ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
不景気というのは、ある日突然起こる事ではない。
世界恐慌のように同時多発的(正確には、連鎖的)に起こったのであればともかく、だいたいにして、不景気の前には予兆がある。
それは、けして国内で完結するモノではない。
戦前ならともかく、1987年ともなれば、日本はすっかりグローバル社会の一員である。
外国無くしてもはや日本経済は成り立たないぐらいに外国に依存しているといっても過言ではなく、同時に、昔よりもソレの伝わる速度が上がりつつあった。
今回のキッカケは、株価の超乱高下。
恐怖の大王による因果改変の影響は幅広く、あるいは局所的で、誰もがその影響に気付けないし、対処が出来ない。
特定できない以上、波紋のように徐々に薬を広げていくしかない千賀子に対して、因果改変の影響はあまりにも一点突破過ぎた。
もちろん、ソレが全ての原因ではない。
彼女はあくまでも、過去に選んだ選択肢を変える……という事をしただけで、ほとんどの人は、大した影響は出ない。
だが、何時の時代も……運良く正解を引き当てた者はいる。
ハイリスク・ハイリターン。
一つ選択を間違えていたら、目も当てられないような不幸に至っていた……結果は幸運を引き当ててお金持ちになった者たちにこそ、因果改変の影響は強く出た。
例えばその日、大した根拠も無いのに勝てると大金を注ぎ込んだ投資家が居て……何時もであれば引き返すところを、この時ばかりは不思議と熱くなって勝負に出てしまった。
その結果、その者は大損したわけなのだけど……一度こうなると、不思議と挽回できないモノで。
次は勝てる、次こそは勝てる、そう願い続けて、気付けば担保に入れていた自宅すら失い……ビルから飛び降りる結果となった。
これに関して、因果改変を行ったのは本当に最初の一回だけである。
その後は、勝手に坂を転げ落ちただけ……そこで止めておけば良かったのに、欲の皮を張ったばかりに……まあ、実際に、だ。
華やかなイメージばかりが先行しているバブル景気時も、悪いイメージばかりが先行しているバブル崩壊後も……あ、いや、うん。
バブル崩壊後は本当に悪い事ばかりというか、イメージ通りなので何も間違ってはいないのだけど……それでも、いきなり100から0なんて極端な話ではなかった。
言うなれば、残り火というやつだ。
バブル景気時ほどではないが、それでもまだ勢いが完全に止まったわけではなく、人々の熱気もまだそこまで下がってはいなかった。
……が、しかし。
実際に、投資やら何やらで自殺者が出たという報道がなされてしまえば、さすがに不安を覚えてくる者も出てくる。
ただでさえ、別件とはいえ、だ。
『エイズ』という特大の社会不安が広がりつつある最中……悪い時に悪い事は重なりやすいというやつで、不安が不安を呼ぼうとしていた。
悲しいかな、仕方がない話ではあるのだ。
もはや、個人の力でどうにかなるものではない。
大半の者たちはまだ気付いていないだけで、バブルでこさえた借金は、ジワジワと現実社会に浸透しようとしていた。
国も地方交付税交付金を出して少しでも影響を抑えようとはしているが、バブルのまやかしによって生まれた歪は、その程度で抑えることなど不可能に近く。
そもそも、財源が無限にあるわけではないし……言うなれば、穴の開いたタンクにチョロチョロとジョウロで水を注いでいるも同然な状態になっていて。
ちゃんと効果は出ているのだけど、バブルのダメージがあまりにも広範囲過ぎて、水が届きそうになった時にはもう手遅れ……なんて事態が多発したのであった。
……ちなみに、だ。
『……え、なにそれ知らん……こわっ』
因果改変を行った当人は、せいぜい今日転んでひざが擦りむいた程度のアレが、何がどうなってそこまで行ったのかが分からず。
『そうね、病気でね、苦しむばかりで、家族からも見捨てられて……そうね、楽になりたいのね』
彼女としては、何気なく蹴った石ころが巡り巡って大爆発が起こったかのような話であり……正直、これって私のせいなのかと首を傾げるばかりであった。
……。
……。
…………さて、そんな彼女の一日だが、彼女の一日はホテルの一室より始まる。
ホテルという単語を見ていかがわしい事を考えた者は反省するように……彼女が止まったホテルは、ラブホテルである。
はい、静粛に、静粛に。勘違いをしてはいけない。
少しばかり豆知識というか、トリビアみたいな話なのだけど、実はラブホテルの全盛期というのは1970年代くらいなのだ。
元々、ラブホテルの元祖というか原形が一般人にまで広まったのは昭和初期頃と言われていていた。
そして、現代のような形になったのは戦後と言われているが、これはまあ日本の狭い住宅事情も相まって、大いに繁盛したのだとか。
で、これがまあ高度経済成長期を経て、どんどんラブホテルは差別化を図り、内装や建物全体が豪華絢爛あるいは独自性のあるモノへと変化していった。
ピークに達したのは、おそらく1980年前後だろうか。
この頃のラブホテルは、ラブホテルとは思えないぐらいに内装が凝っているモノが建てられ、内装見たさに夫婦を装って入る者が現れるくらいであった。
……そんな中で、次に起こったのが、ラブホテルのシンプル化。
つまり、凝った外観や内装ではなく、カラオケやゲーム機、ジャグジー、回転ベッドといった、ある種のアミューズメントへと方向転換していった。
なんでそうなったかって、色々と理由はある。
それはまあ風営法が改正されて色々と厳しくなったとか、建設コストが上がったとか……後は、女性もホテルを選ぶようになったから、だろうか。
それまでは男性が女性をホテルへ連れて行くという常識だったのが、女性がホテルを選ぶ(正確には、部屋を選ぶ?)という意識が生まれて来たからだとも言われている。
とにかく、80年も後半に入り、風営法も厳しくなったことで、より見た目がラブホテルとは分かりにくい作りになっていた。
……彼女が寝泊まりしていたのも、そんなホテルの一室であった。
金は、大丈夫だ。
なんか裏金を蓄えていた人の因果を改変して、速やかに資金を横取りしたうえで、司法の下で裁かれたり、あるいは仄暗い者たちによって処罰されてお終いである。
彼女が何だかんだ路頭に迷わずいられるのも、この因果改変のおかげである。
ただし、この因果改変によって少なからず助かる者が現れ、悪に加担していた者たちが被害を被るので、金を集めるたびに地味にダメージを受けているのだが……で、だ。
早朝6:32分。
起床と共に手早く身だしなみを整えていく。
時々だらしなくなる千賀子とは違い、彼女はいつも目覚めもばっちりであり、きっちり入浴して身ぎれいにするのがいつものルーチンである。
7:24分──チェックアウト。
改変能力のちょっとした応用によって認識を阻害した彼女は、何のトラブルもなくホテルを出て……近くの立ち食いソバ屋にて腹ごしらえをする。
『かけそば280円』。
これに、かき揚げと生卵をトッピングしたやつに、たっぷり七味唐辛子を掛けて食べるのが、一日の始まりを告げる
朝も早いこの時間帯に、女一人で立ち食いそばというのはけっこう珍しい。普通なら、ジロジロ見られているところだ。
しかし、今の彼女は認識改変によって正確には認識出来ない。なので、誰も彼女の事を女とは思わず、各々が難しい顔でそばを啜っていた。
そんな中で、彼女もまた難しい顔でそばを食べる。
特に難しい事は考えていないけど、周りがなんか難しい顔をしているから、気を使って難しい顔で食べる。
……朝の立ち食いそば屋は、戦場である。
次から次に難しい顔をした客たちが入って来る。この朝のクソ忙しない時に、のんびりタバコを一服する馬鹿もいる。
朝は、色々と忙しいのだ。
頼むのは掛けそばあるいはかけうどん。朝からかき揚げだの卵だのを入れる時点で、そいつは強者である。
当然ながら、その二つを入れただけでなく、七味唐辛子までトッピングした彼女は強者……周りから向けられる視線もまた、少しばかり異なっていた。
……その視線をしり目に。
彼女は食べきれなかったそばをそっと……申し訳なさそうにカウンターに残し、お金を置いて店を出る。
さて、朝食が終われば、彼女は電車……には乗らず、空を飛んで目的地へと向かう。
場所は大阪──住之江競艇場である。
いったいどうしてかって、そこでは大勢の人たちの様々な念が入り混じる、欲望のるつぼであるからだ。
これがまあ、彼女にとっては大変美味である。
それはもう、深呼吸をしているだけでどんどん体力が回復してゆくほどに……そうして、そこでしっかり補給を終えた彼女は……向かう。
どこへって、舟券を買うためだ。
競艇場に来て券を買わないやつがどこにいる。
少なくとも、彼女はいっぱしのギャンブラー……現地に来て券を買わない臆病者ではなかった。
「……4番、単勝。あ、1番も単勝。3・4の連複。本命は4・1の2連単。 4・1・3の三連複も……各1000円ずつで」
競艇新聞を片手に、耳に挟んだ赤鉛筆を使い、実に手慣れた様子で〇を書き込んでゆく。
ここでは、彼女は恐怖の大王ではない。
一人のギャンブラーとして、希望と夢を船に託して祈る……ただ、それだけであった。
「──お金返してぇぇぇええええ!!!!」
そう、それだけであった。
……。
……。
…………さて、昼も過ぎ、さすがにヤバいと思った賢い彼女は、体育座りのまま呆けていた状態から復帰し、競艇場を後にする。
お腹も空いてきたので、お昼は……ゲン担ぎも兼ねて、かつ丼にする。
こいつまだやるのかって言われそうだけど、負けっぱなしは性に合わない。勝つまでやれば、絶対に負けないのである。
そんな彼女のかつ丼は、食べきれる『かつ丼(小)』である。
あまりにも毎回食べ残すのを見かねた店主が、わざわざ彼女のために用意した裏メニューみたいなものである。
なお、この『かつ丼(小)』。
口があまり大きくない彼女に合わせて、肉が小さくカットされている徹底ぶりである。
これも、通常サイズだとモクモク時間を掛けざるを得ない彼女に合わせて、店主が気を利かせたのである。
彼女はそれに気付いていなくて、『なんか私に優しいメニューが出たな』と喜んでそれを注文しているが……まあ、とにかく、だ。
「ツリはいらないから」
「へい、まいど」
750円のかつ丼に、1000円札を出して店を出た彼女は……次の戦いの地へと、向かうのであった。
「タマモクロス……あなたなら勝てるわ……!!」
そう、古の都……京都へ。