ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
「──ええ、はい、はい、いえ、いえ」
「騎手の方は、あの後……ああ、幸いにも脱臼だけで、あとは打撲? もう退院した?」
「それでは、彼への見舞金と、務めている厩舎の方へ見舞品を……ええ、よろしく」
「それと、くれぐれも私の方からは怒ってはいないし咎めるつもりもない、と」
「当然ですわ。レースに絶対はありませんもの、起こる時はどんなに気を付けても起こりますし、起こらない時は起こらない……ええ、お大事にとお伝えください」
かちん、と。
受話器を下ろした千賀子は、大きなため息を吐いた。
その理由は、千賀子の最後の愛馬となる『タマモクロス』が出走中にアクシデントが発生し、競争中止になった事。
実際に現地でレースを観戦していたから、あの時は本当に胆を冷やしたものだ。
幸いにも、安楽死を行わなければならないような事態にはならず、タマモクロスは打撲を負った程度で済んで、騎手も軽症で済んだのは不幸中の幸いである。
ただし、一つだけ。
(……タマモクロスのあの目……あの目に宿った恐怖を消すには、一朝一夕ではいかないでしょうね)
気になるのは、タマモクロスの状態であった。
様子を見に伺って、千賀子の方でも状態を確認したが……深刻なのは身体のダメージよりも、心の方だ。
おそらく、いや、確実に、深い部分にまでトラウマが植え付けられてしまった。
アレを治すのは、千賀子でも難しい。
人間相手でも、キッカケを与えて少しずつ、少しずつ……自力での回復を促すことは出来るが……競走馬の場合、そうはいかない。
身体もそうだけど、頭の作りが違う。
『怖い』と思い込んでしまったソレを解きほぐすのは、己ではなく、毎日世話をしてくれる厩務員たちにしか出来ない。
ただ、気性が荒くて落ち着かせるぐらいなら千賀子の専売特許みたいなところがあるが……仕方がない事だけど、経過を見守るしかない歯痒さを感じるのであった。
(……そういえば、落馬した時、なんか聞き覚えのある悲鳴が聞こえたような……誰の声だっけ?)
そんな中で、ふと、千賀子は首を傾げ……そのうち思い出すだろうと思考を切り替えたのであった。
……。
……。
…………さて、そんなトラブルを他所に、千賀子の下に新たなトラブルが舞い込んできたのは、6月の半ばであった。
具体的には、なんと千賀子の地元にゴルフ場が建設されるというのだ。
ここらへんも、因果改変の影響があるのだろう。
あるいは、起死回生の一手として企業が動いたのか……まあ、客観的に見て、企業が千賀子の地元を選んだのにも理由はあった。
まず、千賀子が『山の主』として、近隣の山々を治めていること。
これにより、山々から害獣などが下りて来る頻度が激減し、土砂崩れといった被害も皆無で、『小川』も氾濫するといった事は起こらなくなった。
同時に、千賀子が山を治めていることで、野草などの山の幸が手に入るようになっていること。
普通、なんの手入れもされていない山の中というのは、そう簡単に山の幸なんて見つからない。
そういうスポットはだいたい持ち主が有刺鉄線や柵などで囲っていて、入れないようにしているからだ。
でも、千賀子の山は違う。
半自動的に手入れが行われているから、ある程度山に慣れてしまえば、けっこう見つけられるのだ。
それも、市販品に引けを取らないレベルのモノが。
さすがに、あまりにも大量に手に入ると地域経済へのダメージがヤバいので、運が良ければ見つかるかも……という程度にとどめてはいるけど。
そのおかげか、今のところ、特にトラブルらしいトラブルは起こっていない。
これはもう現代でもよくある話なのだけど、この頃の『山』というのは共有財産みたいな扱いをされていて、勝手に入って勝手に持ち帰るということを誰も疑問視していなかった。
いや、山の持ち主からしたら『おまえら、誰の許可を得て……』といった感覚だったのだろうけど、これはもうどうにもならなかった。
なので、千賀子も特に制限は掛けなかった。
ただし、山に入るのは自己責任であり、後になって『対策を怠った~』といった体で訴えでもしたら、全力で潰すと公言はしておいたのだけど。
……で、だ。
千賀子の影響によって、地元の空気はとても澄んでいるとか、季節に応じて鮮やかな景色が見られるとか、後は競走馬がお風呂に入りに来るとか。
大きな企業なんてモノはないけど、実は知る人ぞ知る名所といった感じで認識している人は多く、以前からけっこう人気を集めている地域でもあった。
……そんな場所に、突如浮上してきたのが……ゴルフ場建設。
最初にその話を聞いた時、勝手に建てるとか、ゴミ処理施設が出来るとかじゃないなら、それはもうトラブルもくそも無いのでは……と、最初は思っていた。
だって、そんなゴルフ場作れるような広い土地なんて余っていないし。
千賀子の記憶が正しければ、いちおう住宅街からけっこう離れた場所に……まあ、ある程度の立ち退きが出来たら作れるぐらいの場所はあったと思う。
ただ、立地的にも高速道路とか通っているわけじゃないし、噂が噂を呼んで膨れ上がっただけじゃないとも思っていた。
でも、いちおう気になったのでロボ子に調べさせたのだけど……そしたら、本当だったのだ。
なんか知らないけど、本当にゴルフ場として計画が動いているっぽい。
そこらへんはバブルが弾けたのか弾けていないのか、因果改変のアレでよく分からなくなっているらしいが……とりあえず、話は確かなようだ。
それと、だ。
どうやら、かなり強引というか、手段を問わない業者が動いているみたいで、土地を売れとあの手この手で嫌がらせが行われている、とのことだ。
幸いにも、実家には被害が及んでいないが、立ち退き被害に遭っている家があるようで、立ち退きが完了するのも、もう間もなくだとか。
──で、ここからが本題なのだけど。
どうも、その業者……既に工事を始めているっぽいのだけど、どうやら……工事の土砂やら何やらを、不法投棄しているっぽいのだ。
あと、近隣というか、工事の人たちの買い出しやら何やら、けっこうマナーが悪いようで……で、少し話を戻すのだけど。
先ほど、実家の方には問題が起きていないと説明したが、じゃあ、明美の実家(銭湯)はと言うと……どうやら、問題が起こっているようだ。
具体的には、作業員がとにかく騒がしいらしく、馴染みの客を威圧したり、勝手に場所を予約したりなど、色々とやっているのだとか。
注意すればその場では言う事を聞くらしいのだけど、次の日には……という感じで、中には逆ギレみたいな事をしてくるのだとか。
そのせいで馴染みの客足がすっかり遠ざかり、中には『すまないけど、工事が終わるまでは居心地が悪くて……』とはっきり口に出す者も。
最近は調子に乗ってきているのか、勝手に立ち入り禁止(要は、プライベートスペース)のところに入ってきて、ジロジロ覗いていた……なんて事もあったのだとか。
「……処す? 処す? 処しちゃう?」
「マスター、どうか落ち着いて、お友達にその顔は刺激が強すぎます」
この話を聞いた時、千賀子は思わず声が震えた。あと、子どもが見たら泣いちゃう顔になっていた。
ギリギリ踏み止まったのは、巡り巡った己の行いが一因でもあったからだ。つまり、自責の念。
実際に千賀子の行いは良い事なのだけど、そのせいであまり素行のよろしくない者たちが入って来たわけで……その分だけ、千賀子は踏み止まったのである。
……明美が千賀子に相談しなかったのは、この一連の騒動に千賀子が関与しているとは欠片も思っていないからだ。
実際、自分にも責任があると思う千賀子が考えすぎというか、背負い過ぎなのだけど……とにかく、だ。
──これは一度向かわねばならぬ。
そう判断した千賀子は、さっそく実家へと向かったのであった。
なお、エマと春人はお留守番である。
普段通りの帰省とは違い、連休中でもなければ祝日でもない平日……ちゃんと、学校に行くべきという千賀子の方針であった。
──一方、その頃。
千賀子の実家……ではなく、とあるビル。
名前は伏せるが、〇〇組と書かれた看板がなんとも威圧感を誘う、そのビルの2階にて。
「そういえば、工事は順調か?」
「ゴルフ場の件ですか? それなら、今のところ遅れはないようです。幸いにも小雨が何回かあった程度です」
「そうか、それなら良いんだ……」
「……? どうしたんですか、オヤジ?」
はた目にも『THE・ヤクザ』みたいな風貌の50代ぐらいの強面男と、30代ぐらいの男が書類仕事をしていた。
「どういったら良いのか分からんが……さっきから、妙に背筋がゾクゾクしてな」
「風邪ですかい? 引き始めが肝心って言いますし、車を出しましょうか?」
「いや、そういう寒気とは違うんだ」
そんな中で、どうにも顔色が優れない強面の……オヤジと呼ばれたその男は、なんとも居心地悪そうに、先ほどお茶を入れたばかりの湯飲みに手を伸ばし──た、その時であった。
──ばきん、と。
前触れもなく、いきなり湯飲みが割れた。
それも、手が当たったとか、落として割れたとか、そんな割れ方ではない。
まるで、見えない刃でスパッと切られたかのように斜めにスライドして……キレイな断面が見えるとともに、お茶が零れ落ちた。
「オヤジ!? 大丈夫ですかい!?」
驚いた男は、慌てて駆け寄った──だが、オヤジの反応は違った。
「ふ……」
「ふ?」
首を傾げる男をしり目に、オヤジは……ゴクリと、唾を飲み込んだ。
「不吉だ……」
その視線の先には……湯飲みに描かれていた菩薩の絵があって、ちょうど首を落とされた形になっていたのであった。