ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
第222話
いきなりな話ではあるが、皆さまは『落とし紙』(ちり紙のこと)をご存じだろうか。
比較的若い層はご存じないかもしれないが、それはトイレットペーパーが普及する前、言うなれば前身ともいえるやつだ。
見た目は、折り畳んだペーパータオルが一番想像に近しいのかもしれない。
大きさや形状、紙の硬さや手触りなどはメーカーによって違っていたらしいが、使い方は同じである。
で、1981年の頃にはまだ、落とし紙が現役で使われているところもそれなりに多かった。
というのも、トイレットペーパーを使用するとなれば、ペーパーホルダーを設置する必要がある(無いと、面倒なんだよね……)のだけど。
新しい家ならともかく、この頃の古い家(築2,30年とかの)
とかだと、そんなの付いていない家が多かったのだ。
いちいち袋から取り出したり、ケースに入れたりして取り出すのが面倒……とか、残量が目視で確認できるとか。
そういうのを気にしないところだと、いちいちホルダーを取り付けることはせず、そのまま従来の落とし紙を使う……という家も多かったのだ。
……ちなみに、だ。
トイレットペーパーが普及し始めた理由は、和式トイレではなく洋式トイレが増えたから、と言われている。
というのも、この頃にはもう洋式トイレはある種の憧れで、和式トイレは古臭いモノという意識が強くなっていた。
と、同時に、洋式トイレは、その構造上、従来の落とし紙では分厚過ぎて詰まりやすく、トイレットペーパーの使用が推奨された。
戦前からの建物が次々に解体され、新築の建物が続々と建てられ、それに合わせて上下水道の整備が進み……つまりは、だ。
洋式トイレの普及とトイレットペーパーの普及はセットであり、トイレが洋式になって喜ぶ……なんて光景が、けっこうあちこちで見られていた。
実際、今ではどこのお店(デパート、飲食店、問わず)のトイレも洋式トイレが主流というか、和式トイレは探さないと見つからないぐらい……みたいになっているけど、この頃は逆だ。
個室が五つあったとして、和式が四つに洋式が一つというのも、珍しくはなかった(というか、全部和室っていうのも……)のだ。
学校のトイレだって和式しかないところが多かったし、構造上水の勢いが強いのは和式であり、排水管も太かったことから、そのまま落とし紙を使うのは合理的でもあった。
……で、まあ、なんでそんな話をしたかというと、だ。
実は、『春木競馬場』にも、和式トイレがある。
それは改修工事が済んでいない……とかではなく、和式に対する一定の需要があるからだ。
理由としては、便座に直接座る(つまり、肌が触れる)のが嫌だとか、従来の和式スタイルだと腹圧が掛かりやすく、排便などをしやすいから……というもの。
特に、便座が肌に触れるという部分に嫌悪感を覚える者が多く、この頃の女性ファッションはスカート系が流行っていたこともあり、床に触れて汚れるのを嫌がって和式を選択する人も多かった。
なお、これから少し経つとズボン系のファッションが流行り始め、ジーンズもまた……話が逸れたので、戻そう。
とにかく、『春木競馬場』には和式と洋式が同数設置されている。
千賀子たち以外は誰も気付いていないが、日によって割合が変わったり総数が増えたりしているが……その日、千賀子は不思議なモノを見つけた。
『きれい紙のまとめ使用は詰まりの元、みんなで綺麗に使いましょう!』
何かトラブルが起こっていないかなと、時々は監視も兼ねて見回っていた時……ふと、トイレの出入り口にそんな張り紙が張られていることに気付いた。
(きれい紙……なにそれ? 落とし紙じゃなくて?)
人によってはちり紙と呼んだり、落とし紙と呼んだり、あるいは便所紙と呼んだりする場合があるらしいが……きれい紙だなんて名称は初めて見た。
「ロボ子、何か知ってる?」
「残念ながら、私のデータベースにもありません」
「と、なると?」
「つい最近作られた造語の可能性が高いかと」
造語……その言葉に首を傾げた千賀子は、興味が引かれるままトイレの中へ。
中は、特に変わったところはない。
何時入っても、まるで昨日作られたばかりの新品のような輝きを保っているだけで、『きれい紙』なる物が見当たらない。
念のため個室の中も見てみるが、やはり、違う点は見当たらない。
と、なれば、アレだ。
本来の名称とは異なる、その職場でのみ伝わる独自名称ってやつだ。
テープ=セロハンテープ。
大きいテープ=ガムテープ、など。
いちおう、ちょっと首を傾げたけれども、すぐに中身は思いつ──いや、でもこれは?
千賀子の視線の先、それは洗面台の横の壁に貼られた、『手をきれいにしましょう!』の文字。
間違ってはいないけど、手を洗いましょうでも良いのでは……と思うのだけど、いやまあ、どっちでも良いのだけど。
業務上問題が起こるならともかく、そうでないなら、そこまで目くじらを立てる必要はないだろう。
そう判断した千賀子は、そっとトイレを出て……何気なく出店コーナーの方へと向かえば、なんとも香ばしい匂いが……あ?
『上がる生、一袋〇〇〇円』
千賀子の視線が、再び奇妙なモノを捉えた。
上がる生……なんだろう、新たに作られたブランド商品とか、地方の料理名称か何かだろうか。
とりあえずロボ子に聞いてみるが、案の定『なにそれ知らん』というコメントが……気になった千賀子は、一つ買ってみることに……ん?
(あれ、これってどう見ても落花生では……?)
見慣れないモノが出てくるかと思ったら、普通に見たことがあるやつだ。
香りも、千賀子が知る落花生のソレ……おつまみとして食べるのも良いし、おやつ替わりでも良い。
ただ、見れば見るほど『落花生では?』という疑問しか湧いてこず……とりあえず、千賀子は……一つ注文する。
「あいよ、秋山オーナー! 少しサービスだ、どうぞ、炒ったばかりだよ!」
「ありがとう」
受け取ったそれは、どうやら軽く塩を振ってくれているようで、なんとも食欲を誘う香りがした。
だが、それだけだ。
近くで見ても、匂いを嗅いでも、やはり、落花生では……という感想しか出てこないし、味も普通に美味しい落花生だ。
(……ブランド名を作ろうとしているとか?)
いまいち目的が分からないけど、冗談じゃなくけっこう真剣な気持ちなのは察せられたので、千賀子はそのままスルーしようと──した、その時であった。
──おっちゃん、そのらっかせ──ひぃ!?
背後の方で、そんな声が聞こえた。
振り返れば、先ほどの店主……だけでなく、周囲に居た店関係者全員が、真顔でその客を見ていた。
「……あんちゃん、上がり生一つね」
「え、あ、ああ、うん……」
「はいよ、炒りたてで熱いから、火傷しないようにな」
「お、おう……」
その異様な雰囲気に怖気づいたのか、男は手早く商品を受け取ると、小走りにその場を後にした。
残されたのは、次の瞬間には穏やかな空気が戻った空間と、先ほどの出来事など夢だったかのような店主たちの姿と。
(……なにこれ?)
事態が呑み込めず、困惑する千賀子であった。
……。
……。
…………で、まあ、そういう意味不明な出来事が起こっているとなれば、千賀子が取る手段は一つしかない。
場所は、『春木競馬場』から、『神社』へ。
「あのさぁ……女神様、またなんか変な事した?」
『──(=^ω^=)ワタシハナニモシラナイ……パンチカワイイ、モットシテ……』
「えぇ、ほんとぉ? (疑惑の眼差し)」
『──(=^ω^=)ヌレギヌデス……イイデスネ、ソノジトメカワイイ……』
そこで行うのは、だいたいの諸悪の根源である女神様への尋問である。
まあ、尋問とは言っても、女神様は千賀子から受けるすべての事柄を愛情かつ快感として受け取るから、尋問にはなっていない。
本気で殴ったところで意味はないし、炎を顔面に浴びせてもケロッとしている。
それどころか、なんて情熱的なスキンシップなのかしらってテンション上がり続けるから、やるだけ無駄なのである。
それでも、全力でぶん殴れば、とりあえず千賀子が嫌がっているんだな……ってのは理解してくれる。
ただ、理解したところで、嫌がっている千賀子が可愛らしすぎてもうどうすればいいか分からないって言い出すから、意味は無いのだけど。
なので、本当に何の意味も無い、ただの八つ当たりである。
とりあえず、気持ちをすっきりさせるために、女神様をボコボコに(その間、ず~っと女神さまはニヤニヤしていたけど)した後で……改めて、考える。
とりあえず、不思議な変化が起こっているのは、それだけではない。
ぐるりと競馬場内を見回った際、駐車場にて吸い殻がチラホラ落ちていたので、職員に掃除をするよう指示を出しに行ったのだが。
『あ、そこの、駐車場に吸い殻がチラホラと──』
『吸い楽しんだタバコですね、ただいま清掃に向かいます!!』
『吸い楽し……? あ、いや、まあ、いいけど……』
とか、よく分からない言い回しをされたり。
例えば、高所の清掃作業を行っていた職員を見かけたので、労いがてら水分補給大事と札を渡したら。
『ありがとうございます! あ、そこですと上から物がフライして衝突してしまうので、お気を付けください!』
『ええ、心配してくれて……フライして衝突?』
『うっかりジャンピング金づちは痛いですから、ここはもう大丈夫です!』
『うっかりジャンピング……???』
これまた、どういう言葉遣いなのか意味が分からず困惑したり……なにより、極めつけは、競馬実況にて。
『──11番、あ~っと、騎手が馬から戦略的着地!! 幸いにも花壇が優しく受け止めた!』
『戦略的着地????』
あまりに聞いたことが無い言葉に思わずコースを見やれば、どうやら騎手が一人落馬したようだが……戦略的着地?
と、いった感じで、どうも言い回しというか、使う言葉がいつもと違うというか……正直、困惑しっぱなしであった。
「紅白饅頭まで売られているって、今日ってなんかの記念日だったかしら?」
「特に祝日の類ではなかったけど……本体の私、心を読めば良いじゃないの」
「こちらに害意を持っているならともかく、そうじゃないもの」
2号からのその提案に、千賀子は静かに首を横に振った。
そう、いくら千賀子でも、さすがに害意を持っていない相手の心を裸にする気はない。
反射的に表層を読み取ってしまうのは仕方ないにしても、『とにかく、守らなければ──』という感じで、善意で動いているのが分かると、余計に心を読む気が無くなってしまう。
「とりあえず、『落ちる』とかとか『流す』とか『負ける』とか、そういう言葉をとにかく避けようとしているのは、感じ取れたのだけど……」
「……? それ、どういう意図なの?」
「それが分からないから首を傾げているのよ。正面から聞くのが早いのだろうけど、あんまりにも必死な様子だから、聞くに聞けなくて……」
「半端に心が読めてしまうと、逆に気を使ってしまう時があるわよね」
2号の言葉が、どうにも身に染みる。
結局、千賀子は……見て見ぬふりをするしかないかなと、判断したのであった。