ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
『千林商店街』
大阪における三大商店街の一つであり、長さが約660m近くあるアーケード街でもある。
この商店街を一言で言い表すならば……月並みな言い方だが、大阪下町の商店街、といった感じだろうか。
方向性としては駒川商店街の方で、天神橋筋商店街とは少し違う。
これは実際に体感しないと分からない、空気の違いというやつで。同じ大阪下町情緒とは言っても、ちょっと違うのである。
言うなれば、同じ地域密着型とは言っても、片方はみっちり地域密着型で、もう片方は外にも広がる密着型、というやつか。
これは規模の問題もあるけど、歴史的な背景も関係していたりする。
まあ、天神橋筋商店街の近くには大阪天満宮などがあるので、そういった意味での観光スポット的な役割も……え?
千林にも、『千林大黒天』があるって?
うん、まあ、それは確かにな話なんだけど。
一般的に有名なのはどうにも大阪天満宮の方で、『天神祭』や学問の神を祀っていることから、どうしても……とにかく、だ。
千林商店街と言えば、『日本一の安売り』をキャッチコピーにしたダイエー1号店が生まれた、スーパー発祥の地である。
その名残で、個人店とスーパーとで価格競争が行われ、『日本一安い商店街』として有名になった……のだけど。
──時間帯が、さすがに悪かった。
前に行った『駒川商店街』、『天神橋筋商店街』の時はまだ学生などが学校に行っている時間帯であったが、千林商店街に到着した時にはもう、放課後の時間帯。
顔ぶれも変わり、学生や子ども連れの母親などの姿が増えている。また、晩飯を早めに買いに来ている者たちもいる。
つまり、時間帯によって雰囲気がガラリと変わるわけだ。まあそれは、商店街に限った話ではないのだけど……とにかく、だ。
「芸能人?」
「テレビで見た、芸能人!」
「女優さん?」
「女優じゃないよ、芸能人!」
親に手を引かれている子供たちが己を指差しながら、そのように互いに説明し合う様を見て、千賀子は。
「──どっちも違いますよ」
とりあえず、そう答えておくのであった。
……なお、その程度で子どもはまったく怯まない。
良いか悪いかはともかく、昭和と令和の子供の大きな違いは遠慮が無いところだろうか。
別に、今の子どもがおとなしいというわけでは……いや、どちらかと言えば。
子どもである己の立場を自覚して利用する子どもと、そういう考えがない子どもとに分かれて……まあ、とにかく、だ。
昼間は大人だけだったが、この時間になれば子どもも突撃してくるわけで……なんなら、子どもが近付いて行ったからとかいう言い訳を使って続々と話しかけてくる者が増えていった。
もちろん、邪険に振り払うような事はしない。
ただ、想定していた以上に人の往来が増えている。
この頃の商店街の賑わいは現代の比ではなく、それはもう有名人が来たら騒ぎになって動けなくなるぐらいの混み具合であった。
まあ、完全に晩御飯の買い物に近隣住民が出て来る時間帯だし、そもそも、千林商店街は裏手に回れば飲み屋もけっこうある。
というか、このままだと邪魔になりそうだと思って、表通りから裏通りへと入ったのだが……ちょっと後悔した。
何故なら、良い匂いがするのだ。
こう、酒に合いそうなツマミの匂いというか、食欲を誘う香ばしさというか……何気なく置かれた看板、そこに記されたメニューの、なんと安いモノか。
さすがは、『日本一安い商店街』と呼ばれた場所だ……飲食店とて、価格競争が激しいのだろう。
そして、そんな場所だから、やはり千賀子の姿は目立つ。
早めに仕事を切り上げた社会人の姿がチラホラ増え始めることもあって、そりゃあもう、注目が集まるわけだ。
もちろん、無視して行くのは簡単だが……しかし、だ。
チラリ、と。
千賀子の視線が、『焼き鳥1本〇〇円』と記された看板へと──
『マズイですよ、子どもたちが待っていますよ!』
──注がれた直後、背後にてステルスモードで控えていたロボ子からストップを掛けられ、千賀子は足を止めた。
そう、信頼性はかなり低いが、千賀子は己の酒癖の悪さを知っている。
ここが東京ならばともかく、こんな地元民満載な場所にある飲み屋で醜態を晒せばどうなるか……考えるまでもない。
少なくとも、自制が効くとは思っていない千賀子は断腸の思いで視線を逸らし……だが、そこにも別の飲み屋が!
いったい、どうして千賀子はここまで酒への誘惑に弱いのか……理由は二つ。
一つは、千賀子自身、酒が大好きだということ。
酒癖が悪いのに酒に酔いやすく、それなのに酒を美味しく飲めるタイプなのに加え、高い度数も普通にイケるのがまあ、質が悪い。
二つ目は、子どもたちのこと。
そう、実は千賀子……子供たちの前では、1滴も酒を飲まないのである。
ぶっちゃけてしまえば、子どもたちの前で醜態を晒したくないというプライドなのだが……だからこそ、一人で外に出ている時に酒の気配を感じると、おおうっと揺らいでしまうわけだ。
『止めなされ、止めなされ……こんな地域密着の、どこまで噂が広がるか分からない場所での酒は止めなされ……』
「そ、そうだよね、そうするべきだよね……!!」
脳裏を過る、これまでの酒の過ち。
既に、自分はけっこう大阪では人気があると理解出来ていた千賀子は、迷いを振り切るように来た道を戻ろうと振り返り──そして、絶句した。
「み、道が、無い?」
いったいどうしてか、先ほどまであったはずの道が、そこにはなかった。当然、視線の先にあるはずの、商店街の表通りへの入口も。
有るのは、長く伸びた通路と、左右に立ち並ぶ居酒屋だけ。
通路の先も、途中で道が分かれているようで、そこから先を確認出来ない。
中からは人の声が聞こえ、それどころか、どこからともなく出現した、様々な格好をした仕事帰りの男性が、吸い込まれるように店の中へと入ってゆく。
「こ、これは、いったい……?」
あまりの異常事態にロボ子へと救難信号を送れば、『──分かりません』音もなく光学迷彩を解除して姿を見せたロボ子から、そう言われてしまった。
「原因は不明ですが、現象は説明出来ます。おそらく、空間と空間とが作為的に連結されているのでしょう」
「どういうことだ???」
「おもちゃのプラレールのように、空間と空間を繋ぎ合わせて出入口が塞がっているような状態です。出るには、いくばくかの時間を必要とします」
「大至急頼みたい……しかし、いったい誰が???」
明らかな超常現象に、千賀子は油断なくあたりを見据える。
こんな芸当、千賀子でも無理だ。
いちおうロボ子は可能らしいが、その場合は大規模な装置を用意する必要があるだけでなく、こんな違和感なく空間を繋げるのは不可能だと──いや、違う。
『──居ますよ、ここに』
ここには居たのだ、そう、女神様が。
ガラガラガラ、と。
傍の居酒屋の扉をスライドして、ぬうっと顔を覗かせたのは、24時間ずっと千賀子を見守っている女神様であった。
──こいつ、またナニカしやがったな。
反射的に身構えた千賀子を他所に、後ろ手で扉を閉めた女神様は……ぬぅっと身体を伸ばして、上から千賀子を見下ろした。
『──下手くそですね』
「え?」
『──欲望の開放が、下手』
「そ、それは……」
『──小便する時、いちいち小出しにすると変に苦しいでしょう?』
「いや、もっとマシな例え方なかったんですか?」
『──おや? 愛し子は一時期、我慢しながらスルのが──』
「女神様、今日は私に何の御用ですか?」
抱き着いて言葉を塞ぐ千賀子。
その顔は焦りと周知に真っ赤になっていた。
なお、ロボ子は大人の対応で聞こえないフリをしていたし、こっそりメディカルチェックを行っていたりも……で、だ。
『──少々、愛し子のやり方が生ぬるいように思えまして。果たして今日一日接してきた者たちは、貴女に本音を見せていたのか……そう、思いませんか?』
つまるところ、本当に自分の評判を知りたくば、酒の入った無礼講の席でも設けない限りは……という話だ。
恐ろしく意外かつ、真っ当な指摘に……千賀子のみならず、ロボ子もゾゾゾッと怖気を覚えて距離を取る。
……まさか、偽物?
ありえないとは思いつつも、ありえない事が目の前で起こっているのだから、千賀子たちが怯えて距離を取るのも当然で。
「……ほ、本当は?」
『──愛し子が酔ってゲロを吐く姿を見たくなったので、愛し子のストレス発散がてら、飲んでくれないかなあ……って』
「あ、いつもの女神様だ」
『──あ、吐く時は言ってくださいね、青ざめた顔も可愛らしくて、背筋がグーっと伸びちゃうぐらいなので』
「良かった、どこもおかしなところがない」
『──吐くのが嫌でしたら、私の顔に掛けてもらってもかまいませんので』
「そこまでいつもの調子に戻ってほしくはなかったなあ……」
そこに、普段通りの女神様の姿を見て、ホッと安心してしまうのもまあ、致し方ないことであった。
……ちなみに、だ。
女神様の話している内容があまりにも気色悪すぎて常人なら顔をしかめるようなレベルなのだが、この程度の事はもう慣れてしまっている千賀子にはまるで通じなかった。
なお、千賀子が覚えている中で過去最悪クラスに酷い要求は、『膣穴よりにじみ出る経血を一晩眺めていたいから、寝てください』というものだったりする。
性欲とかじゃなく、この世にこれ以上美しいモノがあるのかって感じの感動の眼差しを向けられたのは、今でも時々夢に見る。
客観的に見たら、開いた股の中心から滴り落ちる鮮血をキラキラとした眼差しで見つめ続ける超常的存在……なんだこれ?
さすがの千賀子も、『こんなのでも女神様なんだよなあ……』と思ったのは内緒である。
まあ、そんな目を向けられ、なんかニヨニヨして照れくさそうにしていたのは非常に気色悪かったけれども。
……で、だ。
とりあえず、このまま帰ることは不可能に近い。
なにせ、この異空間は女神様のお手製である。おそらく、時間の流れそのものが弄られているのだろう。
どこかの商店街、どこかの繁華街、そういった空間を繋ぎ続けているから、どこまで行っても途切れは……こうなっては、致し方ない。
「……ロボ子」
「どうぞ、ウコンで──消失しました」
せめてもの対抗策としてロボ子に頼んだが、取り出した傍から消失してしまった……いかんな、女神様、今回はけっこうガチで見たいようだ。
稀に強制的なお願いを申し出てくるにしても、その内容が己のゲロを見たいって……いや、もはや語る必要はない。
こうなっては、本当に致し方ない(Part.2)。
とりあえず、近くの居酒屋へと入る。
中はまあ、よくある居酒屋のソレで、店内は程々に賑わっていた。ちなみに、客は男しかおらず、タバコの臭いも相応にこもっていた。
現代では居酒屋でも全席禁煙になっているところが多くなっているけど、この頃の居酒屋で禁煙席を設けている店は無いと思っていいぐらい少ない。
それどころか、一般的な飯屋ですらも禁煙席を設けていない店の方が多かったぐらいで……店によっては、料理の臭いよりもタバコの臭いが染みつくなんてのも珍しくはなかった。
……そんな店に、千賀子が入ればどうなるか。
──え、本物?
──嘘やん、初めて生で見たわ。
──でっけぇ……。
──あのパイは本物や。
改めて言うまでもないが、一人、また一人、談笑を止めて千賀子へと視線を向けるのは、もはや必然であった。
そんな中で、千賀子の視線が……ヴェールで隠されているけれども、視線を向けられていることを察した店主は、恐る恐るといった様子でカウンター席へと案内を出す。
小さな個人店だと、稀にだけど常連客が自分の席だと勝手に場所取りしている時があるから、素直に聞くのが一番だ。
それから、スッとカウンターの一番端の席に座る。
隣には、赤ら顔のオジサンが二人、若いのが二人。
作業服なのは、仕事帰りに一杯といった感じか。オジサンも若いのも、千賀子の登場にちょっとそわそわしている。
なお、そわそわしているのはカウンター席の人たちだけでなく、テーブル席の人たちも……まあ、当然といえば、当然なのかもしれないけど。
「あの、なんにします?」
有名人に接する経験があまり無いからなのか、ちょっと敬語っぽい言い回しになっている、店長に……千賀子は、スッと指を立てた。
「焼酎を瓶で、あと──」
続けて、もう一本。
「ホッピーも」
その瞬間、店内の空気が止まった。直後、ざわっと空気が揺れた……いったい、何故か。
それは……1981のこの頃はまだ、『ホッピー』という酒は関東ではよく知られた酒ではあるけど、関西では通しか知らない酒だったからだ。
ゆえに、比較的年齢が低い男たちは、「ホッピー?」と不思議そうに首を傾げ、外国の酒かと首を傾げ。
比較的年齢が高い男たちは、「この女……中々の通だな……!」と、見る目を変えていた。
「──あいよ、ホッピーと焼酎ね」
そしてそれは、店長の目つきも変えていた。
そう、店長は酒にもこだわりがあったのだ。
今ではあまりそう思わない人が増えたけど、この頃の関東と関西は仲が悪い……というほどではないけど、関西は東京を少し意識していた。
そして、千賀子がたまたま入ったこの店は、女神様の策略によって分かりにくいけれども、千林商店街裏路地の……あの、迷路のような通路の一角にある店であった。
どん、と。
ちゃんと冷やされた焼酎ボトル(一升瓶)とホッピーが、千賀子の前へ……ボトルを、無言のままに手に取った千賀子は……グイっと口づけ、グッと持ち上げた。
「あっ!」
誰もが、驚いた。
何故ならば、千賀子は焼酎瓶をラッパ飲みし始めたのだ。
当然ながら、そんな自殺紛いの飲み方をするやつは居ない。
それが出来る時点で化け物じみた肝臓を持っているか、既に棺桶に片足突っ込んでいるやつぐらい。
誰も彼もが、驚愕の眼差しを向ける中で、グビグビグビグビ……っと喉を鳴らし、最後まで飲みきって、ドスンとテーブルに置いた、その瞬間。
「お、おお、おおお~~!!!!!」
「すっげぇなあ、姉ちゃん!」
店内に居た誰も彼もから、それこそ店長からも、惜しみない拍手を送られたのであった。
……。
……。
…………その後の千賀子の様子はまあ、あまり語るまでもないだろう。
巫女的パワーを最大限に発揮したことで、アルコール中毒になるようなことはなかったが……まあ、酷い酔い方をした。
さすがに最後の一線はロボ子が未然に防いでいたので、そういう事態には陥らなかったが……しかし、忘れてはいけない。
千賀子は、絡み酒のタイプである。
千賀子のような年齢詐称美人からベタベタされて、喜ばない男はまあいない。
ていうか、中にはおっぱいに顔を埋めさせられて、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で周りからからかわれる男も……それに。
それでいて金払いが良いし、酒が回って気持ちよくなっていた千賀子は、酔いに任せるがままその場に居た全員のお代を奢って。
続けて、2件、3件とはしご酒をして。
途中で限界を迎えて、路肩の排水溝にゲロゲロ吐いたと思ったら、それをキラキラとした眼差しを向ける女神様の気色悪さに、さらに吐いて。
それから、そんなアルコールと吐しゃ物の酷いし臭いしな恰好で帰るわけにはいかないと、冴陀等村にて一泊し、地獄の二日酔いを迎えたのであった。
……しかし、この時の千賀子はまだ、気付いていなかった。
地獄というか、騒動はこれから起こるのだということを。
たまたまはしご酒をした店の中には、たまたま飲んでいた記者が居て。
たまたま酒にしこたま酔っていた千賀子の、『アイドルだろうが、政治家だろうが、やってやろうじゃないか!』という発言と。
その時に撮られた写真が、全国紙に載ることになろうとは。
ましてや、それが原因で、『まさか、本当に!?』と、関係者たちを戦々恐々させることになるだなんて。
この時の千賀子には、知る由もないことであった。