ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話   作:葛城

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第144話: それは小さな日常の一時

 

 

 

 地方競馬とはいえ、現代貨幣にして総合計賞金額が億単位になるとなれば、事前の準備は必須である。

 

 

 まず、来場者が増える。

 

 

 なにせ、それだけの賞金が出るレースだ。

 

 見る方からしても、一着200万、300万のレースより、優勝賞金1億のレースと聞けば、いったいどの馬が勝つのかと興味を持つのは不思議ではない。

 

 競馬場に入るには入場料が掛かる。金額としては、現代価格にしてせいぜい200円ぐらい、安いところだと100円なんてのもある。

 

 たった100円、200円とはいえ、せっかく来たのだからと馬券の1枚や2枚は買ってみようかなと思うのも、当然の流れだろう。

 

 そして、馬券を買う人が増えるほど、配当金の額は基本的に増える。中央と地方とで盛況がここまで違うのは、そこにある。

 

 馬のレースを眺めるだけでも楽しいが、それでも、競馬はギャンブルの側面があるのは事実。

 

 

 そして、競馬というのは雰囲気や一体感を楽しむスポーツでもある。

 

 

 みんなが一斉に溜息を吐き、あるいは一斉に歓声をあげる。

 

 その雰囲気を楽しもうと思うなら、やはり大勢の人達が入ってくれたほうが、より盛り上がるというわけで。

 

 人が入れば入るほど、馬券を買う人が増えれば増えるほど、配当金が増えれば増えるほど、一喜一憂する人が増えれば増えるほど。

 

 そこまでの興味はなくとも、宝くじを買う感覚で馬券を購入する者が増えるのは、人が持つ可愛らしい欲望の形だろう。

 

 ちなみに、年齢によっては無料で入っても良いところもある。ただし、そういう場合は当然ながら馬券の購入はできない……話を戻そう。

 

 

 次に、施設の点検である。

 

 

 来場者が増えるということは、それだけ人の出入りが激しくなり、事故が起こりやすいということ。予期せぬ事故を完全に防ぐことはできないにしても、少しでも減らす必要がある。

 

 施設内のトイレや水道設備の点検は当然のこと、新しく作られた駐車場の設備や、当日の売店商品の搬入、警備人員の確保など、事前に済ませておいた方が良いのは沢山ある。

 

 特に、昨今の『春木競馬場』の人気は中々に評判である。この人気を維持するためにも、準備に力を入れて損はまったくない。

 

 

 ……なんで、人気なのかって? 

 

 

 理由は、千賀子がこれまで続けていた行いの結果だ。

 

 『ククノチ』の能力によって柵などが取り付けられたことで、今では競走馬との接触事故や、馬が原因となる事故は激減した。

 

 完全に0ではないのは、調子に乗った者が悪ふざけで柵を乗り越えたり、馬を触ろうと強引に近付いたりしたからである。

 

 そして、廃止運動が起こっていた当初の時のような、『最悪を通り越して害悪』でしかなかった競馬客の姿はもう、ない。

 

 そのほとんどは酒に酔って泥酔、そのまま自分の吐しゃ物による窒息、あるいは凍死という形でこの世を去っているからだ。

 

 それも完全に居なくなったわけではないが、そういった客は来場する前からロボ子が飛ばしているスパイロボットによって監視されている。

 

 このままだと一線を超えると判断された者は、速やかに、かつ、秘密裏に処分されている。他所でやる分は放置するが、ここでやるならば……である。

 

 また、『サラスヴァティー』の能力で噂や不満などをこっそり確認し、施設もどんどん新しくなり、コースも華やかになったおかげでもある。

 

 当初はコース上こそ整備されていたが、それ以外では無造作に雑草が伸びていたり、馬券の紙屑が放置されていたり、塗装が剥げている場所があったりなど、見た目がよろしくない部分がいくつも見受けられた。

 

 

 しかし、千賀子がオーナーになった事で、それらは次々に一新されていった。

 

 

 ある所は補強され、ある所は改装され、ある所は塗装され……コースも、新たに人員を雇ってキッチリと目視による確認と整地を行っている。

 

 加えて、コース外の部分には『ククノチ』の能力にて用意して植えた、色とりどりの花々(時期によって違う)によって見栄えも良くなっている。

 

 いくら興味が無い人でも、ポツンと設置されたゴール板の前を駆け抜けるよりも、花々で彩られたゴール前を駆け抜ける方が良いと思うのもまた、普通のことだ。

 

 

 もちろん、この花々の世話も、専門家を雇っている。

 

 

 やろうと思えば一切世話をしなくとも毎年綺麗に咲くようにすることは可能だが、その異常性が露見するとヤバいと分身たちから忠告されたので、そのようになった。

 

 他にも、競馬場周辺の飲食店なんかにも影響がある……以前とは違い、客層が良くなったおかげだろうか。

 

 オケラ(電車賃まで使ってしまった人)になる人はたまに出てくるが、ちょっと一杯ひっかけて帰るという人は珍しくなく、そういう副次的な効果も出ていた。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そう考えると、だ。

 

 

 千賀子が何かしらの事故や病気によってこの世を去れば、無限の資金力にも等しい『賽銭箱』も無くなるので、今のような経営は行えず。

 

 当然ながら、中央以上に金を掛けた整備なども行えず、人員を削減されるわけで……まあ、うん。

 

 体調不良でしばらく静養すると関係者に告げた時、それはもう一同を不安にさせてしまったのも……当然の事であったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 とまあ、そんな感じで着々と準備を進めた『千賀子春蘭賞(交流)』では。

 

 

『──並んだ並んだ! 地方馬と中央馬が混戦模様! 斤量のハンデを背負いながらも、抜かせはしないと横一列!』

『──ゴールまであとわずか! 誰が差す!? 誰が差す!? 春蘭賞を制するのは誰か!』

『──負けじと全員横一列! 並んだままゴールイン! 体勢僅かに有利か、7番タケデンバード!』

『──写真判定です! 1着から5着まで写真判定!』

『──観客席からはどよめきと喜びの声と悲観の声が響いております! 勝利の女神からそっぽを向かれてしまったのでしょう! あるいは、微笑んでくれたのか!』

『──馬主席より見下ろす秋山オーナーも、この激戦にはにっこり笑顔。激闘を称えるかのように、拍手をしております』

『──結果が出ました』

『──1着はタケデンバード! 中央馬はやはり強かった! しかし、2着から4着は全て地方馬! ハナ差の勝利! ひと際の勝利!』

『──足の不調によって長らくレースから遠ざかっていたタケデンバード! 不死鳥のように、引退レースを花道で飾り立てた!』

 

 

 同様に、『春木大障害』では。

 

 

『──各馬一斉にジャンプ! 綺麗に飛んだ! このレースでは障害物との接触で、タイムに罰点が付きます』

『──どれだけ強い馬も、全て失敗すれば数十秒もタイムロス。1着から殿《しんがり》として記録されても不思議ではありません!』

『──例年の傷害レースであれば、1頭、2頭は落馬して競走中止になりますが、此度のレースではまだ悲鳴は上がっていない!』

『──ワン、ツー、ジャンプ! 美しく、それでいて力強く! 春木競馬場に、優駿たちが軽やかに飛んでおります!』

『──馬券を買ったお客たちも、これには真剣な顔! 一度の失敗で外れるかもしれないので、飛ぶたびに客たちも冷や汗が一粒!』

『──いよいよ最後の傷害を──飛び越えて! さあ、最後の勝負、ゴール板を駆け抜けるのはどの馬か!!』

 

 

 と、いう感じで、だ。

 

 無事にレースも終え、暦が6月半ばになった頃……千賀子は、ビビビッと脳裏を過った感覚に顔をしかめた。

 

 

「──っ、あ~、こりゃあすごい雨が来るね」

「え、そうなの?」

 

 

 場所は、『神社』ではなく、冴陀等村にある旅館……でもなく、地元にある公園のベンチ。

 

 そこで、久しぶりにと子供を連れて顔合わせをした千賀子と明美と道子だが……そんな中で、千賀子は思わずといった様子で呟いた。

 

 

「……青天だけど、雨が来るの?」

 

 

 当然ながら、そんな事を言われたら誰だって視線を頭上に向ける。明美も道子も、本当かなと首を傾げながら青空を見上げた。

 

 何故ならば、梅雨の真っただ中とはいえ、今日は珍しく朝から雲一つない。夜まで降らないという天気予報でも言っていた。

 

 おかげでどこの家も出来る限り溜まった衣服を洗濯し、物干し竿に掛けており、布団はおろか、畳まで引っぺがして日干ししている家もあった。

 

 気持ちは分かるが……まあ、それだけジメジメとした梅雨の熱気に嫌気が差しているのだろう。

 

 それは子供たちも同じようで、雨が続いたせいで外を出歩けなく(親が許さなかった)なっていたうっ憤を晴らすかのように、誰も彼もが泥だらけになっていた。

 

 おかげで、狭くはないけど広くもない公園は子供で溢れかえっており、子守をしている母親たちは、この後の事を考えて、誰しもが苦笑いをこぼしていた。

 

 なにせ、子供たちはただ笑っているだけではない。

 

 転んでビービ―泣いている子もいれば、玩具を取られただの取っただので喧嘩になっている子もいるし、なんなら泣いている子につられて泣き始めている子だっている。

 

 阿鼻叫喚と言うほどではないが、外から見たら、泣き声と嬌声と叫び声がトッピングされたドロで芋洗いされているような感じだろうか。

 

 服どころか靴まで泥だらけにしている子も多いので、そりゃあもう、後で洗う母親からすれば、疲れた溜め息も出てくるものである。

 

 もちろん、千賀子たち3人の子供も例外ではない。

 

 特に、最近はさらに活発になってきているエマのはしゃぎようはとんでもなく、明美と道子の子供を引っ張り回すぐらいの勢いで……いや、違うか。

 

 引っ張り回すというよりは、3人が周りを引っ張り回している、といった感じだ。まあ、所詮は3歳の子供なので、たかが知れているけれども。

 

 

「いや、今日じゃなくて……来月の七夕ぐらいかな。なんとなく、台風が日本に近付いてくる予感がする」

「え? マジで?」

「たぶん、そんな気がする。特に、あっちの方角ではすごく雨が降ると思う」

 

 

 そんな中で、千賀子は先ほどの呟きに説明を付け足した。指差した先を見やった明美と道子は、互いに顔を見合わせ……ふむ、と首を傾げた。

 

 

「あっちって、どれぐらい先なのよ」

「う~んと、相当先。少なくとも、県を二つ三つかそれ以上越えた先かな」

「範囲が広いわね……え~っと、たしか電車があっちに向かうのが……だから……」

「方向からして関東とか東北までの間ぐらいかしら~?」

「関東までは行きすぎ、東北の方角でもない感じがする」

「じゃあ、その間ねえ~」

「間って……長野とか、静岡とか、そこらへん?」

「あ、そんな感じがする。たぶん、静岡っぽい」

 

 

 明美と道子の二人からの連想に、ようやく合点した千賀子は頷き……次いで、困ったように頭を掻いた。

 

 

「でも、なんだろうか……私が気になるのは雨が降った後というか、雨の結果で起こるそっちに気が取られるというか……」

「ふ~ん、それじゃあ、気にするだけどうしようもないでしょ。実際の結果を見てから、千賀子がやりたいようにやるしかないんじゃないの?」

 

 

 ドライな明美の言葉……とはいえ、明美の言い分は間違いなく正論である。

 

 どれだけ超常的な力を持っても、千賀子は人間である。

 

 この世の全てを先読みして対応できるような人間ではないし、そんな器用な人間でもない。分身たちにサポートされているので気付かれ難いが、けっこうウッカリな人でもある。

 

 そんな千賀子が先回りして『○月○日に災害が起こるので、注意されたし』なんて言っても、変人扱いされる可能性は極めて高い。

 

 千賀子は東京や大阪の方ではチラホラ顔が聞く事は多いけど、静岡の辺りは行ったことすらないので、繋がりが無いに等しい。

 

 まあ、仮に多少なり向こうに繋がりがあったとしても、それで変人(頭がおかしい人)扱いされるのがオチなので、どちらにしても千賀子の選択は変わらなかったのだけれども。

 

 

(……まあ、義援金の募集があったら送るかな)

 

 

 あと、なんか名物があったら、その時はコッチで転売しよう、数量限定で。

 

 結局、そのように結論付けた千賀子は、それでその話は打ち切ったのであった。

 

 なお、その後の7月7日より流れてきたニュースを見て、「あっ、これかぁ……」と、察した千賀子の姿があったけど、それを知る者は分身以外にはいなかった。

 

 

 

 







次回、掲示板・話を分からない女神抜き
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