ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話   作:葛城

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第112話: ちなみに、声はとても小さいのだとか

 

 

 

 あまり知られていないが、1971年(昭和46年)は第二次ベビーブームの始まりの年であり、1974年(昭和49年)にかけて出生数が年間200万人を超え続けた年でもある。

 

 いわゆる、団塊ジュニア世代と呼ばれる世代だ。

 

 この頃の病院(産院のこと)のベッドは常に満杯状態。

 

 1人の処置や診察が終わって退院に合わせて慌ただしくシーツなどの取り換えが行われ、ベッドが空いている時間がほとんどなかった。

 

 なにせ、受付には迎えに来た赤子の家族だけでなく、陣痛の兆候が見られて来院した妊婦や、出産前の検診に来ている妊婦も来ているのだ。

 

『後から後から後続部隊がやってきて、看護婦たちはてんてこ舞い、助産師は息つく暇もない』なんて揶揄されるぐらいの混み具合。

 

 足の踏み場すら無いというのは言い過ぎだが、どこもかしこも人、人、人、若い男女や子供でごった返し。

 

 待っている来院者たちも疲れた顔。朗らかな顔で出て行くのは、退院してゆく者たちばかり。

 

 座れる場所は全て座られ、騒ぐと赤ちゃんを怖がらせてしまうと、子供たちもお兄ちゃんお姉ちゃんとして、立派なすまし顔。

 

 そして、鮨詰めのようになっているのは大人たちばかりではなく、赤子もまた同じ。

 

 現代では赤ちゃん一人分がゆったり安置出来るベビーベッドが当たり前みたいになっているが、この頃にそんな事をしていてはあっという間にパンクしてしまう。

 

 まだ寝返りがうてないのだからと、赤子1人がスッポリ収まるサイズのベッドをピタリとくっつけて並べ、名札を張りつけて右から左に順々に診察してゆく。

 

 それでもベッドが足りない時は大人用のベッドを流用し、赤子を並べて診察を行うこともあったらしいのだから、どれほど溢れかえっていたかが窺い知れるだろう。

 

 また、混み合っているのは参院だけでなく、保育園も同様であった。

 

 東京を例に出せば、当時の東京に約600ヶ所以上あったとされる公立保育園では需要の半分も満たせなかった。

 

 役所も保育園を増やしてはいるのだが、出産数がそれ以上。その後任保育園ですら、現代の基準で比べたらぎゅうぎゅう詰めで。

 

 設備も貧弱、建物も狭い、料金は倍以上の無認可保育園すらも満杯で入れられないとこが続出していたのだから、今では想像すらできない光景であった

 

 

 ……ところで、話は変わるが。

 

 

 実は、この第二次ベビーブームは戦後間もなく起こった第一次ベビーブーム時とは違い、合計特殊出生率はほとんど上がらなかった。

 

 コレは、1人の女性が一生の間に産む子供の数を表わしたもので。

 

 第二次ベビーブームでも第一次の半分ぐらいであり、人口こそ増えたものの、1960年代の好景気の中でもソレは変わっていな──そろそろ話を戻そう。

 

 

 第二次ベビーブームを迎えた1971年の日本だが、この年はこの年で、後世にも名が知られている、様々な出来事が起こった年でもある。

 

 

 たとえば、1971年の前半部分……3月には、『多摩ニュータウン』への第一次入居が開始された。

 

 4月には現代でもシリーズが続いている特撮番組の金字塔、『仮面ライダー』が放映された。

 

 ちなみに、この世界では『仮面とライダー』という、推理サスペンス混じりの特撮番組になっていたりする。

 

 なお、世代ならば間違いなく知っている、『ゴールデン洋画劇場』という番組が始まったのも、同月だったりする。

 

 で、話を戻して6月には沖縄返還協定の調印式が執り行われ、正式に沖縄が日本に返還されるのが決まった。

 

 同月には日本初の地上170mにもなる超高層ホテルとして、『京王プラザホテル』がグランドオープンし、大変な賑わいとなった。

 

 7月には日本で最初のマクドナルド1号店が銀座で開業し、老いも若きも初めてのハンバーガーを求めて長蛇の列に並んだ。

 

 ちなみに、立ち食いや歩き食いをする様は下品として批判が生まれ、バーガーを包んだ紙をその場に捨ててゆくといった行為が問題視された。

 

 また、同月には公害問題への政府対応の必要性が高まったことで、環境庁(現在の環境省の前身に当たる)が設立された。

 

 その合間&合間には、安保闘争というやつで極左と警察とがバチバチやり合い、怪我人がどうだの反対運動がどうだの、相変わらずキナ臭い感じであった。

 

 前半だけでも、これだけの出来事が起こったのだから、まだまだ国内の熱気は治まってはいなかった。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………さて、そんなわけで1971年の7月。

 

 少しずつ夏の気配が見られるようになった日本には、連日のように沖縄返還協定調印式のニュースがテレビで放送されている……そんな中で。

 

 

「うっきゃぁあああ!?!?!? エマが、エマが寝返りをうったぁぁぁああ!?!!?? ひゃぁぁあああ可愛すぎて胸が痛いぃぃぃぃ!!!!」

「うきゃ? きゃっきゃ」

「ひぃぇえええ……なんて可愛らしい御姿……ヤバい、母乳が、母性のあまり母乳がまた滲んでしまう、服まで汚しちゃう……可愛らし過ぎるのが悪いぃぃぃ……!!!!」

「きゃっきゃ、きゃっきゃ」

「うっ……ふぅ……」

 

 

 愛らしく笑う、『秋山エマ』と名付けられた娘のとんでもない愛らしさに、千賀子は両手で胸を押さえてビクンビクンとケイレンしていた。

 

 あれから、約5か月……いや、もうすぐ6か月ぐらいだろうか。

 

 その間、文字通り寝る間も惜しんでエマの世話をしていた千賀子はもう、すっかり愛娘にメロメロ(死語)になってしまっていた。

 

 

 育児は、大変である。

 

 

 数時間ごとに起きては乳を与え、下を汚したら取り替え、綺麗にしてやって、またお乳を与えて、下を取り換え、綺麗にして、乳を与える。

 

 合間には身体を拭いて綺麗にしてやったり、熱がこもっていないか確認したり、変な姿勢になっていないか確認したり、キリがないぐらいに何度も目を向ける。

 

 もう少し大きくなれば楽になるのだが、この時期(新生児期)の赤子の世話はとにかく大変である。

 

 出産によるダメージに加え、子育ての不安や必然的に頻発する授乳による慢性的な寝不足、授乳が上手く出来ずに失敗したり等々など。

 

 それを気合と根性で乗り切った辺りで、気持ちだけでは誤魔化しきれなくなった疲れが表面化。赤子の方も睡眠時間やタイミングが安定しなかったり、グズりが多くなったり……が、しかし。

 

 それはあくまでも一般人の話であり、千賀子は平気であった。

 

『ガチャ』の恩恵によって人一倍に体力&回復力があるうえに、分身である2号と3号……あと、子育て用に新たに生み出した4号によって、負担を軽減できたからだ。

 

 また、冴陀等村の女たちの存在も大きい。

 

 色々な意味で世間知らずというか、一般常識の外にいる人たちだが、同じ人間である事には変わらない。

 

 子育てに関する知識を経験則として学び、受け継がれているようで、千賀子のちょっとした不安も目ざとく気付き、アドバイスを送ってくれた。

 

 ちなみに、そのアドバイスの中で一番心に響いたのは、『赤子が泣いたからってそこまで気にする必要はない、ちょっと放置しただけで死ぬなら、今頃私たちは全員死んでいる』という言葉だったりする。

 

 冴陀等村の歴史を考えたら重すぎて絶句してしまうが、実は、祖母からも似たような事を言われていたりする。

 

 なんというか、千賀子の前世(つまり、現代人)では信じ難いようなドライさを感じられる。

 

 それでも無関心というわけではなく、ちゃんと世話をするし愛情を注いでいるのは分かるが……まあ、いくらか気が楽になったのは事実である。

 

 おかげで、多少なり寝不足にはなったが、全体としてみたら十分に睡眠は取れており、その顔色は常に良好、幸せでいっぱいであった。

 

 そうして、世間では沖縄がどうとか安保闘争がどうとか騒いでいる中で、だ。

 

 千賀子は愛娘がスクスクと成長をする様を見つめ、本日……というか、初めてエマが寝返りをうった姿を目撃し、沸き起こる母性に悶えていたのであった。

 

 

 

 

 

 ──いいかげん、話を進めよう。

 

 

「本体の私さぁ……エマが可愛いのは全面的に認めるけど、少しは働いて養っている姿を見せておかないと駄目だと思うのだけど」

「まだ物心付いていないから大丈夫、可愛い時期はいっぱい愛でなきゃ……(使命感)」

「そういう事を言う人って、いざその時が来た時、まず間違いなく動けないと思うのだけど?」

「うっ!」

 

 

 さすがに、分身たち(ロウシも含めて)から駄目出しというか忠告を受けた千賀子は、渋々エマの愛らしさに悶えるのを止めて、のそっと動き出したのであった。

 

 

 ……あ、いや、別にずっとサボっていたわけではない。

 

 

 そりゃあ余暇というか余った時間の全てをエマに費やしているわけだが、四六時中そうしているわけではない。

 

 いくら愛娘が大事だからといって、背負っているモノを放り出しても良いわけでないし、正当化して良いわけでもない。

 

 エマを引き取ってから半年近くが経ったわけだが、その間にも色々と千賀子は動いていた。

 

 まず、つわりが始まった明美と道子の苦しみを和らげるために何度か通いに行ったり、異常が起こっていないかを確認したり。

 

 特に、つわりが軽減したのはとても嬉しかったらしく、本当に有り難いと何度もお礼を言われたぐらいであった。

 

 他にも、定期的に実家へ見せに行ったり、墓参りをして、仏壇の祖父にもエマを見せたり、等々など……色々あった。

 

 北海道で作った調教用の施設はもうとっくの昔に稼働しており、ロングエースとハマノパレードを始めとして、複数頭の競走馬が調教を受けている。

 

 ロングエースはまだもう少し時間が掛かりそうだが、ハマノパレードは今年の10月頃にデビュー戦に挑むことが決まっている。

 

 曰く、『以前よりマシだが癖馬なのは変わっていない。多少敗北しても、実際のレースの空気に慣れさせた方が良いだろう』とのこと。

 

 千賀子としては全てお任せしているので口を出すつもりは、今のところは……あっ、レース直前に何かしらのトラブルが起きるかもとは忠告したけれども。

 

 ロングエースは、来年の1月頃。生育も調子も順調そのもので、今から走るのが楽しみというのが調教師の言葉。

 

 ハイセイコーは来年の7月頃が良いのでは……という方向性で、調教スケジュールが組まれているとのことだ。

 

 ハイセイコーの方はもうなんというか、厩務員の人がそれはそれは実の子供のように愛情と期待を注いでいるらしい。

 

 そして、『穂高部屋』もまた順調である。

 

 潤高の件で色々と気まずい部分はあったらしいが、迷惑を掛けてしまったと誠心誠意詫びて、新人に混じってキッチリ雑用をこなし、誰よりも厳しく稽古に打ち込む姿を見て、今では誰も気にしていないのだとか。

 

 エマの首がちゃんと座ったあたりで顔見せに行った際、『エマちゃんのためにも、目指せ横綱っす!』と朗らかに笑う姿は、とても印象的であった。

 

 ちなみに、最初は金髪碧眼の子におっかなびっくりな様子であったが、『外人も変わらないっすね』と納得してからは、『穂高部屋』の一番の人気者とあった。

 

 他にも、春木競馬場に挨拶に行った時には、娘が出来たので顔出しする機会が減るけど気にしないでと伝え……その際、ベビー用品がどうとか騒動になりかけたけど。

 

 

 とにかく、だ。

 

 

 ずっとエマの傍に居たわけではなく、なんだかんだと色々とやる事があったわけで……まあ、それでも以前に比べたら明らかに頻度も時間も減っているわけだから、注意されるのも致し方ない。

 

 なにせ、千賀子は母親であると同時に、父親としての役目も果たさなければならない。

 

 分身たちから注意を受けなければ、それこそズルズルと引きこもり出して、四六時中ずっとエマの傍で世話をしている……なんて話を否定出来ないのであった。

 

 

「──少々冷静になったようなので、一つよろしいでしょうか?」

 

 

 そうして、頃合いを見計らっていたのか、スススッと襖を開けて姿を見せたロボ子が──唐突に、告げた。

 

 

「マスター、以前に許可を戴いて購入した無人島の件ですが──」

「はい?」

 

 

 意味が分からず首を傾げる千賀子……それを見て、「はい?」とロボ子も首を傾げ……代わりに、呆れた顔の2号が答えた。

 

 

「ロボ子、本体の私はその時、エマのことで頭がいっぱいだったからまともに返事もしていないし覚えてもいないわよ」

 

 

 言われて、千賀子は……そうかも、と内心で納得した。

 

 

「ははぁ、なるほど。謎は全て解決しました。とにかく、無人島を購入したわけです」

「えぇ……なんでまた?」

 

 

 意図が分からず訝しむ千賀子に、ロボ子は改めて説明をする。

 

 

 一つ、地上で何かしらの実験を行う際、あるいは、神社以外にいくか自由に活動できる場所を確保しておきたい。

 

 二つ、北海道で土地を保有することで北東方面への監視が行えるようになったが、西側方面への監視を行える場所を確保しておきたい。

 

 三つ、タイミング良く、5月頃に百貨店が鹿児島県出水都東町の沖合にある無人島を販売したので、購入するべきと思い許可も貰えたので購入。

 

 

 と、いうのが、購入の流れである。

 

 千賀子が許可を出したので『賽銭箱』から資金を出しても女神様はノータッチだったので、改めて話題に出るまで千賀子はまったく気付いていなかった……で、だ。

 

 

「北東方面と西側方面の監視って?」

 

 

 率直に尋ねれば。

 

 

「ソビエト連邦と、中華人民共和国です。現状、落ち着いてはいますが、備える必要性はあるかと思いまして」

「あぁ……そういう意味での監視か……」

 

 

 納得した千賀子は、苦々しくため息を吐いた。

 

 

 ……ロボ子の言わんとしている事は、一つだ。

 

 

 今はベトナム戦争も終結したので、表だって大規模な戦争が行われていないが……実は、完全に終わったかと言うと、そうではない。

 

 いわゆる、戦火を交えない戦争……『冷戦』が、西側と東側に別れて現在進行形で密かに繰り広げられているのだ。

 

 この戦争の厄介なところは、落とし所が見付けられず、なんとも言い表せられない緊張感ばかりが高まり続けるというところだろう。

 

 なにせ、代理戦争という形でドンパチやり合う事はあっても、互いの本国への被害は無く、目に見える形で死者なり爆撃なりが出ないしされない。

 

 ベトナム戦争の時には反戦運動が起こったが、それは目に見える形で争っていたからで……『冷戦反対』と言ったところで、そもそもどちらも戦火を起こしていないのだから、止めようがないのだ。

 

 その結果、疑心暗鬼にも似た緊張感が双方に溜まり続けており、実は双方とも、どうやってガス抜きするべきかに頭を悩ませていたという話が後の世に……さて、話を戻して、と。

 

 

「話は分かった。それで、私に何を言いに来たの?」

「はい、とりあえず、そこに認識阻害処置を行った基地を建設しようと思い、先日より調査を行っていたのですが」

「……ですが?」

「先住しているUMAの存在を確認しまして……手書きの看板を掲げられ、環境破壊反対とデモを起こされてしまいました」

「アイツら、マジでどこにでもいるじゃん??? そのうえ変なところで理性的じゃん???」

 

 

 思わず、掃き捨てるように言い捨てた千賀子を尻目に、ロボ子は……スッと、一枚の写真を出した。

 

 

「その、敵性が強ければ排除しようと思ったのですが……私が調査した限り、非常に温厚で肉食ですらないので、どうしたものかと……」

 

 

 その言葉を聞きながら、千賀子は写真に視線を落とし──。

 

 

「うっわデッカ!? こんなの人前に出たら駄目じゃん!」

 

 

 ──思わず、そんな言葉を出したのであった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………なにが写っていたのかって? 

 

 

 見たままを語るなら、『身長2メートル半ば(目測)』の『見た目は人間』だが、千賀子が思わず二度見してしまうような『ダイナマイトボディ(死語)』の裸体の女。

 

 つまり、千賀子の頭よりも大きな乳房や、千賀子の胴体が潰れてしまいそうな大きな尻や、キュッとしまったくびれが露わになっている。

 

 写真からでも分かるくらいの、なんだか気弱そうな雰囲気を全身から放っている、目元を髪で隠した目隠れの……女たちの集団であった。

 

 

 

 

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