ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話   作:葛城

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第115話: 友との別れ

 

 

 

 ──生まれ落ちてすぐ、己は他とは違うのだと彼は気付いた。

 

 

 何がどう違うのか、生まれ落ちてしばらくは分からなかったが、己だけで出歩くようになった頃に、彼はそれを理解した。

 

 

『己は、(ことわり)を理解している』、と。

 

『己は、理を認識し、理解出来る』ことが可能な身体を持って生まれて来たのだと。

 

 

 全てを理解しているわけではないが、生まれ持ってソレを理解していた彼は、月日を経るにつれて、様々な事を認識できるようになっていた。

 

 たとえば、己は『馬』という生き物であり、四本の足で歩き、走る事を求められている事を。

 

 たとえば、己を世話する者たちは『人間』という生き物で、自分たちとは違い、二本の足で歩き、前足をとても器用に使うという事。

 

 たとえば、自分たちが暮らしているココも、いつも決まった時に持って来てくれる食糧も、その器用な前足を使って生み出しているという事。

 

 母の乳を飲んでいた事はぼんやりとしか分からなかったが、母から離され、母と同じモノを食べるようになった頃から、分かる事が増えた。

 

 人間たちは自分たちに比べて、とてもひ弱だ。

 

 だが、自分たちと比べて……いや、己ですらまったく鼻先が届かないぐらいに賢く、己が分かっている理の外、それが理なのかすら分からない領域を認識出来るほどに賢い事を、彼は理解している。

 

 人間たちは、身体はひ弱だ。少し蹴るだけで、あっという間に動けなくなるぐらいに、脆い。

 

 目の前の人間を倒すぐらいなら、己でなくても可能だ。だが、人間の強さはそこではない。

 

 人間の本当の強さは、その賢さ。

 

 己ですら理解の及ばない理を理解しているのだ……己よりも理を認識出来ない仲間たちなぞ、あっという間に駆逐されてしまうだろう。

 

 だから、彼は一度として人間を見くびった事はないし、己よりもはるかに強い存在だと認識していた。

 

 それは、人間たちによって走らされ、人間たちの手で仲間たちと走らされるようになっても変わらなかった。

 

 

 この頃にもまた、新しい理を彼は認識出来ていた。

 

 

 どうやら、人間は『お金』というモノを求めて自分たちを走らせているようだ。理屈は分からないが、一番先頭を走り抜けた馬が、より多くの『お金』を得るようだ。

 

 彼にとって、『お金』は変な臭いがする、ペラペラとした代物。しかし、その『お金』が様々なモノと交換されるのだと、彼は知っていた。

 

 その交換されるモノの中に、自分たちの食糧が含まれていることも、彼は知っていた。

 

 だから、見慣れぬ同類と競争をする時は、出来うる限りの全力を出した。

 

 どれぐらいの『お金』を貰えるのかは知らなかったが、より早く、より先頭を走りきれば貰える『お金』が増えるのは分かっていたから、いつも頑張った。

 

 そうして、走って、走って、走って……いつの間にか、走る事が無くなり……それまでとは打って変わって、穏やかな日常が続いた。

 

 

 そこでもまた、彼は新しい理を認識出来るようになっていた。

 

 

 どうやら、己がこれまで行っていた競争は、『レース』と呼ばれているらしく、前へ前へと走って、『けいじばん』とやらに入れば、『お金』が貰えるということ。

 

 己を含めて仲間たちは、そのレースに勝つために生まれ、育てられ、レースの理の中で、走っているということ。

 

 そして、走れない仲間や、走れても後ろの方にいる馬は……どこかの時に、ここに帰って来なくなるということ。

 

 ……帰って来ない仲間がどうなるか。

 

 それを、彼はちゃんと知っていた。どのような形でソレを迎えるかまでは分からなかったが、どんな形であれ、そうなるということを。

 

 

 それが分かった当初は、人間を強く恨んだ……それを、彼は否定しない。

 

 しかし、仮に人間たちから解放されたとして……そう長くは生きられないことにも気付いてから、恨む事が馬鹿馬鹿しくなった。

 

 

 そして、それと同じぐらい、人間もまた不自由な生き物なのだと理解した辺りで、恨みよりも憐れみの方が強くなった。

 

 なにせ、人間ときたら朝も晩も、仲間の誰かが少しばかり苛立って騒ぐだけで、何処からともなく姿を見せるのだ。

 

 恐ろしいはずだ。怖いはずだ。

 

 興奮した仲間から蹴られたら、それだけで死んでしまうのが人間だ。人間の身体よりもずっと大きい仲間たちを止めるのは、大変だと思う。

 

 自分たちの命は人間たちに握られているが、人間たちもまた自分たちの行動に驚き、狼狽え、喜び、泣いて……はたして、どちらが主なのか、彼にも分からなかった。

 

 

 それに、だ。

 

 

 仲間たちに比べて賢い事を自覚している彼だが、同時に、人間には及ばないことも理解している。

 

 だが、賢すぎるあまり、人間たちは本当に色々な事を色々と考え、色々な気持ちになってよく分からなくなる時があるのだなと思うことが多々あった。 

 

 なんとなくだが、『馬』と呼ばれる自分たちの世界があるように、人間には人間たちの世界があって。

 

 そこには、どちらにも苦しい場所があって。

 

 人間もまた、その苦しさから逃れることは出来ないのだろう……そう、彼は何時しか己をそう納得させていた。

 

 幸いにも……いや、それを幸いと判断出来るかどうかは悩ましいところだが、己は恵まれた方だと、彼は自らの境遇を理解できるほどに理への認識を深めていた。

 

 

 合わせて、それまでフワッとしていた事柄が、分かるようになってゆく。

 

 

 自分たちが必死で走っているのと同じく、人間たちも必死になって自分たちを走らせようとしている。

 

 食事だって、まずは自分たちが先で、誰か一人は自分たちを見守り、何か異常が起きないかを確認して、片づけを終えてから。

 

 暑い日も、寒い日も、変わらない。

 

 人間たちは身体中から汗を流して、あるいは、一回りも二回りも大きくなった身体をそれでも震わせて、自分たちを散歩に連れて行く。

 

 認識できる理が増えたからこそ、分かる。そうして歩かせることで、己を含めて、仲間たちの体調を整えようとしているのだと。

 

 人間たちには、人間たちの子供がいるというのに、何か起これば、子供たちを放って自分たちの下へ来る。

 

 大したことではないと伝えたくとも、人間の声を出せない彼には何もできず、大丈夫なのだと人間たちが確信を得るまで付き添おうとする。

 

 

 ……いつしか、彼はそれを心から申し訳ないと思うようになった。

 

 

 だって、もう己は走れないから。

 

 人間たちが言う『レース』に出たところで、もう己は先頭を行けない。『お金』を貰えない己を、いつも甲斐甲斐しく世話をしてくれているのに……不甲斐ないと思った。

 

 だから……いや、それだけではないが、せめて少しでもと、彼は年若い仲間たちや、まだ言葉が分かる者たちを、率先してまとめあげることにした。

 

 理を認識できた己とは違い、仲間たちは考えるのが苦手だ。伝えたところで、上手く理解してくれないだろう。

 

 

 悪いとは、言わない。

 

 

 だが、自分たちがどういう立場として生まれたのかまでは分からなくとも、負け続ければ最後はどうなるか。

 

 それを察していた彼は、少しでも仲間たちの助けになればと走り方を教え、とにかくいっぱい食べて、身体を動かした方が良いと。

 

 ……そのおかげかどうかは、分からない。

 

 でも、何度か人間たちから感謝される機会が増えたことに加え、人間たちが笑顔を見せてくれる機会が増えたこともあって、気付けば彼はそうするのが楽しみになっていた。

 

 

 ──己はもう、走れない。

 

 ──けれども、まだ己にやれる事はある。

 

 

 それが、何時しか彼にとっては誇りとなり、緩やかに命を終えるまでソレを繰り返すのだと……昔に比べてすっかり衰えた身体で、静かに己の死を見つめていた。

 

 

 

 

 

『──なんだ、アレは?』

 

 

 

 

 

 そんな時であった。

 

 彼が暮らす地に、見慣れぬ人間が……いや、少し違う。

 

 初めてその人間を見た時、彼は……ソレを、人間とは思えなかった。有り体に言えば、人間の形をした、まったく別の生き物だとすら思った。

 

 得体が知れない……それも、違う。分からないが、彼は、その人間に対してそういう警戒心は覚えなかった。

 

 ……まあ、その人間よりも、その人間を見下ろしている、あまりにも得体が知れない存在のせいで、そう思ったのかもしれないけど……それは、いい。

 

 

『……不思議な人間だ』

 

 

 そう、評価した人間は、そう評価したとおりに、不思議な人間であった。

 

 不思議な人間には、不思議な理があって、不思議な理を使いこなしていた。

 

 その理を彼は上手く認識できなかったが、その人間の行いはとても有益なモノだったようで、彼を世話してくれる人間たちからは笑顔が溢れていた。

 

 

 ──不思議な人間ではあるが、良い人間なのだろう。

 

 

 そう思った彼だが、一つだけ気掛かりなことを見付けた。

 

 それは、その人間が……親から引き剥がされたばかりの若い仲間たちと同じ、あらゆる事を怖がっている雰囲気を放っていたことである。

 

 何処へ向かえば良いのか、己は何をすれば良いのか、それが許されることなのか、何一つ分かっていない、そんな不安を滲ませていた。

 

 

 ──だから、彼はその人間……『千賀子』という名の人間の傍に居ようと思った。

 

 

 それは、恩返しだけが理由ではない。

 

 向かう先が分からないのであれば、見つかるまで傍に居ようと。

 

 何をすれば良いのか分からないなら、思いつくまで見守ろうと。

 

 自らの行いを許すのは、何時だって自分自身が決める事なのだと。

 

 分からないからこそ、自らの意思で動くのだと。

 

 怖いからこそ、一歩踏み出さねばならないのだと。

 

 

 ──己はもう、走れない。

 

 ──けれども、歩く事はできる。

 

 

 走り方が分からないのであれば、走り方を忘れてしまっているのであれば、『千賀子』が走りだせるようになる、その時まで見守ってあげたい。

 

 そう、心から思った彼は、その命を終える、その時まで貫こう……そう、誓ったのであった。

 

 ……まあ、うん。

 

 理が分かっているがゆえに、彼女の傍にいる得体が知れないやつがやろうとしていることに怒り、初めて本気で蹴ったりしたが……まあ、それも昔の話であって。

 

 

 

 

 

 ──ゆえに、『女神様』とやらが用意したソレは、彼にとってはまさしく渡りに船であった。

 

 

 

 

 

 想いとは裏腹に、彼は日々重みを増してゆく『老い』に、歯がゆい気持ちでいた。

 

 別に、寿命を延ばしたいわけではない。

 

 ただ、定めの時が近づいているだけで、誰しもに訪れる結末なのは分かっていたし、既に受け入れていた。

 

 ただ、彼は理解していた。

 

 己が、『馬』なのだということを。

 

 それも、より速く走るために生まれてきた馬なのだということを、理解していた。

 

 だからこそ──最後は主である彼女のために駆け抜けたいと思っていた。

 

 それが、彼女の想いに反する行いだとしても。

 

 そのまま命尽きる時まで緩やかに生き続けるよりも、最後は胸を張って……そう、走り抜けたいと思っていた。

 

 

 だから、彼は願った。

 

 最後に、この命を彼女のために役立てたい、と。

 

 

 彼女は、これからなのだ。

 

 もう終わりが見えている己とは違う。

 

 既に、走り終えて立ち止まっている己とは違う。

 

 彼女はまだ、走り始めたばかりなのだ。

 

 ようやく、走ることを思い出したばかりなのだ。

 

 そんな、始まったばかりのレースを終わらせるような事などあってはならない──そう、彼は願った。

 

 

 ──その結果、己の命が間もなく終わることになろうとも、彼は欠片の後悔もなかった。

 

 

 気付けば、彼は見覚えのある建物の傍に居た。

 

 気付けば、不穏な臭いを放っている者たちが居た。

 

 彼の知る人間と少し違う。身体が大きく、頭の色は明るく、よく分からない言葉を使っている。

 

 それだけで、彼は分かった。

 

 ああ、こいつらは、走り始めた彼女の足を止めるためにやって来た者たちだ……と。

 

 だから、彼は戦った。そいつらの目的など、彼にはどうでもよかった。

 

 生まれて初めて、本気を出せば容易く人間を殺せる身体を使って、そいつらを蹴り飛ばした。

 

 

 ……その結果、彼は痩せ細った身体から血を流して倒れている。

 

 

 何をされたのか、それは彼には分からなかった。

 

 ただ、甲高い音がしたと同時に、身体に強烈な痛みが走り……気付けば身体から力が抜け、地面に横たわっていた。

 

 

 ……死を、はっきりと認識する。

 

 

 痛みは徐々に小さく、熱かった痛みが冷めて、もう自分が起きているのか寝ているのかすら分からない。

 

 強い、眠気だ。

 

 なのに、どうしたことか……孤独感が。とても、寂しい。仄暗い孤独感だけが、どんどん強まってゆく。

 

 

『ああ、これが、死なのか』

 

 

 叶うならば、最後にもう一度だけ……彼女の傍に居たいと、彼は霧のように広がってゆく意識の中で、静かに──。

 

 

「      」

 

 ──ああ、でも、暖かい。

 

 

 昔、彼女に膝枕をされた時のような……そんな温かさを感じた彼は、小さく……ブフフン、とだけ鳴くと。

 

 

『   おさらばです   』

 

 

 ただ、それだけを心の中で告げて……彼は、胸を張ってその命を終えたのであった。

 

 

 

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