異世界から故郷に帰ってきたはずが、パラレルワールドに来てしまったみたいなんだが。   作:水野 四十坂Q

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彼岸:3

 結局。

 

 結局のところ。これは、ただの愚かな一人の男の話でしかない。

 

 隣人を失い、最愛の人を失い、その欠片を求めてただ旅を続けただけの男が、その果てに何も獲得できない事実に気付き、絶望するだけの話。

 

 いや、絶望するだけ、というのは違うか。

 

 もう俺はとっくの昔に絶望していた。それは今になって始まったことではない。

 

 ただ、納得したかったんだと思う。

 

 葬式。いわばこれは、長い長い葬式だったんだ。死者を悼む儀式を行うことで、その者の喪失を咀嚼する。ただ、俺にとって、彼らの存在はあまりにも大きすぎて、こうやって、ちょっとでも希望があったら、それを探さずにはいられなかったんだ。

 逃避だ。逃避でしかない。そんなことは分かっている。だから、それを終わりにしたかった。逃避を続けることで、この生活の終わりからも目を逸らしていた。俺はこの長い旅路を終わらせるために歩いていたのに、同時に、この旅が永遠に続くことを望んでいた。

 

「ふしゅるるる……」

「ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃっ」

「ハァア……」

 

 周囲を、獣声が、包んでいた。

 

 わざわざ俺とミラの話を待ってくれていたのか、それとも今になって集まっていたのか、それとも彼女が何かしらの魔法を使って、これらを退けていてくれたのか。今となってはその理由は特定できないし、最早、それは大きな問題ではない。

 

「……ああ、そういうこと」

 

 「死者を蘇らせる魔法」。よく考えて、こんな場所でそれが発動したとしたなら、術者はそれなりに限られる。そして、ミラよりも遥かに優れているというのであれば、それは恐らく人ではないのだろう。つまるところ、そういう怪異の仕業だ。化け物と酷似した連中のことだ、わざわざ想い人と再会させてくれる悪辣な恋のキューピッドをしているわけでもないだろう。恐らく、無造作に。ランダムに、その者に結びついている死者を、魂を、呼び戻しているのだ。

 その証拠に、俺を取り囲む怪異たちの中に、随分と聞き覚えのある鳴き声、見覚えのある見た目をしたものが混ざっている。俺がかつて、『あちら側』で殺した獣や化け物たちが蘇っているのだろう。

 

「もう好きにしてくれ」

 

 両手を放り投げた。体の操作を手放した。足で地面を踏むことをやめた。

 

 背中から地面へ倒れるような姿勢を取った俺を見逃さず、怪異たちが飛び掛かってくる。抵抗を放棄していた俺は当然のように蹂躙された。

 

 頬肉を噛みちぎられる。足を折られる。胸を貫かれる。頭を踏みつぶされる。腹を裂かれる。腕を引きちぎられる。

 

 そして、ちぎられた肉は新たに生まれた肉によってふさがり、折れた骨は内部で綺麗に結合し、胸の穴は埋まり、潰れた頭は風船を膨らませるように元通りになり、裂かれた腹は内容物が元に入り直して、引きちぎられた腕は生え変わった。

 

 ──痛い。

 

 俺は不死身であっても、痛覚がなくなったわけじゃない。肉体が傷つけば人並みの痛覚を感じる。いや、むしろ再生するときにも体がねじくれるような痛みを感じるから、むしろ人よりもそういったものを多く受け取っていると言ってもいいだろう。これが彼女の祝福ではなく、あの邪竜の呪いだと判明した現在となっては納得すらあるが。どうやら、とことん俺に苦しんで欲しいらしい。

 

「いでぇな”あ……」

 

 怪異たちに蹂躙されながら喋ったため、まともに発声することができなかった。

 

 

 邪魔だな。

 

 

 ふと、そう思った。

 

 瞬間。

 

 ボン! と。いっそ間抜けなほどの破裂音と共に、俺の肉体の破壊が止まる。

 

「……あ。やべ、魔力使っちまった」

 

 魔法、というには、あまりにも稚拙な行為だ。

 

 俺が知るところによると、魔力というものは、己の内部で練り上げて初めて、魔法として、何かを起こすだけの効力を発揮するようになる。基本的に、魔法というものは自分の意志をもってして使用するものなのだ。こうあれという形で魔力を練り上げて、初めて、それは世界への影響足りうる。

 

 だからこれは魔法ではない。

 

 ただ、寝返りを打つように、息を吐き出すように、魔力を放出した、だけ。

 

 例外的な現象として、例えば強者に対峙した時。自分よりも遥かに優れた魔力を持ったとき、立ち向かっているものは向かい風が吹いてくるかのような、物理的な圧力を感じることがある。

 あれは実際のところ、恐らく、本当に物理的な力を感じているのだ。気圧の差、というか、魔力の『圧の差』というべきか。それがあまりにも大きかった場合、そこには物理的な力が発生する。

 

 

 そう、こうして俺が魔力を出した途端、怪異どもが吹き飛んだように。

 

 

「あ〜くそ……迷惑みたいだから嫌だったんだけどな……」

 

 ある時から、どうにも俺の魔力には精神汚染じみた効果があるようで。

 わざわざ、他人を慮って出さないように配慮していた、つもりだったのだが。

 

 ぽりぽり、がりがり、と頭をかく。

 

「はあ」

 

 周囲の怪異たちは立ち止まり、警戒するように唸り声を上げながらこちらを睨みつけていた。魔力を出した時点で、本能で分かるようになったのだろう。彼我の実力差、というものが。

 

「でもま、いっか」

 

 なんだか、色々なことがどうでもよくなってきた。いや、考えることに疲れてきた、というべきか。日常的に続けてきたとはいえ、息を止めて走るようなもの。流石に負担になっていたのだろう。

 

 なんだか、続けるのがバカらしくなってきた。

 

「しねえ」

 

 手のひらを向けて、先程よりも意志を込めて、魔力を放出した。

 

 変わらずそれは魔法ですらない、ただの力の奔流だったが、指向性を獲得して、範囲も絞り込まれた結果、雪崩のような衝撃へと変わったのだろう。手のひらの先にいた怪異たちは宙を舞い、肉体を砕かれ、骨と内臓をばら撒き、絶命した。

 

「あーははは。すげえ。神にでもなったみたいだ。退けものどもー。……あー、たのし。すげー。力って、すげえ。こんな強くなってたんだ俺」

 

 抑え込んでいた魔力を全て解放した。黒く濁った魔力──こちらの父から瘴気と称されたそれ──が体から漏れ出す。

 

 肩が、いや、全身が軽い。全身鎧を外した後に麻布の服に着替えた直後のような身軽さ。全てから解き放たれた絶対的な、どこへでも行けそうな解放感。

 

 見てみろ。先程までは警戒でしかなかった怪異たちが、明らかに怯えている。中には既に逃げ出しているものもいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだっていうんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この力があれば、俺も城塞都市の戦士としてもっと活躍できたかもしれない。

 もっと沢山化け物を討伐して、病魔のような都市に襲い来る脅威を倒していたかもしれない。

 

 もしくは、二人だけであの小屋に住むようになった後も、もっと充実して、安全で、幸せな日々が続いたかもしれない。

 病魔の呪いによって俺の目が潰れていなければミラに迷惑をかけることもなかっただろうし、俺がこれだけ強ければあの日邪竜が襲来した時も、二人で生き残ることができたかもしれない。

 あの幸福が、もしかしたら続けられていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからなんだっていうんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや。

 

 

 

 

 

 

 

 全てが。

 

 

 

 

 

 

 

 遅いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから!!!!!! なんだっていうんだよ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  魔力の栓を全力で開ける。腕を振るう。横なぎに放出された黒い力の奔流は、哀れな異形どもを一緒くたに肉塊へと変えた。

 今ので何体屠っただろうか。十体? 二十体? 具体的には分からない。だが、まだ残っている。足に力を込め、アレらが塊になっている場所を目掛けて跳躍する。

 

 

 

「死ぃねぇえええええェェェェェェェ!!!!!!!」

 

 

 

 殴って消し飛ばした。

 掴んで振り回して投げた。

 手で掴んで引きちぎった。

 蹴り飛ばして砕いた。

 

──もうやめろよ。

 

 うるさい。

 

──ただの憂さ晴らしに過ぎないことは自分で分かってるだろ?

 

 うるさい。

 

──なんの意味もないことだ。

 

 うるさい。

 

──こんなことをしたって、みんなが帰ってくるわけじゃない。

 

 

「うるさい……ッ! ……?」

 

 

 突如、視界が暗くなる。湿っていて、生暖かい感覚に、えずきたくなるような腐臭。

 

 何かに飲み込まれた。そう知覚すると同時、体が溶けて──いや、腐っていく。

 

 俺はこの現象にひどく覚えがあった。何せ、視力を喪失する直前に嫌というほど目にした光景だ。当時は嫌でも脳裏にこびりついてしまっていて苦労した記憶がある。

 病魔。獅子のような姿をした化け物。直接的・間接的に城塞都市を滅ぼした怪物だ。多種多様な毒・病気・呪いのキャリアになっていて、コイツが襲来した結果かつての城塞都市は病が蔓延して滅ぶことになったし、俺も討伐の際にコイツの返り血を顔面に浴びたせいで両目の視力を喪失した。

 死者を蘇らせる魔法によって、コイツも蘇生したのだろう。理性のない化け物とはいえ殺された恨みの一つでも持っていたのか、俺を襲いに来たということか。かつての俺なら、飲み込まれた時点で死が確定していただろう。返り血を少し浴びただけで両目が壊死して重篤な呪いに苦しめられるような怪物だ。そんなものの体液を全身に浴びた時点で、まあまず助かりようがない。

 

「そんなもん、さあ……」

 

 そして、腐った部位が時間を巻き戻すかのように、全て再生した。

 

 

 

「今更!!!!! 効くわけ!!!!! ねェだろうがあああああァァァッッッ!!!!!」

 

 

 

 魔力によって身体強化した拳で、思い切り肉壁を殴る。それだけであっさり俺を飲み込んでいた怪物は内側から弾け飛んだ。

 少し間を置いて、べちゃべちゃ、べちゃ、とただ不快なだけの肉と血の雨が降る。

 

「んだよ、多いな……」

 

 内側から出てきた俺が目にしたのは、未だワラワラと蛆虫のごとく湧いてくる化け物の群れ。まさか、俺が殺した全ての化け物を蘇生しているのか? それなら納得も行くが、なんとも、まあ、本当に強大なことだ。信じがたい。異世界の化け物とやらはここまで常識知らずなのかという思いと共に、俺の十年間が否定されたような気分を感じる。はっきり言って、不愉快だ。全員死ね。殺す。殺そう。

 

 ──ぼん。

 

 殺意を滾らせて前へ一歩踏み出した瞬間、遠くから爆発音。同時に、煙と共にぼろ雑巾のような何かが視界に飛び込んでくる。ひどく変わり果てた姿だが、俺はそのぼろ雑巾、もとい人物に見覚えがあった。

 

「なにしてんだよ、父さん」

「……晴翔……か……? どうして、ここに……いや……今はそんなことを話している場合では……とにかく、逃げろ。向こうに、俺でも敵わないような、強大な怪異がいる。今すぐお前は異界から出て──ゲホッ、ぐ……」

 

 父さんの様子は酷い有様だった。全身から焦げ臭い匂いを放ち、両腕は炭化している。おまけに、ここはついさっきまで俺が魔力を放出していた場所だ。当然、ここには俺の残留魔力が充満している。早くもそれに当てられ、苦しみだしているようだ。

 

 父さんが飛んできた場所へ目を向ける。姿は見えないが、俺と同じくらい、いやあるいはそれ以上に強大な魔力の気配を感じた。これほどまでのものは人生で一度しか出会ったことがない。人ではとてもではないが太刀打ちできないような、そんな強大な存在。

 邪竜。

 アレも、他の化け物たちと同様に、蘇生されたのだろう。

 全く、忌々しいこと、この上ない。

 

「お父さん!」

 

 一緒に行動していたのだろうか、遠くから美緒の声が聞こえてきた。しばらくすると、走って向かってくる姿が見える。

 

「はあ……」

「ああ、美緒が来た。お前は美緒と一緒に戻れ。俺はここで、少しでも時間を稼いで──うおォッッ!?」

 

 炭になった父さんの腕を掴んで、そのまま美緒がいる場所へと放り投げ──死に体とはいえ曲がりなりにも魔法で身体強化をしているならこの程度は問題ないだろう──た。

 

「え、──うわっ!? お父、いや、お兄ちゃん!?」

「美緒。さっさとここから離れろ」

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