ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
──1988年6月より北海道札幌市にて開かれた地方博覧会、その名を『世界・食の祭典』である。
で、この祭典……開催の理念や目的は、とても真っ当である。
北海道内の経済活性化や、一次産業の高度化だけでなく。
農漁業をめぐる国際環境の悪化に対して、食を通じて人間と自然、日本と世界の関係を見つめ直し、北海道をアピールして地域振興を図る……というものだった。
世界初となる磁気式プリペイドカードを入場券や遊具利用権として使用するという、革新的な試みも実施されたりしている。
そう、目的や理念は良かったのだ。
ただ、それを成すための前段階……すなわち、準備が圧倒的に不足していたというか、様々な思惑や情勢が重なってゴタゴタしている間に、見切り発車みたいな形になってしまったのだ。
具体的には、だ。
開幕まで数ヵ月という段階になって、まだ基本計画が策定されていなかったり、事前のPRが十分に成されていなかったり。
飲食のみならず、入場料や駐車料などにも料金が発生するという周知がまるで足りていなくてトラブルになったり。
札幌市中心で開かれていたわけではなく、『月寒《つきさっぷ》・大谷地《おおやち》』で分散的に開催して混乱を招いたり……ちなみに、だ。
距離だけで見たら共に10km圏内なので、立地的にそこまでマイナスには思えないかもしれないが……実は、1988年の道路事情を考えれば、けして近くはなかった。
なんでかって、当時の北海道札幌市内は、現在のように高架化されていない踏切が多数あって、開かずの踏切というのがチラホラあったのだ。
また、現在では中心部よりバイパスや幹線道路が通じているけれども、当時はまだまだ車線数も少なく整備も遅れていて、渋滞がいたる所で多発していた。
そこにきて、『世界・食の祭典』という道外をも対象にした特大イベントを開催したのだ。
当然ながら、交通網の整備が間に合っていないので何処も彼処も大渋滞。今では2,30分で行ける距離も、当時は倍の時間を必要とした。
いや、それどころか、下手に事故が起こりでもしたら、もっと時間を掛けても駐車場にすら入れないという……そりゃあ、不満の声が一つや二つどころでないわけだ。
しかも……それでもなお頑張って入場を果たしたとしても、内部の評判は良くなかったのだ。
理由としては、閉会後の原状回復などが理由となって、本格的な厨房設備(水道・ガス・電気)を設置できず、出せる飲食物が限られてしまったことだろう。
屋台程度の設備ならともかく、パビリオンを建てて厨房設備を用意するとなれば、大規模工事レベルの新設となるわけだが……ここで問題になるのが原状回復だ。
新設したそれらをそのまま別の施設として使うのではなく、すべて撤去して元に戻せ……となれば、必然的に規模も小さくなってしまう。
その結果、『聞いていた話に比べて、値段だけが高くて大した料理は出ない』なんて口コミが広まり、人離れが開幕してすぐに起きて。
他にも、食をテーマにしているのに、食とは関係ない催しがけっこうな割合で開催され、それでさらに予算を食いつぶしてしまった……等々など。
数え上げるとキリがないくらいに、もう色々とグダグダだけど。
とにかく、開催前から開催後に至ってもなお、予測されていたトラブルを何一つ回避できないまま発生したわけである。
しかも、開催して日数が経過してもなお、それらのトラブルに対して根本的な対策が行われず、そのまま赤字で終わってしまった。
……というのが、千賀子の前世での話である。
前世とは違い、千賀子が生きる今生の世界では、何か変わったのかというと……まあ、あまり変わってはいなかった。
あえて挙げるならば、千賀子が何度かレースを開催したり、牧場建設を行ったりして、前世に比べていくらか税収アップを図っているくらいだが……いや、それでも、常人には出来ない大したことなのだけど。
「あのさぁ……赤字になっても、いざとなったら道が肩代わりするからって感覚でこの計画で動いたの?」
「いえ、そんな事は……」
「言い訳ばかりお上手ですね。素人の私にも分かるくらい、色々と見切り発車にも程があるでしょ」
「…………」
で、だ。
わざわざ電話連絡までしてきたので、いったいどうしたと北海道へと乗り込んだ千賀子だけど。
ひととおりの事情を聞いた千賀子は、普段とは違って、らしくもなく辛辣な言葉で関係者を詰めたのであった。
千賀子が怒る……というか、呆れてそんな言い回しになってしまうのも、致し方ない面があった。
実際のところ、詰めが甘すぎるというか、見切り発車にも程があり過ぎたという千賀子の意見は間違ってはいなかったのだ。
──兎にも角にも、準備期間が短すぎたのだ。
地方博覧会ブームの火付け役となった神戸ポートアイランドが、約3年。
今回の食の祭典と同時期に開催された、ぎふ中部未来博は準備期間に6年の時間を費やし、見つかった問題を一つずつ潰していったことで成功を収めた。
それらに比べて、今回の祭典の準備期間は約1年半。
この時点でかなりの無茶が発生するのに、基本計画すら遅れに遅れて……そのうえ、前述したとおり、食がテーマなのに調理設備を用意出来ない。
……やりたい事は分かるし、1988年に合わせたかった狙いは察せられる。
というのも、1988年の北海道は、青函トンネル開通・青函トンネル開通記念博覧会・新千歳空港開港……という、ビッグイベントに加えて。
韓国のソウルにて第24回夏季オリンピックが開かれる年であり、人々の意識や興味が外国へと向けられていた年でもあった。
そりゃあ、この勢いに合わせて……と、考えるのは、致し方ないのだけど……でもまあ、それはそれとして。
「……その、入場者数って、今は1日どれくらいなの?」
「おおよそ、1万──」
「あっ、無料で入れる関係者を抜いた有料入場者の数でね。それと、計画上の予測入場者数は?」
「…………」
「そこ、無言になられると怖いのだけど? 答えないなら帰るけど?」
「ゆ、有料は……や、約ろ……6000人前後です」
「計画の上だと?」
「……に、2万……4000人、です」
「半分どころか、4分の1じゃないの……」
後から何とでも言えるとかいう話ではなく、そもそもからして開幕前から不安視されていたのだ。
それが蓋を開けてみたら、奇跡なんて起こることもなく……これはもう、開催すればするほど赤字だけが積み重なる、負のスパイラル状態であった。
……で、話を戻すのだけど。
このままではにっちもさっちも行かなくなる(既に、とは考えてはいけない)この状況をどうにかするために、『助けて千賀子様コール』がされたのだけれども。
(……いや、これ、無理でしょ)
はた目には、考え込んでいる……という体で、腕を組んでフリをしつつ。
改めて……眼前の関係者たちだけでなく、ロボ子より調べてもらった情報をリアルタイムにてこっそり聞きながら……千賀子は、もうこの時点でさじを投げていた。
これはもう──無理である。
少なくとも、千賀子には、この状況を改善する方法が思いつかなかった。
なんでかって、既に祭典は開かれているのだ。
今から資金を投入して問題点を改善する……といういつもの手段は手遅れ。
交通網を改善しようと思っても、そもそも、改善のための工事で大渋滞が発生してしまうし。
千賀子の自費で調理設備を用意しようにも、完成する頃には閉幕……ていうか、ドカドカ騒音が鳴り響く中で落ち着いて飯は食えないだろうし。
ていうか、赤字分を千賀子が補填なんて事をしだしたら、それこそ全国の赤字事業全部が千賀子に助けを……まあ、うん。
人体に例えるなら、出血しているのに『健康に気を使って早寝早起きをしましょう!』とか言い出している状態だ。
まずは出血を止めろという話だが、行政の動きは分かっていても止められないというやつだから……これを突破しようと思ったら、それこそ人知を超えた奇跡でも──。
(……ロボ子、もしも、私がこの件から手を引いて、この祭典がこのまま進んで行ったらどうなると思う?)
とりあえず、自分一人で考えても致し方ないので、通信機越しにこそっとロボ子に尋ねてみたら、だ。
『──一部施設の無料化、ファストフード店など、とにかく赤字を賄うために対策を取れたとしても、最終的には数十億円規模の赤字になる可能性が極めて高いかと』
(それ、北海道経済にどれくらいの影響になるの?)
『──北海道は東京や大阪に比べて経済基盤が弱いので、かなり大きな打撃になると思います。現時点では予測の域を出ませんが、北海道内の銀行へのダメージも相当なモノになるかと』
(……潰れる可能性あり?)
『──確率としては0ではありません。マスターのおかげで余裕は生まれましたので』
(その余裕があっても、破綻する可能性が出てくるのか……)
『──余裕分はそのまま放置されてはいませんから。既に様々な形で分散されています……つまり、銀行が自分の身を守るために回収を急ぎ始めたら、その分だけ他に影響が……』
(そうよね、そうなるよね、何処も彼処も余裕が無いから、すでに色々なところへ補填されているわよね……)
なんとも、恐ろしい予測を語られた千賀子は、表情を強張らせたくらいであった。
……。
……。
…………そう、千賀子は、気付いていなかった。
国もそうだけど、千賀子にもどうにも出来ない問題を前に……ただ一人、いや、ただ一柱だけ、どうにか出来るということに。
『──(=^ω^=)イマスヨ、ココニネ』
(呼んでいません、女神様)
そう、千賀子は意図して考えないようにしていたのだけど、女神様にはお見通しであった。
そして、悲しいことに……この状況に対して一切の疑問すら抱かせずどうにか出来るのは、本当に女神様だけなのだ。
千賀子やロボ子が一晩で諸々の問題を解決……なんて事になったら、連日連夜の大ニュース。
現代の怪奇現象としてテレビを騒がせてしまい、食の祭典どころではなくなってしまうだろう。
そうでなくとも、ここで千賀子が無利子かつ実質的な返還義務無しで融資なんてしても、同じ事。
なので、謙遜でも何でもなく、本当に女神様だけがこの状況をどうにか出来るわけで。
だからこそ、色々と不安を覚えはしたけど、千賀子は女神様の次の言葉に耳を傾けたのであった。
『──(=^ω^=)イトシゴハクランカイ、開催致します』
(却下で)
『──(=^ω^=)アンシンシテクダサイ、スベテハコチョウノユメ』
(却下で!)
『──(=^ω^=)ダイジョウブ、イトシゴガアマリニモアイラシイダケデス』
(聞いて、お願いだから……!!!)
その結果、傾けた事を後悔したのだけれども……まあ、うん。
どうやら、今回も千賀子が身体を張る事になった。
なお、開催中も閉幕後も、千賀子はあまりのおぞましさに思い出しては嘔吐するという後遺症を残したが。
結果だけを見れば、北海道経済に貢献し。
女神様の『尊死ゲージ』がグググッと上昇したので……けして、何もかもが悪い結果になったわけではなかった。
ただ、千賀子の心に、消えない傷を残しただけで。