異世界から故郷に帰ってきたはずが、パラレルワールドに来てしまったみたいなんだが。   作:水野 四十坂Q

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エピローグ:永久に美しき、君よ

 大地を尾が割り砕いた。

 踏み込みがクレーターを生み出した。

 

 爪が地平線の彼方まで切り裂いた。

 剣の一撃が谷を切り開いた。

 

 邪竜のあぎとが開かれ、白い輝きが世界を埋め尽くす。

 俺の魔力が黒い爆炎を現出させ、それを押し戻さんとする。

 

「ゴアアアアアアッッッ!!!!」

「あああああああっっっ!!!!」

 

 剣を振る。魔法を行使する。

 

 何度も、裂かれ、貫かれ、焼かれ。そしてその度に灰から蘇った。

 

 俺も、幾多の切り傷を、焼痕を、竜に刻んだ。

 

 そして。

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……クソ。今さ、あの時、お前が俺のことを舐めててくれて、本当に良かったって思ってるよ」

 

 

 剣を支えに立っていた。

 

 竜も、不動の構えを取っていた。

 

 空気に溶けるように、竜の姿が薄らいでいく。

 

「……」

 

 ふぅ、と、小さく息を吐く。

 

 竜は、その場から動かず、ただ俺のことを強く睨んでいた。

 死者を蘇らせる魔法の効力が切れていることを自分で理解しているのだろう。最後まで俺を殺しに来ないのは、アレなりの矜持なのかもしれない。

 

 そしてそのまま、消えていった。

 

「じゃあな」

 

 後ろを振り返る。

 

 見渡す限りの大地は赤く輝く溶岩と化し。

 空はどこまでも広がる分厚い雲が覆い、その間を雷が何度も走っていた。

 

 戦いは終わった。

 

 帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、俺はさんざっぱら後始末に奔走させられることになった。

 

 俺と邪竜が戦った跡地。戦いの余波によって環境が変わっているのは想像に難くなかったが、どうにも、俺が撒き散らした残留魔力──瘴気が怪異に強力な影響を与えるらしく、あの場所は今では人がまともに滞在することの出来ない環境に加えて以前までは考えられないような強力な怪異が徘徊する場所になってしまったらしい。今では一帯が進入禁止指定されている。

 元凶の片割れである俺は例外とされているが、他にはごく一部の実力者を専用の防護服でガチガチに固めた状態でようやく制限時間付きで侵入を許可されるという、かなり強力な管理下にある。挙げ句、異界は空間の繋がりが異なるようで、強化された怪異が世界中に出現するようになってしまった。おかげで世界各地に存在する陰陽師に相当する組織たちはてんやわんやである。今では侵入可能な経路には全て『関所』が設置され、これらの問題については可能な限り情報が共有されるようになった。

 勿論、俺は今回の騒動の首謀者であるとして突き出され、方方への説明・謝罪に走り回ることになった。幸いにして父さんが味方についてくれ、『あの』貝替賢治が逃げるしかなかった強力な怪異の被害を抑えた結果であるということ、以降は禁足地の瘴気の除去に俺が従事し、可能な限り早期の解決を図る、ということでなんとか納得してもらうことができた。父さんにはもはや足を向けて寝ることができない。

 

 一連の騒動の真の原因であった「死者を蘇らせる魔法」、というよりもその使い手に関してだが、やはり正体は怪異だったらしい。あの邪竜や病魔を容易く蘇らせるような危険存在である、それを聞いた時にはなんとしても倒さねばと思ったが、どうやら父さんがあの時既に討伐済みだったらしい。直接戦闘した時も感じたが、各国での評価といい、やはり父さんは陰陽師としても相当な実力者のようだ。今は療養しているので戦うことはできないが。

 

 とはいえ、良いことも少しはあった。瘴気の除去方法が見つかったのだ。

 どうやらこちら側の神社などで祀られてる『神』はガチの『神』であるらしく。そういった神事によって浄化を行うことで取り除けるらしい。そもそも、俺の剣に残っている瘴気を札で抑えることが出来ていたのだから、効果が見込めることは最初から明白であった、とすら言える。『あちら側』で人里を避けて続けていた旅の日々が馬鹿らしくなってきた。瘴気は当然魔法を使った俺の体にも纏わりつくため、多少ならともかく全力で魔法を使った日にはしばらく人と会うことが出来なかったのだ。実際、邪竜と戦闘した直後の俺は人里に降りることも憚られるくらいの汚染具合であったため、即座に除去する手段が見つかったのは朗報以外の何者でもなかった。

 

 さて、その具体的な方法であるが。

 

 今回の──俺の肉体に残った瘴気を除去する方法としては、護摩焚きが採用された。

 

 

「ァァァァァァァ……」

 

「……マジでやってんの、あれ? マジ? ずっと断末魔みたいな声が聞こえてくるんだけど。あの中に貝替いんの? 正気か?」

「……マジです。お兄ちゃん、内部まで瘴気で満たされてる上に、部分的な除去じゃ再生で復元されてしまって。ああして護摩で焼き切るしかない、という結論になりました。私達とお兄ちゃんの想定では、七日七晩焼かれれば消しきれるだろう、とされています」

「ほんで今が七日目……? 言っちゃ悪いけど、狂気だろ。サバトって言われても信じるぜ。ていうか大丈夫なの? 貝替が例えどんだけ切り刻んでも復活する無敵のゾンビだとして、灰になっても生きてるもんなの? いや、今も声を出してるみたいだけどさ」

「大丈夫だと、お兄ちゃんは言ってました……一応、火山の噴火口に飛び込んだ時は死ねなかった、らしいです。あと全身が灰になってから蘇ったこともあると。だから問題ないと言ってましたが……」

「……はあ。あいつマジで精神やられてたんだな」

「……。あ、そろそろ終わります」

 

 眼の前に積もった灰を退ける。『炉』の壁を内側から開ける。

 

「……どう!?」

「……消え、てる。少なくとも私が見てなんとも思わない程度には少なくなってる」

「おっしゃ!!」

「……貝替。お前、次からはこうならないようにしろよ、いや、マジで。美緒ちゃん言わないようにしてるけど、これ見てる側は相当精神削られるからな」

「え? ああ、悪い」

 

 釘は刺されたものの、こうして俺は現代日本に戻ることが許された。

 

 俺はこちらの世界の貝替晴翔ではないため社会人として活動するのかと思われたが、表面上は高校生の貝替晴翔ということになっているため、学生としての生活を再開することになった。今はこちらの俺の代理を行っているが、こちらの俺が見つかった暁には全てを引き継ぎたいと考えている。無論、俺が作ってしまった責任や悪評などはどうにかして俺個人で引き受けるつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……君さあ」

「……すんません」

「……まあ、いいよ。あんまり私も他人にとやかく言うつもりもないしね。今は陰陽寮に期待の新戦力が生まれたことを喜んでおこうじゃないか」

「いやほんと、すんません」

 

 露草先輩はなにやら不機嫌なようだった。陰陽師の一人として当然一連のことについては情報共有されていたようで、「ああ、君には治療は不要だったかな?」などとすら言われてしまい。俺には謝ることしかできなかった。

 

「まあ、さあ。君、周囲の人間は大事にしなよ」

「はい」

「自分のこともね」

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、佐山さん。君とは、付き合えない。俺には、前の人のことが忘れられない」

「……はい。分かっていました」

「ごめん」

「……私も、時間が経って、気持ちの整理がついたんです。一過性の熱情……と、言うほど、この気持ちが薄っぺらいものだなんて言うつもりはありませんけど。悲しいですけど。でも、落ち着けたので。いいです。貝替くんの気持ちが崩せないものだってことも、あの時、分かりましたから」

「本当に、ごめん」

 

 佐山さんのことは、改めて、振った。これが俺に出せる最大限の誠意ある対応であり、これをもって彼女に許してもらうしか俺にできることは存在しなかった。

 許してもらうと言っても、罵詈雑言を浴びせられることは仕方のないことだと思っていたが、

 

「でも、貝替くんさえ良ければ、また、私との友達の関係を、続けて欲しいです」

「それは……佐山さんが良いのなら、是非」

「ありがとうございます。私も、貴方への恋愛感情を抜きにしても、みんなでいたあの場所は、心地が良かったので」

「……俺の方こそ、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあみんな、用意はできた!? コーラは、ポテチは!? ガタガタ歯を鳴らして布団にくるまって怯える心の準備はオーケー!?」

「お前ほんとテンション高いな……そんなにホラー映画好きなのかよ……」

「もっちろん! ここ最近の生活なんて、今日を楽しみに生きてきたようなものだからね!」

 

 後日、俺は美緒、そして永塚と佐山さんの四人で自宅に集まり、ホラー映画鑑賞会を開催していた。

 

 以前に美緒がとびっきりのホラー映画を選定してくると言っていたが、あの約束を守っていたらしい。どうやら相当に自信があるようで、「ウキウキ」という言葉がこれほど似合う様子もないだろうといった具合だった。

 

「き、緊張します。私、こういうの、見るの初めてで」

「佐山さんって見なさそうだもんね。俺も別に好きってわけではないけど」

「というか、これって美緒はもう見たことあんのか? なんか一人だけ知ってる状態ってつまんねえんじゃねえの?」

「まっさか! むしろ、これがイイんだよ! 私は初めてこれを観るみんなの反応を見てコーラを飲みたいの!」

「ああそういう……趣味わる……」

「趣味悪くないよ!? 失礼な!」

「まあ、オタク界隈では一般的とされるよね」

「ほら、永塚さんは分かってるじゃん! これはね、崇高な行いなんだよ! わかる!? じゃあ、始めるから!」

「さいですか……」

 

 

 

 

 

「うおおおァ!?」

「いっ、いひひひひひ! おにーちゃん、おもしろ!」

「やーい貝替ビビってるー!」

「ハァ!? ビビってないが!? 第一幽霊なんて何が面白いんだよバカバカしい。非科学的だね! 第一どんな化物だろうが殴れば殺せるし!? この主人公が弱いのが悪いんだが!?」

「じゃあもっと近く来なよ」

「嫌だが?」

「貝替くんってこんな余裕無くすことあるんですね……あ。コーラ開けますね」

「いやーポテチがうまいですなあ!! ワハハ」

「クソが……」

 

 どうやら、ホラー映画を楽しめないのは俺だけのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さむ」

 

 手を擦る。

 

 この学校は暖房が弱い。特に、今いる美術室などは設備が古いだけでなく、人がいない時間、つまり日中のほぼすべての時間において暖房が入れられていないのだから、風が吹かないだけでほとんど外と同じだ。つまり大変つらいということである。

 

 特に、絵の具の伸びが悪くなることもあって、気分は最悪だ。

 

「うーん……」

 

 目の前の絵を見る。どうにも、納得のいかない出来映えだった。まあ今まで納得の行く絵が描けたことなど一度たりとしてないのだが、それはそれとして、今回こそはという思いは毎回抱きながら筆を握っているのだ。何かしら改善ができる箇所を見つけたいところだった。

 

「スケッチでもしよ」

 

 サラサラと、人物の模写をする。手本はモデルの写真集だ。髪の長い、女性のもの。

 

「……」

 

 ふと、何も見ないで人物を描きたくなった。新しいキャンバスを用意して、向かう。

 

 

 時間が経つ。

 

 時間が経つ。

 

 時間が経つ。

 

 

 何も書けぬまま、道具を置いた。

 

「無理だあ」

 

 どうにも、人物画だけは描けるようになる気がしない。まだ初めてそこまで期間を重ねていないとはいえ、練習は重ねてきたし、そこそこ描けるようになってきた自負はあるのだが。

 

「こういうのはまだ描けるんだけどなあ」

 

 横に目をやる。そこには今まで描いた──森やログハウス、雪原、ウサギの絵がある。完璧ではないとはいえ、まあまあそこそこは上手く描けていると思う。雪の乗った枝などは、割合よくできた自覚がある。

 

 だが、とんと人の絵だけは描けないのだ。特に、『彼女』の絵だけは。

 

「やっぱ基礎しかないのかね」

 

 「スケッチ、スケッチ、とにかくスケッチ! あと解剖学!」と語っていた美術の先生の言葉を思い出す。線の一本を引くことすらままならぬ者が理想の絵を描きたいなど片腹痛い、とのことだ。

 

「ま、気長にやるか」

 

 要は、最終的に一枚の理想の絵が描ければいいのだ。幸いにして時間は腐る程ある。焦らずにやっていこう。

 

 少し手を止めて、鼻から一気に空気を吸い込んだ。白い雪で冷却された空気が肺へ入り込んでくる。

 

 この、絵の具の香りと共に入ってくる冷たい空気のことはそこまで嫌いではなかった。ここは学校の端っこの、日の当たりの悪い場所にあるため、夏でもかなり涼しい。ここで深呼吸をするときはいつも爽快な気分になる。

 

「ん」

 

 道具を取ろうとすると、ポケットの中のスマートフォンが震えた。見れば、美緒からのメッセージが通知欄に載っている。いつものような呼び出しだ。

 

「よし。この辺にしとくか」

 

 机の上を片付ける。とはいえ、後で戻ってきた時に綺麗にすればいいので、今は本当に、軽く、ザッと整理だけしておく。

 

「行くか」

 

 荷物をまとめ。

 

 美術室の扉を背後に、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本作は以上になります。最後までご覧いただき、誠にありがとうございました。

一度更新を置いてしまいかなり完結が危うくなっていましたが、なんとか当初構想していたラストまで漕ぎ着くことができ、安心しております。また、更新をするにあたって、感想や、評価、ここすき、誤字報告など、大変励みになりました。重ねてお礼を申し上げます。大変ありがとうございました。

それでは、また。
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