異世界から故郷に帰ってきたはずが、パラレルワールドに来てしまったみたいなんだが。 作:水野 四十坂Q
「いやぁ……マジか」
地面を覆うアスファルト。
そこらじゅうに乱立する、四角くてバカ高い建物。
道を走り回る鉄の箱。
これらは俺にとっては極めて馴染み深く……だがしかしつい最近まで、とんと見なくなっていた物たちだ。
信号機からはぴっぽー、ぴっぽー、と間抜けな音が鳴り響き、頭上からは飛行機が通り過ぎる音が聞こえた。これもまた、非常に久しぶりに聞くものだ。涙を誘うほどの郷愁すら感じる。
どうやら本当に……『あちら側』から日本へ、帰ってきてしまったらしい。
ちょっとばかり、昔話をしようと思う。
俺は以前、ごくごく普通の、どこにでもいる一般的な男子高校生だった。
適当に学校に通って、友達と駄弁ったり、部活をやったり、家でゲームをしたりしてそれなりに楽しく毎日を過ごしていた。
だがある時、ひょんなことから『あちら側』へ行ってしまった。
そこからはまあ、それなりに激動の人生だった。
『あちら側』は人間がいて、大地と空があって、そこで生活しているという点は日本と同じだったが、違うことも数多くあった。
都市の郊外に出ると治安が悪過ぎて追い剥ぎに遭うとか。
衛生観念のレベルが日本とは比較にならないぐらい低いとか。
機械が全然なくて、割と人力で社会が回ってるとか。
個人のマンパワーが比較にならないほど高いとか。
魔法とか。
人類を殺して回る化け物がいるとか。
まあいわゆる……剣と魔法の世界、というやつに行ってしまっていたワケだ。
そこで俺は、行き場もなくて困ってたところを拾われたり、生きるためにメチャクチャに鍛えたり、都市に病と呪いをばら撒いていた化け物を大勢でブチ殺しに行ったりなど……そこそこ派手で、刺激的な、冒険の毎日を送っていた。
そうして、向こうでの生活にも馴染んで、このままこっちで人生終えるのも悪くないなーなんて考えてた時……今度はまた日本に戻ってきてしまったわけだ。
いやまあ、今回は「突然」というほどでもなかった。
俺は当時、ちょっと珍しい探し物をしていた関係で、各地の霊峰とか秘境とか、とにかくパワースポット巡りをしていた。
その探し物も、霊的に力のある場所でしか見つけられないだろうという考えで、そういう『パワー』が集まっている場所を優先的に回っていたのだ。そのため、なにかの
そんなこんなで俺は今、深夜に2階の窓から自宅へ侵入を試みている。
……待って欲しい。これは決してやましい思いが故の行動ではない。
単に、街中を歩き回るには服装が場違いすぎるのだ。
『あちら側』から帰ってきて改めて思い知っているが、日本というのは異常なまでに清潔だ。道路はほとんど舗装されているし、道端のゴミすらほとんど見かけない。ガッリガリにやせこけた浮浪者も見かけないどころか、みーんなバカみたいに綺麗なおべべを着ているのだ。
ところで俺は日本に帰ってくるまで、諸事情あって長旅の最中であった身である。そんな人間の服装といえばどうだろうか。
……周りの連中と比べれば服を名乗るのも烏滸がましいほどの、土やなんかの汚れがつきまくり、破れたりほつれたりしているボロ布! 山歩きの補助に使ってた杖! 護身用の剣!
どう見ても不審者である。こんなんで外を普通に歩いたが最後、衛へ──もとい、警察に通報待ったなしだ。
つまるところ、服が欲しいのだ。この社会に溶け込める程度の。
服を買いに行くのは結局不審者スタイルで店に入らないといけない問題を解決できてないし、そもそも現金を持ってないので却下。泥棒は当然論外。道端に都合よく落ちてるなんてことも当然ない。残された選択肢はたったひとつ。俺の服を取りに行く、だったということだ。
当然ながら、俺は昔は日本で暮らしてたわけで。日本で暮らしてたんなら家もあるわけで。家があるならそこには俺が当時暮らしていた時の家財があるはずなわけで。
……正直なところ、『あちら側』にいた期間はマジで本当にめちゃくちゃ長いため、家がなくなっているだとか、もう両親が俺は死んだものとして俺の持ち物を全て処分しているとかの可能性は十分にあった。だが幸いなことに家は当時の記憶と寸分違わぬ姿で残っているし、あとは我が親の良心を信じるのみである。これがダメだったらマジで服屋に忍び込むか警察に泣き付きに行くしかなくなる。
ちなみに、持ち物のうち杖と剣は近所の裏山に適当に埋めてきた。流石に隠して持ち歩くのは面倒だったし、アレらはあくまで身の危険がある旅のお供として持っていたものだ。それなりに愛着こそあれど、平和な日本では必要がない。まあ、自宅に隠し場所を用意できた暁には迎えに行ってやってやろうとは思っている。
なお、自宅とは言え不法侵入をするのはどうなんだとか、一刻も早く親に顔見せなくていいのかだとかの良心の呵責はだいたい無視できた。どのみち何年も顔出していないので、今更1日2日会わないところで誤差だ。いなくなった時と同じような格好で、「あ! 久しぶり〜」みたいな感じで再会すればいい。息子がホームレス未満の風体で出てくるよりずっと健全だろう。不法侵入は……バレなきゃ実質やってないのと同じだ。
そんなこんなでちゃちゃっと侵入。こういう隠密行動関連も、本職と比べれば「なんちゃって」レベルではあるが一応練習してある。足音を消すくらい楽勝だぜ。
窓の鍵も
久方ぶりに入った自室は……想像以上に記憶にある姿そのままだった。若干ほこりっぽいくらい? 当時よく遊んでいたゲーム機や教材が入ったカバン、机の上に雑に置かれたペンの配置すら、あの日と変わらぬように見える。
変わってないならその方がいいか、と特に深く考えることもなく棚を空ける。最低限文明的な服が入っていて欲しい。カッコいいものとか贅沢は言わない。最悪体操着…いやなんならパンツとシャツだけでもいい。なんでもいいから入っていてくれーッ!!
俺の切実な願いが届いたのか、棚の中には在りし日の衣服が畳まれて入っていた。なんか英語がいっぱい書いてあるTシャツ、パーカー、ジーンズ、短パン、体操着。より取り見取りである。『あちら側』に持っていって、色々あって紛失した高校の制服だけがない。
適当に落ち着いた色のTシャツとジーンズを手に取って着替えて、さっさと部屋を出る準備をする。自室なので変な話であるが、やっぱりなんというか人の家を荒らしているみたいで気分が良くない。さっさと帰るに限る。
しかし、思い通り行きすぎたというか、いっそ違和感があるくらい「俺の部屋」そのまんまだったな。まるで、俺がいなくなったあの日から放置されているような……いや、それにしては綺麗すぎる。
むしろ、あの時から、時間が止まっているかのような。
やるべきことをやって安心していたのか。
それとも、やはり自宅という存在に、無意識に気を緩めていたのか。
かすかだが、しかし普段なら絶対に聞き逃さないであろう、「こちらに近付いてきている足音」に、俺は気がつけなかった。
さて帰るか、よいしょ、と窓に足をかけたのと同時に。
がちゃ、ぎぃ、と自室のドアが開いて。
「彼女」は現れた。
「……お兄ちゃん?」
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誰?
俺はひとりっ子だぞ。