ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
さて、それでもまあチラホラ疑いというか、もしかしたら……といった目を向けられる時もあったけど、さすがに一ヵ月、二ヵ月、時が過ぎれば、人々の視線もまた変わってくる。
人間、自分たちの生活に密接に関わっていなかったら、そう長くは関心が持てないものだ。
それに加えて、千賀子自身が『アイドルにも政治家にもならんぞ』と宣言したのであれば、わざわざ話を蒸し返すのも変な話である。
これが不祥事の類ならばともかく、やるか、やらないか、この二択に対して、やりません、と答えただけのこと。
よほど性格がねじ曲がっていなければ、そこで話が終わるだけで……実際、翌年の1982年に入った頃にはもう、すっかり噂は静まって……いや、違う。
アイドルか政治家か、その二択の噂は静まったのだけど、その後でもまた噂が流れたのである。
それは、『千賀子、重病説』である。
これはまあ、本当にどこから湧いてきたのかと疑うような話であり、その話を聞いた時、千賀子はしばし困惑して言葉を無くしたぐらいであった。
というか、その噂を聞いたのが、なんと千賀子の両親から。
ある日電話が掛かってきて応対したら、『あんた、病気だって聞いたけど本当なの?』なんて開口一番に言われたから、むしろ千賀子の方がよほど驚いたぐらいである。
当然ながら千賀子は虫歯も便秘も生活習慣病とも無縁な、誰が聞いても羨ましがられる健康優良女である。
それを話せば、『そりゃあ、そうよね』と納得した様子で電話が切れた……のだけど、話はそこで終わらなかった。
それからまあ、毎日のように電話が来る、来る、来る。
明美や道子から来たのも驚いたし、政治関係者や競馬関係者のみならず、後援会を務めている相撲部屋から来たり、寄付している大学などから来たり。
果ては、まったく見知らぬ一般人から、『大病だと聞いたが、大丈夫なのか?』とかいう電話まで来たのだから、もう何が何やら。
いったい、何がキッカケでこんな話が出たのか?
あまりにも不可解過ぎたので、ロボ子に指示を出して調べてもらったところ……意外な事が判明した。
始まりは……なんと、バスに乗っていた女学生たちの雑談からだったのだ。
その際の会話は、とくに不自然な点は無いし、意図的に広めようといった点も無い、ごく普通の雑談でしかなかった。
ただし、一つだけ。
雑談の途中でたまたま出た、たった一言。
『チカコちゃん、入院したんだって。なんでも、重い病気らしいよ』
たった、それだけ。
わざわざ言うまでもないが、その女学生と千賀子との間には何の関係性も無いし、顔だって知らなかった。
けれども、その程度の言葉が独り歩きを始め……人から人へと渡り歩いているうちに、チカコが千賀子にすり替わったらしく。
いつの間にか、『秋山千賀子が大病を患って入院を考えている』という話になったようだ。
今回ばかりは……珍事であった。
どれぐらい珍事かって、千賀子だけでなく、女神様やUMA共がまったく関与していない……と聞けば、いくらか想像できるだろうか。
偶発的な要因が、本当に偶発的に重なった結果で……とはいえ、だ。
どれだけ珍事だとしても、内容が内容だから、以前の時よりも関係者からの問い合わせは多く、また、心配している者が多かった。
さすがに、『アイドルor政治家』のような話ならばともかく、噂話とはいえ、病を患ったと聞いて心配して電話してきた……となれば、千賀子もあまりむげには出来ない。
ましてや、程度の差こそあるけれど、『春木競馬場』との繋がりがある者たちからしたら、だ。
トップである秋山千賀子が……と聞けば、居ても立っても居られない者が現れても不思議ではなく、なんなら『神社』へ挨拶に伺おうとする者すらいたのだから……で、だ。
「……この際ですし、健康診断を受けてみては?」
「はい?」
ロボ子よりそう提案された千賀子は、なんでまた……と首を傾げた。
だって、身体にまったく不調が無いのだ。
健啖家だし、毎朝の目覚めはスッキリだし、どでかい膨らみを二つ搭載しているのに肩こりとは無縁だし……だからこそ、とロボ子は話を続けた。
曰く、『この先、色々な形で噂話は出てくる。しかし、ここでビシッと先に封じておいたら、あと20年は大丈夫だろう』、とのこと。
言わんとすることは、分かる。
要は、医者の診断というぐうの音もでない客観的な事実を公表することで、秋山千賀子に死角無し……と、周りにアピールするのだ。
確かに、効果は期待できるだろう。
いくら口では健康だと告げたところで、それでも本当は……と、疑いの気持ちが消えるわけではない。
あまりにも疑り深いやつは医者の診断結果すら疑うだろうが、大半はそれで納得するだろうし。
両親や友人も、医者からも健康だと診断されたと聞けば、安心してくれるだろう。
「ちなみに、ロボ子の診断では、私ってどんな感じ?」
「一切の問題なし、この星ののろまでグズな機械では、そこまでの診断は不可能でしょうね」
「あんた、相変わらず機械全般に対して当たりが強くない?」
なお、改めて明言することではないのかもしれないけど。
現在の人類が開発しているあらゆる医療機器や医療技術を駆使したとしても、だ。
まったく太刀打ちできない精度のロボ子製の検査装置にて、毎日メディカルチェックを受けている千賀子の診断は……その日も、『問題なし、健康』であった。
……。
……。
…………で、だ。
『私が大病を患っているという噂話のせいで四六時中電話が来るから、私が健康であることを知らしめてやる』、という張り紙をしっかり競馬場内に貼りまくって、だ。
千賀子は、都内でも大きな病院へと、足を運んでいた。
なお、『せっかくだからエマも健康診断受けてみる?』と聞いてみたら、かつてない笑顔で手を振られて送り出されたりしている。
なお、エマは一番千賀子の傍に居るので、千賀子が病気だというのは端から信じては……話を戻そう。
病院へとやってきた千賀子は、当然ながら顔は隠して順番を待つ。
さすがに東京では大阪とは違う意味でジロジロ見られる頻度が多く、中には千賀子を知っている者が居たっぽいけど、話しかけてくる者は居なかった。
……そうして始まる、健康診断。
まあ、別に特別な事をするわけではないし、やる事は医療機器がまだ無かったりでやり方が違うだけで、目的は同じである。
まずは、血液検査に、尿検査。ある意味、基本中の基本である。
ただ、現代と昭和のこの頃と違う点を挙げるなら……まず、注射針の太さだろう。
実は、昔の注射針は太かったのだ。
これは千賀子の前世の話だが、注射針が細く痛みを軽減させるようにと開発が進められるようになったのは、2000年代に入ってからだと言われている。
今は、まだ1980年代……当然ながら針はまだ太く、子どもが注射を受けて泣いてしまうというのも、仕方がない面があったのだ。
ちなみに、さすがに30歳を超えた千賀子にとって、いまさら注射針で怖がることはない。
そういう生まれ持っての恐怖症や苦手意識があるならともかく……で、それが終われば、今度は尿検査だ。
尿検査に関しては、尿を提出する側はあまり変わっていない。
昔に比べて検査機器の精度が良くなったので、その分だけ少量でも良くなった程度で……お次は、身長体重などのチェック。
これもまあ、やる事は同じだ。
ただ、現代ではあまり見られなくなった木製の測定器とかがまだ現役だったりするぐらいで……ちなみに、この頃の体重測定はアナログである。
そして、それが終われば……乳がん検診である。
そこまで受ける必要あるかって思ったけど、やるからには徹底的にということで、受けることになった。
なお、意外に思うかもしれないが、この頃(1980年代)はまだ乳がん検診は一般的ではなく、あまり一般人には認知されていなかった。
医療者の間でも乳がん検診を行っているところは少なく、まだまだ試験的に行われていただけで。
本格的に導入されて一般的になっていくのは数年後の話。
非常に痛みを伴うが画期的な装置であるマンモグラフィーが登場するのは、これより約20年後だったりする。
なので、この頃の乳がん検査は……両手を使った触診検査である。
心が汚れている人はここで良からぬ事を考えてしまうかもしれないが、触診を行う医者は本気だから邪な目を向けてはいけない。
実際……という言い方はなんだけど、無視できない違和感というか、しこりを発見した時の、医者の表情が明らかに変わる瞬間は……一部の人たちにとってはトラウマだろうから。
……で、だ。
それが終われば、レントゲン撮影。検査の順番は、前後していた。
バリウム検査も行い、しっかり、きっかり……それから、あれやこれや、あれやこれや、あっちに行ったり、こっちに行ったり……そうして、後日。
『──祝! 健康!!』
そう書かれた張り紙の横に、千賀子は己の診断結果を貼り付け、大々的に己は健康であると知らせたのであった。
……まあ、その際。
診断結果の欄に記された体重と3サイズを見て、ほとんどの女性が畏怖と驚嘆によって恐れおののき、分かっていた敗北を改めて認め。
男連中は……思っていたよりもサイズがデカいぞと動揺を露わにし、一部女性から引っぱたかれていたけれども……まあ、何時もの光景であった。
……。
……。
…………これにて、ようやく千賀子に関する不本意な噂話は終わりを告げたのであった。
思い返せば、今回ばかりは1から10までとばっちりというか、周りが勝手に勘違いしただけだったり、偶然が重なっただけだったり……でもまあ、とにかく終わったのであった。
「はあ、やれやれ……ようやく、ひと段落した感じだわ」
いったい、この一連の流れはなんだったのか……エマと春人の寝顔を見やった後で、一人自室にてズズズッと茶を啜った千賀子は、思わずそう呟いた。
それも、致し方ない。
今回のドタバタ具合は、なんというか……とにかく周りの反応をなだめることばかりに終始して、徒労感が半端なかったから。
「しばらくはもう、何も起こらないでほしいわね……エマも近々ちょっと反抗期に入りかけているっぽいし、春人も元気があり過ぎて大変だし……」
だから、誰に言うでもなく、そう言わずにはいられなかった。
「──マスター、ご報告があります」
「ん? なに?」
「先ほど、アメリカに飛ばしているスパイロボットから得た情報です。ニューヨークのプラザホテルにて、G5による銀行総裁会議が行われたのですが──」
だが、しかし……そんな千賀子のささやかな願いは。
「──ドル高を是正するための、未曽有の為替介入が行われることが決まりました」
「……? どういうこと?」
「つまり、強烈な金融緩和による、ドル安円高へと向かい……急激な勢いで景気が刺激されるかと思われます」
「……??? まあ、景気が良くなるのは良いんじゃないの?」
この後に発生する……というか、発生させられることになり、後の世にその名が知られ、暗黒の30年(以上)を生み出すことになる。
──『バブル景気』の到来により、叶う事は無かったのであった。
先に言っておくが、これは千賀子が意図して行ったことではない。
千賀子は、『恐怖の大王』を生み出さないために、日本の景気を陰から日向から後押ししていた。
その結果、千賀子の前世に比べて、この頃の日本人は余裕がある者が多かった。
そして、その中には……これからは世界だと、積極的に外国為替へと打って出る者がそれなりに居て。
偶発的にも当時のアメリカが行っていた高金利政策と、『強いアメリカ』を目指したことで生まれた莫大な財政赤字、それによって派生した急激なドル高……これらが複雑に絡み合った結果。
前世の世界では1985年に始まったとされる金融政策が、一気に前倒しになってしまい。
千賀子の世界においては、なんと1982年から……ソレが、始まってしまったのであった。
激動昭和・千賀子クライシス(75日で解決したら良いな)編はこれにて終了
次回、『激動昭和・熱狂日本列島戦国バブル時代編』、となります