ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
──さて、豆に次いで塩も浴びせられたスカウトマン……名を、
根性というか、粘着質というか、兎にも角にも、やる気だけはあるようで、実にしぶとかった。
現代ならば一発で警察に御用という話だが、残念なことに、この頃は熱心なスカウトマン扱いされる場合が多く、居合わせたら追い払ってはくれるけど、それ以上の事はできなかった。
千賀子としても、下手に警察が関わると面倒くさくて堪らないのを知っていたので、とにかく来るたびに水をぶっかけたり塩をぶっかけたりした。
だが、その程度では欠片もへこたれてくれないのが、この頃のスカウトマンである。
さすがに早朝や深夜に押し掛けてくるほどではないが、帰れと言われても翌日には手土産を持って何食わぬ顔で、その翌日にも手土産を持って……というのが普通にあった。
何故なら、この頃はとにかく『引くぐらいなら押して押して押しまくれ!』という、無鉄砲で独善的かつ強引なやり方がけっこう評価された時代であるからだ。
なんでソレが通っていたかって、この頃の警察はスカウトマンがしつこい……なんて程度の話では、まず動いてくれなかったからだ。
話は聞いてくれるが、聞いてくれるだけ。おまけに、口も態度も悪かった。
現代でも口コミなどで時々話題の一つとして出てきたりするが、この頃の警察官は基本的に威圧的であった。
……ただ、これに関しては仕方がない部分もあるだろう。
なにせ、1970年代前半はまだまだ安保やら反社やらの活動が堂々と成されており、警察関係にも何人もの犠牲者が出ていたからだ。
甘い対応を取ったところで、相手は何一つ手加減などしない。むしろ、ナメた態度で凶器を向けてくるし、拘束しようとした途端に被害者面になるなんてのが普通だったらしい。
これは、1960年~70年あたりはヤクザ全盛期といっても過言ではないぐらいに抗争が活発だったのも、一因だろうか。
また、問題はフットワークの悪さや態度だけではない。
組織間の情報伝達や情報共有のノウハウが整っていないことに加えて、組織内の行き違いが幾度となく多発していた。
現代では相当に改善されているのだが、この頃(1970年前後)の警察が動いて事情聴取を取る段階になると、それはもう、大変だったのだとか。
なにせ、この頃にはまだ携帯出来る通信装置など配備されていない。というか、ワイヤレスが実験的に開発されている頃の話だ。
同じ警察署の同じ部署にいるのに情報共有が成されていない事が度々あり、何度も何度も同じ話をすることになって辟易するばかりか、その態度を逆に咎められて警察官からの心証を悪くする……なんて話もあったのだとか。
それの名残なのかは定かではないが、『とにかく警察が関わると面倒くさい』という話ばかりが広まったらしいが……まあ、客商売をやっている人からすれば、よほどの事が無い限り警察を呼びたくないというのは、この頃はけっこう普通な事であった。
……で、だ。
そんな相手に対して、千賀子は基本的に根負けしたりはしない。
幼い頃より家業の手伝いをしていただけあって、そういった輩に甘い顔を見せたところで意味がないどころか、つけあがるだけだという事を知っているからだ。
最初は無視しようと思っていたが、そうすると、誇張抜きで小一時間毎に来訪してくる。さすがに、そこまで実家に迷惑は掛けられない。
なので、千賀子からの返答は容赦がなかった。
さすがに神通力によるお仕置きはしていないが、持っていた茶をぶっかけたり、撒いていた水をぶっかけたり、顔面に塩を叩き付けたり、丸めた泥団子をぶつけたり、なんなら生ごみを投げつけた時もあった。
なのに、この土師田という男、本当にまったくへこたれない。
いくら頼む側とはいえ、怒りだしそうなぐらいの事はしているというのに、嫌な顔をまったくしないどころか、満面の笑みで毎日やってくるのだ。
それこそ、父よりかなり激怒気味に追い返されても、翌日にはやってくる。
なんなら、夜中の内に撒いた塩を片付けたり、散らばった泥を掃除したり、生ごみで汚れた場所を掃除したり、逆に店の前を掃除したり、草むしりをしたり……まあ、うん。
話し掛けても一切返答せず、完全に居ない者として扱う。
相乗りの類をしようとしてこないあたり、分かってはいるのだろう。途中まで背後にて一方的に話し掛け続けるのだが、一度として声は荒げない。
無理やり前を遮ろうなんて事をしたら骨の一本や二本は折ってやろうかと思ったが、そこらへんは勘が鋭いのか根が真面目なのか、妙に聞き分けが良い。
ただ、しつこいだけで……それはそれとして、千賀子が戻ってきた時、その都度掛ける言葉を変えて来る。
たとえば、1月初めの4回目の挑戦にて、無事に未勝利戦を突破したハマノパレードが、2月27日の春蘭賞《しゅんらんしょう》(芝:1600m)にて勝利を収めた時には。
『ハマノパレード、優勝おめでとうございます!』
目敏く聞き付けたのか、それとも事前に調べていたのか、そんな言葉と共に、頭に鉢巻を撒いて万歳三唱したり。
たとえば、2月19日ヒヤシンス賞(ダート:1600m)にて勝利を収め、3月11日に開かれたフリージア賞でも勝利を収め、戻ってきた時には。
『ロングエース、フリージア賞勝利! 万歳! 万歳! ばんざ~い!!』
競馬雑誌などで事前に調べていたのか、リアルタイムで確認していたのか、ハマノパレードの時とは違う色の鉢巻を付けて万歳三唱したり。
さすがに、デビュー前のハイセイコーについては知らないようだったが……で、だ。
「……はあ、あんた、ちょっと来なさい」
「──っ!? は、はい!!」
「そこ、嬉しそうな顔をするんじゃない。まだ何も言っていないでしょ?」
「いえ! いえ! ようやく、一歩前進ですから!」
約一ヶ月程度とはいえ、たった一ヶ月ちょいとはいえ、だ。
来る日も来る日も、朝から晩までスカウトされっぱなしに、さすがに千賀子の反抗的な気力が萎えてきていた。
なので、このままでは埒が明かないと思った千賀子は、一旦腰を据えてちゃんと話そうと思ったわけである。
エマを4号に預けた千賀子は、土師田を背後に伴って、家を出る。
エマと一時とはいえ離れるのは辛いが、1人の男が全てを賭けて真面目に、真正面から来ているのだ。
選択肢が己にあるとはいえ、話をすると決めた以上は不誠実な態度を取るものではないと思ったからだ。
……さて、そんな流れで千賀子が案内したのは、地元から電車に乗って数駅先にある喫茶店である。
そこは3号が日本全国を旅行しまくっていた時に見付けた店で、店主も色々と分かっている人なので、察して店の奥側にある個室にコソッと案内してくれる。
つまるところ、周囲の目もあるし、いざという時は『お礼に軽食を奢ってくれた』と言い訳を作ってくれる……そういうお店も兼ねているというわけだ。
……え、わざわざそんなところまで行く必要があるのかって?
顔見知りが多い地元で、男と二人で喫茶店に入ったら最後、翌日の夕方頃には地元の半分ぐらいまで話が広がってしまうよりは……という、せめてもの対策である。
神社は……神社で、招き入れるのは色々な意味で危ないし、山の中で立ち話というのも……まあ、それにしても、だ。
いくらなんでも絆されてしまうのが早過ぎなのでは……そう思われるかもしれないが、これは千賀子の性根がチョロイからではない。
と、いうのも、だ。
読心術とは違うが、千賀子は相手の胸中を読み、その気質を感じ取る事が出来る。
つまり、相手の性根や内心、その時に抱いている感情などをサイコメトリーな感じで読み取る事が出来るわけなのだが。
それで分かったのが、なんと、この土師田という男……スカウトのセリフは最低過ぎるが、そこに悪意がまったく無いのだ。
そう、本当に意外な話なのだが、千賀子が感じ取れる限りでは……本当の本当に、損得関係なく、美しい千賀子を主演にした映画を撮りたいと考えてスカウトに来ているのだ。
……いちおう、土師田の内心を呼んだ限りだが、最初は違ったっぽいのだ。
逆風が吹き荒れている映画界、起死回生の一手として撮り始めたロマンポルノ系(この世界では、ロマーンポルノ)が予想外に当たり、このまま衰退待った無しの業界が息を吹き返した。
しかし、想定していた以上に儲かった業界は味を占めてしまい、次々に類似の作品を制作し始め……結果、警察が動き、裁判沙汰にまで発展しようとしている。
そこで、土師田を含めた関係者たちは考えた。
お偉方が『わいせつ』と言うのであれば、誰が見てもぐうの音も出ない『芸術』としてのロマンポルノを作ろうじゃないか、と。
なので、土師田たちは全国を渡り歩き、美人と噂されたり評判だったりする女性に片っ端から声を掛け、スカウトに動いていて……千賀子に声を掛けたのも、噂を聞きつけたから……なのだが。
「俺は、貴女の美しさに惚れ込んだ! 貴女を撮らなければ、俺はこの先ずっと、死ぬまで後悔し続けるに違いない! だから、お願いします!」
その後が、コレだ。
本当に、まったく嘘が無いのだ。
言葉通り、実際に千賀子を見た土師田は、すぐに己の浅ましい考えを改めて、映画人の一人として、本気で千賀子を撮りたいと不退転の覚悟をしている……というわけなのだが。
「あんた、生活はどうしているの?」
「え、あ、あはは、ぼちぼちやってますよ」
「……遠慮しなくていいわよ、どうせまともに食べられてないのでしょ? 目の前で倒れたら堪らないから、食べなさい」
注文したナポリタンとオムライス、あとジュースを持って来た店員に、視線で土師田の前に置くよう促す。
当然、店に入る直前に、全部こちらが奢ると伝えたうえで。
最初は面食らった土師田だが、千賀子に誤魔化しは利かない。
どれだけ取り繕ったとしても、千賀子には、相当に眼前の男が腹を空かせているのは分かっていた。
『恥を掻かせるつもり?』
と、暗に促せば、土師田は「御馳走になります!」と深々と頭を下げた後で、会話の邪魔にならない程度に、それでも実に美味しそうに平らげ始めた。
……土師田がここまで腹を空かせているのは、単純にタイミングの話だけではない。
実は、眼前の土師田くん……千賀子から相談を受けた道子を通じて、会社の方から退却しなさいと指示を受けていたのだ。
要は、圧力を掛けたわけである。権力やコネを持つ金持ちパワーは、こういう時はとにかく強い。
向こうの会社としても、ただでさえ難しい時期だ。
道子には『自分の事は言わないで』とは伝えているので、千賀子の事は伝わっていないが……向こうも、馬鹿ではない。
スカウトの誰かが、手を出してはいけない相手にちょっかいを掛けている……ということを、すぐに察したようだ。
だから、土師田も本来ならば、顔色を青ざめて会社へすっ飛んで……行く、はずだったのだが、そうはならなかった。
『 ── 貴女の美しさに惚れ込んだ! ── 』
先ほどの土師田のセリフが、現在の土師田の状況を端的に表している。
土師田は会社の命令を無視したという理由で、既に解雇されている。体よく、会社は責任を全て土師田におっ被せて、圧力から逃げたというわけだ。
つまり、現在の土師田は自費で動いていたのだ。
会社をクビになって、トカゲの尻尾切りゆえに、もう業界にも戻れないのは分かっているのに、自費で千賀子を撮りたいと言っているのだ。
映画監督や脚本をいくつも手掛けているような人ならまだしも、土師田のような業界の下っ端ともなると、大した貯蓄があるわけでもない。
毎日毎日あの手この手で手土産を持ってきて、鉢巻を用意して、実家周辺を掃除して、身嗜みもちゃんと整えて……たった一ヶ月とはいえ、あっという間に困窮するのは当然である。
そのうえ、自費で撮ろうと思うなら、撮影用の機材も自費で用意しなければならない。
詳しくない千賀子はよく分かっていないが、そういった専用のカメラやフィルムがお高いというのだけは分かっている。
当然、そんなお金に余裕がない土師田は……なんと、色々な方面から借金をして、既に機材道具を用意しているようなのだ。
あまりにも無鉄砲、あまりにも後先考えない蛮行である。
仮に千賀子がOKを出したとしても、借金を返せる保証は何一つない。なにせ、会社をクビになっているのだから。
というか、そもそも売り出そうという考えすら薄い。なんなら、千賀子が出すなと言えば、売らないまま死蔵しても構わないとすら考えている。
とにかく、千賀子を撮りたい、その一心しかない。
それだけのために、これまでのキャリアも未来も全部捨てて、限りなく低い可能性に賭けて……誇張抜きで、土師田は不退転の覚悟なのだ。
(せめて、ちょっとでも成り上がりたいとか傑作を生み出してやりたいとか、そんな野心を抱えていたらなあ……)
まさか、ここまで邪険にし難い相手になるとは思っていなかった千賀子は、内心にて溜息を吐いた。
もちろん、だからと言って、千賀子が土師田の事情を慮る理由はないし、義理もないし、情けを掛ける間柄でもない。
しかし、もう20年以上前の前世の事とはいえ、男だったからなのか……土師田の後先考えない無鉄砲過ぎる行動に、ある種の眩しさを感じずにはいられなかった。
果たして、そこまで覚悟して『やりたい事』に真正面からぶつかれる人間が、どれだけいるだろうか。
……ポルノに出るつもりは欠片もない。
けれども、ここまで真正直から褒め称えられ、『貴女だから』と熱烈に言われたのは初めてであり……現金な話だが、悪い気持ちにはなれなかった。
……。
……。
…………で、だ。
改めて、土師田の口から現在の状況を確認した千賀子は……氷が溶けて薄まったジュースを静かに吸うと、ふむ、と土師田を見やった。
「あなた、そんなに私のポルノが撮りたいの?」
「いや、それは……」
「変に畏まった話し方はしなくていい。私は、あなたの本音が聞きたいのよ」
「……本音を言わせて貰うなら、そういうのは撮りたくない」
少しでも誤魔化したら……そんな思いを込めて尋ねれば、察した土師田は居住まいを正して、静かに首を横に振った。
「信じてもらえないでしょうけど、俺にとってポルノなんてのは、糊口《ここう》をしのぐためでしかないんですよ」
おやまあ……千賀子は目を瞬かせた。
「……人伝だけど、映画の世界って不景気なんですってね」
「ははは、耳が早い……ええ、まあ、はっきり言って、悪いです。昨年、大きな配給会社が潰れたぐらいには悪いです」
「だから、ポルノ?」
「はい、とにかく安上がりなんですよ。それでいて、そこそこ人が入ってくれますし、人間の業を映した……なんて気取った言い回しをすれば、したり顔で見てくれる人もいますから」
「……あなた、もしかして、ポルノがお嫌い?」
あんまりと言えば、あんまりな言い草に、思わず千賀子が尋ねれば、「茶番っすよ、あんなの」土師田は吐き捨てるように答えた。
「結局、ポルノはどこまで行ってもポルノなんですよ。アレをポルノじゃないと言うなら、女の裸を一切映さずにやってみればいいんですよ」
「それ、人気が出ると思う?」
「一回目は騙されてくれますけど、二回目は酷いでしょうね。あんなの、女に股を開かせてセンズリしてやれば、今の倍以上は客が入りますよ」
「あら~、ズバリ言い切っちゃうのね」
「本当の事ですから。断言しますよ、あんなの70分も80分も流すぐらいなら、ボカシ無しで男女のセックスを30分流した方が、3倍も4倍も5倍も客が入りますから」
──ああ、なるほど、アダルトビデオみたいなものか……納得する千賀子を尻目に、土師田はやるせない様子で苦笑した。
「正直、クビを切られた時点で、俺の方が失望しました。映画人として意地一つ張れないくせに、芸術だの、人の業だの、性の解放だの、小賢しく誤魔化すんじゃねえよって話ですよ」
「……なるほど、分かりました」
そうして、最後にそんな内心を吐き捨てた土師田に、千賀子はしばし腕を組んで考えた後……改めて、問う。
「あなた、私の事を少しは調べてから来ているのよね?」
「……はい。えっと、その、最初の頃はすみません。俺、実はこういうスカウトをしたことがほとんどなくて……」
「皆まで言わなくていいわよ、そう教えられていたのでしょ? まあ、誘い文句としては最低過ぎたけど、もういいわ」
途端、居心地悪そうに身体を小さくする土師田に、千賀子は苦笑を零した。
「……で?」
「え?」
「仮に私を撮るとして、貴方はどう撮るつもりなの? そこまでポルノを否定するならば、当然ながら裸は撮らないのでしょう?」
言われて、土師田は……真剣な眼差しで千賀子を見つめる。
……。
……。
…………それから、たっぷり1分ほど。じっくりと千賀子を見終えた土師田は。
「……日常を」
「日常?」
「はい、なんてことはない、そう、何も言いません。ただ、貴女のありのまま、貴女から放たれる活力、それだけで俺は良いと思います。ポルノ要素は、むしろ邪魔にしかならない」
「フワッとしているわね、具体的には何を?」
「貴女は、ただそこに居るだけで『絵』になる。余計な味付けは、余計にしかならない。俺が出来るのは、貴女の美しさを、そのまま収めることだけ……いや、違う」
その言葉を言い終えるかどうか、そこで、土師田は悔しそうに唇を噛んだ。
「俺には、それしかできない。悔しい、本当に悔しい。貴女の事を撮りたいと思ってはいても、俺の腕ではそれが限界なんです、それ以上を思いつけない」
けれども……そう言って、土師田はまた頭を下げた。
「それでも、俺は貴女をカメラに納めたい。貴女の美しさを、その輝きを一部でもありのままに撮れたら……ただ、それすらまともにできない己の腕の無さを、本当に恥じ入るばかりです」
「なるほど」
「お金は、その、払えるかは分かりません。いえ、俺個人の撮影だから、払えないと思います」
「つまり、タダ働きをさせるとわかったうえで、私を撮りたい……と? あなた、自分の言っている事の意味、分かっているのよね?」
「……はい、すみません」
返答までの間はあったが、ちゃんと最後まで嘘をつかず誤魔化しもしなかったのを、しっかりお読み取った千賀子は……一つ、頷いた。
「いいわよ」
「……え?」
「出てあげるわ、あなたの作る映画に」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、本当よ。負けたわ、色々とね」
心底驚いたあまり立ち上がった土師田に、千賀子は……どこか悔しそうに、笑みを向けたのであった。