ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
『水着』、その歴史は実のところ、けっこう深い。
服そのものが高価である時代では、水に入るための服を用意する=富裕層だったのだが、実は水に入るための服……という考え方は相当に昔からある。
それは使い古しの衣服だったり、下着をそのまま流用する……あるいは入る時は裸だったり、という認識があったために、専用の服という考えがなかったからだ。
つまり、水着という言葉一つとっても、目的が異なっていた。
片方は生活のために(魚や貝を獲る、など)、片方は水に濡れても衣服よりは大丈夫(水の中には潜らない)、という具合に。
それに変化が現れたのは、1900年以降になってから。
いわゆるビキニなどが該当するツーピース(上着とスカートのように、上下で別れているモノ)の水着が発表されたのは、戦後になってからである。
そして、意外に思われるかもしれないが、日本でも1960年~70年代ではビキニが販売され、若い女性の間では流行していたりする。
実際、東京銀座にて水着のファッションショーが開かれたぐらいには。
あまり知られていないのは、まだまだ現代に比べると気軽に遠出(他府県への移動)が出来なかったのもあって、水着を着る機会がそうなかったからだと言われている。
ちなみに、この頃は女性の水着なんてスクール水着みたいなモノしかないのでは……と、誤解される方は多いと思うが、そんな事はない。
ミニスカートが流行った(1968年前後)事もそうだが、肌を晒すという行為は、現代人が思うよりもずっと拍子抜けしてしまうぐらいにあっさり行われていたのである。
ただ、この頃の海岸は現代よりもはるかにゴミの不法投棄が横行しているせいで、あまり綺麗ではなかった。
なので、もっぱら海水浴のためというよりは、周囲に見せ付ける……という意味合いが強かったらしいが。
そして、1970年代半ばを過ぎて、新たに流行の兆しを見せ始めていた水着は、ワンピース型である。
これは、女性たちに羞恥心が芽生えた……とか、そんな事ではない。
プリント技術の発展、新たな生地の開発、原材料の安価な輸入化によって、これまでとは違うタイプの水着が作れるようになった。
具体的には、模様ではなく絵柄。
まるで、一枚のキャンパスからそのままくり抜いたかのようなデザインの水着が作られるようになり、より生地の範囲が広いワンピース型の水着が流行り始めたわけである。
加えて、この頃は現代の『色白な美肌』よりも、『健康的に日焼けした肌』が流行りだったこともある。
それゆえに、より女性らしくをコンセプトに、胸元が大きく開くようカットされたり、股の部分の切れ込みを深くした、いわゆるハイレグと呼ばれるデザインも流行るように……さて、そろそろ話を戻そう。
そんなわけで、千賀子もまた世の女性たちと同じく、最初は流行に乗ってワンピース型の水着を購入しようとしたわけだが。
『あの、店員さん。流行の水着って、どれですか?』
『流行のみず……(信じ難いナニカを見た者の目)』
『あの?』
『あ、は、はい、すみません。で、では、先月発売された、この夏にピッタリのこちらを……(試着室カーテンOPEN)』
『……あ、あの、店員さん。その、胸が……』
『…………(信じ難いナニカを見た者の目)』
『あの?』
『あ、は、はい、すみません。少し苦しいですが、乳房は手で動かして押し込む──(パンパンに詰まり過ぎて隙間無し)』
『く、苦しいです、店員さん』
『…………(脳裏を過る、不可能の三文字)』
『て、店員さん?』
『……お、お客様』
『はい?』
『ワンピースは、その、お客様の体形では……』
『え?』
『その、お胸が入るサイズに合わせますと、胸から下が……その、ブカブカになってしまいますので……』
『え、そ、そうですか?』
『はい、プールなどから上がる際、水に引っ張られて丸出しになるかと(腰、ほっそ……お尻、すっごい綺麗な形……)』
まず、ワンピース型は、千賀子の体形から早々にNGが出てしまい。
『なので、少々大胆にはなりますが、こちらの……夏に合わせて、向日葵がプリントされたビキニを……(試着室OPEN)』
『……どうでしょうか?』
『デッッッッッ!!!! (おっぱいデカすぎて零れ落ちそう!!!)』
『え?』
『い、いえ、それでは、位置を整えますので、ちょっと失礼をば──(むにゅん、と指が乳房に埋もれる)』
『あの?』
『あ、いえ、すみません、ちょっと力を入れますので、痛かったら──(圧倒的なボリューム感)』
『……あの?』
『…………(え、なにコレ? おっぱいって、こんなに柔らかくて重くて暖かいものなの?)』
『あの、店員さん?』
『静子って』
『え?』
『静子って呼んでください、お姉さん』
『──っ!?!?! (全身に怖気が走る)』
そして、ビキニもあんまりな結果になった。これには堪らず、千賀子は店からの逃走を余儀なくされたのであった。
……とはいえ、だ。
とりあえず、ワンピース水着は体形的に厳しい(オブラート的表現)ので、市販品を使う場合はビキニ一択になってしまうが……ここで、新たな問題が生じた。
結論から述べるならば、市販のビキニだと、乳房がはみ出してしまう……というものだ。
残念ながら、千賀子のπは平均を大きく上回るKサイズ。市販されている中で一番大きなサイズだとしても、だ。
下から支えるようにして付けると乳首がはみ出そうになるし、乳首に合わせると周りがはみ出るし、上から合わせると下乳が……なので、千賀子は最終手段に出た。
「ロボ子、お願い」
「はい、分かりました」
さすがに、日程の関係上オーダーメイドでの注文では100%間に合わないので、今回はロボ子に水着を作ってもらうことにした。
──どんな形状になるかは、その時までのお楽しみ、とのことだ。
千賀子としては、最悪はタオルとかで隠してしまえば良いのでは……とも思ったが、どうやらそうも言っていられないらしい。
ロボ子曰く、「『不必要に肌を隠す=入れ墨でも隠しているのでは?』と、疑われてしまう可能性がある」とのこと。
そんな馬鹿な話があるかと思ったが、仕方がない。
先ほどもチラッと説明したが、この頃(1976年あたり)は美肌よりも健康的な小麦肌がトレンドだし、プールに来て肌を隠す……なんて行動、首を傾げられて当たり前。
それは、プールに限った話ではない。
この頃はまだまだ人と違う事をする、それだけで現代よりもはるかに奇異の眼差しを向けられた時代なのだ。
客観的に見たら馬鹿馬鹿しい話ではあるが、もうこれは、そういうもの……そう諦めて受け入れるしかないのであった。
……。
……。
…………そんなわけで、ロボ子により超特急で用意してもらった水着や、当日必要となるモノを一通り準備し終えて、当日。
千賀子は、それはもう張り切っているエマに手を引かれる形で幼稚園へ……そこで、幼稚園が手配してくれたバスに乗って、プールへと向かう。
合同と事前に言っていただけあって、どうやら別の幼稚園とも合同で行くようで、手配されていたバスは鮨詰めみたいな感じになった。
具体的には一つの座席に、母親が膝に子供を乗せて……といった感じだ。
……正直、これはアレだよなあ……と、千賀子はふと思った。
保母さんたちだけではどう頑張っても面倒見切れないから、母親参加という名目で各自、自分の子供の面倒を見てもらおう……という、アレ。
あと、社会勉強という目的は事実なのだろうが、これは子供たちに水泳体験をさせるというよりは、まずはその前段階に慣れてもらうのが目的なのだろう。
と、いうのも、だ。
東京生まれ東京育ちの子の中には、お風呂以外で水に浸かった経験が無い子も多いので、不慣れゆえの事故を考慮&効率性を考えればまあ、合理的……なのだろうか?
後は、来る小学校に備えて、幼稚園に居た時よりもはるかに人が多い場所での集団行動……もどき、その体験が狙いか。
それとも、バラバラに来るよりも、一塊でやっていてくれた方が施設側も対処しやすいから……という、身も蓋もない話か。
どちらにせよ、やっている事は業務の一部を母親に負担させているだけなのだが……そこはまあ、安上がりにするには仕方ない……という意識もあったので、けっこう黙認されていた。
現代感覚で育った人には信じられないと思ってしまうような話だが、この頃は様々な行事や催しものは、各家庭の母親が協力して行う……なんてのは、極々普通の事であった。
ちなみに、他の幼稚園も合同にしたのは、人数を多くして団体割引を利かせるため……らしい。
「秋山エマの母、秋山千賀子です」
とりあえずは、だ。
実は、他所のママさんたちとちゃんと顔を合わせるのは初日を除いてコレが2回目である千賀子は、けっこう気合を入れていた。
なんでかって、明美と道子に何気なくこの件を話した時、2人からしみじみとした様子で言われたからだ。
──曰く、『ママさん集団には、ボスのママさんが居る場合があるからナメられたら駄目だよ』、と。
千賀子としては、どういうこっちゃ……みたいな話であったが、詳しく聞くと、どうやらママさんたちの中には、派閥を作って上下関係を形成する輩がいる時があるのだとか。
幸いにも明美は地元では名が知られ、道子の場合は家柄的にそんな事が起こらないが……千賀子の場合は状況が異なる。
人の出入りが激しい都市部の幼稚園なんぞ、ママさん同士の争い事なんて、基本的にはノータッチ。
それどころか、なにか問題が起こっても色々と面倒臭がって、数があって声がデカい方の肩を持つ……というのも、けして珍しくはないのだとか。
もしも母親である千賀子がナメられて格下扱いされると、その子供であるエマも格下扱いされ、子供たちから、どんな態度を取られるか分かったものではない。
子は、何時だって親の背中を見ている。
だいたいの場合、子は親の鏡であり、親が周囲に対してそのような接し方をすれば、その子供だって同じように他者と接するようになる。
だから、喧嘩を売るわけではないけど、『こいつに、ナメた態度を取るのは駄目』と思わせるのが肝心……と、言われたので。
「本日はよろしくお願いします」
こちとら血が繋がっていなくともエマの母親ぞ、来るなら来いやぁ……といった感じで身構えていた……わけなのだが。
──この時、千賀子はいくつか思い違いをしていた。
千賀子自身は、厄介なママ友集団に立ち向かう、エマを守る騎士のような感覚でいたし、彼女たちから感じ取れる心からして、一部から敵対心を抱かれているのは分かっていた。
それはまあ、間違ってはいなかった。
だが、実際のところ、その意味合いは違っていた。
実際に、そういう厄介なママ友派閥は居て、ボス的な立場のママさんも居て、千賀子を邪魔者だと思っている者たちも少数ながら存在していた。
だからといって、千賀子はそういう者たちからまったくナメられてなどいなかったし、格下だとも思われていなかった。
むしろ、その逆だ。
幼稚園でのママ友序列、それらはあくまでも、『千賀子を除いた順位』での話であり、千賀子の立ち位置は『裏ボス』である。
そう、千賀子はそもそも序列争いとは無縁の立ち位置なのだ。
ゲームで例えるなら、ラスボス撃破後に『裏ボス撃破』という実績解除のためだけに存在する、ラスボスがラスボス(雑魚)になってしまう、アレだ。
なんでそうなっているかって……それはもう、千賀子の見た目からして、うん。
冷静かつ客観的に考えてみれば、当たり前である。
まず、千賀子の美貌。
明らかに、一線を凌駕《りょうが》している。雰囲気も一般人のそれではない。言葉では説明できないが、別格なのだとうっすら理解させられる。
そのうえ、あくまでも真偽不明の人伝の噂話だが、『政界や財界にも顔が利く人?』と思ってしまうような話が時々入ってくる。
オイルショックによる全国的な不況の中でも、欠片も気にした様子がない姿しか見せないから、『まさか、噂は本当……?』と、余計に思わせてしまう。
次に、圧倒的なスタイル。
別にそういった勝負をしているわけではないが、一瞬で張り合う気持ちを根こそぎ奪い合う格の違い。もはや同じ女とすら思えないぐらいに差が有り過ぎて、貶すことすらできない。
というか、貶す勇気が無いし、貶したところで『嫉妬しているの?』としか思われないから、これまた余計にそんな事ができない。
そして、エマ自身も、そう。
この頃は金髪碧眼というだけで一目置かれるような時期だが、それを差し引いても、エマは子供ながらにとても愛らしい顔立ちをしている。
あまり思いたくはないが、比べれば比べるほどに格の違いというやつを見せ付けられるようで……その結果、自然と千賀子は『裏ボス』的な立ち位置になっているわけであった。
そうでなくとも、立ち振る舞いや幼稚園への差し入れなどから、『この人、相当に良い家柄の……』と、思わせてしまうような事をけっこうしているのだ。
そんなの、怒らせたらどうなるか……少なくとも、同じ幼稚園のママさんたちは極一部を除いて、千賀子を下に見る者はいなかった。
……。
……。
…………そして、その極一部も、更衣室にて。
「待っててね~エマ~。お母さんも、すぐに着替えるからね~」
服の上からでもそのビッグバンボディは窺い知れていたが、実際に衣服を脱いで、一目で高級品だと分かるブラを外した、その瞬間。
──ぼろん、と。
それはもう、そんな効果音を思わず幻聴してしまうぐらいの、とんでもねえのが飛び出したのを目撃して。
──ま、負けた。
敗北を、受け入れたのであった。