ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
──彼女の朝は早い。
ただ、彼女のルーチンワークは少しばかり、以前とは違っていた。
それは、エマの事だ。
以前はだいたいエマが来てくれて一緒に食事を取っていたのだけど、今はいない。
死んだとかではなく、自分が『恐怖の大王』として完全覚醒してしまえば、巻き込まれて死なせてしまうことを危惧したからである。
別に、彼女は人類に対して恨みも何も無い。
ただ、負の念の集合体である恐怖の大王である彼女にとって、それは息を吸うのと同じくらい、意識せず行う事であったからだ。
なんと言えば良いのか、彼女にとってソレは『仕方がないこと』でしかなかった。
お腹が空けば食べ物を摂取したいと思うように、喉が渇けば水分を取りたいを思うように、尿意などを感じたら出したいと思うように。
そこに悪気は無い。
むしろ、彼女からしたら、『生きているだけ苦しいばかりなんだから、楽にしてあげよう』という善意の意識すらあった。
なんでそう思うのか……それは、彼女が『負の念』の集合体からである。
言うなれば彼女は、辛い、痛い、悲しい、寂しい……そういった様々な苦しみを、おそらく世界中の誰よりも身に染みて理解している存在でもある。
彼女は誇張なく知っているし、その苦しみを、我が身に起こった事として記憶している。
そう、彼女は負の念の大本……それを生み出した者の痛みや苦しみを知っているし、体感しているのだ。
生まれた時からまともな食事を与えられず、マンホールの下で汚物の臭いの中で……感染症によって命を落とした苦しみ。
暴力の中で育ち、ただ生きるために手を染めた犯罪、その苦しみを知らない者から正義の名の下で撃ち殺される痛み。
犯罪に手を染めることもなく、真面目にルールを守って生きて来たのに、好き勝手やってきた者に殺された絶望。
それらの記憶が、彼女の中にはある。
だからこそ、そんな彼女からすれば、『死は救い』でしかないのだ。
これ以上苦難に満ちた常世を生きらせるよりは、痛みも苦しみもない場所へ連れて行ってやりたいと思うのは……ある意味、必然でしかなかった。
……とはいえ、そんな彼女とて──幸せを願わないわけではない。
いや、むしろ、誰よりも幸せを願っているのだ。
幸せを願っていて、幸せになって欲しいからこそ、苦痛の無い『死』を与えて幸せにしてあげたいと思って動くわけだ。
ゆえに──幸せを感じている人に対して、わざわざ彼女は死を与えようとはしないし、思わなかった。
与えるとするならば、その者が死を望んだ時……苦しみ、もう死んで楽になりたいと願ったその時にこそ、であった。
少なくとも、因果の果てより集まった負の念で完全覚醒する前の彼女ならば、そこまでしようとは思わなかった。
でも、完全覚醒してしまえば、その区別すら出来なくなる。
なので、エマには『遠くに行く』という名目で別れたのだけど……実は、今もそれを継続している。
なんでかって、巡り巡った因果によって完全覚醒こそ起こらなかったけど、その代わり、それ以上にヤバい女神様の存在があるからだ。
恐怖の大王である彼女は、千賀子とは違って、女神様の力を表面上でしか感じ取れない。
しかし、その表面上ですら、『え、マジで?』とビビってしまうくらい、彼女は女神様の恐ろしさを震え上がるほどであった。
『秋山千賀子』の皮を被ったからこそ分かるのだけど、女神様にとって、本当に愛し子である千賀子以外は、ほとんど区別が付いていない。
ギリギリ、生き物と無機物の違いが認識出来る程度。
人間の形を理解しているのは、ひとえに千賀子が人間の女として生れ落ちたから。
もしも、千賀子が生まれつき腕4本で生まれていたなら、女神様はおそらく、腕が2本の人間を、千賀子と同じ人間とすらカウントしなかった可能性すらある。
そんな女神様が、はたして千賀子以外の、周囲を注意したりするかといえば……まあ、そんなわけもなく。
だからこそ、少しでも巻き込まれないようにとエマを遠ざけたわけで、今もそれは変わっていないから、遠ざけたまま……で、話を戻すのだけど。
──エマが来なくなったことで、彼女の朝のルーチンが以前とは少し異なっていた。エマが来る前とも、少し違う。
具体的には、いつものギャンブルとは別に……女神様への対抗策を考える時間が増えた。
しつこいようだが、彼女は殺人鬼ではない。
女神様が動けば『死』を与えるどころか、存在していたという因果すら消滅させてしまうから……さすがに、それは許容できない。
なので、女神様をどうにかしなければならない……という目的は千賀子とも一致していて、共同戦線という形で治まっている。
だが、彼女はあくまでも皮を被っただけで、秋山千賀子ではない。
つまり、女神様も愛し子に似ているから──という程度で他より優しい対応を取ってくれるが、言い換えれば、その程度でしかない。
そのうえ、完全覚醒していない今の彼女は、千賀子よりもパワーを出せない。
千賀子の全力パワーが仮に通じたとしても大して意味が無い。千賀子よりも攻撃力が低いのに、真正面から挑んだところでまったくの無意味に終わる。
アプローチを変える必要があるわけだ。
現在、千賀子はお色気系で攻めているが……同じことをやっても二番煎じ、所詮は千賀子の劣化にしかならない。
そのため、らしくない事だとは思っていても、彼女はう~んと色々考える時間が増えたわけで……で、だ。
「──というわけで、ゲームを持ってきたからプレイして」
「というわけで、の前のセリフが何も無いのだけど?」
バブル崩壊の対症療法に勤しんでいる千賀子の下へ、彼女は突撃した。
以前ならともかく、今の彼女はもう人類がどうとかは考えていない。それを分かった千賀子は、以前のように警戒しなくなっていた。
エマとは距離を置いたし、彼女から感じ取れた不穏な気配も無くなった。
あと、なんか知らんけど、律儀に手土産を用意してくるあたり、どうにも敵意を維持し続けるのが難しく……ちなみに、だ。
今回、彼女が持ってきたのは……有名店で使用されているコーヒー豆であった。
普段、コーヒーは飲まないのだけど、嫌いではない。むしろ、好きな方だ。
ただ、わざわざ豆を買ってまで飲もうとは思わないだけで……ご丁寧に手挽きコーヒーミルを持参してきたとなれば、話は別だ。
これまたご丁寧な事に、お湯の温度やカップの温度もしっかり計って、蒸らす時間もキッチリという手の込みよう。
そのうえ、どうやらアメリカンコーヒー系のようで、またまた千賀子の好みに合っている。
これは期待できるのではないかと思って出されたコーヒーは期待通りで、出された大福の甘さと実にマッチ……これで敵意を維持しろというのが無理な相談であった。
いや、でも、本当に美味しいのだ。なにせ、コーヒーだけおかわりしたくらいに。
なので、以前に比べたら千賀子からの態度が知り合いに向けるソレとなっているが……話が逸れたので戻そう。
「今のゲームはだいたい一人用だけど、未来ではそうではない。いわゆる、『実況プレイ』というジャンルが生まれている」
「実況……あ~、う~ん、なんかこう……前世で、そんな言葉を耳にした覚えが……」
「女神様に通じるかは分からないけど、推しがゲームを楽しむ姿を眺める、それは一ジャンルを築くくらいになっていた」
「あ~、まあ、そうなんだ」
「なので、はい」
「……ああ、そういうことか」
彼女より手渡されたゲーム機とコントローラーを前に苦笑すると、千賀子はそれをロボ子へ──ん?
「…………」
「ロボ子、色々と思うところはあると思うけど、これも未来のためだから」
「──ちぃ!!!!!!!!!!!! (存じております)」
「あんた、そんなデカい舌打ち出せたの?」
与えられた仕事は忠実にこなすけど、何も思わないわけではない。
くっそ見下しているクソ雑魚ゲーム機をいそいそと接続しつつ、小声で『勝ったと思うなよ……』と忠告するロボ子をしり目に、千賀子は──ゲームソフトのパッケージを見やる。
「『パロパロディ ~イカは銀河を救う~』……なにこれ?」
「シューティングゲーム? らしいよ」
「なんで持ってきたアンタが首を傾げているのよ」
「だって、私は興味無いし」
「興味無いモノを持ってくるな──っていうか、ファミコンとは違うの?」
「違うみたいよ」
さて、そうこうしているうちに。
接続を終えたロボ子より促された千賀子は、コントローラーを手に取り……モニターに映し出されたオープニング映像を見つめる。
正直なところ、ゲームなんてのはインベーダーゲーム以来だ。興味が薄いうえに、得意というわけではなかった。
巫女的パワーとガチャのおかげでごり押しできるし、あっちは慣れてしまえば……という部分があった。
しかし、あれから時は流れ……さすがに、今のゲームはそう上手くは出来ないだろう……と、千賀子は思った。
「で、これをクリアすれば良いのね?」
始める前に、千賀子は彼女へと問えば。
「はい、クリアまで。ただし、条件を付けます」
「なに?」
「クリアするまで、トイレに行ってはいけません」
「は? したくなったらどうするのよ?」
「オムツ、買ってきた」
「なにやってんの?」
マジで意味が分からない……そう言いたげな千賀子……だが、その瞬間、千賀子は気付いてしまった。
そう──己が前回トイレに行ったのは3時間前だということに。尿意はまだ覚えていないが、水分は日常的に小まめに取るようにしている。
そこに来て、コーヒーを短時間に2杯。
なんだろう、意識すると妙にムズムズしてくるというか、いつもなら別に何とも思わないのに、どうにも……ていうか、だ。
……どうしよう。
意識すると、なんかトイレに行きたくなってきた。
チラリと視線を下げれば、あんまり美味しくてすぐに飲み干しちゃって空になったカップが……っと。
そこで違和感を急に覚えた千賀子は、反射的に下腹部へと手を当て──パンツではなく、いつの間にかオムツに差し替えられていることに気付き、サーッと顔を青ざめた。
嫌な予感が……そんな千賀子を他所に、だ。
「女神様も、見守りましょう。秋山千賀子の雄姿を」
『──(=^ω^=)ア~イイッスネ』
「大丈夫だ、クリアすれば問題ない。そう、クリアすれば……」
『──(=^ω^=)ア~イイッスネ』
「あと、実はゲームはもう一つ持ってきています。コーヒー2杯ですから、ゲームも二つ、平等だと思いませんか?」
『──(=^ω^=)ワカッテイルネ、キミ』
真顔でそう話を続ける彼女と、いつもとそんなに態度が変わらない女神様……そんな悪魔たちを前に、千賀子は。
ああ、逃げられない。
そんな言葉が、脳裏を過ったのであった。
※ 2本目のゲームソフトは、千賀子の前世では『魔界村』と呼ばれています。