ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話   作:葛城

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第21話: いくら子供とて、限度はある

 

 

 ──意図せぬ事だったとしても、家族に多大な心配を掛けたのは事実である。

 

 

 なので、騒動があった翌日から、前以上に外出の制限が課せられたことにも……千賀子は反対しなかった。

 

 いや、まあ、うん。

 

 千賀子が反対しないのも……まあ、前世の記憶があるからこそ、両親の気持ちが察せられてしまうせいであった。

 

 

 一般的に……と言って良いのかは不明だが。

 

 

 自分の娘が突然姿を消して、それから夕方ぐらいまで見つからないまま音信不通とか、不安で堪らなかっただろう。

 

 少なくとも、千賀子が親の立場で、血を分けた子供がそうなったら、それはもう生きた心地がしなかっただろうと千賀子は思った。

 

 

 だって、今は昭和だ。

 

 

 現代とは違って監視カメラなんてものはないから、誘拐されたら見つかることなんてほぼほぼ無い。

 

 だからこそ、最悪の結果を想像する。

 

 ましてや、千賀子は近隣にもその名が知れ渡っている美少女である。嫌な予感を思い浮かべてしまうのは、当然のことだろう。

 

 ……その美貌のおかげで、普段はなにかと動いてくれない警察も、すぐに対応してくれたのは……もはや、皮肉を通り越して真顔になるレベルで……ん? 

 

 

 

 ──普段と違って、そんなに今回は早かったのかって? 

 

 

 

 千賀子は呼んだ経験が無いので知らないが、家族曰く『滅茶苦茶早かった、これだけ早く動いてくれるとは思わなかった』、らしい。

 

 実際、家族の反応は間違っていない。

 

 これに関しては、住んでいる場所によって状況が異なるだろうが、総じて現代より駆け付けるのが遅かったからだ。

 

 

 まあ、それも仕方がないことだ。

 

 

 現代のようにネットワークが張り巡らされているわけではないので、通報したところで、すぐに警察が駆けつけるというのはけっこう稀だ。

 

 なにせ、この頃は携帯電話なんてモノがない。当然、スマホなんてモノもない。

 

 

 あるのは公衆電話と、一部の家庭電話ぐらい。

 

 

 その二つも、全盛期に比べたら台数が少なかったこともあって、警察への連絡が遅れるのもしばしば起こっていた。

 

 加えて、悪戯による電話がそれなりに起こっていたこともあって、本当に事件が起こっているのに、通報の仕方によっては『悪戯』と判断されて、逆に叱責されることも珍しくはなく。

 

 その余波で、子供が居なくなって数時間程度ならば、『子供の家出』や『心配し過ぎ』という扱いをされて、後回しにされることだって珍しくはなかった。

 

 なにせ、この頃は青少年の非行が甚《はなは》だしく、殺人や傷害などの人命や人権を軽視した悪質な事件が多発していた。

 

 それがどれぐらいって、この頃に検挙された少年少女が1年間で100万人を越えていたというのだから、如何に物騒だったかが窺い知れるだろう。

 

 加えて、年々内容が凶悪化するだけでなく、集団化の傾向がみられていたこともあって、『たかが数時間、姿を見なくなった程度で……』と思われても致し方ない状況になっていた。

 

 実際、この頃はちょっとぐらい殴り合いの喧嘩が起こっても、『喧嘩両成敗』でなあなあで済まされる(さすがに、刃物などを持ち出したら別)のが当たり前だったらしいが……閑話休題。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………とにかく。

 

 だからこそ、千賀子は……非常に窮屈で退屈だとは分かっていても、家族からの監視を甘んじて受け入れたのであった。

 

 

 とはいえ、だ。

 

 

 外出に関して前以上に厳しくなったのは受け入れるが、日常生活の細々としたものまでは制限を受ける気はサラサラなかった。

 

 

 なんでかって、『遊びに行こう』の練習をしなければならないからだ。

 

 

 これは怒られた後に考えたことなのだが、『遊びに行こう』が暴走してしまったのは、ひとえに使い慣れていないから……というのが、千賀子が出した結論である。

 

 なんというか、頭では分かっているけど、身体に馴染んでいない……というやつだ。

 

 例えるなら、自転車に乗れるようにはなったが、走り出しがフラフラしたり、集中しているから周りが見えていなかったり、止まるタイミングが掴めなかったり、そんな感じだ。

 

 それを解決しようと思うなら、兎にも角にも『遊びに行こう』を使いまくって、身体に感覚を馴染ませるしかない。

 

 

 では、何処で使えば良いのか……結論は、すぐに出た。

 

 

 『学校→自宅、自宅→学校』というワープ。トイレに行ったフリをしつつ、自宅と学校を行き来する……コレである。

 

 もちろん、理由はある。

 

 『精神力』の消耗は、底を尽くか、その寸前まで行かないと実感出来ない類。加えて、デメリットが分かり難いというか、千賀子自身、まだ断言出来ていない段階。

 

 ならば、下手に遠い場所への移動はリスクが高いだけであり……必然的に、ワープ先で底を尽いても安全性が確保されている場所といえば、自宅か学校かの二択しかなかった。

 

 もちろん、移動先に誰かが居れば、それはそれで大騒動になるわけだが……それを解決する方法を、既に千賀子は手に入れていた。

 

 それが何かって、具体的には『ワープ先の事前確認機能』、というやつである。

 

 これは以前、東京へワープする際に限界まで『精神力』を消耗したおかげで、ある種のレベルアップ的な感じで芽生えた『遊びに行こう』の能力の一つである。

 

 その内容はそのモノずばり、『ワープ先の状況などを、ワープを実際に行う前に確認出来る』というモノ。

 

 これのおかげで、無機物などに融合や上空への誤ワープ(つまり、ワープ事故)の心配が無くなったのは、非常に有難いことであった。

 

 ……言い換えれば、東京へのワープの際、下手したら即死していた可能性があったわけだが……まあいい。

 

 とにかく、事故が無くなるのは非常に有難かった。

 

 あとは、『巫女』のジョブと同じく、ひたすら使い続ければ、感覚的に慣れも生まれるだろう……そう判断した千賀子は、それから隙を見付ける度に自宅と学校を往復ワープを繰り返していた。

 

 

(……ヨシ! 今なら誰も居ない、行くぞ!)

 

 

 そして今日も、休み時間となったので明美と一緒にトイレへ向かい、ワープを行って自室(祖父母の部屋)へ……な、わけだが。

 

 

(──急げ急げ! 長くても1分少々! それ以上は不審な目で見られかねないからな!)

 

 

 その際、千賀子は……出来うる限り、濡れたタオルで身体の汗を拭く……場合によっては下着を着替えることを心がけるようにした。

 

 時間を無駄に出来ないので、朝にバケツに水とタオルを入れてセット。ワープで戻った時に、すぐに汗を拭けるようにするためだ。

 

 千賀子も年頃、男だった前世と同じく、己の身体が汗臭いのを嫌がったのか……いやいや、そういうわけではない。

 

 

 千賀子が危惧したのは、周り(特に、男子)の事だ。

 

 

 というのも、千賀子は『ガチャ』の影響から、体臭が他人とは違う。

 

 自分の臭いゆえに自覚する機会が少ないが、それでも、己の体臭が他とは違うというのは分かっていた。

 

 実際、学校などで男子とすれ違うとき、フガフガと鼻息が乱れて挙動がおかしくなる男子を何度も目撃したし、ねえ。

 

 あと、苦渋に満ちた顔の教頭先生から。

 

 

『……秋山くん、学校に居る間はずっとほっかむりとか……お父さんやお爺ちゃんのシャツを頭から被って来るとか……出来ないかな?』

 

 

 と、言われたあたり、嫌でも千賀子は察するしかなかった。

 

 もちろん、『さすがに、それは……』と、千賀子は拒否した。いくらなんでも、そんなの被って来るのは嫌過ぎる話である。

 

 

『やっぱり、夏の内は暑いから嫌かな?』

『暑いとか、そういう問題じゃないですからね?』

『秋山くんなら……ほっかむり、似合うと思うよ』

『先生? そういう問題ではなくて……』

『花柄のなら、お譲り致しますから……どうですか?』

『柄の問題でもありませんからね?』

 

 

 ちなみに、その後に続いた言葉がソレである。

 

 周りからすれば仕方がないことかもしれないが、千賀子からすれば理不尽以外の何物でもない。

 

 

 ……もう一度言っておくが、夏だから嫌なのではないので、勘違いしてはいけない。

 

 

 とはいえ、思春期の男子に対しては特に毒なのを否定出来ないので、千賀子なりに対策を考え……その結果が、コレであった。

 

 おかげで、一日に2,3回は強制的に慌ただしい時間を余儀なくされることになったが……まあ、仕方がない。

 

 男だった記憶があるからこそ分かることだが、もはや生理現象のレベルだ。意志一つでどうこうなる話じゃない。

 

 いくらなんでも男子たちが可哀想だと思った千賀子は、これも恩恵の代償かと受け入れているのであった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………ところで、だ。

 

 

 そんな話を聞いた第三者は、この時、とある疑問を思い浮かべるだろう。

 

 

 それは、『そんなに身体を拭いたら、必要な分の皮脂まで抜け過ぎて肌がボロボロになるのでは?』という疑問である。

 

 と、いうのも。

 

 人の肌というのは、そこまで強くはない。

 

 入浴などで毛穴を開いて余分な皮脂を洗い流すのは重要なのだが、タオルなどで擦って洗うやり方は、あまり肌にはよろしくない。

 

 もちろん、入浴の頻度が少ない場合は別だが、それでも、汗や脂があまり出ない場所を擦るのはよろしくない。

 

 若いうちは回復力が高いし新陳代謝も活発なので、そこまで悪化する事はないが、それでも、一日に1回を限度にした方が良い。

 

 それは、昭和の人間だろうと現代の人間だろうと、世界が異なろうと人間である以上は同じであった。

 

 

 ──だが、しかし……千賀子の場合は、そうではない。

 

 

 他者とは違い、千賀子は一日に何度風呂に入ろうとも肌が乾燥することはなく、一定以上の汚れが身体に溜まることもない。

 

 また、違うのはそこだけではない。

 

 紫外線をいくら浴びてもシミが出来るようなことはなく、日焼けも起きないし、肌の色だってほとんど黒くならない。

 

 当然、肌荒れだって起きないし、吹き出物を始めとした皮膚のトラブルも起きない。

 

 それは……千賀子が若くて回復力が早いから……いや、違う。

 

 千賀子はある日を境に、古来より続いている女の悩みとは無縁となり、年頃ともなればアレやソレやと気にし始める様々な悩みとも無縁となった。

 

 そう、千賀子は手に入れていたのだ。

 

 それ、すなわち、千賀子が最初に手に入れた『SSR』。

 

 

 ──その名を、『柔肌乙女《プリティ・スキン》』

 

 

 この能力というか、常時発動型の恩恵によって、千賀子は常人なら肌がボロボロになるようなことを行っても平気になっているのだ。

 

 

 ……どんな能力なのかって? 

 

 

 簡単に言えば、『身体のコンディションを出来うる限り最適の状態に整える(主に、美容系)』というもので……その効果は多岐に渡る。

 

 たとえば、寝不足になっても目の下にクマが出来ないというのもある。

 

 高カロリーや高脂質の食事を取っても、太らない。反対に、痩せ細っても栄養を取れば、特定の部位へと優先的に回る。

 

 怪我を負っても、傷痕が残らない。火傷などの痕にも有効で、肌の色がそこだけ違うといったことも起こらない。

 

 姿勢などの影響による骨の変形、筋肉の付き方にも補正が掛かり、千賀子の身体に合わせて最適な状態を出来うる限り保ち続ける。

 

 以前、伊勢湾台風が襲来した時にガラスで肌を切ったが、痕一つ残らず綺麗に治ったのは、この恩恵のおかげでもあった。

 

 ……見方を変えれば、あくまでも美容面での恩恵であり、骨折が一日二日で治るといった、そういう類の恩恵ではない。

 

 

 しかし、そんなことは欠点にはならない。

 

 

 一つ一つは地味で分かり難いモノも多いが、言い換えれば、『柔肌乙女』の影響は千賀子自身にも分かっていないぐらいに、広範囲に影響が及んでいる。

 

 分かり難くとも、『SSR』である。

 

 女からすれば、払えるならそれこそ札束を何百個積み重ねても手に入れたい……そんな恩恵なのであった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………で、だ。

 

 

 そんな恩恵によって、どんな時でも『うわっ、この子何時見ても美人……』という評価を得るしかなくなっている千賀子だが。

 

 1963年の夏、秋、冬と時が流れていく中で。

 

 その生活は、その美しさに反比例するかのように、平穏とは言い難いものであった。

 

 

 いったい何が? 

 

 

 色々と細々とした理由はあるが、その中でも一番大きかったのは、兄の和広の素行が以前よりも目に見えて悪くなったことだろう。

 

 

 ……かねてより、和広の素行の悪さは秋山家の頭痛の種になっていた。

 

 

 最悪の一線こそ越えてはいないが、学校はサボるしカツアゲ(現代で言う、恐喝)はするし、素行のよろしくない者たちと行動を共にする頻度が明らかに増えていた。

 

 家の中では比較的おとなしくしているが、ひとたび外に出れば、それはもう悪ガキを通り越した悪童で。

 

 

『あんたんとこの息子が、うちの店の商品を盗んで行ったぞ!』

 

 

 そう、怒鳴り込みに来る人が1人や2人ではなかった。

 

 ……当然ながら、初めてソレが発覚した時、両親は激怒したし、祖父母も激怒した。

 

 普段は『和広も、難しい年頃だから……』と、どこか申し訳なさそうにしていた両親だが、この時ばかりは家が震えんばかりの怒声を叩きつけたのであった。

 

 

 そりゃあ、そうだろう。

 

 

 秋山家は、商店を経営している。

 

 物を売って生活している家の者が、他所の店の物を盗んでいるとか、現代でなくとも一発で廃業に陥るような不祥事である。

 

 

 というか、普通は廃業である。

 

 

 リスクはあるが、様々な手段が取れる現代とは違い、昭和のこの頃は地域のネットワークが全てで、購買範囲は相応に狭い。

 

 なので、周囲から白い眼で見られるような事を仕出かせば、一発で村八分……とまでは行かなくとも、経営が一気に傾くぐらいには重大な事で。

 

 それを知っているからこそ、秋山家の……千賀子を除いた誰もが、それはもう和広を罵ったのであった。

 

 特に怒りを露わにしたのが母で、『他人様の物を盗むような生活を私がさせましたか!?』と涙ながらに怒ったぐらいなのだから、如何にその怒りが深かったかが伺えるだろう。

 

 さすがに、和広も思うところはあったのか、この時ばかりは普段の人を小馬鹿にしたような態度は見せずに俯いていた。

 

 ……その際、千賀子はどうしていたかというと。

 

 

(……最悪ではない。でも、さすがに限度を超えてしまったか)

 

 

 あえて口出しはせず、沈黙を保ったままでいた。

 

 どうしてかって、それはひとえに……己が以前よりずっと家にいる時間が増えたからだということに、千賀子は気付いていたからだ。

 

 

 ──はっきり言おう。和広と千賀子は仲が悪い。

 

 

 けれども、これまでは互いがある程度察して、互いが接触しない(さすがに、夜とかは我慢している)ように動いていたが……千賀子が外出制限が課せられたことで、状況が一変した。

 

 具体的には……それまでよりも、家族から和広へと向けられる視線がさらに厳しくなったのだ。

 

 

 どうしてかって、それは千賀子の日頃の行いだ。

 

 

 千賀子は暗黙の外出制限が課せられてから、それはそれは真面目に家の手伝いをしたり、勉強を頑張ったり、前以上に学校にて集中したり……とにかく、常識的に考えたら、評価が上がる様なことばかりしていた。

 

 それは何も、下心があってやったわけではない。単純に、千賀子の身の回りには暇を潰す道具が何もなかったせいだ。

 

 1人で笛をぷ~ぷ~吹いても、つまらない。外出制限もあるし、明美の所へ行くのも気が引ける。

 

『巫女』の鍛錬をするにしても、人の目を気にしながら行う必要があるので、必然的に訓練する時間は少なくなる。

 

 

 ……では、代わりに何をするかと言えば……それはまあ、勉強である。

 

 

 別に勉強が楽しいわけではない。むしろ、嫌いな方だ。

 

 ただ、することもなくボーっとしているだけでいるのが苦痛だったので、とにかく、暇を潰せるのであればなんでも良かった。

 

 家族も、『図鑑なんかを眺めるのが好き』という感じで勉強を前面に押し出せば、『それなら、仕方がないな』と、同行は前提だが図書館などへの外出を許してくれた。

 

 

 おかげで、千賀子の学校の成績が伸びた。

 

 

 まあ、毎日勉強し続けていたら、よほどな理由がない限りは上がるのが必然である。

 

 対して……それに反比例する形で下がったのが、和広の成績である。

 

 暇潰しとして日常的に勉強を続ける千賀子とは違い、和広にはもう『サボり癖』が付いてしまっている。

 

 加えて、和広は家業すらもサボる。

 

 サボるのが常態化してしまっているから、既に和広の手伝いが無い前提で家族の誰もが動いている。

 

 つまり、和広だけ、この家での役割が無いのだ。

 

 そして、千賀子が家に居るということは、その時間……ただでさえ肩身が狭くなりつつある和広の居場所が、減るということ。

 

 役割を得ようと思うなら頭を下げてやらせてもらうしかないが、そこでサボり癖が出てしまえば……それこそ、命取りである。

 

 もちろん、責任は和広にある。

 

 散々チャンスを与えられ続け、そのことごとくを振り払ったのは和広だ。

 

 そこに来て、窃盗騒動まで起こしたとなれば……いくら我が子とはいえ、愛想も尽きるというものだろう

 

 

 ……そう、いくら精神年齢的には千賀子の方がはるかに年上だとしても、だ。

 

 

 今の千賀子にとって、兄の和広は……正直、嫌いな人間にカテゴリーされている存在であった。

 

 

 

 ……思い返せば、だ。

 

 

 

 幼少期から邪険に扱われる事が多かっただけでなく、一方的な物言いをつけられる事も多く……なんだコイツ、と思い始めるのを千賀子は抑えられなかった。

 

 けれども、それでも、最初のうちは千賀子も長い目で見ていた。

 

 親を取られた子供特有の癇癪だろうと思って放置していたし、そのうち心が成長して改めるだろうと軽く考えていた。

 

 だが、和広が小学校高学年になろうとしていてもまだ態度が変わらないあたりで……さすがに、千賀子も『いい加減にしろよ、このクソガキ!』と思うようになった。

 

 

 特に千賀子が和広の評価を下げたのは、家業の手伝いを蔑《ないがし》ろにし始めた事から。

 

 

 別に、サボるのは良い──いや、良くはないが、個人的には仕方がないと思っている。

 

 その頃の和広はまだ子供で小学生だし、不満はあっても、欲望を優先させてしまうのは致し方ないと思っていた。

 

 しかし、中学生になっても変わるどころか、更に悪化させたとなれば、千賀子からの印象が変わるのも当然である。

 

 せめて、なにかしらに心血を注ぐぐらい熱中していたのであれば、千賀子もそこまで悪くは思わなかった。

 

 

 でも、そうではない。

 

 

 千賀子から見て……『ガチャ』という、恵まれた特別を得ている千賀子が言えた義理ではないが、それでも、だ。

 

 兄の和広は、とにかく諦めが早いというか、壁にぶつかるとすぐに投げ出してしまう悪癖があるように……そう思えてならなかった。

 

 小学生の時は野球を頑張っていたようだが、中学に入ってからは『才能』というものに打ちのめされたのか、目に見えてやる気を失っていた。

 

 

 言っておくが、下手ではない。むしろ、上手だ。

 

 

 しかし、上を目指すに足る才覚が無かったようで、中学1年の半ばまでは頑張っていたようだが……2年生になる頃には、早朝にバットを振る姿を一切見なくなった。

 

 かといって、勉強に精を出すかといえば……そうでもない。

 

 

 言っておくが、馬鹿ではない。むしろ、成績は良い方だったのだ。

 

 

 しかし、それも小学生の時までで……こちらは野球よりは頑張りが続いたようだが、それも、中学3年に上がる頃には、傍目にも分かるぐらいにやる気を失っていた。

 

 そんな姿を何度か見ているからこそ、千賀子は思わずにはいられなかった。

 

 

 どうして──そこで止めてしまうのか、と。

 

 

 自分より強い相手、凄い相手、そんなのはどの世界にも居て当たり前なのだ。

 

 飛び抜けた才能はないが、そつなくこなせる能力を持っているというのは、それだけでも非常に恵まれた才能なのだ。

 

 

(本当に、私が言えた義理じゃないけど……)

 

 

 それなのに……嫌いではあるが、同時に、やるせなさを覚えた千賀子は……和広に対して、いや、和広にだけは、何も言えなかったのであった。

 

 

 

 

 

 ──そうして、ギクシャクした空気のまま年が明けて、1964年。

 

 勘当とまではいかなかったが、次に何か問題を起こしたら勘当するという最後の通告が成されてから……気付けば、4月の春。

 

 千賀子は、中学三年生になっていた。

 

 

「……あれ、力道三、入院していたの?」

 

 

 その日の夕方、学校から帰った後。

 

 自室へと戻る途中、新聞を呼んでいる祖父の後ろを通った際、たまたま目に入ったその文字に思わず千賀子は足を止めた。

 

 

「ん? なんだ、千賀子はプロレスが好きなのか?」

「え? いや、別に、知っている名前だったから……この人、ヤクザに刺されたって前にテレビとか新聞で話題になっていなかった?」

「そうだな、なっていたぞ」

「その後、続報がなかったから、てっきりそのまま死んだのかと思っていたんだけど……」

 

 

 思っていることをそのまま伝えたら、「まあ、興味が無ければそんなものか……」祖父は苦笑した。

 

 

「ヤクザと喧嘩して刺されたらしいが、急所は外れていたから命に別状はなかったってよ」

「へえ、そうなんだ」

 

 ──この世界では、死ななかったのだろうか? 

 

 

 己の行いによるものか、あるいは、関係ないのか……千賀子には判断出来ないが、知っている人が死なないで済んだ事は、素直に良かったと思い……はて、と首を傾げた。

 

 

「じゃあ、なんでそんなに長く入院していたの? 確か、刺されたのって去年の12月じゃなかった?」

「一度退院したが、退院したその日の夜に居酒屋をハシゴ酒して、転んで怪我した場所をぶつけて傷口が開いたんだとよ」

「えぇ……(呆れ顔)」

「しかも、入院中に酒飲んでいたとかで、さすがに医者が怒ったらしくてな。あの力道三も、今回ばかりは反省するって先月の中頃にニュースで話してたぞ」

「えぇ……なにやっているの、あのオジサン……(ドン引き)」

 

 ……でも、あの人ならやりかねないかも。 

 

 

 納得したくはないけど、納得する要素ばかり思い浮かぶことに苦笑しつつ、千賀子は着替えようと踵をひるがえし──っと。

 

 

「そうだ、千賀子。おまえ、高校はどこへするか、もう決めているのか?」

「え、なに、いきなり?」

 

 

 唐突に掛けられたその質問に、千賀子は目を瞬かせて振り返った。

 

 

「実はな、前々から話が出ているんだよ。千賀子は女学校に進学させるべきじゃねえかってな」

「え?」

「まあ、やりたい事があるならそっちを目指せばいいけどよ。でも、そういう道もあるってことだけは、頭に入れておけよ」

「……うん、わかった。ありがとう」

 

 

 そう、なんとか答えた千賀子は──考えようとした、その時であった。

 

 

 

 ──ごめんください、○○警察署の者ですが。

 

 

 

 店の方より聞こえてくる、大きな声。その内容に、ギョッと目を見開く千賀子と祖父……それから、少しばかり沈黙が続いた後。

 

 

「──親父! すまないが、店番を頼めるか?」

 

 

 どす、どす、どす、と。

 

 それはもう鼻息荒く、足音も荒々しく、今にも爆発せんばかりに顔を紅潮させた父が、店の方からこちらへ急ぎ足でやってきた。

 

 

「かまわねえけど、何かあったのか?」

 

 

 そのまま、荒々しくガチャガチャと箪笥を開けて着替えを始める父に、祖父は首を傾げながら尋ねれば。

 

 

「……た」

「あ? なんだって?」

「……だから、和広の馬鹿が警察に捕まった!」

「は?」

 

 

 父は……それはもう、目の前に和広がいたら、顔の形が変わるまで殴りまくるのではと思ってしまうぐらいに怒りを露わにすると。

 

 

「乱闘騒ぎを起こして留置所だそうだ! 」

 

 

 がたん、と。

 

 その内心を表すかのように、力強く箪笥を閉めたのであった。

 

 

 

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