ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
──さて、紆余曲折を経て人類どころか全生物の危機を救った千賀子を他所に、1975年(昭和50年)について軽く触れよう。
感慨深いもので、千賀子の物語はついに昭和50年に入ったわけだが、この年というのはある種の転換期であるけれども、けっこう暗いニュースが目立っていた年である。
まず、これは少し先の話(千賀子の前世世界の話)になるのだが、アメリカとの間で起こった『貿易摩擦(ぼうえきまさつ)』の熱が高まり始めたのは、この頃ぐらいからだと言われている。
貿易摩擦と聞いてだいたいの人が思い浮かべるのは、アメリカデトロイドなどの自動車産業メイカー集積地にて、日本車をハンマーで叩き潰すといったパフォーマンス……通称、『ジャパン・バッシング』だろうか。
これに関してはどちらが悪いのかと言われたら、どちらの立場に立つかで変わるが……日本にその責が有るかと問われたら、有る、というのは否定できないだろう。
どうしてかって?
それは、当時の日本が先進国としての立場や責任に無頓着であり、自分たちはまだ途上国だという認識が強かったからである。
これはまあ仕方ない面もあるのだが、実は当時(1970年代半ば)の時点で、日本はもう既に先進国という枠組みに入るだけの国力を得ていたのだ。
意外に思われるかもしれないが、日本人が想像していた『先進国に追い付け! 追い越せ!』というのは、もうこの頃にはだいたい達成していたのである。
冷静に考えてみれば、だ。
ほとんどの家庭に上下水道が通り、ゴミ処理や道路などのインフラが整備され、ほとんどの子供が学校に通え、貧乏人でもある程度は病院に行けて、一家に一台テレビが当たり前。
そんな国が、発展途上国?
そりゃあ、外国からしたら、『おまえらもう先進国だろ』と言われても仕方ないし、先進国としての役割を果たせと厳しい目で見られるのも、当然と言えば当然である。
まあ、国民が自分たちを誤解した理由は、国土も人口も桁違いな『アメリカ』の……それも、アメリカの良い部分ばかりを比べて、『自分たちはまだまだ発展途上国だ』という意識があったせいだが……とにかく、そんな国民の意識が様々な摩擦を生み出したのは、否定出来ない事実ではあった。
次に、この年では様々な鉄道路線や運行が廃止になった。
これに関しては時代の流れもあるのだが、物価高に対するインフレ政策の影響も大きく、また、老朽化した設備の修繕費用との兼ね合いで、廃線になったり縮小されたりが多かったのだ。
鉄道を始めとして、そういった設備はどうしても景気によって大きく収益が増減してしまう。
現代でもそうだが、利用者が減れば必然的に本数は減らされ、規模は縮小、最悪は廃止してそれっきり……というのが、この頃にも行われたのだ。
まあ、その果てが、国鉄の集団ストライキなのだが、話を先に進めよう。
他にも、行政の効率化を目的として小さな村などが市に編入合併したり、数千万円規模の強盗強奪事件が発生したり、毒性の高い物質の不法投棄が告発されたり。
北海道の警察本部が爆破テロが発生して数名の負傷者を出したり、当時では大手の化学製品会社が倒産し、戦後最大規模としてニュースの一面を飾ったり。
朝鮮による漁船拿捕(死亡者2名)が発生したり、横須賀では死亡者負傷者合わせて10数名にも達する爆破事件が発生したり。
それはもう、この年も中々に物騒な事件が毎月のように起こっていたわけである。
他にも、長年続いていたテレビ番組が放送終了したり、国外にも人気があった双子のデュエット歌手が引退したり。
──Q.こいつら、いつもなんか事件起きてんね?
──A.いいだろおまえ、昭和だぞ(意味不明)。
といった感じで、オイルショック後の不景気(千賀子の前世よりはマシ)もあって、不景気が目に見える形で表れ始めていた年であった。
……まあ、もっとも、悪いニュースしかないのかと問われたら、いやいや良いニュースもありますよ、という年でもある。
たとえば、だ。
後々のちびっこたち(大きな友達も含めて)の心をわしづかみにした『スーパー戦隊シリーズ』の第1作目である『機密戦隊語レンジャー』の放送が始まったのは、この年で。
長らく続く長寿番組になる、当時としては画期的な視聴者参加型のクイズ番組、『パネルクイズ・アタック25』が放送されたのも、この年で。
また、伝説的なイギリスのロックバンド、『クイーン』が初来日したのもこの年で、『第一次クイーンブーム』が到来したのも、これがキッカケで。
同様に、イギリス皇室のフィリップ夫妻が、国家元首として初の来日をしたのも、この年である。
また、現代にも続くベストコーヒー飲料の『ジョージア』が販売されたのも、この年で。
学生の必需品である大学ノート『Campus』が販売されたのもこの年であり、9月には日本初の家庭用テレビゲーム機が発売された。
ちなみに、後にエニックスと社名変更(スクウェア・エニックスの方がもうなじみ深い?)するサービスセンターが設立したのも、この年。
他にも数え上げれば多過ぎるので省略するが、暗いニュースが目立つ年でもあるけど、けしてそれだけではない……という、実に昭和を象徴する年でもあるわけであった。
……で、だ。
地球壊滅待った無しな事件を人知れず解決し、そんな1975年を迎えていた千賀子は、なにをしているのかと言うと。
時は、1975年の5月……千賀子は、極寒の世界にいた。
右を見ても、左を見ても、一面の雪景色。
びゅう、と吹きつける風は積雪を空高く舞い上がらせ、一瞬にして千賀子へと覆い被さってゆく。
当然ながら、気温は氷点下。
どこまでも澄み渡る、広大な景色は見る者の心に例外なく感動を与えるが……その代償として、生命が存在できる環境ではない。
それだけの景色が見えるということは、それだけ遮るモノが何も無いわけで……そうなれば、必然的に千賀子を襲うわけだ。
なにがって、それは自然の猛威が、だ。
一瞬で千賀子の身長よりも高く積雪が舞い上がるということは、それだけ風速があって、継続的に吹き続けているということ。
まともな装備無しでは、あっという間に低体温症になって、そのまま凍死してしまう気温であり、まともな装備でも、対策と経験が無ければそのまま凍死しても不思議ではない環境である。
そして、そんな環境下が維持された場所……すなわち、千賀子が居る場所は、富士山の山頂である。
……こいつ、なんかいきなり登山に目覚めてやがるぞ……と、思う人がいるやもしれないが、別にそういうわけではない。
千賀子がどうしてそんな場所に居るのかと言えば、ひとえに『巫女』パワーの修行のためである。
意外に思われるかもしれないが……いや、正確には、忘れている人が多いかもしれないが、『巫女』ジョブによる『神通力』は自己鍛錬が可能である。
『巫女』となったばかりの頃、千賀子が指先からチョロチョロッと水を出したり、指先よりライターのような火を出したり、小さなモノを浮かせたりしていた、あの時と同じだ。
最近あまりそういう描写が無かったのは、その必要性がなかったからだ。
ボディビルダーのようなムキムキボディな人が、2リットルのペットボトル一つを持ち上げしても、軽いエクササイズにしかならないのと同じ。
今の千賀子があの頃のように『神通力』を鍛えようと思ったら、どう隠しても注目を集めて大騒ぎになってしまうし、そこまで念入りに隠してまでやろうとする気持ちがなかったからだ。
しかし、そうも言っていられなくなったのだ。
いったい、どうして急に……それはまあ、少し前にこの世界にやってきた『悪女千賀子』のためである。
不幸中の幸い……と言うにはあまりにも皮肉な話ではあるが『巫女』の能力によって、『悪女』の能力を抑えることが可能であるのが、つい先日わかった。
今はまだ薬の影響から部屋の外に出ることすら出来ない&『神社』の中では千賀子もほとんど力を使わずに済んでいるが、将来的な事を考えたら、それもよろしくない。
ただ、現状では、それをすると、いざという時の余力が千賀子からなくなってしまう。
なにか問題が生じた時、それは色々な意味で危険だと判断した千賀子は、己の『神通力』を鍛えることにした。
その際に、何か良い所はあるか……と考えた結果、程よく負荷が掛かり、程よく『山』のパワーを得やすい場所として……富士山に決めたわけである。
なので現在、千賀子は富士の山頂、ニョキッと飛び出した岩石(雪と氷は退かした)の上で座禅を組み、吹き付ける雪や風、痛みすら覚える冷気を1秒たりとも途切れず防ぎ続ける……という形で負荷をかけ、トレーニングを行っているわけだ。
なので、よくよく注目してみると、だ。
拭きつける極寒の風の中でも千賀子の髪はまったく乱れず、『巫女服』はまったく濡れていない。降りかかる雪が、溶けることもなくスルリと千賀子の肌を滑ってゆく。
その肌はまるで穏やかな日差しの中にあるかのように温かみを帯びていて、唇には今しがたリップクリームを塗ったかのようにうっすら潤いが見て取れた。
……意外に知られていないことだが。
雪山において死因に直結する原因は凍死や滑落(からの負傷)が多いが、実はその前段階として脱水症状もまた、けして軽視してはいけない要因の一つだったりする。
と、いうのも、だ。
気温と湿度は反比例の関係にあり、温度が高いほど含むことができる水蒸気量に差が生じる。また、大気圧の違いが生み出す問題も、そうだ。
同じ湿度100%でも、気温30℃の100%と、気温5℃の100%では、同じ数字でも、片や肌がしっとり、片や肌がカサつくぐらいに違いが生じてしまう。
同様に、高所に登れば登るほど気圧が下がるのだが、気圧が下がればその分だけ空気が薄くなる。
たとえるなら、フリーズドライのようなものだ。同じ温度でも、地上に比べてはるかに早い速度で蒸発を始め、体内の水分が失われる。
空気が薄い分だけ人は無意識に呼吸の回数を増やして酸素を取り込もうとするのもあって、その分だけ体外に水分を吐き出してしまう。
ましてや、気温が常に氷点下になる雪山ともなれば、常にカサカサに乾いた空気の中にいるも同然であり、ある意味、砂漠の中に居るのと変わらないのだ。
雪山というのは、それだけ過酷な環境なのである。
くわえて、これのなにが厄介かって、気温自体はとても低く発汗自体が起こりにくいせいで、喉の渇きを感じにくいのだ。
言い換えれば、喉の渇きを覚えた時点でかなり危険な状態であり、少しでも早く応急処置的に水分を摂取しないと、ハッと気付いた時には極度の倦怠感に襲われて……といった状態になってしまう。
だから、雪山に慣れている人ほど登山中の水分摂取量を重視する。
それを、千賀子はロボ子よりちゃんと説明を受けていたので……喉が渇く前に、意識して水筒の麦茶を──ん?
……そんな事よりも、その恰好の方が問題では……って?
そんな事を気にするやつは、大きくなれないぞ(戒め)
だいたい、この年には世界で最初になる女性登山家エベレスト登頂という歴史的な記録が生まれるのだ。
そんな大記録に比べたら、エベレストよりも低いし、日帰りできる距離だし、巫女服で座禅組んで修行するぐらい、些細な問題で──っと。
『──もしもし、本体の私? ちょっといいかしら?』
(ん? なに?)
唐突に2号より送られてきた念話を受け取った千賀子は、はて、と首を傾げた。
こいつ、けっこう余裕あるじゃん……そんな視線を向けられそうな千賀子を他所に、念話先の2号は用件を切り出した。
『──先ほど、ちょっと相談に乗って欲しい事があると明美から連絡があったわ』
(明美から? どんな相談?)
いまいち想像がつかなかった千賀子が率直に尋ねれば。
『なんでも、弟がロックバンドにハマったとかで、リーゼントにしたり、派手な格好にしたり、学校にも通わなくなったとかで』
(うわぁ……あっ、なんだっけ、なんかテレビで、キャ、キャ……なんだっけ、すごい人気だってやっていたな……それで?)
『喧嘩ばっかしていて、終いには音楽で食って行くって、家にもまともに帰って来なくなって心配だって話らしくて……』
(はて? なんかどっかで聞いた覚えがあるような……?)
不思議と、覚えがある様な気がする話が出てきたので。
『音楽を目指すにしても何にしても、最低限の勉強はしてほしいって明美は思っているらしくて、なんとか上手い方法はないか……って』
(う~ん……上手い方法と言われても、私は別に牧師でも法師でもないし……そうだね、それじゃあ──)
とりあえず、千賀子は。
「──たぶん、和広に聞いた方が早いでしょ、同じ男なんだし」
(本体の私も、前世では男だったでしょ)
「年代によって考え方がガラッと変わるから、前世の話はあまり意味ないよ、こういうのはね」
そう、誰に言うでもなく呟いてから、のっそりと岩石から腰を上げたのであった。