ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話   作:葛城

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第187話: 春木競馬場が一晩でやってくれました

 

 

 ──あまり知られていないが、1978年(昭和53年)頃、だいたいそのあたりにて、若い女性たち(男も含めて)の間で流行したファッションがある。

 

 それは、いわゆるサーファーファッションと呼ばれる、サーフ系のファッションである。

 

 これは現代でも根強いファンが多いが、この頃はどの雑誌を開いても『今年はサーフ系で決まり!』みたいな感じで、様々なサーフ系の衣服が作られた。

 

 特に人気があったのは、様々な明るい色合いが足されたカラフル色だったらしい。

 

 現代の流行(正確には、少し前らしいけど)はウエストから裾まで足にピッタリとフィットするスキニータイプであったのだが、この頃は少し違う。

 

 腰回りは細く、足首に向かうにつれて少しダボッと広がる、いわゆるワイドパンツ系が多かった。

 

 なお、このワイドパンツ系が今の最新の流行らしいのだが、ファッションはだいたい数十年ごとに流行がサイクルするという話が……さて、戻そう。

 

 このサーフ系の流行は根強く、スカートでもサーフ系を意識したカラーリングが数多く現れ、ベルトの色や靴、刺繍に至るまで、その範囲は広かった。

 

 

 と、同時に、だ。

 

 

 この頃に流行ったのが、第二次日焼けブームと呼ばれる……肌をこんがり小麦色に焼いた健康的なスタイルである。

 

 とはいえ、それはいきなり流行ったわけではない。

 

 第二次ということは、第一次があったわけだが、それは第二次より10年以上前となる、1960年代後半になってからのこと。

 

 その前はどうだったかって、ぶっちゃけると、美白である。

 

 戦後の混乱より立ち直り始めていた1950年代頃にはもう、様々な化粧品が出始めるわけで、この頃はクリームや白粉による薄化粧が基本であった。

 

 そして、時は流れて1960年代半ば(つまり、第一次日焼けブーム時)になると、アメリカから日焼けに対する考え方、並びに、欧米流のメイク法が入ってくる。

 

 この、『日焼けに対する考え方』というのを語り出すと長いし話が逸れるので省略するが、とにかく、当時は強さと豊かさのアメリカンスタイルといった感じの認識だったらしい。

 

 もちろん、全ての女性が小麦肌を求めたわけではない。

 

 ただ、白い肌を保ちつつも……という、それまでとは違う、人とは違う、そんなメイクを求める女性はけして少なくなく、この日焼けブームは第一次も合わせると、けっこう長く続いた。

 

 ちなみに、あくまでも千賀子の前世の話だが、日本初の日焼けサロンが誕生するのは1981年の原宿だったりするのだが……で、だ。

 

 

「とりあえず、服装からと思ったのだけど、どう?」

「う~ん、えっちにも程があるなあ……って」

「そんなに!? 買って来たの、分身たちだよね!?」

「とりあえず、パパッと買ってきただけだから試着してないんだよね……とにかく鏡見てみなよ、本体の私」

 

 

 そんな流行にのっとり、まずは形からと分身たちに頼んで衣服を適当に見繕ってもらったわけだが……残念ながら、初手からして前途多難な気配がビンビンであった。

 

 と、いうのも、だ。

 

 先述したとおり、1978年頃の流行はサーフ系ファッションだが、実は夏場に限って流行しているファッションがあった。

 

 それは、タンクトップである。

 

 要因としては様々で、1978年の夏が猛暑だったからとか、第二次日焼けブームの最中だとか、旅行が盛んだったとか、当時のアイドル『ピンク・レディー』の衣装を真似たとか。

 

 とにかく、色々な要因が重なった結果、それまでに比べて露出系の服が大々的に受け入れられ、若い人だけでなく、子供や中年女性にも広がる結果となった。

 

 ちなみに、『タンクトップ』という言葉が一般化したのも、このブームがキッカケだとか……そのブームは千賀子が生きるこの世界でも同様であり、千賀子も流行に倣ってタンクトップを着た……わけなのだが。

 

 

「いや、でも、別に肌とかそんな露出はしてなくない? 肩周りは、そりゃあタンクトップだから仕方ないにしてもさ」

 

 

 姿見(つまり、鏡である)の前に立ち、くるりと一回転した千賀子は、首を傾げる。

 

 肩紐の部分は細めで、背中は……まあ、肩甲骨が隠れているぐらいだし、むしろ、背中を見せているタイプに比べたら、だいぶおとなしい感じだろうと千賀子は思った。

 

 

「そうね、パッと見た限りでは、寸胴体形にも見えるでしょうね。でもね、それは表面的な話なわけよ」

 

 

 しかし、それは千賀子の考えが甘かった。

 

 

「そこのベルトで、軽くみぞおちあたりを締めてみなさいな」

「みぞおちを? えっと、こんな感じ?」

 

 

 言われるがまま、苦しくない程度に軽く閉め……ようとして、千賀子は目を瞬かせた。

 

 

「2号、ベルトが長過ぎて穴に合わない……」

「穴に入れなくていいから、とにかくキュッと締めなさい。そう、袋の口を締めるように」

「……こう?」

 

 

 促されるがまま、キュッと締める。それから、横を向いた状態で鏡を見ろと言われたので、指示に従い……ようやく、千賀子は2号の言わんとしていることを察した。

 

 見たままを語るなら、騙し絵レベルの体形詐欺である。

 

 何もしていない時の千賀子の姿は、2号の言う通り寸胴体形であった……というか、寸胴体形に見えていた。

 

 いちおう補足しておくが、ソレは千賀子が太っているからではない。単純に、千賀子の体形が常人離れしているからだ。

 

 というのも、実は1970年代のアパレル産業、売上そのものはぐぐぐ~~~んと右肩上がりな状況が続いていたが、まだまだ発展途上も良いところ。

 

 なにせ、1970年になって、ようやく衣料品のサイズ(JIS規格)の基準が制定されたぐらいで。

 

 その頃の衣服はSS・S・M・L・LLの5段階のサイズがあったが、各社ごとに違いが生じていて、現代よりもはるかにサイズのズレが大きかった。

 

 また、この頃は売れ残りを防ぐために、そこまで細やかなサイズが作られることはなく、いわゆるフリーサイズに近い物が多かった。

 

 そう、実際、制定されはしたものの使われていなかったり、対象となる衣料が少なかったり、近年の国民の体形の変化を反映していなかったり、出来上がりの寸法がメーカーによって大差があった……など、いくつかの問題が解決出来ないままだった。

 

 この問題は、1978年の時点ではまだまだ解決には至っておらず。

 

 実際、この頃の服(ズボンも含め)は、表記を見て購入したは良いが、『本当にこの表記で(大き過ぎor小さ過ぎor長過ぎ短すぎ)合っているのか?』みたいな悲しい話はけっこうあった。

 

 分身たちが店をハシゴして買ってきた衣服(いちおう、同じサイズ表記)のうち、6割は腕をなんとか通すのが精いっぱいで、胸より裾を下ろすことができなかったと言えば、いくらか想像……ん? 

 

 

 ──そう、お察しのとおりで……話を戻そう。

 

 

 千賀子が寸胴体形に見えたのは、胸を通せるようそこでサイズを合わせたから。

 

 つまり、一番出ているところを通すと、そこから下は……ナイアガラの滝がごとく、ストーンと垂れ下がってしまうのだ。

 

 もちろん、ある程度の伸縮性があるタンクトップもあったが、しょせんは焼け石に水。というか、一般的な日本人女性に合わせて作られているせいか、息苦しさすら感じられた。

 

 ならばと、3号が持って来てくれたアメリカ製のタンクトップを試しに着た……のだけれども。

 

 

「……肩からずり下がるのだけど」

 

 

 胸まわりのサイズはOKなのだが、その分だけ全体的にサイズが大きいようで、肩ひもの長さにだいぶ余裕が生まれてしまっていた。

 

 ただ、突っ立っているだけならば問題はないのだが……感覚的に、分かってしまう。

 

 これで出歩いたら、歩いた振動で肩ひもがズレて落ちる、と。下手したら、そのまま胸がぺろんと丸出しである。

 

 

「あくまでも、アメリカ人女性の体格に合わせているから……肩幅とか、どうしても日本人ってなで肩の傾向にあるらしいし」

「そうなのか……」

「あと、生来の巨乳は乳房を支えるために、肩幅が広くなる傾向にあるらしいけど……本体の私の場合、『ガチャ』の産物だからなのかもしれないけど……言うほど肩幅広くないのよね」

「そうなの? いや、さすがに肩幅なんて他人と比べたことないから分からないけど……ロボ子、実際のところ、どう?」

 

 

 尋ねられたロボ子は、「そうですね……」少しばかり沈黙してから答えた。

 

 

「現時点で、肩幅とバストに比例関係はありません。ただ、乳房が大きい女性は、その負担を和らげるために肩甲骨が広がる傾向にあって、その結果肩幅などが大きく見える……という場合があります」

「へえ、そうなんだ」

「いちおう、私が調べた範囲ではありますが、Gカップでも片方だけで約2kgになるらしいので、起きている間は常にその負荷が掛かります……まあ、人によってはそうなってもおかしくはない、かと」

「ふ~ん……ん? ちなみに、私の場合はどれぐらいになるの?」

「片方で、約4kgですね。切り離されていないので正確な数値は出せませんが、二つ合わせて8kgを常に支えていると思ってよいかと」

「えっ、8kg? そんなにあるの……?」

 

 

 何気なく聞いてみたら、とんでもない数字になった。

 

 我が事ながら、これが両方で8kgか……と呟きながら、ぽよぽよと両手で重さと存在感を改めて確認しつつ……はて、と首を傾げた。

 

 理由は、そんなに重い物を肩から下げている割には、肩こりを実感した事がほとんど無いなあ……というもの。

 

 だからなんだと問われたらそれまでだが、ちょっと気になる。

 

 毎日欠かさずストレッチ等を行っているとはいえ、その程度でどうにかなる問題なのだろうか……そんな思いで、何気なく分身たちに聞いてみると。

 

 

「そんなの、『ガチャ』のおかげに決まっているじゃないの」

 

 

 なんとも、身も蓋も無い答えであった。

 

 まあ、考えてみれば当たり前だ。千賀子の身体は、見た目はそう見えなくとも、その中身は、医学関係者などが見たら目を剥くようなデタラメっぷりである。

 

 なにせ、神通力を使わなくとも、その気になれば世界記録を楽に出せる肉体である。

 

 あまり自覚をしていないが、実はフィジカルだけで150km越えの剛速球を投げられる身体(しかも、負傷せず)と言えば、いかに馬鹿げている肉体なのかが想像でき……さすがに話が逸れてきているので、戻そう。

 

 

「まあ、私の身体の事は置いといて……とりあえず、肩ひものとこは少し切って合わせよう。ロボ子、おねがい」

「かしこまりました」

 

 

 まず、着られそうなやつは、全部ロボ子に調整してもらうとして……問題なのは、小手先の調整でどうにもならない、着られなかった方の服だ。

 

 

「調整できない服は……どうしよう、道子ぐらいじゃないと、隙間からブラが丸見えだよ、これ……」

 

 

 肩ひもの部分ぐらいならともかく、サイズそのものを小さくするとなると……かといって、雑巾の類にするのはもったいない。

 

 

「中年太りしたオバサンとかにはちょうど良いんじゃないの?」

 

 

 なんとも、色々な意味で敵を作るであろう発言……いや、まあ、実際問題、それぐらいにしか譲渡先が無いのだけど。

 

 

「母さんに持って行こうかな?」

「本体の私、私の持っている情報が確かなら、そういう肌が見える恰好はあまり好みではなかったと思うけど?」

「うん、自分でも、ないなあ~って思った……エマに着せるには……手直しして、スカートにする?」

「軽く見積もっても20着以上のタンクトップを? あんまり奇抜なやつにすると、どこでどんな妬みを買うか分からないから、止めた方が良いと思うわよ、本体の私」

「むむむ……確かに、嫉妬の華は何処にでも咲くものね」

「だから、いっそのこと春木競馬場で古着として売り出したら? サイズが合わなかったし周りに着られる人が居なかったので、欲しい人は1着500円です……とか、そんな具合で」

「……なるほど、それがまあ無難か」

 

 

 一つ、溜め息を零して結論を出した千賀子。

 

 そんな千賀子に、分身たちは互いに顔を見合わせ……今更ながらの質問をぶつけた。

 

 

「ところで、本体の私」

「ん?」

「流行の恰好をするのは良いのだけど、回りくどくない?」

 

 

 分身のその疑問は、もっともである。

 

 今まで外行きの時は同じ格好ばかりだった千賀子が、どうして今になって流行の恰好をしようとしているのか……それはひとえに、少しでも多くの人に自身を見てもらうためである。

 

 人々の心の奥底にある(かもしれない)回線……そこを見付けるためには、とにかく大勢の人の心に己の姿を記憶してもらう必要がある。

 

 さすがの千賀子とて、取っ掛かり無しでは不可能。

 

 そう、たとえ、『SSR:天使の残り香』があっても、まずは己を認識してもらい、より深く『秋山千賀子』という存在を認識してもらわなければならない。

 

 ただ、これは単純に知ってもらうだけでは取っ掛かりが弱い。

 

 テレビ越し、写真越しでは、弱い。やはり、ある程度は近く、せめて直接互いの姿を見られるような距離でなければ、取っ掛かりにはならない。

 

 そう、単純にやれるなら、誰も苦労はしない。

 

 何も考えずに『魅力』の抑えを緩めて……なんて事をしたら、取っ掛かり以前の話である。だから、回りくどくなるのだ。

 

 

「……仕方ないじゃん。さすがに、ありのままを出すわけにはいかないし……ちょっとずつ、様子見しながら出さないと……」

「だから、タンクトップを着てちょっと肌を出すの?」

「いやいや、そうは言うがね、2号くん。この私が、タンクトップとはいえ肌を晒す範囲を増やすって、よっぽどなんだよ?」

「いや、だって──」

 

 

 千賀子のその言葉に、2号は……一瞬ばかり白けた眼差しを向けたが……すぐに、小さくため息を吐いて首を横に振った。

 

 

「……本体の私? あなた、もう27歳だってのを忘れてない?」

「うっ!?」

 

 

 堪らず、千賀子は胸を押さえた。

 

 むにょん、と薄い生地であるタンクトップが手の動きに合わせて……話を逸らすのは止めよう。

 

 そう、見た目(肌年齢とか)は十代前半のみずみずしさを維持したままだが、千賀子はもう27歳。

 

 この頃の世間的な常識では、お姉さんではなく、お母さんと呼ばれるのが当たり前の年齢であるのだ。

 

 実際、この頃の女性の平均結婚年齢はおおよそ25歳ぐらい。

 

 25歳を過ぎて結婚していない女性は行き遅れなんて揶揄され、子供がいるのにまだそんな恰好を……なんてのが、極々当たり前に言われていた頃でもある。

 

 別に、タンクトップが駄目なのではない。

 

 ただ、この頃の考え方としては、子供がいるのにまだ若者のつもりなの、お母さんでしょ……と言った感じで見られ、流行のファッションなんてしていたら……であるわけで。

 

 もちろん、全員が全員、そんな事を言ってくるわけではないし、27歳だろうと30歳だろうと、そういうファッションをしていた女性も居たわけ……なんだけど。

 

 

『 うわ キツ so good うわキツ 』

 

『 ここに うわキツ あった 』

 

 

 とりあえず、いや、おそらくは隠れて覗いていたのか、壁の向こうより囁くように聞こえてくる、異次元の者たちが蒸発してゆくのを感じ取るのは、中々に腹立たしく。

 

 

(……そうだよな、さすがに27歳にもなって、肌を晒すとかどうとか……自意識過剰みたいで、うわぁ、なんか違う意味で恥ずかしくなってきた……)

 

 

 と、同時に、客観的に見て、27歳にもなってなにを私は……と、ちょっと千賀子が自己嫌悪に陥るのもまあ、仕方がないことであった。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………ちなみに、だ。

 

 わざわざタンクトップに着替えて、何処へ行くのかというと、春木競馬場である。

 

 主催者として……いやいや、違う。

 

 先述したとおり、今年の夏は猛暑なので、馬の負担が大き過ぎるということで既に対応している。

 

 では、何をしに向かうというのか。

 

 答えは……『春木競馬場に併設されているプール』に行く、である。

 

 まあ、これも広義のうえでは主催者なのだろうが……まあ、それはいい。おまえまたプール行くんかとか思う人もいるかもしれないが、別に1人で行くわけではない。

 

 エマが目が覚めたら、行くだけである。というか、1人で行ったら、間違いなくエマが拗ねるし。

 

 猛暑ではあるが、そのプール周辺は不思議な材質で作られているので火傷などの心配もなく、人数制限を掛けているので、他の施設に比べて非常に快適な空間に……ん? 

 

 

 ──Q.プールなんて、何時の間に新設したの? 

 ──A.昨日の夜中、ニョキニョキ生えてきたよ

 

 ──Q.えぇ……(ドン引き)

 ──A.ドン引くよね……(ドン引き)

 

 

 とまあ、そんな感じのプールだし……千賀子としても、今回の件に関係なく、速やかに様子を見に行くつもりではあったので。

 

 ある意味では、一石二鳥なのかもしれない。

 

 

 

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