ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話   作:葛城

143 / 260
第138話: なお、諸事情により発行枚数は抑えられた

 

 さて、8月だ……が、まあ、さすがに暑さがピークに達しているおかげか、8月と9月は比較的平穏に終わった。

 

 

 世間的にはいっこうに解決しない物価高や商社の横暴に対して、徐々に国民の不満が現政権へと移りつつあったり、世界では相変わらず不安定な情勢なのは変わりなく。

 

 後に『金大中《きんだいちゅう》事件』と名付けられる、後の大統領となる金大中《キム・デジュン》が、東京のホテルより白昼堂々拉致されるという大事件が発生したり。

 

 スウェーデンのストックホルムにあるノルマルム広場にあった銀行にて強盗事件が発生。後に、犯人へ被害者が過度の同情や共感を寄せる現象を意味する『ストックホルム症候群』という呼称が生まれたキッカケとなり。

 

 南米のチリではクーデターが発生。前年より行っていた金融政策によってインフレ率は140%に達し、闇市場が蔓延する事態になり、ついにはクーデターが発生した。

 

 他にもあるけど、世界的に見たら、それはもう色々な事が毎月起こっているわけであった。

 

 

 ──さて、話を戻して8月と9月だが……ん、なに? 

 

 さっき、平穏に終わったと話しただろう……って? 

 

 

 せっかちな人だ、勘違いをしてはいけない。

 

 あくまでも、それまでに比べたら比較的に平穏に終わった……というだけで、ちゃんと(?)騒動は起こっていたのである。

 

 たとえば、冴陀等村で夏を乗り越えるためにという名目で、冴陀等村にとって初めての夏祭りが開かれたわけだが……これがまあ、すごい。

 

 

 何がって、村人たちからの、千賀子への接待が、だ。

 

 

 もう、扱いが完全に現人神である。

 

 神輿に乗せられた千賀子は、その上でエマを抱っこしながら手を振る。手を振られた先の人達は涙を流して万歳し、女性の中には歓喜のあまり失禁して倒れてしまう者すらいた。

 

 その賑わいときたら、文字通り村人総出の狂乱である。

 

 ちなみに、エマを抱っこしたのは、是非ともそうしてほしいと乞われたからだが……いや、まあ、うん。

 

 

(……これ、どこかでエマには村の外の暮らしを体感し、どっちで生きていくかを決めてもらった方が良いのでは?)

 

 

 その時、内心にてそう千賀子は思ったわけだが……当のエマは大物なのか、キャッキャッと笑顔を見せるだけで、何一つ気にした様子はなかった。

 

 

 ……まあ、千賀子の事は一旦置いといて、だ。

 

 

 例年通り今年の8月も暑かったわけだが、この年の夏はなんと、記録的な日照りが続き、大規模な干ばつが発生した。

 

 相当数の農作物に影響が出てしまい、被害総額は……いや、被害額よりも、問題は食料品の供給がその分だけ減ったことにある。

 

 ただでさえ、買占めによる不当に値段が吊り上っているというのに、それに追い打ちをかけるような災害が発生したのだ。

 

 

 そして、9月に入ったあたりでガス代の料金も上がった。

 

 

 あらゆる品物の値段が上がり、石油代も上がり、ガス代も上がった。もはや、値段が据え置きのままな商品はツチノコのような存在になってしまった。

 

 これ以上はマズイと、政府はせめて灯油代金だけでも(死者が出るため)値段を凍結するようにと各会社に通告する。

 

 しかし、当の各会社は『それでは利益が出ない、逆に売る量を減らしてしまう可能性大(要約)』という返答で拒否し、値段交渉は難航した。

 

 それゆえに、政府は罰則を強めた。それは、買い占めている燃料の没収である。

 

 

 もちろん、ただ没収するのではない。

 

 

 いわゆる、認定を受けていない密売人たちが所有している燃料の取り締まりを強めたのだ。

 

 一斗缶の一つや二つならともかく、そういった者たちはドラム缶に詰めた灯油などを大量に保管している。

 

 政府は、それに目を付けた。

 

 ……実は、灯油や軽油、ガソリンなどの危険物を個人で貯蔵できる限度は消防法にて規制されている。

 

 灯油や軽油は1000リットル。ドラム缶で5個。500リットルを超える場合は届け出が必要となり、条例によってはもっと厳しいところもある。

 

 ガソリンの場合は、さらに少ない200リットルが限度。それ以上は違法であり、所持している時点でいかなる理由であっても取締りの対象となった。

 

 焼け石に水のような対応だが、そうするほか政府にはなかった。

 

 中東の情勢が不安定なうえに、アメリカや中国も不穏な気配を見せていた。苦肉の策であった。

 

 

 もちろん……千賀子も、ただ静観していたわけではない。

 

 

 以前より『なんか、ヤバい予感がする』と巫女的シックスセンスにてある程度は感じ取っていた千賀子は、外国から何度も食料を買い付け、全国の競馬場を回って販売会を行った。

 

 既に買い占められていて値段が吊り上っているジャンルを中心に、だ。

 

 これによって一部問屋や商店、その大本の商社もダメージを受けたが、それぐらいは覚悟して買い占めているのだろうと千賀子は判断した。

 

 売上金は、人件費などの経費を除いて、競馬場を運営している自治体などへ全額寄付にした。

 

 別に儲けるためにやっているわけではないし、名を売りたいわけでもない。とにかく『ヤバい予感』を遠ざけるために動いているだけで、感謝されなくても良かった。

 

 

 ……そんな中で、10月になり……さらに中東の戦況は混迷し、『第4次中東戦争』が勃発する。

 

 

 すぐには原油高の変動に予測が立てられない中で、ついに物価高の影響は『紙』にまで及んだ。

 

 

 内容は簡単だ。

 

 

 例年通りの予算を、大学や高校入試に使う試験問題の用紙代が上回ってしまい、入札してくれる企業が出なかったのだ。

 

 これに慌てた政府はなんとか頼み込んだが、『その値段では、刷れば刷るほど赤字になる』とのことで決裂。

 

 ただでさえ、物価高への調整や、日本列島改造への調整に多額の予算を使っている現状、追加予算を出す余裕はなく。

 

 既に使用した様々な用紙の裏面を使ったり、文字を小さくして詰め込んだりしてサイズを半分にしたり、使い回しをしたり、あの手この手で乗り切ろうとした。

 

 これに伴い、後々の教科書にも載ったりする、『トイレットペーパー騒動』が起こったのはまあ、致し方ない面もある。

 

 

 ──そこに、今度は『容器』が足りないという大問題まで発生した。

 

 

 『容器』とは、プラスチック容器全般である。

 

 そして、プラスチックは石油系の……ここまで言えば、もう想像出来るだろう。

 

 そう、値段が上がったどころではない。従来の値段ではもはや作ることができず、容器が市場から不足し始めたのだ。

 

 もちろん、作ろうと思えば作れる。ただし、その分だけ容器代が加算される。それができないならば、作った分だけ赤字になるので、作れない。

 

 そして、値段を上げたところで売れる保証はない。なにせ、全ての物品の値段が上がっているのだから。

 

 これにより、材料はあるのに容器が足りないせいで品薄状態になり……戦後になって、疑似的ではあるが『物不足』が発生したのだ。

 

 これもまた、『トイレットペーパー騒動』と同じく、洗剤が無くなるというデマが広がったことで『洗剤パニック』という買占めが起こった。

 

 これに対しても、政府は金融支援や助成を行って対処に動いたが……根本的な原因は石油の高騰なので、これも焼け石に水にしかならなかった。

 

 さすがに、千賀子も毎日の『資源ガチャ』で用意出来る量は微々たるモノでしかなく、焼け石に水どころか、ふーっと息を1回だけ吹きかけた程度でしかないので、どうにもできなかった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そうして1973年の11月。

 

 

 諸事情により、日本中に暗い影が落ちようとしている最中、クラシック三冠の最後の冠を決める戦いの場が、京都にて開かれていた。

 

 

 ──第34回 菊花賞。

 

 

 3歳・定量・芝3000m(右・外)

 

 天気は晴れ、芝は稍重(ややおも:少し、芝が重い)。

 

 その日、その時の京都競馬場は、東京優駿が開かれた中山競馬場の時以上の熱気に包まれていた。

 

 いったい、どうしてか……理由は、いくつかあるだろうが、その中でも特に二つ。

 

 一つは、東京優駿での激闘……その続き。ハイセイコーとタケホープ、果たしてどちらが上なのか、それを見届けるために。

 

 もう一つは、ハイセイコーの馬主である千賀子の言葉だ。

 

『次は、菊の舞台で。それまで、壮健あれ。いずれまた、好敵手よ』

 

 その言葉が新聞でも取り上げられたからだろう。

 

 東京優駿を制したタケホープのアレは、ただのまぐれ勝ちだったのか。

 

 それとも、千賀子の言葉通り、タケホープの実力は本物で、ハイセイコーに勝るとも劣らない力を持っている馬なのか。

 

 その答えを知る為に、あるいは見届けるために、観客たちは先月からの不安を他所に、寒風が吹きつけている京都競馬場へと足を運んだのであった。

 

 

 

『──さあ、スタート体勢が整った──ゲートが開いて、15頭の優駿たちが一斉に駆け出した!』

『──先頭の4頭は先へ先へと向かう! 1週目の坂を下り、これから第4コーナーを切り込んで、ホームストレッチへ!』

『──外を通ってタケホープ! タケホープが早くも上がって来ている! 観客席から歓声があがっております!』

『──スローペースです。一週目の──は、スローペース! かなりのスローペースです! これはハイセイコーのペースです!』

『──ハイセイコーは早くも二番手に上がって来た! 中間外側よりタケホープ! 15頭が固まっている! ハイセイコーが、ハイセイコーが上がってきている!』

『──堪らんぞとハイセイコーが先頭へ! 先頭はハイセイコー! ハイセイコーは先頭だ! 先頭はハイセイコー!』

『──さあ、第4コーナーを曲がって最後の直線! ハイセイコーは変わらず先頭! ハイセイコーは先頭だ!』

『──ハイセイコーは先頭! 先頭はハイセイコー! 後方よりタケホープ! タケホープが外から来た! 内はハイセイコー! 外はタケホープ!』

『──先頭はハイセイコー! 先頭はハイセイコー! 後方よりタケホープ! タケホープが上がって来た!』

『──先頭はハイセイコー! 後ろにタケホープ! ハイセイコー! タケホープ!』

『──ハイセイコー! タケホープ! ハイセイコー! タケホープ! 内にハイセイコー! 外にタケホープ!』

『──ハイセイコーか! タケホープか! ハイセイコーか! タケホープか! ほとんど同時!』

『──ほとんど同時! 内にハイセイコー! 外にタケホープ!』

 

 

 そうして始まった、時間にしてわずか3分半にも満たない、3000mの戦いを制したのは。

 

 

『──勝ったのは、タケホープ! タケホープ、2冠達成! フロックではなかった、タケホープは強かった!!』

 

 

 勝ったのは、タケホープ。

 

 菊の舞台を制したのはタケホープであり、ハイセイコーは2着。大井から来た怪物の伝説に、陰りが見え始めた瞬間でもあった。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………それは、一部の観客にとっては許し難い光景だったのだろう。

 

 

 菊花賞を制したタケホープの実力を本物と認めたが、それでも、だ。

 

 どうしてタケホープが勝ったのか、どうしてハイセイコーは負けたのか……その理由を探し、視線は自然と騎手へと向けられた。

 

 

 ──何年騎手やってんだ、下手くそ!! 

 

 ──泥を塗りやがって、金返せ!! 

 

 ──おまえのせいで負けたんだぞ! 

 

 

 それは、聞くに堪えない罵声であった。

 

 タケホープに向けられる賛辞よりも響く怒声は多く、競馬にはよくある事だが、何とも言い難い緊張感がスタンドに広がっていた。

 

 

『──○○新聞です! 今日のハイセイコーは残念ながら2着に終わりましたが、どのようなお気持ちでしょうか!?』

 

 

 そんな中で、ハイセイコーを出迎えるために馬主席から降りて来ていた千賀子に、記者たちが駆け寄ってマイクを向けて来る。

 

 記者たちの反応も、当然である。

 

 新聞の売り上げもそうだが、あの女は誰なのかという電話がいくつも来たぐらいには反響があったのだ。

 

 どんなコメントだろうと、反響を呼ぶ。

 

 どんなコメントだろうと、売れてくれる。

 

 一字一句聞き逃さない、ピッタリ全てを書き記すぞと言わんばかりに、記者たちは……いや、記者だけでなく、競馬場スタッフたちも、他の馬主たちも、騎手たちも、一部の観客たちも、果ては、馬たちですら、耳を澄ませて……そして。

 

 

「──何をしょぼくれているのですか? 升澤《ますざわ》騎手、ハイセイコー」

 

 

 気丈に振る舞いつつも、肩を落としている升澤騎手と、どことなく足取りが重いハイセイコーを前にして……千賀子は、朗らかな笑みを向けた。

 

 

「男が1人に、男が1頭、命を掛けて全力で戦い、持てる力を尽くして負けた。悔しがる事はあっても、恥じ入る必要など、どこにありますか?」

 

 

 その声は、けして大きくはないのに……不思議なぐらいに、その場の人達の心に届いた。

 

 

「誰しもが、ここでは命を掛けて、死力を尽くして、もてる力の全てを振り絞って、勝利を勝ち取るのです」

「そう見えるか見えないか、そう感じるか感じないか、そこには覆せない天性の才覚もあるのでしょう」

「努力では覆せないモノがありましょう。運だけでは覆せないモノがありましょう。才覚が全てを決定してしまう事もありましょう」

「ですが──それでも、私は貴方達にこの言葉を贈りましょう」

 

 

 そっ、と。伸ばした手が。

 

 白魚のように白くて細い指先が、汗ばんだハイセイコーの首筋と、その背に乗る升澤騎手の腕を撫でると。

 

 

「とっても格好いいわ、泥だらけのヒーロー。また、その勇姿を私に見せてね」

 

 

 その言葉を残して踵をひるがえし──そして。

 

 

「また会いましょう、もう1人ともう1頭のヒーロー。勝負はまだまだ、これからよ」

 

 

 離れたところで様子を見ているタケホープ陣営へと振り返り……パチン、とウインクすると、「それじゃあ、先生。後はよろしく」傍に来ていた調教師の先生にお願いすると、颯爽とその場を後にしたのであった。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………ちなみに、その翌日。

 

 

「……もしかして、ブラとか透けてたかな?」

「いや、それはないと思うけど?」

 

 

 顔は千賀子自身が隠しているけど、バッチリ新聞に載っていた。

 

 

「おかしい、顔は隠しているから、目立たないはずなのに……」

「胸がデカいし、そっちで注目が集まるんじゃないの?」

 

 

 神社にて、不思議そうに首を傾げながらエマと戯れる千賀子と、分身たちと、生暖かい目をしているロボ子と、ニヤニヤしている女神様がいたが……まあ、ツッコミを入れる者はいなかった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。