ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
──1968年(昭和43年)、年が明けて、いよいよ千賀子の周囲にも卒業の空気がジワジワと広がるようになった。
やはり、頭では何時に卒業するかが分かっていても、実感が湧くのは期限が迫って来てから。それは何時の時代も例外ではなく、千賀子もまた例外ではなかった。
「──千賀子は、予定通り大学に進学でいいんだね?」
正月の空気も過ぎ去り、まだまだ続く厳しい寒さの中で。『1月』と書かれたカレンダーをチラリと確認した父の言葉に、千賀子はハッキリと頷いた。
……この頃の大学進学率は、調査が始まった1954年(昭和29年)に比べて男女ともに倍近い。
まあ、倍近いとは言っても現代に比べたらおおよそ半分ぐらいだし、女子にいたっては男子の半分にも満たない……が、勘違いをしてはいけない。
それは、女子に選択肢が無かったのではない。
勘違いしてはいけないが、この頃は男女ともに選択肢など無かった。男ばかりが進学出来たと誤解する者は多いが、言い換えれば、理由が無ければ進学以外の選択肢など無かったのだ。
ぶっちゃけてしまえば、もうこの頃には『せめて高校ぐらい』、『今時は大学に』、そういう意識が親の世代に生まれていたのである。
もちろん、全ての家庭がそうではない。様々な理由から、進学よりも就職を……と、断念せざるを得なかった者も居ただろう。
だが、当人の希望など抜きに、是が非でも大学にと後押しする家庭も、親の命令に従わないなら出て行けと選択させる家庭も少なからずあったのだ。
しかも、戦後から年々増え続けていた学習量だが、この頃になれば教科内容の改定が行われた事でピークに達し、勉強ノイローゼを発症する学生は多かった。
いわゆる、後の世で『詰め込み教育』と呼ばれ、問題視されるようになったやつだ。
そう、自由とは名ばかりで、学歴という厳しい競争社会を強制される男子もまた、この頃から非常に多かったのだ。
苦学生として貧乏暮しの中で通う学生は少し違うかもしれないが、大学に通わせてもらえるレベルの家は、より難関大学への受験を強制されるような環境だったのだ。
ちなみに、試験に落ちたらボロクソに叩かれ、それで精神を病んでしまう男も多かった。
まあ、より安全かつ高給で社会的ステータスの高い仕事を学生たちが求めた結果、大卒という学歴を求める人が増えた……という面がある事も、忘れてはいけない。
──さて、話が逸れたので戻そう。
そんな時代に受験生を迎えた千賀子だが、実のところ、千賀子は試験に対して超余裕……というか、同世代に比べて滅茶苦茶気楽であった。
理由は、いくつかある。
まず一つ目は、両親が放任主義……かは判断に困るが、全面的に千賀子に判断を委ねていたからだ。
これはまあ、幼い頃から千賀子を見て来たからなのだろうが、『千賀子のやりたいようにやりなさい』という、良くも悪くも千賀子への信頼のおかげである。
なので、この頃の他の一般家庭では見られていた、『少しでも良い学校、良い大学、良い会社へ!』という圧力が皆無で。
本来ならば、受験前の最後の追い込みといっても過言ではないこの時期にも関わらず、千賀子はのんびり過ごしていた。
……なお、友人の明美と道子は就職するらしい。ただ、その中身は少し違う。
明美の場合は家庭の事情から大学費用を捻出できず、また、本人はとある理由から大学に行くのを怖がっており、就職組に入った。
千賀子の方からそれとなく話を持って行こうとしたが、逆にちょっとたしなめられる形で怒られてしまったのは、記憶に新しい。
まあ、そうでなくとも、明美は『大学に行ってもやりたい事ない』らしいので、大学に行く気持ちは薄かったのだろうけど。
そして、道子の場合……こちらも明美と同じく就職するらしいが、道子は高校卒業を機に正式に婚約するらしい。
相手は、小学生の時に一度だけ顔を合わせた、あの美少年らしい。
婚約なのに正式と話を聞いた時、千賀子は首を傾げた……が、ドロドロとした熱を放っている道子の目を見た千賀子は、何も言わなかった……話をまた戻そう。
二つ目は、大学費用を頑張って工面する必要がないこと。
これもまあ世間一般の学生からすれば嫉妬で気が狂いそうになる話だが、千賀子はそもそも、既に一生働かなくても生きていけるだけのお金を持っている。
そう、『賽銭箱』のおかげだ。
確認するのが怖くなっているので正確な金額は知らないが、前回に確認した時は……約3兆円ぐらいだろうか。
なので、親からの金銭的なプレッシャーに耐えながら受験に臨む学生たちを他所に、そういうプレッシャーが皆無な千賀子は、それはもう気楽なものだ。
また、それ以前の話だが、千賀子はそもそも大学費用に関して親から援助を受けていない。
自由にやりたいのであれば、自分で必要な事は工面しなさい……ということで、二重の意味でも千賀子は気楽なのである。
そして、三つ目……単純に、千賀子は成績が良かった。
これもまた全国の受験生を狂気の淵に立たせてしまうような話だが、千賀子には『ガチャ』の恩恵がある。
魅力ピックアップ(固定)ガチャなので、その頻度は低いが……記憶力というか、そういう面も実はそれなりに恩恵を受けているのである。
もちろん、それは中学高校の6年間、魅力的過ぎるあまり外出もままならず、暇潰しも兼ねて勉強ばかりしていたおかげでもあるが……まあ、うん。
まあでも、いくら恩恵があるとはいえ、そもそも千賀子の地頭はそこまでよろしくない。
なんというか、勉強は出来るけど頭の回転はそこまでじゃない。テストの結果は常に上位だけど、実務をやらせるとそこまで……という感じだ。
ぶっちゃけると、巫女的シックスセンスが無かったら、けっこう凡人の域を出られない……千賀子はそういうタイプなのだ。
なので、決まった答えがあるというテストに対しては、恩恵の効力を十二分に発揮しやすいということもあり、精神的な負担が千賀子に対しては軽いのである。
言い換えれば、発想の転換や機転を利かせるといった能力が千賀子には欠けているのだが、その点に関しては巫女パワーで誤魔化せているので、千賀子はまだ気付いていなかった。
……。
……。
…………ちなみに、だ。
千賀子が気楽である理由はわかったが、ならば、どうして大学に行くのか……それは、単純明快。
──有って早々困るモノでもないし、取れるうちに取っとこうと思ったからだ。
状況的に仕方がなかったとはいえ、勉強ばかりしていたのは事実。とりあえず、6年間の勉強時間の報酬を欲しいとちょっと思った。
なにかトラブルが起こって退学してしまうならばまだしも、合格する学力があるのに受験しないというのは……けっこう、勿体無いかもと思ったのである。
──さて、そんな感じで、少しばかり時は流れて2月。
千賀子の周りは平和……というには変質者が現れたり、風呂を覗こうとする者が現れたり……全て神通力で叩きのめしたが、まあまあ平和であった。
ただ、その目を世界に向けたならば、今年の始まりもまた多くの血が流れるところから。
大韓民国大統領府への襲撃事件、ベトナム戦争の激化によってゲリラが決起、また米軍が水爆を行方不明にしてしまうなど、兎にも角にも平穏とは口が裂けても言えない始まりであった。
「……ついに、ついにこの日が来た!」
けれども、そんな血みどろの戦いを他所に……千賀子は、震える指先を気合で誤魔化しながら、トロリと……レトルトパックより湯気が立ち上るカレーを、ご飯に掛けていた。
──そう、1968年2月12日。この日、世界で初となる市販用レトルトカレー、『ボボンカレー』が販売されたのである。
言っておくが、ボンカレーではない。それは、前世の話。
中身は完全に千賀子の知るアレと同じだが、この世界ではボボンカレーという名が付いた……いや、今はそれどころじゃない。
両手を合わせて、いただきます。
それから、震える指先を叩いて激励しながら、スプーンを動かして……懐かしき香りと共に、パクリとカレーライスを一口。
「……うん、そうそう。この味だ、この味なんだよ……唯一無二の味……!!!」
うっすらと滲む涙を指先で拭いながら、千賀子は至福の一時を噛み締めた。
たかが、レトルトカレー。
されど、レトルトカレー。
しかも、千賀子が食べているカレーはただのレトルトではない。
数多のレトルトの中でも、オンリーワンの座に君臨し続けるレトルトカレーの……ぼんか……じゃなくて、ボボンカレー。
その感動は、言葉では到底言い表せられるものではない。
なにせ、食べたいと思っても存在しない。買おうと思っても、商品として作られていない。金が有ったところで、無い物は無い。
存在しないからこそ認識出来ていなかった、潜在的不満。
下手をすれば10年以上も溜め込まれていた不満からの解放感は、実際に体感してみないと分からないだろう。
「……たしかに美味いが、泣くほどか?」
「さあ……私にはさっぱり」
だから、実際に体感していない両親は、どうして娘がそこまで感動しているのか分からず、首を傾げるしかなかった。
そう、両親からすれば、そこまでかと首を傾げるような話でしかなかった。
美味いのは、美味いのだ。
カレー(レトルト)を手軽に湯煎するだけで食べられ、それでいて美味い……こんな画期的なモノが生まれた事に、両親は驚いた。
だが、それだけだ。
千賀子のように、ボボンカレーのCMを見た時から機嫌よく、毎日カレンダーを眺めては、もうすぐもうすぐと落ち着かない様子になる事もなく。
様々な事情から店に到着するまでが1日or2日遅くなると聞いた瞬間、わざわざ隣町の大きな店まで買いに向かった時には、そんなに楽しみにしていたのかと呆れたぐらいである。
「うう……このまま1ヶ月ぐらいボボンカレーだけでいい……!」
「いや、さすがにそれは嫌よ、身体にも悪いでしょうが」
思わず母が拒否したが、それには千賀子以外同意である。
涙を滲ませながらもパクパクとスプーンを忙しなく動かす様は、もうすぐ高校を卒業するとは思えないぐらいに子供っぽく。
もうすぐ1人暮らしをするというのに、本当に大丈夫なのだろうか……そんな不安が両親の脳裏を過るには、十分すぎる姿であった。
……なお、祖母も千賀子の気持ちは分からなかったが、それはそれとして、これはけっこう美味しいと内心にて褒めて……っと。
じりりり、と。
カレーの至福に心を浸らせている千賀子の耳に、電話のベルが聞こえてくる。
何時もなら千賀子が率先して電話を取りに行くのだが、今回ばかりは千賀子は無視をして……苦笑した母が、父を制して電話を取りに向かった。
別に怒ることでもないが、ここまで幸福に頬を緩めている姿を見れば、浸らせてやろうと思うのも致し方ないことであった。
……。
……。
…………と、そんな空気が流れていたわけだが。
「千賀子、貴女への電話よ」
「……え?」
ぐわっ、と。
それはもう不機嫌そうに顔をしかめた(それでも、美人である)千賀子に、母はまた苦笑をこぼすと、黒電話を指差した。
この頃はまだ、一般家庭の電話は黒電話しかない。
それも、真ん中の回転盤を回して番号を入力するタイプの……まあ、掛かって来た電話なので関係ないけど。
「いったい誰から?」
「それが、『私の声を聞けば分かる』って。若い女の子の声だったわよ」
「えぇ……それ、どう考えても悪戯の類では?」
「千賀子、早くなさい」
「……はい」
正直、無視してやりたい気持ちが大半だったが、客商売をしている以上はそうもいかない。
これが男だったなら母は電話を切っていただろうが、相手が若い女だったから……万が一を考えたのだろう。
本気で怒った母は怖いので、名残惜しいが……本当に名残惜しいが、食べかけのカレーをチラチラ見やりながら……本体の傍に置かれている受話器を耳に当てた。
「はい、お電話代わりました、千賀子です」
『あっ、本体の私? 私だよ、私、3号、元気してた?』
……思わず、カクンと肩の力が抜けかけた。
だが、溜め息と共に受話器を下ろすわけにもいかない。
テレパシーで念話すれば一発で済むところを、わざわざ電話という遠回しな手段を取って来たのだ。
おそらく、何かしらのトラブルが起こったのだろう。
一つため息を……いちおう、家族に心配されないよう声を潜めながら、まあ、同じ部屋に居るので無理だけど……改めて理由を尋ねた。
「それで、いったい何があったの? ていうか、あんた何処に居るの?」
『今は大阪かな。少し前までベトナムに居たけど、ゲリラが蜂起してちょっとどうにもならなくなったんで、こっちに避難してる』
「……ちょっと待って。アメリカじゃなくて、こっちに戻って来たの? ていうか、大阪? なんで?」
『本当はそっちに戻りたかったけど、ちょっと残存エネルギーが心許なくてね。こっそり密入したりなんなりで、ようやく大阪に到着出来たって感じかな』
「えぇ……この前、かなり詰め込まなかったっけ?」
『それがさあ、反戦運動の気運が高まり過ぎて、ベトナム帰りの兵士を言葉でも拳でもリンチする人が多過ぎて……片っ端から、例の村に輸送しているせいで、あっという間にガス欠だよ』
「向こう、そんなに酷いの?」
『酷いなんてもんじゃないよ。人は正義の立場に立ったと思い込んだ時にこそ悪魔に成るのだと知ったよ、あのようには成りたくないなあ』
「……ありがとう。とりあえず、大阪に行けばいいんだね?」
カレーの事は名残惜しいが、頑張った3号よりは優先順位は低い。分身だと分かってはいるが、頑張った者に報いたい気持ちはある。
さっそく2号と連絡を取り、迎えに行く準備をしようと……思ったのだが。
『あ~、ちょっと待って。一つ聞いていい?』
「なに? それは後に出来ないの? さっきから10円玉がうるさいのだけど」
チャリン、チャリン、チャリン。
距離があるため、10円玉の消費が激しい。会話を言い切らないうちに、硬貨が投入される音が聞こえる。
現代では見掛ける回数が減った公衆電話だが、この頃はまだ100円玉が使えず、距離が遠い場合はそれこそ常に10円玉を投入し続けなければならなかった。
おそらく、3号は神通力を駆使して絶え間なく投入し続けているのだろう……だからこそ、尋ねたい事があるなら顔を合わせてからでも遅くないのではと千賀子は話したのだが。
『本体の私さあ……物は試しなんだけど……』
「なんなのさ、その勿体ぶった言い回しは?」
──いいから、はよ本題を話せ。
そう言外に込めれば、『うむ、それならば、単刀直入に言おう』3号はカラッとした様子で(声だけでも分かる)、返事をすると。
『本体の私。ちょっくら大阪岸和田の自治体に賄賂やら何やら金と力で物を言わせて、競馬場閉鎖を食い止めてみないか?』
「は?」
『こういうデカいところが潰れると、連鎖するからね……いや、悪いのは客の方なんだけど……どうかな?』
「どうかなって、本体の私が言うのもなんだけど、3号はもう少し相談することを覚えた方がいいんじゃないかな?」
一つ聞いていい……みたいな軽々しい言葉とは想像もつかない、とんでもなく重い話を、千賀子に語ったのであった。