ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
何時の時代も夏休みは子供だけに許された特権的な部分があるけれども、大人にだけ許された夏の一時というものがある。
その一つが、酒である。
千賀子が子供の頃……具体的には、1960年代だろうか。
その頃の酒市場といえば、日本酒を始めとした清酒がシェアのほとんどを占めており、それ以外の酒は高級品、あるいはマイナー品扱いであった。
しかし、時は流れて20年。
1980年のこの頃にはもう、市場においてかなりの割合を占めるようになった麦酒(つまり、ビール類)の人気は相当なもので、割合としてはすでに清酒を圧倒的に上回っていたとか。
反対に、徐々に売り上げが低迷の兆しを見せ始めていたのが、ほかの酒……ウイスキー・ブランデー・清酒などであり、ワインは上がったり下がったりの横ばいだったのだとか。
で、なんでビールの売り上げが上がっていったのか……所説あるが、そのうちの二つを紹介しよう。
一つは、人々の意識の変化だ。
1960年代、人々にとって酒とは高級品であり、特に混ぜ物無しの日本酒ともなれば値が張り、人々は安上がりの混ぜ物有りな雑酒を飲んでいた。
当然ながら質が悪いので深酔い悪酔いする者が後を絶たなかったのだが、その頃はそれでも飲めるだけ上等な感じだったので、人々は酔い潰れるまで飲むというのが一般的であった。
しかし、高度経済成長期を経て、物が入ってきて買えるようになるにつれて、混ぜ物無しの日本酒ですらもハレの日にしか飲めないような高級品ではなくなっていった。
この過程で、酔い潰れるまで飲むという意識から、程々に飲んで楽しむという意識に切り替わり。
人々の意識が酒だけではなく、料理の方へと意識が向けられるようになり……結果、アルコール度数の低い酒が好まれるようになったのだとか。
そして、もう一つが1970年代にはもう全国的に普及していた冷蔵庫が関係しているといわれている。
と、いうのも、だ。
実は現代人が思い浮かべる日本酒と、1970年代の日本酒とでは、けっこう中身が違う。
現代のように冷やして飲むことを想定して作られていない(技術的な意味で)ので、基本的には常温で飲むモノ、あるいは冷暗所に置いて少し冷たい程度の状態が普通であった。
また、現代と当時とでは規定や制度が違っていたのも関係している。
当時、日本酒に混ぜ物をするのは合法であり、それが特有の後味を生み出してしまい、その結果、人々から日本酒離れを生み出す切っ掛けとなった。
また、当時の制度では日本酒は特級・1級、2級という形で分類され、それはあくまでも税金に関するモノであり、味の質とは関係なかったのも拍車を掛けたとされている。
つまり、現代のように大吟醸、純米大吟醸……といった細かい区分けは存在せず、実際に飲んでみないと分からない……というわけであった。
それに対して、ビール類は人々の好みの移り変わりに対して、みごとなまでに合致した酒であった。
加えて、冷蔵庫の普及によって、夏場などはキンキンに冷やして飲めるという真新しさだけではなく、日本酒に比べて低アルコールであり。
若い層にも酒=ビールという意識が根付いたこともあって、1980年に入った頃にはもう、ビールは市場の大部分を占めるぐらいにまで人気になっていた。
……。
……。
…………で、話を冒頭に戻すが、この頃の夏場において、大人たちの間で一つのブームが広がっていた。
それは、ビアガーデン、である。
現代でも夏場のビアガーデンは人気ではあるのだが、この頃は特に人気であった。
それまでのジャンジャン飲もうという意識から、ワイワイ楽しんで飲もうという意識に変わったのもあって、あっちこっちにビアガーデン(もどきも含めて)が作られていた。
また、この頃もそうだが、各会社は新ビールの開発に力を注いでいて、それは中身だけでなく、ビールを入れる容器に対しても独自性を出し始めていた。
たとえば、『いつでもどこでも飲める』というのをコンセプトにした、グラスを使わず飲める少量の小型瓶が販売されたり。
酒に弱い人や女性をターゲットにしたライトビールが販売されたり、従来の缶商品よりもさらに小型サイズなども販売され、人気に拍車を掛けたといわれている。
そう、けっこう以外かもしれないが、低アルコールのビールは1980年頃にはもう製造されていたりするのだ。
そして、この頃は現代とは違って『飲みニケーション』という考え方が一般的なのもあって、夏場のビアガーデンはどこも連日満員続きであり、予約無しではまず座れないぐらいの賑わいであった。
……さて、どうしてそんな話を始めたのかというと、だ。
時刻は19時を回ったあたり、場所は東京のビアガーデン。
なんでそんな時間に、そんな場所に居るのかと言うと……それは、ロボ子のお願いが原因である。
具体的には、『秋葉原の電気街まつりに行かせてほしい』というものだった。
なんじゃいそれはと思った千賀子が尋ねたら、詳細は、こうだ。
『秋葉原電気街まつり』とは、いわゆる秋葉原地区で電気製品の販売を業務とする企業が、街全体の活性化と、お客様のための環境作りを目的として創設された任意団体である。
創設されたのは去年(1979年)で、総額〇〇〇万円プレゼントといった感じの大キャンペーンをやっているらしい。
それで、どうしてロボ子がそこに行きたいのかと聞けば……どうやら、ようやくヨチヨチ歩きを始めた(ように思えるらしい)電気製品を直接見たいのだとか。
あと、めたくそにマウントを取りたいらしい。
電気製品にマウントって何だよって話だが、ロボ子にとっては『その程度のパワーで、私に張り合おうと? (ニチャア……)』みたいな感覚らしく、たいへん楽しいのだそうな。
正直、まったくよく分からない感覚である。
しかし、わざわざロボ子からお願いしてくるなんてことはけっこう珍しく、無駄に迷惑を掛けない&正体がバレないという条件を付けて許可を出した。
その際、エマも連れて行こうかと千賀子は思ったのだが。
ロボ子から、『素人は危険です、怖いもの知らずにも程があります』と言われ、そんなに危ない場所なのかと千賀子は諦め。
その代わり、なにかあると困るからと自分が同伴することを了承させ……どうやら傍に千賀子が居るか居ないかは気にならないらしく。
むしろ、欲しい商品があったら交渉しますよ、と。
なんとも力強い宣言を受けた千賀子は、まあその時はお願いするねといった流れで……前世も含めて人生初になる、秋葉原へと赴いたのだった。
……で、その結果、どうなったかと言うと。
(つ、疲れた……ビールが染みるよぉ……)
思っていた以上にやる気に見ていたロボ子に引っ張られるがまま、日が暮れるまで付き合う羽目になった千賀子は、すっかりグロッキーになっていた。
それはもう、グビグビとジョッキに注がれたビールをがぶ飲みしたぐらいには、色々とグロッキーであった。
これは、アレだ。
遊びにエマを連れて行った時と同じ、そう、無限の体力と行動力を発揮している子供の付き添いをしている時と同じだ。
けして嫌なわけではないのだが、とにかくノンストップな勢いに引っ張られてしまい、終わるころにはクタクタになってしまう、アレだ。
そう思ってしまうぐらい、今日のロボ子は色々な意味ではしゃいでいた。
単純に千賀子が電気製品に対して興味が薄いだけなのもあるが、事あるごとにショーケースに並べられた電気製品に対して見下す態度を見せるのに、けっこう冷や冷やしていた。
たとえば、だ。
最新式の冷蔵庫を見ては、『……プププ、図体がデカいだけの冷えないやつ』といった感じでほの暗いマウントを取り。
最新式のエアコンを見ては、『ふふふ、なんて非効率な……いえ、十分頑張っていますよ(笑)』みたいな態度を取り。
最新式のパソコンを見ては、『ひひひ、まあまあ精一杯の背伸びでございますわね、おほほ』と実に上から目線。
そりゃあもう、店員に対して全力で喧嘩を売っているのかと言わんばかりの評価である。
もちろん、ロボ子は万が一にも店員にはバレないよう振舞っていたが……傍で声が聞こえていた千賀子が、いかにドキドキしていたのかがうかがい知れるというものだ。
……とはいえ、だ。
千賀子としても、只々疲れた……というわけではない。
前世の記憶(かなり、うろ覚えになっているけど)もあってか、今の最新機器とやらに欠片の興味も抱かない千賀子だが、それはそれとして、眺めているのは楽しい。
言い過ぎかもしれないが、技術の日進月歩をこの身で体感し、はえ~……って圧倒された感覚が近いだろうか。
だって、客観的に考えて、だ。
己の子供の頃は、機械製品なんて数少なく、白黒テレビですら高級品であり、持っていない家も多かった。
それがいつしか一家に一台が当たり前になり、カラーテレビが誕生し、それが当たり前になり、洗濯機も全自動が当たり前になりつつある。
夏場は窓を開けて扇風機しかなかった時代から、エアコンを取り付けている家も徐々に増え始め、車だって普通に買えるようになった。
(……そうだよね、お爺ちゃんの自転車に乗せられて釣りに行っていた時からもう、20年だものね……時代は変わるわな……)
ポリポリ、と。
注文したら当たり前のように出てきた唐揚げに枝豆にナッツ(良い塩梅)を食べつつ、ゴクゴクとビールで流し込む。
「……あ、あの、マスター、そろそろ──」
「うるさいですね……」
「ま、マスター! お体に障りますよ!?」
「大丈夫、ちゃんと頭は動いているから」
(あ、これ駄目だ、変に敬語なんか使いだしたし……)
なにやら、遠いまなざしになっているロボ子に首を傾げつつ、ゴクゴク……合間に、ポテトも食べる。
こんな簡単な料理だって、子供の頃はそうそう食べられなかった。
あの頃はまだそういった料理は一般家庭では食べなかったし、今のように手軽に油が手に入らなかったし……ビールだって、そうだ。
ゴクゴク──あ、すみません、ライトビールおかわり。
ローラースケートで軽やかに料理やジョッキを運んでくる店員にお礼を述べつつ、ヨッシャと流し込む。
……ちなみに、話は少し逸れるが、この頃でも普通に女性もこういう店には来ていたりする。
この頃のビアガーデンのようにローラースケートにて料理を運んでくる女性店員を、ローラーギャルと呼んでいたとか。
さて、話を戻そう。
ゴクゴク、ゴクゴク、ゴクゴク……うん、美味しい。
「……ん? ロボ子、アレは何をやっているの?」
ふと、千賀子の視線が……ビアガーデンの中央の辺りに設置されている屋根付きリングへと向けられる。
何かしらの催し物でもするのかと思っていたけど、どうにも、千賀子が想像していたソレとは少し違う。
具体的には、年若い女性がボクシングをしていた。
もっと具体的には、トップレスの女性同士がボクシングをしていた。
「……なにあれ?」
「客寄せです……あの、そろそろお開きに……」
「うるさいよ……」
「そんなー」
なにやら悲観的になっているロボ子をしり目に、千賀子はジッとリングを眺め……なるほど、と頷いた。
確かに、客寄せである。
戦っている二人の女性は、明らかに素人だ。
リングの床もマットが敷かれていて怪我しないようになっているし、お互いにヘッドギアをしていて、グローブもかなり分厚い。
明らかに、ボクシングを見ているというよりは、トップレスの女性が動き回っている様を……といった感じである。
(色々考えるんだなあ……)
しばし眺めていた千賀子は、そう結論付けた。
……。
……。
…………ちなみに、だ。
まるで作り話みたいに思えるかもしれないが、トップレスボクシングだけでなく、ローションレスリング(女性のみ)というのも、実際にビアガーデンで行われた催しだったりする。
いやらしいとか、風俗とか、そういうのではない。
この頃は良くも悪くも『性』というモノに対して大らかであり、若い女性も報酬が高いこともあって、普通に募集して、普通に人が来ていたのだとか。
……千賀子は、どう思うのかって?
そんなの、千賀子からしたら脅されてしているならともかく、報酬を対価にその仕事を受けたのであれば、それだけの話……という感覚でしかなかった。
「……なんだぁ、あの腰の引けたパンチはぁ」
「──ま、マズイですよ!?」
ただし、酒が千賀子の脳を鈍らせるまでは。
そう、すぐに気付いて焦りまくるロボ子は別として、千賀子はまったく気付けていなかったのだが……いつの間にか、思考が切り替わっていた。
──金をもらっているくせに、なんだその気の抜けた演技は……やるなら全力でやれ、全力で!
言葉にするなら、まさしくそんな感じであり。
「──行くわよ、ロボ子」
「ど、どこに?」
「あいつらに、本物のボクシングってやつを見せてやるわよ」
「わ、わぁ……」
冷静に考えたらいきなり何を言い出しているんだって話だが、当の千賀子は何一つ気付いていなかった。
だって、すっかりアルコールで脳がとろけてしまっていたから。
※ ちなみに、この頃の秋葉原はオタクの街ではなく、最新電気製品の街といった感じでしたね、だからファミリー層の客が多かったのです