。
綾人さんに言われるまま肝試しに参加したまではよかった。
うん、一斗のリハーサルを手伝うのも問題はなかったはず。
テキトーに驚いたふりをして賞品をもらって帰るだけの簡単な行事だと思っていたのに……。
だというのに、私は今、何度目かもう数えることをやめた危機的状況に直面していた。
肝試し大会の会場である鎮守の森の中には、私の他にも参加者が何人かいた。
そういえば前に重雲と似たようなイベントに出たなあとか追懐に浸ったのは、彼のものと似た符を出して暇そうに突っ立っている申鶴を見つけてしまったからだった。
申鶴は前にもエンジェルズシェアに来ていたことがあったため、その出現に少し驚きはしたものの、目を見張るほどではない。
鳥居の近くには綾華が待機している。
家が近くにあるし社奉行の人だし、こちらもこの場所にいておかしいとは思わない。
驚くしかない理由というのが、川縁にしゃがみ込んでニコニコしている少女が、どこからどう見てもニィロウにしか見えなかったことだった。
頭の飾りとかヴェールはないものの、ニィロウにしか見えない。二つ結びとはいえ、断じてモナや胡桃ではないだろう。
確かに稲妻にもスメール人はいる。
でもそれは、遊学中だったり店を構えていたりといった人たちだけだ。
シティから出たことがないと言いつつ実際はわりと遠出しているニィロウのことだから、これもまたその一環なのか……。
しかし、困った。
今し方巫女から説明があったように、この肝試しは二人一組で回る必要がある。
まあ肝試しなんて要は親睦会みたいなものなのでその仕組み自体に異論はないけれども、なんで四人一組にしてくれなかったのかと今の私は落胆していた。
気づかなかったふりをしてだれか一人と続行できなかったのは、既に三者からの視線がグサグサと刺さっていたからだった。
綾華は捨てられた犬のように私を見つめ、申鶴はどことなく期待している目を向けてきて、ニィロウに至っては自分から近づいてくる始末。
「ほーたーるー! わあ、久しぶりだね。元気だった? んー……少し痩せた? あ、そうだこれ」
「待って、近い、タフチーンは食べないからしまって……」
さすが元素スキルで変換器を活性化させるのに慣れているニィロウは怒濤の速さで話しかけてくる。
元から涼しい森の中は、事態に気づいた氷元素二名のせいで冷気が漂い一気に温度が下がっていた。
肝が冷えるので二人の方を見ることができない。
ニィロウはなにも気づいていないのかそれともスルーしているのか、若干離れたもののまだ親密な距離を保ったまま、目をキラキラさせて口を開く。
「ここの森ってすっごくキレイだね! ほら見て、月の光がキラキラ射し込んでるの。それから、水も澄んでてホタルも飛んでて……見入ってたら蛍に会えちゃった」
ダジャレか口説き文句かわからない台詞に頭痛を覚えながら、興奮冷めやまぬ様子のニィロウをどうにか落ち着かせる。
具体的に言うと、その肩を掴んで物理的に押さえた。
ニィロウは「え? こんなところで?」的なことを言い出して恥ずかしそうに目を閉じていた。
私はその肩を思い切り揺さぶった。
とたんに目を回すニィロウ。
「うぅ、いきなりなにするの……」
「目を覚まさせてあげようかと」
「……もしかしてここも夢の中なの?」
夢の主だった経験から周囲を警戒するニィロウ。
「でも蛍がいる夢ならきっと覚めなくていい夢だね」
そう言ってはにかむニィロウは可愛いと思う。
しかし、私としてはすぐさま覚めてほしかった。
現実はいつも辛い。
「ニィロウ、どうして稲妻にいるの?」
いつものようにタフチーンを食べ始めたニィロウにそう尋ねる。
ニィロウは口元を軽く拭き、その場でターンを決めた。
「『公演を国外でもしてほしい』っていう声があって、ズバイルさんたちと一緒に視察に来てたんだ。そしたら面白そうな大会があってるって聞いて、せっかくだから参加してみようかなって」
意外と冒険好きのニィロウなので、この話自体に違和感はない。
ただ、問題は他二名と共に、私がいるときに参加したことか。
いつぞや申鶴が冗談として言い放った蛍ランクなるものが実体を持っていると錯覚してもおかしくないほどの遭遇率だ。
怖くて見ないようにしているけれど、向こうから漂ってくる冷気がどんどん強くなってきている気がする。
開始もしていないのに既に帰りたい気持ちでいっぱいだった。
しかし、一斗を手伝うと言ってしまった手前、それは無理そうだ。
「なるほど。じゃあ私はこれで」
「えっ……も、もう行くの?」
クロリスのようなことを言いながら、ニィロウが憐憫を誘う仕草で私を引き留めてくる。
それに痛む良心。
「ニィロウ、落ち着いてよく聞いて」
「は、はい」
「稲妻には『肝試しに二人組で参加した者は永遠に相手と結ばれない』っていうジンクスがあってね。この大会はそれの信憑性を確かめるためのものなんだ」
「そ、そうだったんだ……じゃあ私、蛍以外の人と回るね」
固く決意した表情。
ムダに真剣な顔をした私にニィロウは普通に騙されていた。
そしてニィロウはそのまま綾華の方へ歩いていく。
──ちょっと待って。
「ねえそこのあなた、私と一緒に参加しませんか?」
そんな良い笑顔で自分から凍結されに行くとは、さすがHPが五万ある人は違う。
対して綾華は笑顔ながらも前髪に隠された眉は完全にひそめていて、氷属性なのに中身は炎がメラメラ燃え盛っているのだろうと見て取れた。
正直逃げたい気持ちを押し殺し、私も急いで二人のところへ走っていった。
ニィロウの背後から姿を現した私に、綾華は雪解けと表現してもよさそうな笑みを向けてくる。
コロコロ表情が変わって面白いなどと思っている余裕はなかった。
「こんばんは蛍さん。お会いできる日を楽しみにしておりました」
「久しぶり……」
……笑顔、なんだよね。
なんか言葉が不穏だけれど。
なにも知らないニィロウだけが「蛍のお友だちだったんだねー」などと人畜無害の笑みを作っていた。
うん、笑みは無害なのに言葉選びが不適切だったせいで綾華がまた暗い目になっていた。
「蛍さんは本当に『ご友人』が多いようで……」
「……、……」
「蛍はどの国にもたくさん友だちがいて、すごいねっ」
「ニィロウほどじゃないよ……」
違う、私は肝を試したかっただけで冷やしたかったわけじゃない、こんな冷や汗を掻きたかったわけじゃない。
相変わらず空気を烈開花させるニィロウがごく自然に肩に触れてきたのを払うわけにもいかず、かといって綾華にかける言葉も見つからず、私は完全に立ち往生していた。
そんなときだった。
「我も会話に参加して良いものだろうか?」
外見は一番年上な申鶴がやってきた。
この状況が好転するならこの際なんでもよかった私は、申鶴に無言で救援を求める。
「おや……どちら様でしょう?」
「わあ、キレイな人……」
「我も蛍の友人だ──いずれは共白髪になりたいと考えている」
鎮火どころか火に油を注ぐ申鶴に、言葉を失うしかなく。
ニィロウも申鶴も多分、特になにも考えずに喋っている。
だから、考えすぎる綾華一人が重荷を背負っているんだろうと思った。
というか、ニィロウは今の言葉の意味を理解していない顔だ。
「そう……そうですか」
申鶴が跋掣相手に超キレていたときに冷気が噴き出して大津波を氷結させていたけれど、今の綾華なら稲妻を取り巻く海をすべて凍らせて徒歩で他の国に行きそうな気配があった。
なにかが振り切れた完璧すぎる笑みが、それを如実に物語っていた。
「ではわたくしはお先に失礼します。どうぞご友人の方を優先してください」
まだペアに誘ってすらいないのにその言い様。
なぜ綾華はこんなに思い詰める傾向にあるのかわからないけれど、このまま行かせてはダメな気がした。
「綾華、ちょっと待って」
星落としの剣を発動し、綾華の進路を物理的に塞ぐ。
咄嗟に飛び退いた綾華と私の進行方向が重なったせいで、まるで綾華が腕の中に飛び込んできたような形になる。
絶対零度の笑みが一瞬にして溶解し、マイナス5度くらいにまで上がった表情が見えた。
とはいえ、綾華と自分の装身具が腹部を直撃したので、痛みのあまり私はすぐに前屈みになっていた。
「ほ、蛍さん? 大丈夫ですか?」
「刺さったかもしれない……」
後ろから見ていただけのニィロウと申鶴も心配そうにこちらを見てくる。
「蛍、服を捲るが、構わないな?」
「え、待って構わなくない待ってってちょっと──」
確認を取ってきたわりに問答無用で手を伸ばしてくる申鶴。
慌ててスカートの端を押さえていたら、申鶴は下半身ではなく上半身の服に手をかけてそこを一気に剥いてきた。
かろうじて下着が外れずにいたものの、腰まであらわになった私は硬直していた。
言うまでもなく、申鶴以外の二人も。
「少し赤くなっているが、怪我はしていないようだ。しかし主の肌は相変わらず…………どうした?」
綾華もニィロウも、真っ赤な顔をしてこちらから目を逸らしている。
直前までの正答のなさそうな問題が力わざで解けたと喜ぶ気持ちより、親密な間柄とはいえこんな人数の前で半裸にされた羞恥の方が勝っていた。
「申鶴の……馬鹿っ」
「え」
私はそのまま申鶴の手を払い落とし、塵歌壺を取り出して洞天に引きこもった。
*****
これは私が閉じこもっている間に外で話されていた会話である──うん、普通に聞こえていた。
「蛍に、蛍に嫌われてしまった……」
この世の終わりのような声色でそう落ち込んでいたのは申鶴その人。
見た目は一番年上なのに中身が幼いままなので、私から受けたショックはさぞかし強大なものだっただろう。
先ほどまで七国を滅ぼしそうな雰囲気をさせていた綾華でさえ慌てふためいている様子が伝わってくる。
「大丈夫ですよ。蛍さんはお優しい方ですから、この程度のことでだれかを嫌いになったりはしません……」
「そうだよ! 蛍がすごく優しくてたまに激しいのは蛍の友だちなら知ってるはずだよ! だから落ち込まないで元気出そう?」
ニィロウの台詞がなにかおかしかった気がするけれども気のせいだろう多分。あと今度ニィロウから友だちの定義を聞いておこう。
初対面の二人相手にそんなことを言われても芯に響かないのか、はたまた既に這い上がれないところまで落ちてしまったのか、申鶴が立ち直る気配はなかった。
「こういうときどうしたら……」
「うーん……とりあえず抱きしめてみよう!」
おそらく申鶴がニィロウに抱きしめられた音がした。
「怖くない、怖くない」
小さな子にするように、ニィロウがそう言っているのを聴いていた。
いつもは私を翻弄するニィロウも、実際のところはこういう優しさを持っている。
綾華が固唾を飲んで見守っている様子が伝わってくる。
私は木材変換の手を止め、成り行きに耳を傾けることにした。
最初に聴こえたのは、申鶴の規則正しい息遣い。
「あれ? 眠っちゃった……」
「……立ったまま、器用な方ですね」
自由すぎる申鶴に綾華が冷静なツッコミを入れていた。
警戒心の強い申鶴をこの短時間で陥落させるとは、ニィロウはかなりのやり手らしい。
そこに若干の対抗心が生まれたものの、ニィロウに他意はないと知っていたのですぐにその思いは消えた。
「でも蛍が出てこないね……」
「そうですね……それに、このままではだれも始められません」
そういえば肝試し大会の途中だった。
ごめん一斗、不測の事態が起きた。というかこの面子ではまともに驚くのがニィロウだけな気がする。
「そういえば蛍から聞いたんだけど、稲妻ではこういう催しに参加したら相手とは結ばれないっていうジンクスがあるんだってね」
私が巧妙についた嘘をあろうことか稲妻人である綾華に伝えてしまうニィロウ。
「そうなのですか? すみません、そういったことに疎くて……しかし、それが事実であれば蛍さんが一向にこちらへいらっしゃらなかった理由も理解できます。せっかくですし、二人で回りましょうか?」
綾華まで騙されていた。
わがままになるといういつぞやの宣言通りというか、ベクトルがずれたその発言に軽くめまいを覚えていた。
「この人はどうしようか?」
「蛍さんが近くにいらっしゃるので安心してお任せしましょう」
そう言って申鶴を地面に寝かせるような音がした後、二人分の足音が離れていくのを聴いた。
なんていうか、うん……私は二人の将来が心配だよ。
遠くの方から、花火やら丑雄に驚くニィロウの声と綾華の勇ましい声が聴こえてくる。
仲良くなったのは結構だけれど、根本的な問題は解決していない気がしていた。
そして塵歌壺から出た私は申鶴の体を引きずり、また洞天に引きこもったのだった。