ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
やってみせ、言って聞かせて、させてみて……という、海軍軍人の
これは、人を育てるうえで基本理念とされているぐらい有名な言葉だが、これはまさしく教育の真理を突いていると現代でも高い評価を受けている。
この名言を簡潔にまとめると、三つのステップに分ける事が出来る。
1.人を動かすには、まず自分がやってみせる。
自分が率先して模範を示し、次に言葉でしっかり説明し、実際にやらせてみる。そして、最後には努力や結果を認めて褒めることで、初めて人は主体的に動くようになる。
2.人を育てるには、相手の言葉に耳を傾け、認めること。
まず、相手を否定せずに対話を行い、意見を聞いて共感し、出来る範囲でかまわないので、まずやらせている。失敗を責め立てず、萎縮させず、考える事を学んでゆく。
3.感謝の念と信頼を置いていることを示さねばならない。
これは、見守りつつも放置しているわけではなく、貴方ならば一人でも解決できるという信頼を示し、感謝していることを伝え、必要に応じて助けに入るということを信じてもらう。
これが、人が成長するうえでとても大事だとされている考え方だ。
誰しもが無限のバイタリティがあるわけではない。そして、バイタリティがあると自認している人でも、些細なキッカケで心の均衡を崩してしまう人は多いわけで。
いざとなれば、仲間が支えてくれる……その信頼と安心が、数多の人々に『挑戦する心』を生み出すのだという、明言である。
この名言と、祖父から学んだ諸々を、千賀子はけっこう大事にしていた。
挑戦とは、勝負である。
そして、勝負とは負けて当たり前、失敗して当たり前。むしろ、失敗せずに成功だけ重ねる者が極々少数なのである。
それを、千賀子は知っているし、教えられてきた。
挑戦しなかった者は、そこに立つ事すら許されなかった人間である。現代ならばともかく、この頃は失敗してもまだ次を目指せられたのだ。
千賀子にとって、経験の有無は関係ない。年齢の高低も関係ない。
人を育てる余裕がまったく無いのであれば、無理は言わない。だが、余裕がある者が助けてやらねば、いったい誰が育てるというのか。
20歳であろうとも、60歳であろうとも、挑戦しようと自分の下へ来た者を、千賀子は無下にするつもりはなかった。
もちろん、体力的な問題、精神的な問題で業務が無理な場合もあるだろう。
だが、幸いにも己には余裕がある。
そして、この頃は現代に比べてオートメーションが進んでいないから、そういう人でもやれる仕事の量も多い。
金を溜めて次を目指しても良いし、もう心が疲れ果てて、ここを最後の仕事場にしたいと思っていても良い。
レース場内の雑草抜きや整地、そんな誰にでも出来る仕事でも、誰かの役に、千賀子の役に立っているのだから。
そう、余裕のある己が雇わねば、経験者として育て上げねば、いったい誰が彼ら彼女らを育てるのか。
そう考えているからこそ、まずは50人ということで千賀子は募集に掛けて……実際に、面接の場にも出たわけである。
(……話には聞いていたけど、まさかいきなり800人も応募が来るとは思わなかったわね)
ポスターを貼って、翌月。
まずは第一期募集ということで、募集期間を区切ったわけなのだが……これがまあ、倍率13倍にまで膨れ上がるとは千賀子も思っていなかった。
しかも、これはあくまで第一期。
事務所の方では『第二期の募集は行う予定があるのか?』という連絡がひっきりなしに来ているらしく、その時は倍率20倍を超えるのでは……とすら囁かれていた。
……これに関しては、完全に千賀子の落ち度である。
千賀子はそこらへん鈍いので自覚していなかったが、この世界における『春木競馬場』は、そりゃあもう学生たちの間ではトップクラスにランクインし続けている超優良就職先である。
なにせ、福利厚生が良い。それでいて、給料も良い。基本的に学歴が高い者を取るが、それだけではない。
人数制限こそあるが社宅があるし、人員をカツカツにして運営しているわけじゃないから、業務に余裕がある。
それでいて、会社などでよくある派閥が生まれようものなら、どこからともなく姿を見せた千賀子が釘を刺してくるのだから。
そりゃあ、『結婚しても辞めたくない』と女性職員が口を揃え、『辞めろというなら離婚します』と発言する女性が続々と現れるのも、当然と言えば当然な話であった。
……で、だ。
そんな超優良就職先への面接ともなれば、そりゃあもう希望者たちの緊張もバチバチで、そこにオーナーである千賀子が出ているとなれば……ほとんど例外なく、誰もがガチガチに緊張していた。
(……う~む、私自身は大した者ではないのだけど、立場と状況が相手にプレッシャーを与えてしまう……これもまた、人の社会の常か)
その姿を見て、千賀子は顔隠しの中で苦笑をこぼしていた。
人が人にプレッシャーを与えるのは、物理的な『力』を除けば、それは社会的な立場や状況が9割強だ。
その事を当然だと思えるほど、千賀子は己が偉くなったとは思っていないので、むしろ緊張されると申しわけない気持ちが大きかった。
……さて、そんな内心のすれ違いが発生している様を他所に、面接が始まったわけだが。
まあ、基本的に千賀子からは話しかけず、立場上は部下となっているベテラン職員や幹部職員からの質問に対して、応募者が答える……といった感じである。
ちなみに、だ。
この頃の企業面接は、『春木競馬場』を始めとして、一定以上の規模がある企業でも1回~3回が基本であり、だいたいは1回で決まるのが普通であった。
もちろん、大企業だと2回3回に分けて選別することも、特に珍しくはなかった……が、千賀子も参加するこの面接は、1回だけである。
理由は、2回も3回もやるなんてしたら己の時間調整が大変で、後は応募者たちも交通費やら生活費やらで大変だから、である。
令和の時代に比べて、1986年頃はまだ存在していない駅や新幹線や開通していない道路などがけっこうある。
また、インターネットなんてものがまだまだ未発達だから、web面接なんてモノはなく、応募はハガキや封筒あるいは電話が主流であった。
そして、交通費も大きな会社を除けば自己負担が当たり前だったため、求職活動の費用は現代よりも高い傾向にあったのだ。
まあ、この頃は正社員かアルバイト・パートかの二つに一つで、派遣社員もあるにはあったけど、それはごく一部の業種に限られていた。
つまり、だ。
改悪に改悪を重ねすぎて、完全に人を物品として運用する無期雇用派遣や、実質的に正社員登録を行わない派遣雇用(いわゆる、派遣切り)が常態化している現代に比べたら、はるかに紳士的で透明性があって誠意のある関係性だったわけだけれども……話を戻そう。
とにかく、2回も3回も面接したところで、実際に一緒に働いてみたら……という話は明治の頃より以前からあるらしい。
だから、部下たちが応募者たちを吟味しているのを横目に、千賀子は巫女的シックスセンスにて……彼らの内心を推し量っていた。
『──面接の際には、けして嘘や誤魔化しをなさらず、素直に語ってください。嘘や誤魔化しをしない限りは、それを理由に落とすことはいたしません 秋山千賀子より』
なお、面接室に入る際、その入り口にデカデカと設置した看板には、その言葉が書かれていて、それが逆に応募者たちの緊張を煽る結果にはなってしまったのだが……で、だ。
「──では、自己紹介と、ここを選ぶに至った理由と、志望動機をどうぞ」
「はい、藤堂明《とうどう・あきら》、27歳です。国鉄の〇〇〇を担当しており、此度は民営化に伴う人員削減によって退職勧告を受けました。今回の応募は、国鉄施設内に張られたポスターを見まして──」
そうして、始まった面接。一度は国鉄の面接を受かって就職しているからなのか、最初の人から受け応えがハキハキとしていた。
見た目も、いわゆる好青年といった感じで。
今回の面接を担当している3人の部下も、『彼は良いんじゃないか?』といった感じで高評価なご様子であった。
──だが、しかし。
「志望動機ですが、実は前々から『春木競馬場』の事は興味を持っていまして、国鉄を目指すか貴社を目指すかを迷っていた時期が──」
「──嘘や誤魔化しはなさらないでと、看板を見ませんでしたか?」
そんな空気も、千賀子が一声発した瞬間、一気に霧散したのであった。
「違いますでしょう? 名前は知っていたでしょうけど、興味は無かった……嘘を付かなくていいの」
それは、まさしく鶴の一声であった。
一瞬で空気が張り詰める最中、緊張感を高めてゆく最初の面接者である青年に対して、千賀子は……キッパリと告げた。
「給与とか福利厚生に引かれたのでしょう? 別にいいの、それが普通だから。ただ、私は素直な貴方を見たいのよ……ね?」
そして、それを聞いた青年は……ゴクリと、唾を飲み込んでから。
「その、給料が良かったし、次の当てがまだ見つかっていなかったので……」
「──そう、それでいいの。やっと、素直に話してくれたわね」
その言葉と共に、千賀子は顔隠しを外して素顔を見せる。
基本的に普段は人前では顔を隠している千賀子のそんな行動に、おおっと部下たちは動揺した。
「興味を持っていなくて当たり前よ。むしろ、民営化が決まるまで無関心だったって言われても私は欠片も驚かないわ」
「最初からアレコレ調べて来るのは大切だけど、そんな事をせずに興味本位でも足を運んでくれるだけでも大切なのよ」
「だって、興味を持ってくれたって事じゃない。この国に数多とある仕事の中で、ここを選んで来てくれたってことじゃない」
「ここが好きかどうかなんて問題じゃないの、嫌いじゃなければ。好きか嫌いかなんて、キッカケ一つでコロコロ変わるものだから」
そして、千賀子は再び顔を隠すと。
「好きになるかなんて、入ってからでいいのよ。そこで嫌われるような場所なら、その程度の場所だったって事なんだし」
そう、言葉を締めくくった後で……「遮ってごめんなさい、それじゃあ、続けて」そう、部下に指示を出したのであった。