ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
『うわキツ』の悪夢をさ迷い実演するしかない千賀子を他所に、1977年(昭和52)の日本のちびっ子たちに、一つのブームが生まれていた。
それは、『スーパーカーブーム』である。
その火付けとなったのは、一説によると1975年(昭和50年)に少年漫画より連載が始まった『サーキットの狼』だと言われている。
これはスーパーカーや4輪モータースポーツをモチーフとしたもので、主人公が街のアマチュア走り屋から、プロのレーサーへと成長してゆく物語だ。
この作品以前にもモータースポーツを描いた漫画やアニメ……有名なのは『マッハGoGoGo』という作品だが、この漫画はそれまでの作品とは異なり、実在する車種をリアルに描写するという画期的な点が受けた。
で、このブームは1975年のスタートから衰えることなく、1976年後期からその人気は加速し続け。
1977年になると、そのブームにあやかろうと同じ年に自動車レースをモチーフにしたアニメが数作品も作られ。
当時、子供だった者なら誰しもが耳にした『スーパーカー消しゴム』というのが大ヒットしたのだから、いかに人気があったのかが窺い知れるだろう。
……なお、実はスーパーカーという車は、明確に定義された言葉ではなかったりする。
ぶっちゃけると、イメージ的な話でしかなく、『○○はスーパーカー』というモノは厳密には存在しない。
高価格で、性能が一般車と比べて桁違いに高く、デザインに独創性があって、2シートで、エンジンをミッドシップに搭載している。
……という感じなら、だいたいスーパーカー。
なので、スポーツカーと混同される事が多く、かといって、別に間違っているわけでもないのだから、けっこう雑な言葉なのである。
ちなみに、ミッドシップとはエンジン搭載位置の区分を表わす言葉で、車体中心に近い位置に搭載されている……という意味だ。
なんで、搭載位置を特別視するのかって?
それは車体の重心が中央に近くなり、加速減速などの際に生じる慣性の負担を軽減するだけでなく、重量配分も最適化されるので運動性能を向上させることが……話を戻そう。
とにかく、1977年(昭和)はまさしくスーパーカーブームの絶頂期であり、東京などではスーパーカーショーが開かれたぐらいなのだから、いかに業界が盛り上げようと動いていたかが窺い知れるだろう。
まあ、そのブームもそれまでのブームと同じく、終わる時はあさり終わってしまうのだが……で、なんでそんな話を冒頭から始めているのかと言うと。
「──秋山様! どうでしょうか!? 秋山様のようなお美しい女性には、とてもお似合いかと思いますが!?」
「……はあ、そうですか」
角刈りヘア(男)セールスマンからの、『高級車《スーパーカー》買いませんか!?』という、とっても熱い販売トークを受けていたからである。
場所は、『春木競馬場』。
何時ものように顔見せに来て、そういえば今年はどんなレースを開こうかなと、馬主席にてぼんやり考えていた時であった。
なんと、そんな場所で、よりにもよって春木競馬場オーナーの千賀子に対して、高級車のセールスをしてくる強者が居たのである。
常識的に考えて、そんなのはつまみ出されるような出来事だ。端的に言って、『空気が読めない場違い者』でしかないからだ。
レストランにて食事中にいきなり便器のセールスを始めたり、酒を飲んで気持ち良くなっている時に保険の話をしたり、遊びに出ている時に仕事の話を出して来たりするようなモノだ。
当然ながら、周りに居た者は明らかに気分を害した者が多かったし、なんなら警備員を呼べと怒りを露わにした者もいた。
──けれども、千賀子は不快感よりも、よくもまあ思い切ったなと感心した。
なにせ、その角刈男《セールスマン》は馬主で……いや、正確には、このセールスマンを雇っている人がその資格を持っていて、彼は招待状を手にして来ているわけだが。
冷静に考えて、とんでもない度胸である。あるいは、とんでもないバカなのか。
指示を受けてきているのか、騙して招待状を手にしたのか、独断で来ているのか、それは判断に……あ、いや、なんかどれもうっすら正解っぽいというか、勘違いが重なった結果っぽい感じがするけど、とにかく、呆れると同時に、実行したその度胸はすげーと思ったわけだ。
常人なら、思いつく事すらしないだろう。
やっている事は、どう取り繕っても空気を読まない騙し討ち。
集まっている馬主のみならず、オーナーの千賀子からすらも嫌われてしまえば、事はこのセールスマンだけでなく、結果的には彼に招待状を渡した人……とある会社の社長だが、その人にも責任が飛ぶ。
社長が辞任するだけで終わるならマシで、下手すれば会社そのものが無くなってしまうぐらいの……だからこそ、それを実行した最初の一人だからこそ、千賀子は感心したわけである。
『──その度胸やヨシ。何事も、最初の1人は勇気と無謀が物を言う。無鉄砲なのは嫌いではございません、せっかくですから聞いてあげましょう』
なので、千賀子は他の馬主たちに軽く頭を下げてから、馬主席の端っこに移動してから商談を始めた……わけなのだが。
(……どうしよう、あんまり心に響かないよ)
熱心に商談を続ける眼前の男を尻目に、当の千賀子は……どうしたものかと、ちょっとばかり困っていた。
なんというか、特に難しい理由ではない。
うっすら分かっていた事だが、千賀子は前世も今生も、根本からして、『車=移動手段』という認識が強いのだ。
いわゆる、安全性とかメリットが多いから国産車というだけで、別にどこのメーカーであろうとこだわりはまったく無い……というタイプである。
なので、速く走れるとか、コーナリング性能が良いとか、人気があるとか、あんまり千賀子にとっては重要ではない。
そりゃあ、値段を下げたらその分だけ性能が落ちるのは理解している。高い方が、色々な意味で快適なのは分かっている。
でも、たとえば3億のスーパーカーは、300万円の国産車の100倍快適なのか……そういう疑問をまず覚えてしまうのが千賀子であり。
そこまで違いがないなら──300万円でいいじゃん。
壊れた時に速やかに修理しやすい国産車の方が楽じゃん。
高速道路とかワープあるから使わないし、必要な時はタクシー使えば良いし、維持費とか整備とか面倒臭いし……ていうか、道を覚えていないし。
……とか、色々と考えちゃうタイプのお人である。
まあ、実際のところ、車と千賀子の相性は良いとは言い難い。
何故なら、スポーツカーを始めとして高級車と呼ばれるモノの中には、人に合わせた車ではなく、車に人が合わせる……というのが前提の車はある。
仮にそんな高級車を提示したら、千賀子は『いらね~』ととっても微妙そうな顔でこの話をお流れにしていただろう。
千賀子にとってスーパーカーなんてのは『スポーツカーと何が違うの?』という程度の認識であり、『世界に数台しかない』というのに魅力を感じないので……まあ、そういうわけで。
「……そうねえ、車って色々な種類があるのね」
邪険な態度こそないが、見る人が見れば明らかに関心が無いなあ……という雰囲気が表に現れていた。
まあ、そうなるのも致し方ない。
元々、千賀子が彼の話を聞いたのは、彼の商品に興味をもったからではない。
偶発的な結果とはいえ、一歩間違えなくても破滅しているような怖いもの知らずをやった最初の1人だから……というだけである。
なので、普通のセールストークでは千賀子の関心を引くのは不可能である。
いくら彼が魅力的なスーパーカーのセールスをしたところで、根本的に、千賀子は車を欲しがっていないのだから……まあ、当然の結果と言えば、当然の結果だろう。
ただ、そうなると、焦るのはセールスをする彼である。
最初こそ勢いに任せてテンションを上げていたが、いざセールストークを初めて、少しずつ我に返ってきたあたりで……てなもんで。
──あれ、これってけっこうヤバい事になってない?
そう、彼が考えるのもまた、自然な話だろう。
いや、まあ、うん。今の彼の状況を客観的に見れば、だ。
馬主席で空気を読まないセールスを、それも競馬場オーナーに行った挙句、そもそもからして、招待されているだけで馬主当人ではない。
オーナーが笑って許しているからこそ誰も口を出して来ないが、ここでもしもセールスが失敗に終われば、どうなるか。
馬主席で空気を読まないセールスを、それも競馬場オーナーに行った挙句、そもそもからして、招待されているだけで馬主当人ではないうえに、つまらないセールスをして時間を取らせた男……という、とんでもねえ評価が下されるわけだ。
そりゃあ、そんな状態に陥っている事に気付けばもう、必死である。下手すれば今の会社だけでなく今の業界からも、さよならバイバイである。
……そんな状況を突破する、起死回生の一手は……この商談を成立させるほか、ない!
(──ど、どうする!? どうすればいい!?)
その瞬間、彼(27歳独身:最近彼女にフラれた)の脳は……シナプスよりかつてない量の電気信号がスパークし、下手すれば廃人になりかねないぐらいに、神経伝達物質が駆け巡っていた。
それは、ある種の走馬灯であった。
幼き頃の貧しくも楽しかった思い出、これまで積み重ねてきた努力、一つずつ掴み取って来た社会的な立場の死、これから己に待ち受ける絶望の未来……それは、彼自身が知覚できないぐらいの、膨大な情報であった。
最初で──最後の、一言。
瞬間的とはいえ、あまりにも膨大なストレスは、彼の髪から色を奪い、サラサラ……っと、耐えきれずに彼の頭から落ちていった。
人は一夜にして白髪になるなんてのは科学的にはありえない事だし、外部の物理的な力なくして一瞬にして髪が抜けるなんてのはありえない事だが……その例外が、ここに起こっていた。
──最初で、最後の……一言。
膨大な光景が彼(27歳独身:童貞ではない)の脳裏を駆け巡っていく。そうして、全てがぐちゃぐちゃに混ざりながら、今にも気絶してもおかしくはないほどに追い詰められた、彼の唇は。
「……内装、変えたら、子供受けしますよ」
「……買いましょう、せっかくですしね」
「──あ、ありがとうございましゅ……!!!」
「うん、今度開く予定のレースに、ちょうどよいかもね」
見事、正解を引き当てたのであった。
……。
……。
…………そうして、もはや半分ぐらい意識を飛ばしている彼は、無意識のままに契約書を鞄より取り出し、サインと捺印を済ませた、その瞬間。
──お、おお、おおお……!!!!
成り行きを見守っていた馬主たちは、見事成し遂げた若者の勇気を称え、心からの拍手を送ったのであった。
(……? なんかいきなり焦りまくったかと思えば、いきなり気絶したけど……まあ、緊張もするでしょうけど、そこまで?)
ただ、肝心の当人は、困惑しっぱなしだったのだけれども。
……さて、そんなわけで、千賀子の下には7日後にはスーパーカーが届いたわけだが……え、なに?
いくらなんでも早過ぎなのでは、って?
それはまあ、相手が千賀子だから……というわけではなく、単純に1台のみ、既に現物を保有していたからである。
現代に限らず、昭和の頃でも基本的に車というのは受注生産であり、注文を受けてから生産を開始するわけだけど、僅かだが見込みで生産しているのもある。
それが、千賀子の下に来たわけである。ただ、それでも、早いのは千賀子が車に対して興味が無いからである。
いくら現物があったとしても、それだけの高級車ともなれば、生産されたばかりの新品が当たり前。
ビニールテープとか剥がすの面倒だし、まったく汚れていないし、内装もそのままやってくれたら……という流れで、超特急で諸々を済ませて、千賀子の下に届いたわけである。
……まあ、それ以前に、だ。
どうせ、内装を含めてロボ子が色々と改造するのだ。ロボ子もヤル気を出していたし、お互いにwin‐winの結果であった。
で、だ。
千賀子の下に届いた後は、ロボ子の手によって速やかに改造が行われ。
見る者が見れば、しばらく気が動転しまうぐらいのオーバースペックとなった、本当の意味での『スーパーカー』となった、それに……千賀子はエマを乗せて、峠を走っていた。
「うぉー!! まじん、ごー!!!」
「……ロボ子、空は飛べないの?」
「マスター、さすがに無理です」
もちろん、運転免許を持っていない千賀子は運転することができないので、ロボ子がドライバーを務める。
シートその他諸々を改造&改装したことで快適にはなったが、シートの数は変わらず二つしかない。
なので、運転席にはロボ子が。助手席には千賀子が座り、その千賀子がエマを抱えるようにして座る……という形で収まった。
つまり、走らせているのはロボ子であり、千賀子はテンション爆アゲ状態のエマをニヨニヨと嬉しそうに眺めているという、いつもの……で、だ。
なんで峠を走らせるのかって、それは単純に他車の邪魔が入らないからである。
現代でも高級車には相応に注目が集まるわけだが、この頃の高級車は現代の比ではないぐらいに注目が集まる。
ベタベタ触ってくるのは当たり前で、悪戯もされるし、なんなら嫉妬されて傷付けられるなんてのも……後は、騒音問題だ。
やはり、車と騒音は切っても切り離せない。
また、昭和50年代ともなれば街中はもう信号だらけなので、思うように走らせることなど、とてもとても。
ゆえに、邪魔な車が入ってくる事がほとんどなく、騒音を出しても周りに民家が無くて、信号機などもない峠道は、そういった車を走らせるにはうってつけであった。
……言っておくが、良い子の皆は真似をしては駄目だゾ。命が幾つあっても足りないし。
「マスター、神通力でガードをしてください」
「──何かあったの?」
「あったのではなく、起ころうとしているのかもしれません」
とまあ、そんな感じで車を走らせていたわけだが……この日、ロボ子のセンサーは猛スピードで近付いてくる物体を感知した。
それは最初、遠くから近付いてくる爆音であった。
そしてそれは、キュキュキュッとアスファルトを噛み締めるタイヤのスリップ音が混ざり……気付けば、いくつものライトの光と共に、千賀子の車は、十数台のバイクに囲まれていた。
──結論から言えば、バイク集団は暴走族であった。
昭和のこの頃は、暴走族の全盛期と呼んでも差し支えない時期である。レディースという俗称の、女だけの暴走族集団も実在していたぐらいに、規模が膨れ上がっていた。
彼女たちは男たちと同じくバイクを改造し、同じように峠などを走っている。
そんな者たちからすれば、『高級車』はそれはそれは視界に入るだけでちょっかいを掛けたくなるもので……が、しかし。
普通ならば、怯えって縮こまってしまうか、あるいは逃走を図ってアクセルを踏み込むか……そのどちらかなのだろうが。
「マスター、逃走を開始します。安全機構フル作動、イグニッションエンジン起動……準備OK──セーフティオールグリーン」
「え? なにそれ?」
「只今より、逃走開始──ミッションスタート!」
「待って、そんなん聞い──え、これ、兄ちゃんの声で──」
今回は、普通ではないロボ子が乗っていた。
何やらポチポチとボタンを押したかと思えば、車内の雰囲気がちょっと変わる。がしゃこん、と何かが作動する音と共に流れ出す、軽快なBGM(歌:和広)。
──そう、皆様も既にご存じのとおり、ロボ子は走り屋ロボ子を務める事ができる、超高性能ロボットなのだ!!!
走り屋ロボ子にとって、煽られるというのは恥辱の極み。
走りで勝てないから数で煽って黙らせようなんぞ、軟弱にも程がある。そんな気合の入っていない腰抜けなんぞ、女の風上にもおいてはならねえのだ!
「所詮、トーシロです。抜き去ってやがりますですよ」
「あれ? もしかしてロボ子ってハンドル握ると性格変わ──」
最後まで千賀子が言えないまま、車体は加速する。
当然ながら、煽られたと思ったレディース集団も加速する。対して、さらにアクセルを踏み込んだロボ子の、華麗なるドライビングテクニックによって、レディース集団を近付けさせない。
果たして、ロボ子の腕が凄すぎる事を褒めるべきなのか。
それとも、なおも追跡できるレディース集団を称えるべきなのか。
判断に迷うところだが、女(?)と女のぶつかり合い。意地と意地の衝突は互いの熱気を加熱して行き、いよいよ危険な領域へと突入しようとしていた。
……そんな中で、だ。
室内は慣性すら働かない快適空間、キャッキャと無邪気に喜ぶエマを他所に、千賀子は……なんだろう、「ロボ子、おまえもか……」と、ちょっと遠い目になっていた。