ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
──結論を先に言うなれば、千賀子がやろうとしているのは民間の皮を被った、公共事業である。
職や仕事が減少する不況の時には、公が仕事を提供して職を与えるのが鉄則である。
これは、古代エジプトの時より存在すると有力紙されている、国家による雇用政策、富の再分配システムである。
近年では、何故か不況時に雇用を減らして人を買い叩くという行為を国が率先して行ったりするが、本来は古代エジプトのやり方が大原則なのである。
それを、千賀子がやるわけだ。
鶴の一声でパッと動けた古代エジプトの公共事業とは違い、現代の公共事業というのは兎にも角にも動きが遅い。
今日の仕事が無くて生活すらままならないというのに、来年以降用意します(あくまでも、予定)なんて事が不思議ではないのが、現代の公共事業というやつだ。
そりゃあ、用意する側は毎月しっかり給料が入ってクビになる事もないから気長に構えていられるが、生活が困窮している者たちからしたら、堪ったものではない。
誰も助けてくれないと思った者が、誰かのために大人しくしているか……そんなわけがない。それは、傲慢というものだ。
助けなければ人を襲うのか、それは違う。
そのまま飢えて死ねと言われて、おとなしく死ぬ人間はいない。
キッカケによって爆発すれば、二度と元に戻れないぐらいに、それは日本全土へ広がるのだ。
それを防ぐには、金を与えるのではない。
仕事を与え、報酬を与え、社会の一員として役割を与え、かかわりを持つことで、初めて人は人らしく生きられるのだ。
それを、千賀子は──『巫女』として、人々の身の内より湧き出る心を感じ取ってきたからこそ、おそらく誰よりも知っていた。
生まれもって良心が欠如している人間は、それほど多くはない。大半は、環境が人から良心を奪うのだ。
だからこそ、千賀子はそうなる前に仕事を与えるべきだと思っていて、ソレを実行することに躊躇はなかった。
「──ロボ子、ホテルは何部屋取れた?」
「ホテルや旅館に問い合わせ、部屋は予定通り計700部屋を取りました。小さいホテルでも、毎日確実に15部屋は埋まるように致しました」
「ありがとう……あ、競馬場まで遠いと思うけど、車の手配はした?」
「もちろんです、立地的にバスが入りにくい場所はタクシーを手配しました。これで、タクシー会社にも一定の資金が流れるかと」
ロボ子の返答に、千賀子は小さく頷いた。
歴史上、大きな工場などが閉鎖されると何万人もの生活に影響が……という言葉がニュースに流れる理由が、コレだ。
500人を雇ったとして、それはただ500人の雇用を生み出しただけではない。
その500人が動けば、移動の際に建物が、車が、電車が、必要となるし、その命を支える食も必要となる。
そう、書類上は500人の雇用でも、実際にはその倍の倍の……数千人あるいは数万人という規模となって、様々な雇用を生み出すのだ。
これを、不況時にこそやらなければならないのだけど……まあ、そこらへんは話が逸れるので、だ。
自宅から通える範囲の人には通勤手当を支給しているので、不公平感を減らし……そこまで話を聞いてから、千賀子は一つため息を吐いた。
「あっさりホテルや車の手配が出来たってことは、やっぱり閑古鳥だったわけ?」
「はい、まったくとは言いませんが、例年に比べて平均2割減、酷いところだと4割減……連絡を入れた際、何度も電話口で感謝の言葉を送られました」
「そう、それは良かった……あ、支払いは先にいくらか前払いしといてね。どこも苦しいから、少しでも現金が手元にあれば安心するだろうし」
「では、そのように致します」
ロボ子の返事に、千賀子は再び頷き……それから、今度は先ほどよりも深くため息を吐いた。
「分身たちに面倒を見てもらっているとはいえ、エマや春人の傍を離れて仕事&仕事は気が滅入るわ……」
「ちゃんと、夜には帰って抱きしめてあげているじゃないですか」
「足りないじゃない、それじゃあ」
真顔を向けられたロボ子は……静かに、視線を逸らしたのであった。
……さて、仕事を業者に投げっぱなしにすると、その業者が不安を覚えたりするので、ちゃんと現地の様子は確認する。
なんでかって、昭和のこの頃(1986年)……ではなく、その前。
オイルショックがあった頃、いきなりオーナーが行方を眩ませて支払いがされなくなった……という事件が度々あったのだ。
これ、仕事を受けていた建設業者は規模によっては一発で倒産しかねない、とんでもない事である。
なにせ、この頃の建築工事というのはだいたい100万円からスタート……という時代だ。
これが一軒家どころかビルともなれば、その費用は何千万、何億という規模になる。
小規模工事ならば完成後(あるいは前払い)に一括払いといった形だが、ビルぐらいになると、だいたい複数に分けて支払うのが普通であった。
まあ、これは現代でも似たようなモノだが……とにかく、途中でオーナーが行方を眩ませてしまったら最後、残るのは莫大な負債である。
人員を確保するために回したお金、工事を進めるために用意した重機、その他様々な費用が全て、負債となって建設会社に圧し掛かるわけである。
この頃は、オイルショックからまだ十数年……当時を知る者たちからしたら、そりゃあ万が一を想像して不安を覚えても致し方ないというわけだ。
──なので、ちゃんと現場に挨拶をする。
幸いにも千賀子の事は知れ渡っているようで、千賀子が登場すれば、それだけで『あ、この人なら心配する必要はないか』と、誰もが安堵した様子であった。
そして、現場監督など上役の人たちにも挨拶をする。
向こうも、さすがにこちらが女だからとなめた態度は取ってこなかった。
「事前の話のとおり、余裕を持たせてはいますが……もしも追加で工事や予算が必要になったら連絡してちょうだい」
「わかりました、わざわざありがとうございます」
「とにかく、事故は起こさないように。せっかくのレースですから、誰かの血が染みた場所にしないようにしてくださいね」
「胆に銘じます」
それで、とりあえずは、顔合わせはお終いであった。
……。
……。
…………ちなみに、だ。
千賀子の前世においても、赤字が続いて競馬開催が中止になったりしたのだけど、実は後に再び開催されることになる。
理由は、大胆なコストカットの結果。
しかし、コストカットというのは末端を切り捨てるということ。大本が助かる代わりに、他所へ行く金を抑えるということこと。
これは、基本的に一定の効果を発揮する。しかしそれは、利益が上がったのではなく、出費を減らしただけのこと。
社会全体で考えたら、ほとんどの場合は大なり小なり景気を冷え込ませてしまうのだ。
もちろん、大本が倒れたらその比ではない悪影響が出てしまうので、必ずしも悪いわけではないのだが……とにかく、だ。
千賀子はコストカットではなく、あえてコストを掛けることで、雇用を生み出したのであった。
当たり前だけど、これをやれるのは無限の資金源である『賽銭箱』があるからだ。
普通の企業……それどころか、国であっても資金は有限である。
それを知っている千賀子は、けして自らの行いを自慢したりせず、誰かに語ろうとも広めようとは考えなかった。
……。
……。
…………しかし、それでも間に合わない時もある。
千賀子が所有している牧場の管理者より連絡があったのは、それから4日後の事だ。
「……ご友人とその家族が、首をくくったのね?」
「はい、少し前から様子がおかしくて」
牧場にて。
そう答えた管理者の顔色は悪く、悲しみに消沈しているのが一目で分かった。
「ある日からまったく連絡が取れなくなっていたので、いったいどうしたのかと思ったら……母屋で、首を……」
それは、管理者の友人が経営している牧場にて起こった悲劇であった。
しばらく前から『牧場経営はリスクが大きい、なんとか東京に行った子供に遺産を残したい』とこぼしていたとかで、色々と投資に手を出していたのだとか。
「株や投資は危ないぞって話はしていたのですけど、最初はすごく利益が出たとかで、羽振りは良かったんです」
「そのまま、投資に?」
「詳しくは知らないんです。ただ、遺体があった部屋に、失敗した、破産した、所有している馬を頼みますって手紙が……」
「……なるほど、分かりました」
一つ、ため息を吐いた千賀子は、彼が言わんとするお願いを聞き入れることにした。
「その馬、どうせ亡くなった方の思い入れがある馬なのでしょう? 老い先短いでしょうし、余生はこちらで面倒を見ましょう」
「秋山オーナー……ありがとうございます!」
深々と頭を下げる管理者に、千賀子は手を振り……ふと、尋ねた。
「そのご友人の子どもは?」
それを聞いた管理者は、一瞬ばかり気まずそうに視線をさ迷わせてから、ゆっくりと答えた。
「実は、亡くなっているんです」
「え?」
「私も知らなかったんですけど、つい先日飛び降り自殺をしたとかで……たぶん、破産と子どもの死を聞いて、ガクッと気落ちしたから……」
「……そう、ありがとう、辛い事を教えてくれて」
いえ、いえ……そう言って頭を下げて、馬の世話のために部屋を出て行った、その後ろ姿を見送った千賀子は……一つ、ため息を吐いたのであった。