ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話   作:葛城

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第173話: 時間にして、20分にも満たない昔話

 

 

 そんなこんなで、気付けば1976年も終わりである。

 

 

 千賀子としては『恐怖の大王』が出現したり、ワインを作ったり、映画に出演したり(製作中)、明美と道子に2人目がどうだったり、エマがもう可愛すぎたりして大変だったけど。

 

 まあまあ、色々な事(順不同)があった。

 

 

『もしもし、私、千賀子です。田中総理に電話を繋いでいただきたく……あ、いない? それじゃあ、伝言を──はい、えっと、4月に天安門で──あと、9月ぐらいに中国の主席が亡くなりますので──はい、はい、はい……』

 

 思い返せば、そう……今年のエマも、そりゃあもう可愛かったなあ……と。

 

『もしもし、私、千賀子です。田中総理に電話を繋いでいただきたく……あ、いない? それじゃあ、伝言を──はい、えっと、7月ぐらいに伊豆半島の方で記録的な豪雨が起きそうな感じが──はい、はい……ところで、声が変わりましたね?』

 

 いやあ、もう、毎日すくすくと大きくなってゆくエマが可愛すぎて、油断していると母乳が出そうになって大変である。

 

『もしもし、私、千賀子です。田中総理に電話を繋いでいただきたく……あ、いない? あ、また声が変わり──いえ、それじゃあ、伝言を──はい、えっと、10月ぐらいかな……山形県の方で、う~ん、なんか火事が起こりそうな気配がしたので……』

 

 というか、この前うっかり出ちゃったから大変である。

 

 エマが自立心たっぷりではなく、甘えん坊でベッタリ離れようとしない子だったなら、今頃毎夜飲ませていたところだ。

 

『もしもし、私、千賀子です。田中総理に電話を繋いでいただきたく……あれ、秘書さんいっぱいいるんですね? それじゃあ、伝言を──なんだか気が早いって思われるかもしれませんけど、来年ぐらいに和歌山のあたりでコレラが発生するような予感がしまして──まあ、ちゃんと動けば被害は抑えられそうな……』

 

 いやあ、思い返すと……本当に色々あったなあ、って。

 

『もしもし、私、千賀子です。田中総理に電話を繋いでいただきたく……あ、いない? それじゃあ、伝言を──はい、来年のことなんですけど、中々に円高で大変なことになる気がしますので、参考程度に留めて置いたら……っと』

 

『もしもし、私、千賀子です。田中総理に電話を繋いでいただきたく……あ、いない? それじゃあ、伝言を──え、あ、どうされましたか? 急に泣き出して……大丈夫ですか? お疲れのようでしたら──あ、いえ、用件は大したものでは……ただ、来年の9月ぐらいかな……しっかり注意しないと日本の飛行機がハイジャックされるかなあ……って。あ、ちゃんと取締りしていたら大丈夫なので──あ、あ、泣かないで、大丈夫ですか?』

 

『もしもし、私、千賀子です。田中総理に電話を繋いでいただきたく……あ、いる? 変わってくれますか──あ、田中総理? お久しぶりです。特に用があるってわけじゃないのですけど、来週ぐらいに会談予定の米国の……はい、それ、罠っぽいので、身構えていた方が吉ですよ』

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………さて、そんなこんなで1976年も終わりを迎えようとしている年末……千賀子は、実家に帰省していた。

 

 

「お婆ちゃん、身体の具合はどう?」

 

 

 理由は、実家への顔見せ……の他には、少し前に祖母が風邪を引いてから体力が衰えたらしく、その様子を伺うためでもあった。

 

 さすがに寝込むほどではないらしいが、それでも、千賀子が来た時には布団の中より身体を起こしていた時であった。

 

 加えて、年齢が年齢だ。

 

 昔のように、しばらく休んでも体力が戻らないなんてのは不思議ではない。

 

 祖母自身は口では元気そうに悪態を吐いているが、所作の所々に衰えというか、以前にはあったはずのキレが見られなくなっている。

 

 

「おう、平気さ。歳を取ると、どいつもこいつも大丈夫かって……歳は取りたくねえでよ」

 

 

 少なくとも、千賀子にはそう見えた。

 

 

「……心配なだけだよ、みんなね。エマも、お婆ちゃんは元気かって、会いたいって、心配していたし」

 

 

 千賀子の言葉を受けて、恐る恐る千賀子の背中より顔を覗かせたエマを見て……祖母はニッコリと笑えば、エマは安心した様子で祖母へと駆け寄る。

 

 

「大きくなったでよ」

「もう、ねんちょうさん!」

「ほうか、ほうか、大きくなるんわ早いでな」

 

 

 元気よく返事をするエマに、祖母は心底嬉しそうに頬を緩めると、スッと台所がある方向を指差した。

 

 

「台所に行って、饅頭くうけ?」

「いいの?」

「ええよ、エマのためにお婆ちゃんが用意したでな……1人で行けるか?」

「私だけ?」

「すまんで、お母さんに話があるでな」

 

 

 首を傾げるエマに、祖母は申し訳なさそうにしつつも、エマの言外のお願いには気付かないふりをした。

 

 ……それだけで、賢いエマは子供ながらに察したのか、特に文句を言うわけでもなく、トテトテと台所へと向かった。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そうして、気配が遠ざかってから、少し経ち。

 

 

「……千賀子。おまえには先に言うでんな。あたしゃあ、そう長くないでんよ」

 

 

 ハッキリと、祖母は千賀子の目を見ながらそう告げた。ドクリと、心臓が嫌な音を立てた気がした。

 

 現代なら、まだまだと言われるかもしれない。

 

 だが、昭和50年代の基準で考えれば、祖母の年齢ならもう大往生と言われても過言ではない。

 

 

「……病院で、ナニカ言われたの?」

 

 

 それでも千賀子は、自身の声がわずかばかり震えてしまうのを抑えられなかった。

 

 

「いんや、なんも。あたしゃ、病院なんぞ嫌いでよ」

 

 

 対して、祖母の声はいつも通りピシッとしていた。

 

 改めて見やれば、半纏(はんてん)を着ているせいもあるけど、記憶の中にある祖母よりも、少しばかり小さくなっているのが分かる。

 

 しかし、その背筋はピンと伸びていて、そういうのだから、歳を感じさせないのは相変わらずで……当人の口からでなければ、誰もが冗談だと思ってしまうだろう。

 

 

「じゃあ──」

「自分の去り際は、自分が一番分かっとるよ。たぶん、来年でおさらばよ」

 

 

 でも、その目を見て、感じ取れるモノからして、冗談でも何でもなく、本気で言っているのだと察した千賀子は、その言葉を受けいれた。

 

 受けいれるしかなかった。

 

 だって、祖母の目が……かつての、祖父と同じような目をしていたから。己の死期を悟っている、そんな目だ。

 

 そんな目をしてしまっている祖母を前に、千賀子が言えることなど、何も無かった。祖父が、そうだったように。

 

 

「……安心したでな」

 

 

 けれども、祖父の時とは違っていた。

 

 それは、祖母は……笑っていたからだ。

 

 

「アイツがよ、死んだ時な、おめぇはこの世の終わりが来たってぐれぇ泣いてたでよ。涙が枯れるんじゃねえかってぐれぇ、泣いてたでんも」

「そりゃあ、そうでしょう」

「でも、今もおめぇはそうじゃねえ。あたしゃが死んでも、千賀子……おめぇはあの時のようには泣かねえ」

「そんなの──」

 

 

 そんなわけがない──そう言い掛けた千賀子の言葉を遮るように、祖母は伸びた背筋と同じくピシッと言い切った。

 

 

「なんねぇ、おめぇにはもう大事なもんがあるでな。めそめそ泣いてる暇なんねえでよ、それば分かっとるから、泣かねぇんよ」

 

 

 その言葉に、千賀子は……何も言えなくなってしまった。

 

 実際に、その時を想像して……その時の自分が、祖父の時ほどには取り乱していないのを、明確に思い浮かべられたからだ。

 

 

「……あぁ、別に千賀子が薄情じゃねえでよ。あの時はおめぇ、まだ子供だったかんな。今は幼い子を持つ母でよ、それぐらい我慢するんよ」

 

 

 そして、その事に少なからずショックを受けた……のを事前に分かっていた祖母は、違う違うと手を振って否定した。

 

 

「あの子が、エマがいるから、おめぇは泣いてらんねえって強くなれるんよ。もしもエマが居なかったら……まぁた、めそめそ泣いていたでな」

 

 

 言われて、千賀子は……それも否定出来ず、気まずそうに唇を閉じるしかなかった。

 

 

「……エマは可愛いでな?」

 

 

 そんな千賀子の姿を見て、祖母はフッと笑みを零した後……おもむろに、そう尋ねてきた。

 

 

「……引き取って良かったと、思うとるか?」

 

 

 頷けば、続けて尋ねられ……それも頷けば、祖母は「ほうか、ほうか……」ゆっくりと頷いて……それから。

 

 

「千賀子……これからあたしゃの話すこと、よぉく聞き。返事はしなぐていいから、耳を澄ませるでよ」

 

 

 そう、言われたので、千賀子は素直に居住まいを正し……そうして生まれた静寂の中で、祖母の小さな声は、とてもよく千賀子の耳に届いた。

 

 

「……あたしゃ、実は養子でな。実のおっかあの顔は知らん。物心付く前に捨てられたらしいんよ」

 

 

 それは、祖母の半生……千賀子の知らない、祖母の過去の事であった。

 

 

「あの頃は、まだ昭和やのうて、明治んど言われていた時代でな、今の子には想像つかんぐれぇ、貧しい家が多かったんでな」

「そういう子が多かったんよ。男も女も、3男や4男、3女や4女、そらぁ粗末なもんやったでな」

「捨てるのが忍びない言うて、寺とか役所とかに捨てて行くもんもあったでよ」

「あたしゃはな、運良く親戚に引き取られたんで……でんも、辛かったでな、今でも思いだすんよ」

「事あるごとに、拾ってやった、拾ってやった、でな。家の子にはキャラメルばくれたんに、あたしゃにはくれなかった」

「飯も、いつも冷えた残りもんだで。鍋にこびり付いた粥の残りとか、そんねえでも御馳走だったんよ」

「あんときの惨めな気持ちときたら、今でも腹が煮えくり返るんよ」

「でんも、仕方なかったんよ。まんだ、あたしゃのはマシなんでな。あたしゃみたいに捨てられて、そのまま死ぬ子供がほんに多かったんでよ」

「なんね、大正の頃からやったかな……お国がな、貧乏な家は子を産むなって言い始めたんがら、余計にあたしゃみたいな子供は肩身が狭かったんでな」

 

「……そんだから、あたしゃまた捨てられたんよ」

 

「あの頃は、ほれぇ……コメの不作だとか、蚕の不況だとか……色々あってな、景気の良いところもあっだけんど、あたしゃのところは……だから、捨てられたんよ」

「……本当に、あんどきは途方にくれたんでよ」

「あたしゃみたいに捨てられた子が縄張りみたいん作ってな、野犬みたいにあちこち動いておったんよ」

「そんころのあたしゃ、小さくて痩せっぽちで、気が弱くでな」

「どこ行っても、ゴミのように扱われたんだ……ただ道を歩いているだけで、乞食が来るなって石を投げられたこともあんよ」

「辛かったでよ。本当に、辛かった」

「……でんも、そんときに……このまま死ぬんかと動けんくなったあたしゃを拾ってくれた、仏のように優しいおっかぁがおったんよ」

 

「本当に、嬉しかったでよ」

 

「おっかぁは、あたしゃを実の子と同じく、育ててくれたんよ。戦争と地震で死んじまった兄ちゃんに姉ちゃんも、あたしゃを実の妹と同じく優しくしてくれたんよ」

「本当に……本当に、今のあたしゃあが居るんは、あの人たちのおかげでな」

 

 

 だから──その言葉と共に、祖母は千賀子を見やり……次いで、台所の方角へと視線を向けた。

 

 

「だから、血が繋がろうが繋がってなかろうが」

「髪の色がちごうても、目の色がちごうても、関係ねえ」

「あたしゃの孫と、ひ孫と思うて可愛がろうと思うてたんよ」

「あの人たちみてぇによ、おめぇは家族だって言うつもりだったんよ」

 

 

 それから……祖母は、改めて千賀子を見つめた。

 

 

「あんときはおめぇ、頼んでもねえのに、あたしゃあのために母親になろうとした……それはちげぇって思ったでよ」

「でんも、今は違う。千賀子、おめぇは、自分で決めて、自分の心で母になろうとしとる。血の繋がらねえ娘の母になろうと本気だでな」

「なら、エマはあたしゃのひ孫じゃ。お天道様にも胸を張って、あたしゃのひ孫じゃと言えるんよ」

 

 

 その言葉と共に、祖母は千賀子へ手を伸ばす──反射的に手に取った千賀子は、ぎゅうっと握り締められる指の痛みを感じた。

 

 

「忘れんでな、千賀子」

「あん子にとってのおっかぁは、おめえよ」

「あたしゃを拾ってくれたおっかぁと同じでよ。世界に1人だけの、あん子にとってのおっかぁは、千賀子しかおらんでな」

「忘れんでな、千賀子。忘れんば、駄目だ」

「目がちごうても、髪がちごうても、周りとちごうても、あん子にとってのおっかあは、おめえ以外におらんのよ。それを忘れんでよ、千賀子」

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………千賀子は、何も言えなかった。言葉が、出なかった。

 

 

 けれども、辛うじて頷くことはできた。

 

 それだけでも、祖母にとっては十分だったのだろう。

 

 ほう、と安堵の溜め息を零してすぐに、「長話で疲れた、寝るでな」そう言って、マイペースに半纏を脱いで床に入り……そのまますぐに、寝息を立て始めた。

 

 本当に、疲れたのだろう。

 

 そして、そこまで無理をしているのを……千賀子は、分かっていた。分かっていたけど、止めることなんてできなかった。

 

 そんな事、できなかった。

 

 ただ、千賀子は、寝息を立てている祖母の……去年よりも小さく、皺が目立ち、気力が衰え始めている祖母の寝顔を見やり。

 

 

「……お婆ちゃん」

 

 

 只々、いずれ訪れる結末を予感しながら……静かに、思い出に留めることしかできなかった。

 

 

 

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