ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
さて、そんな感じで意味が分からないなりにも、とりあえずとても気を使われているのは分かっていたので、放置するとして、だ。
「秋山さん、CMに興味はないですか?」
ポスターに使う写真撮影のためにやってきた土師田から話を切り出されたのは、最低限の枚数を取り終えた後の休憩時間の時だった。
いったい、なんのポスターなのかって?
それは『春木競馬場』に貼られる、注意勧告のポスターである。
場所はバラバラだが、街中に限らず一度は目にしたことがある、『急な飛び出しに気を付けましょう』といった感じのポスターと言えば、想像しやすいだろうか。
内容もバラバラだが、言っている事は同じ、気を付けましょう、というやつで。
たとえば、『曲がり角には気を付けよう』という文字と共に、千賀子が曲がり角で驚いてのけ反っている姿とか。
たとえば、『雨の日などは滑りやすい』という文字と共に、こけそうになっている千賀子の姿とか。
たとえば、『ゴミはちゃんとゴミ箱へ』という文字と共に、ゴミ箱へゴミを淹れる姿の千賀子とか……ちなみに、だ。
実は、この頃は『ポイ捨ては止めましょう』といったCMがけっこう頻繁に流れた時期でもある。
理由は言うまでもなく、市民のポイ捨て感覚が本当に酷かったからだ。
単純に人口に比べて公衆のゴミ箱が少なすぎただけではない。
当時の人々の意識にまだ公衆マナーというやつが根付いておらず、ポイ捨てに限らず、マナー違反をする者が本当に多かったのだ。
空き缶や空き瓶が街路樹の傍にポイ捨てされていたり、川などに投げ捨てられるぐらいなんて珍しくはなく、排水路なんてだいたいゴミが捨てられていた。
この頃になってようやく改善傾向にあったとはいえ、まだまだ改善できる点は山ほどあり……次に目を付けたのが、『ポイ捨て』である。
実際、数こそ少ないが、中身が入ったまま捨てられたジュースなどを子供が飲んでしまい、病院に運ばれた……なんて話があったぐらいだ。
他にも、割れた瓶の破片などで怪我をしたり、あるいはポイ捨てに紛れて不法投棄が行われたり、とにかく、CMが作られるぐらいには……話が逸れたので、戻そう。
とにかく、『春木競馬場』内に、様々な注意勧告ポスターが貼られている。
そこになんで自分を使っているのかって、それは土師田のみならず、職員全員から、『是が非でもオーナーを使った方が見てくれる』と強いススメがあったからだ。
ポスターというのは、まず目を引くのが大前提であり、注目させなければほとんど意味をなさない一発勝負。
とりあえず、一度目を引かせたら、短いフレーズでバンッと中身を理解させる。
細かく情報を記すのも良いのだが、とにかく、最初に足を立ち止まらせたら勝ちみたいなもので……その点を踏まえたら、千賀子を使うのはある意味当然な話であった。
なお、さすがに競馬場内に張られる物に関しては、水着などではなく、着物だったり衣装だったりで、非常におとなしめな感じに仕上げられていた。
「……CM? 競馬場の? 別にCMなんて作らなくても、もう十二分に稼いでいるし……これ以上のお客さんは、下手したら人で渋滞を起こすから気が乗らないわね」
で、まあ、ここから冒頭の話から続くわけだが、CMという話を出された千賀子は、あまり良い顔はしなかった。
理由はたった今話した通り、現時点での来場者数が一番ちょうど良いからだ。
寂れ過ぎず、混雑し過ぎず、程よく人が集まっている状態だ。
人というのは不思議なもので、同じ観光地であっても、人が少なくて寂しげな場所よりも、ある程度人が溢れて活気がある方が人気であり、人が人を呼ぶという状況を生み出したりする。
利益を追求し続ける企業であるならばもっと人を呼び込みたいという意識があるけれども。
千賀子の場合はそういうわけでもないから、わざわざ新たに客を呼ぼうという意識はそこまでではなかった。
なにせ、なぜか身に覚えのないプール施設まで併設されているのだ。本当に、身に覚えが全く無いのに。
そのうち温水プールがビシバシ追加されるかもしれないが、夏場がメインである以上は、今後の忙しなさを思えば……これ以上の客はノーセンキュー。
なんとも贅沢な話だが、そういう話であった。
「けれども、先週ようやく『春木温泉ランド』が出来たのに、一切宣伝しないのはもったいないでしょう?」
だが、しかし。
さすがに、身に覚えがない『春木温泉ランド』なる未知の施設の話を持ち出されては、千賀子としては無視できない話であった。
……。
……。
…………『春木温泉ランド』、その歴史の始まりは、なんと江戸時代にまで遡る。
次代の基礎を築いた神君徳川は、後の治世を考えて様々な方針やルールを定め、我が子や家来に対して強く自分たちを戒めるよう幾度となく忠告したという。
その目は50年先、100年先を見通していたとも言われており、徳川の地位が盤石になるまでは3代掛かると考えていた。
言い換えれば、それまでは完全には安心しきれないわけで、当時の神君徳川は、少なくとも政治が安定するまでは自分が倒れるわけにはいかないと考えていた。
その考え方は己の身の安全だけではなく、普段の食生活に対しても強く根付いており、当時の平均寿命を大きく超えて長生きしたと言われている。
たとえば、神君徳川は毎日の食事には白米ではなく麦飯を主にしていたと言われている。
単純に好みだったという説もあれば、健康を考えて意識して麦飯を食べるようにしていた説、または、質素倹約の思想から麦飯を好んでいた説、色々ある。
正解がどれにせよ、神君徳川は何かしら長寿を考えていたのは事実であり……それは、食べ物以外にも……そう、それ以外にも目が向いていた。
──その目が『春木温泉ランド』に向けられたのは、当然の結果であった。
なにせ、当時の『春木温泉ランド』には様々な天然温泉が湧きだしており、神君徳川だけでなく、人々にとって憩いの場であり、交流の場でもあった。
脱衣所などはエアコンなどで24時間快適な状態が保たれ、壁も床もまるで昨日出来上がったかのようにピカピカで。
浴室には、それはそれは見事な富士山の絵が大きく描かれているだけでなく、なんと、ジャグジーに電気風呂に水風呂に岩盤浴に打たせ湯に、サウナまであるというのだから、驚きである。
だからこそ、神君徳川も特別に目を掛け、なんと自ら名指しでお触れを出してまで『春木温泉ランド』を褒め称えたのはあまりにも有名である。
これが、『春木温泉ランドまじスゴイ』という、後の教科書にも残る偉大な言葉を生み出すのだから……で、だ。
「うわぁ、本当に教科書に載っているじゃん……!!」
子供でも知っているような話だが、当然ながら初耳である千賀子は、ロボ子に超特急で日本全国で使われている教科書を用意してもらい……そして、思わず教科書を落としそうになっていた。
だって、載っているのだ。
なにがって、『春木温泉ランド』のことが。
その始まりは江戸時代にまで遡り、なんか当時の絵柄で温泉に向かう徳川の姿とかの写真が……え、マジでなにこれ?
「……土師田さん」
「なんでしょう?」
「『春木温泉ランド』って、いつ完成しましたっけ?」
「え? えっと、2ヵ月前ですかね、着工し始めてから完成まで4年ぐらいでしたっけ……どうしたんですか、急にそんなこと?」
「い、いえ、ちょっとド忘れしちゃって……その、2ヵ月前に完成したのよね?」
「??? はい、そうですけど」
「でも、教科書に載っているわよね?」
「そりゃあ、200年以上もの歴史がある『春木温泉ランド』ですから」
「……江戸にいる、徳川が?」
「??? えっと、なにか問題が?」
あまりにもつぶらな眼で首を傾げられた千賀子は、それ以上何も言えなかった。
なんだろう、間違っていないのは確実に己の方だと分かっているのに、どういうわけか、己が間違っているように思えてくる。
──ロボ子、私が間違えているの?
──いえ、マスターの記憶が正しいかと。
とりあえず、藁にも縋る思いでロボ子に問えば、ロボ子からこれ以上ないぐらいの安心を提供され……そっと安堵のため息をこぼした千賀子は、そこで、思考を切り替えた。
話を戻すが、『春木温泉ランド』のCMの件だ。
今の今まで知らなかった(オーナーなのに)が、改めてロボ子より超特急で調べてもらったら、これがまあけっこうな人気のようだ。
──千賀子は、知らなかったけど。
なんでも、元々時代の流れから銭湯などを廃業しようかと悩んでいる者たちを中心にスカウトを掛け、『春木温泉ランド』に再雇用したのがうまくいったらしい。
──千賀子は、知らなかったけど。
ちなみに、廃業の動きが増えていたのは一般公衆浴場(いわゆる、町の銭湯)で、その減った分を埋め合わせするかのように増えたのが、健康ランドやスーパー銭湯などの大型施設である。
──千賀子は、知らなかったけど。
なので、スカウトされたのは主に町の銭湯を営んでいたところであり、長年その業界に居たこともあって、多少なり勝手が違っても、スムーズに業務に慣れたのだとか。
──千賀子は、本当に言われるまで何も知らなかったけど。
オーナーなのに何も知らない巨大施設所有者とは、これいかに……まあ、今に始まった事でもないので、サラっと疑念を流した千賀子は、改めて考える。
何をって、だから、CMの件だ。
せっかく人気があるのなら、CMの一つぐらいは作るべきでは……という土師田の意見はごもっともである。
儲ける気が無いという、他者が聞いたら正気を疑うようなことを千賀子が考えていることを除けば、の話だが。
(でもまあ、そんだけ規模が大きいのに、CMの一つも流さないってのはけっこう不自然かしら……まあ、一回ぐらい流しとくべきか?)
考えすぎと言われたらそれまでだけど、CMを流すというだけで、ある程度の信頼が得られるのだ。
別に、黒い腹を探られるような……まあ、探った先にあるのは女神様の腹なので、自己責任で探れよって話だが……とりあえずは、だ。
「CMを撮るとしたら、どんなのがいいかしら?」
「 その言葉を僕は待っていました 」
何気なく呟いただけなのだが、千賀子はうっかりしていた。
そう、土師田の前で、そんな言葉を、うっかりでも零してはならなかったのである。
後に、幻とも言われる、秋山千賀子オーナー主演の『春木温泉ランド』のCM撮影が決定されたのは、こんな些細なキッカケからであった。