ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
あの秋山千賀子が名指しした馬。
それによって、密かに注目を集めていたオグリキャップという馬の知名度は、一気に跳ね上がった。
それもまあ、致し方ない面はある。
なにせ、競馬業界においては二人といない伝説的な存在が、最後と定めた己の馬に勝ってみせろと発破をかけたのだ。
しかも、だ。
秋山オーナーは、ただ発破をかけたわけではない。
万が一にもマスコミを始めとした考え無しな連中がバカなことを仕出かさないよう、オグリ陣営に自費で警備員を派遣したのである。
そのうえで、警備員だけでは万が一があるので、監視カメラによる監視と、そのための設備……その他もろもろを全て千賀子が用意することにした。
もちろん、勝手にではない。
先にオグリ陣営へと連絡を取り、早まった事を口走って申しわけないと前置きをしてから、である。
相手からは、馬のこと(正確には、大型動物)を分かっていない者を……という話も出たが、バカなことを仕出かす者が出て来るという話を聞いて、考えを変えた。
確かに、何時の時代もとんでもない事を仕出かすやつは、一切の悪気なく仕出かすモノで。
調教センターでは職員などが監視しているが、限度がある。また、牧場は違う。
広さもそうだが、こっそり入ろうと思えば入る事が可能であった……言っておくが、これは不用心だからというわけではない。
単純に敷地が広いから目が行き届かないからなのと、24時間体制で警備員を置くとなれば、その費用を誰が負担するのか……という話になるからである。
都会ならば出入口なんて限られているから設置する場所もおのずと少なく出来るが……厩舎の場合は、そんなわけにもいかない。
馬用の出入り口なのだから、必然的にサイズは大きい。
また、換気のためのスペースが設けられているから、大きさによってはそこから入ることだって可能だ。
なにより、都心とは違って、そこまで大量の監視カメラを設置出来ても、それらを動かす電力をどこから引っ張って来るか、という問題もある。
1台や2台ならともかく、しっかり警備しようと思うなら20台30台……もっと設置しなければならない。
それだけのカメラを同時に動かすだけでなく、監視映像をリアルタイムで確認するための設備(というか、施設)を用意するとなれば、これはもう大規模な工事が必要となる。
新たに電気設備を増築するだけでなく、場合によっては電線を引っ張って来る必要があるし……いっそのこと、監視カメラ映像確認のための部屋を別に建てた方が早いくらいまである。
当たり前だが、その規模ともなれば、さすがに馬主一人で背負えるモノではない。
監視カメラを増やすだけでもかなりの負担となるのに、設備全てを用意しろだなんて、中央競馬の馬主であっても、そう簡単には首を縦には振れない話であった。
だからこそ、そういった費用全般を千賀子が全部支払ってくれるとなれば、彼らは安心して首を縦に……ん?
──工事の音とか、人の出入りが増えるから、そこらへんはどうするのか……って?
そんなの、力技である。具体的には、とにかく人員を増やして超特急制作だ。
近くで作ると騒音がストレスになるので、離れたところである程度制作し、それを人力による大移動である。
とにかく手間と時間が掛かるけど、金に物を言わせて人員を使い、特注の台車などを用いて……という、恐ろしい力技である。
当然ながら、電気関係工事も千賀子が資金を出すわけで……いったい、どれほどのお金が動いたのだろうか。
江戸時代ならともかく、1988年のこの頃でも同じ方法で人を動かそうものなら、大企業でも役員が招集されるレベルの費用の掛けっぷりである。
しかも、それをタマモクロスの方でもやるわけだ。
ナイアガラという勢いで建築関係の仕事が減り始めていた地方の建築関係会社にとって、これだけでもかなりの助けになった。
そこに加えて、千賀子は道子の家を通して……保有している土地の整備保全に関しての仕事も発注した。
具体的には、将来性を考えて邪魔となる岩石の撤去や、一部にアスファルトによる整地を行ったり、木々を切り倒したり……あと、キャンプ地にする予定という名目で別荘も発注した。
『山の主』として保全を行っているとはいえ、あくまでも最低限。もともと人が寄り付かない僻地なので、荒れ地であることには変わりない。
なので、仕事を増やそうと思えばいくらでも増やせるし、今はそちらに余力を回せない事もあって、ある意味では丁度良い話でもあったのだ。
……いちおう。
誤解を招くかもしれないので軽く説明しておくが、悪名高き中抜きというアレとは違う。
ロボ子とかいう超有能秘書があるから問題が起こっていないが、建築関係というのは、建物一つを立てるためにいくつもの会社に依頼を出すのが普通である。
最初から最後まですべて対応できる1社が請け負う……なんてのは、まず無い。
だいたい、電気工事関係は〇〇会社、基礎工事は××会社、部品関係は△△会社、廃棄物などの回収会社は□□、警備関係は◇◇警備といった感じになるわけで。
いわゆる、ゼネコンと呼ばれる会社は、こういった様々な会社との間を取り持ち、工事全体を取りまとめる企業の事を言う。
道子の実家は、そういったゼネコン関係にも繋がりがあるわけで……つまり、発注してお金さえ払えば、あとは向こうがやってくれる、というわけだ。
もちろん、ロボ子に頼むよりも時間も手間もお金も掛かる。だが、今はそれが良いのだ。
とにかく滝を落ちるかの如く仕事が激減していっている最中、僻地に行くとはいえ、しっかりケチらず支払いが来るだけでも大助かりであった。
……そうしてひと段落済めば、次は……テレビ業界を通じて、CM撮影の依頼も出す。あと、グッズ展開も行う。
CM撮影は実際の競馬場を貸し切って、エキストラたちにも日当を出して……という、とんでもない大盤振る舞いで話を進める。
そこらへんは、千賀子の一存では出来ないので時間は掛かるけど……費用の8割以上を千賀子が出すと言えば、向こうからの反応はとても良かった。
千賀子としては、赤字になろうが仕事が生まれるのが大事だったから……客観的に見たら、『この人、生き方がロック過ぎるだろ!?』ってな勢いだったのだけれども。
それが終われば、まだ次がある。
具体的には、全国の地方銀行にて口座を開設し、そこに預金を……これに関しては、そこまですることは無かった。
幸いにも、『こんなこともあろうかと』といった感じでロボ子が開設してくれていたみたいだから、手間が省けた。
ちなみに、地方銀行の運営資金は、企業や個人の預金、融資を行った際の利子などである。
つまり、口座を作って大金を預ければ、それだけで銀行は助かるのだ。
もちろん、すぐに動かさない、動かす時は事前に話を通す、そのままにしておく……といった感じで信用を得ないと難しいのだけど。
まあ、その辺に関しては。
こういう時、千賀子のネームバリューが良い方向に働く。悪い時もあるけど、今は良い方向であった。
「もしもし、秋山千賀子です。そちらにある私の口座に入金したいのですが、空いている日程を教えてください」
『え、あ、え──しょ、少々お待ちください!!』
なので、電話をするだけで、電話口の向こうが慌ただしくなるのも致し方ない事であった。
なお、現代では電子データによる入出金が珍しくないけれども、この頃は例外を除けば基本的には現金での入出金であった。
つまり、どういう事かと言えば……億単位の入出金を行う場合、それを昼間(通常の営業時間内)に行う事はなかった。
理由は単純に、セキュリティリスクから。
昼間に行う場合は奥のVIPルームに通されたり、専用の輸送車が直接向かうなど、その時によって対応は異なるけれども、通常の一般客のソレとは違っていた。
……で。
予約した日の夜。隠してはいるけど物々しい雰囲気が見え隠れしている銀行出入口を通れば、職員から一斉に頭を下げられる。
正直、千賀子自身はそういう対応をされるのは嫌いなのだけど、これもまた、立場ゆえと諦めながら……さっそく、話を進める。
「とりあえず、向こう30年は引き出す予定がありませんので……」
「は、はい、それで、本当に──1000億円も入金されるのですか?」
「もちろん、そのために──」
千賀子が背後に視線を向ければ、それだけでスーツにサングラスの屈強な男が、大きな台車に大量のアタッシュケースを乗せて前に出て来た。
この男たちは、ロボ子が用意したロボット……その数、一人や二人ではない。
当然ながら、周りはソレがロボットだとは気付けない……そんな職員たちを他所に、一人の男がアタッシュケースを取り出し、それを……頭取の前にてパカッとケースを開けた。
「入金確認、お願いしますね」
「は、はい……お、おい、やるぞ!!」
それを見て、ようやく現実を現実として受け入れた頭取は、職員たちに号令を掛け……急いで、入金処理を始めるのであった。
……。
……。
…………これを、全国の地方銀行にて行う。
正直、とっても面倒くさい。
だが、下手にそこらへんを簡単に済ませようと思ったら、『愛し子カワイイもうどこから褒めたら良いのか分からないうう涙が出そうああ出ちゃったカワイイ愛し子カワイイぺろぺろしたい会社』が出て来るから……まあ、とにかく、だ。
バブル崩壊のダメージを考えれば焼け石に水だが、それでも……ひとまず、転がり落ちるのを防ぐだけの効果はあるのであった。
……。
……。
…………それでもまだ油断できないのがバブル崩壊であり、実際、それは千賀子の身内からもやってきた。
『──すまない、千賀子。本当はこういう事であまり頼りたくないのだけど、そっちでいくらか買ってくれる伝手はあるか?』
「兄さん、ひさしぶりに電話が来たかと思ったら……何が起こったの?」
『吟醸酒やワイン、ウイスキーが売れなくなって。安酒がその分売れているのだけど、薄利多売な状況になり始めていてな』
「……そう、分かったわ。タイミングが良かったわね、少し催しをしようと思っていたところで、そういう酒を探そうと思っていたところなの」
『──そ、そうか! ありがとう。実は、仕入れたそれらがいきなり売れなくなって、かなり苦しかったんだ……』
「とりあえず、どれくらい在庫があるかリストを作ってちょうだい。どれくらい購入するかは、その時伝えるから」
『ああ、分かった。本当にすまない、恩に着る』
電話越しにも分かる、安堵が出て来た声。
挨拶をしてから電話を切った千賀子は、一つため息を吐いた。それを、背後より眺めていたロボ子は……首を傾げた。
「マスター、そのような催しを考えていたのですか?」
「そんなわけないでしょ、これから考えるのよ」
そう答えた千賀子は、次から次にやってくるSOSコールを前に、疲れたように肩を鳴らしたのであった。