異世界から故郷に帰ってきたはずが、パラレルワールドに来てしまったみたいなんだが。 作:水野 四十坂Q
「もー! お兄ちゃん、本当に
あれから少し経ち。
俺は家族の前に吊るし上──もとい、再会祝いをされていた。
両親なんかは寝ていたはずなのだが、妹(?)が俺が帰ってきたと騒ぐなり、急に跳ね起きてきたのだ。
「全くだ。人様にも散々迷惑かけやがって」
「本当にすみませんでした……」
当然のことだが、俺は行方不明扱いになっており、警察やご近所さんの力も借りてさんざっぱら捜索されていたらしい。いなくなったこと自体は不可抗力ではあったものの、色々心配と迷惑をかけてしまったことに関しては申し訳ない限りである。激昂する父に対して俺は平謝りするしか出来なかった。
ところで、不幸中の幸いと言うべきか、俺が『あちら側』で過ごした時間は1年や2年では効かないぐらいの長さであったのだが、こちらではどうやらたったの一週間しか経過していなかったようだ。こちらとあちらでは時間の流れが違うのか、それともこちらにやってくる中で時間がズレたのかは定かではないが、本来なら「数年前に行方不明になっていて実質死亡」、みたいな話になっていそうなところを「一週間家出したバカ息子」程度の話にまで軽減されていたのは僥倖と呼ぶしかなかった。ベビーフェイス気味な日本の血筋と諸事情あって俺の見た目もほとんど変わっていないため、違和感も少ない。
「だいたいお前はいつも……」
「まあまあお父さん、
ありがとう母さん。
こうやって、父さんを母さんが宥める光景も酷く懐かしいものだ。なんというか、ぬるま湯に入った気分というか、まるで子供の頃に戻ったように感じる。
いや、こっちの時系列ではまだ子供扱いなんだけどさ。ほら、俺外見変わってないだけでそこそこいい歳だから……。
「お兄ちゃんも学校あるんだから、もう家出とかやってる時間ないんだからね!」
「ああ、悪かったよ」
そして、この少女は
俺の記憶によれば、俺はひとりっ子で、母さん、父さん、そして俺の3人家族でこの家で過ごしていたはずだ。俗に言う核家族。彼女には悪いが、幼馴染はいても妹がいた覚えは断じてない。俺はひとりっ子だったし、妹や弟が欲しいと昔はねだっていた、という話を母さんから聞かされた記憶もある。
俺がいない間にできた養子──も流石に考え難いだろう。一週間前に家族になったにしては両親と仲が良すぎるし、俺に対する態度も親しげだ。それこそ、0歳児の頃から一緒にいたと言わんばかりに。
俺が血生臭い日々を送っていたせいで平和な頃の記憶に致命的な誤差が出ていた? それか妹が宇宙人的侵略者で両親や元の俺の記憶を操作して家族として入り込んだ? それとも彼女は本当に俺の妹で、俺が「妹がいた世界」へとやってきてしまった?
荒唐無稽な話だが、妹がいた可能性の世界……要するにそういうパラレルワールドへ来てしまった説、が否定できないのが笑える。こちら側へ来たのは全くの偶然であって行き先の指定とかは一切していなかったし、そもそも世界間の移動、というのが荒唐無稽な話なのだから。
とりあえずのところ、家族会議もお開きになったので俺も大人しく寝ることにした。あっ日本のベッド超柔らかい……
寝具の寝心地が良かったせいか、眠りが浅くなりがちだったここ最近の中ではちょっぴり深めに眠ることができた。
朝である。
「お兄ちゃーーーん!! 起きてーーー!!!!」
うわぁ!!!!?!?!?!?!!!?
ごろごろがっしゃん。
ベッドから転がり落ちて、それでも腕をついて体を持ち上げ何事かと目の前を見る。
なんだ。
「………………………心臓止まるかと思った。美緒か」
「なんか反応酷くない? お母さんご飯出来たから降りてきてだって!」
「わかった」
ばたーんと擬音がつきそうなくらい扉を勢いよく開けてきたら誰だって驚くだろ。
あとは……………………まあ。美緒はやたらと声が良い。鈴を転がすような、澄んでいて、聞いていると落ち着くような声。それでビックリマークが複数付くようなテンションと声量で喋られると驚いてしまうのだ。こう、ギャップで。
俺の視界に入っている時にされるならともかく、睡眠中にされるとものすごく精神に悪い。
2階にある自室から降りてリビングに行くと、もう父さんと母さんも起きているようだった。母さんはテレビでドラマを観ていて、父さんは新聞を読んでいる。
「あ、おはよう晴翔」
「おはよう母さん」
「起きたか。夏休み明け初日に遅刻する気なのかと思ったぞ」
父さんの当たりが微妙にキツい……!
「昨日までのことは本当に申し訳ありませんでした」
「ふん」
「お父さん! 朝から暗い雰囲気にしないでください! ほら、二人とも冷める前にご飯食べて」
朝ごはんは、米とサバの味噌漬け、じゃがいもとワカメの味噌汁、あとはいくつかの小皿だった。
──美味しい。炊いた米なんて久しぶりに食べた。サバも柔らかい上に甘辛い味噌ダレが食欲をそそる。味噌汁も美味しい。優しい味だ。暖かい。
そっか。
これが、故郷の味ってやつかあ。
「……美味しい」
「……お兄ちゃん、もしかして泣いてる?」
「泣いてないよ」
「うっそだー! 目赤くなってるもん!」
「泣いてないって」
俺はもう泣かないの。
結局、母からは生暖かい目線を送られ、父からの当たりが柔らかくなり、妹からは登校中別れるまで散々からかわれる羽目になった。
妹は現在中学生で、俺が通っていた高校とはまた別の場所に通っているらしい。
というわけで、俺は一人で学校に来ていた。
ここも懐かしいな。
と、急に肩に腕を回される。
「よー家出少年! バカンスはどうだった? つーかなんで体操着?」
「話早すぎだろ。昨日の夜のことなんだけど」
「そらお前友達が思春期こじらせて家出したなんて面白すぎる話追わないわけないでしょ! 律儀に学校始まる時には帰ってきてるし! しかもカラコンしてんじゃん! 夏休みデビューもやってんのかって話よ!」
「お前それ俺の目をバカにしてる? 殺すぞ」
「えっこわ」
この男は
というか、そういえば俺、目の色が変わったんだった。自分の顔は見えないものだし朝に洗面台に向かった時も見慣れすぎてて気が付いてなかった。家族の誰も突っ込んでこなかったし。
……これ、これからはそれこそ黒色のカラコンでもして生活しないといけないのかもしれないな。非常にめんどくさいし、あまりやりたくはないが。
「美緒ちゃん結構心配してたぜ〜?? 俺の方にも連絡きたしな」
「それは本当に悪かったって……」
「ほんで、家出生活はどんな感じだったん? メシとか泊まるとことかどうしてた? やっぱ快活○ラブ?」
「いや基本野宿だった」
「最高!!」
それからは始業まで何食ってたんだとか誰か面白い人と会ったのかとか、なんでもかんでも聞きたがる永塚を適当に捌きながら過ごした。体操着を着てきた理由を「家出中に制服無くした」と答えた時はまた爆笑していた。
ちなみに夏休みの課題は当然の如く終わっていなかったため、先生から怒られた。
「この問題は〜○○の公式を◇◇して〜」
──分からん!!!!
俺は頭を抱えていた。授業に全くついていけないのである。数学とか化学とかなんも覚えてない。三角関数? あーうんうん30°60°90°だろ? サインコサインタンジェント。俺の知識終わり。グラフ……?? お前は何を言ってるんだ……??
まだ最低限現代文の授業はなんとかなるが、割とそれ以外が壊滅的だ。英語も覚えてない! 物理も当然分からん! 社会科系科目はそもそも苦手だったので忘れる知識が最初から入ってない!
俺は魔法を使っていた時も誰かが考えた魔法をなんかいい感じに感覚とパワーで使っていたタイプだったので、理論とか知識とか、そういうものが脳に格納できないようになっているのだと思う。別に理論なんて覚えてなくても生活できればいいのだ。金に困ったら適当に化け物の討伐依頼や素材の調達依頼を受ければ良かったし、最悪下水道の掃除でもすれば食い繋ぐことはできた。なんなら『あちら側』生活の後半の部分は自給自足の生活を送っていたので金銭をほとんど扱っていない。野営の仕方とか美味しい野草・獣の知識ならこの場にいる誰よりもあるぞ。『あちら側』にあるもの限定だけど。現代日本では必要ない? そうだね……
流石に脳みそが蛮族に染まり切りすぎているかもしれない。生活の前半は比較的文明人としての暮らしを送っていたとはいえ、つるんでいたのは城塞都市の荒くれ連中だったしな。俺もぶっちゃけ酒と肉をバカみたいに呑みながら「カーッ!! お上の連中はなんも分かってねぇぜ!!」とか路地裏の喧嘩を見ては「おーやってるやってる。笑」とか言ってた覚えがある。日本ならもしかして犯罪者に分類されてしまう人種だったのでは? 一応城塞都市にも学校みたいなものはあったらしいのだが、そこは貴族とか魔法の才能を認められた研究者なんかがいる場所だったので、立場も金も才能もない俺からすればまさに住む世界が違う場所だったのだ。
まあアレだ。これから慣れていけばいい。こっちは現代日本の極めて文明的な生活から『あちら側』の超蛮族的な生活に馴染んだ男だぞ。当然逆のことだってできる。多分。
ほら、なんとなく聞いてるから分からないだけで、ちゃんと聞いてみれば──
「関数がナンチャラ〜〜アルファとエックスがカンタラ〜〜」
分からん!!!!
「佐山さん。あれ何言ってるか分かる?」
「え? あ、うん……」
こういう時は誰かに聞くに限るぜ。
人がいるうちは誰かに聞けばだいたい解決する! 『あちら側』で学んだ秘訣だ。
隣の席の佐山さん(ぶっちゃけ全然覚えてないけど、制服に名札が付いてるので名前だけは分かる)は大人しそうだし、如何にも勉強が得意そうな感じだ。きっと俺を導いてくれる。
お礼はどうしよう。焼きそばパンでも買ってくればいいかな……?
「やあ家出少年。今日部活やるよ」
「それどんだけ広まってるんすか……?」
「有名だからね」
放課後。
なんとか一日乗り切ったぜと安堵していた俺の元に、先輩がやってきた。
確か彼女は──
しかし、ウチの部活は各々好きな日に来て、人がいたら活動するというかなり自由な形で、こうしてわざわざ連絡に来るのはあまりなかったはずだ。
「わざわざ連絡に来るの珍しいですね」
「まあ、夏休み明けくらいはね。あんまり活動しなさすぎると怒られるし」
「なるほど」
囲碁将棋部はその自由すぎるスタイルのせいで、実際には部活をしている日はほとんどないのだ。行ってみても「誰もいないし帰るか……」ってなりがちだから。
ただ、俺が知らなかっただけでこうしてちゃんと活動する時もあるらしい。この高校では初めての夏休みのはずだし、こういうこともあるのだろう。
実際に行ってみると。
「誰も集まってないじゃないですか!」
他の先輩どころか顧問すらいねえ!
「先生は忙しいってさ。
「えぇ……」
それでいいのか。この部活。
「まあまあ。ほら、お茶でもどうだい。二人しかいないし、今日は囲碁をやろう」
「まあ俺はいいですけど……」
この部活、名前こそ囲碁将棋部だが実際にはテーブルゲーム同好会だ。各々が好きなゲームを適当に持ち込んで適当に予定が合ったやつと遊ぶ。部室の棚にはよく分からない(いちいちルールを覚えていない)海外のテーブルゲームやカード、果ては明らかに部活に関係ない謎の置物まであった。
というか、なんか変な気配を放ってる
もしかしたら危ないかもしれないし、後で持ち帰った方がいいかもな。
「他のゲームの方がいいかな?」
「あ、いえ、なんでもないです。囲碁やりましょう」
それからはしばらく、ぱち、ぱちと盤上に石を置く音が響くだけの時間が流れていく。
やべえ。全然分かんねえ。ルールは単純だから覚えてるんだけど、囲碁って確か強い動きがあるらしいんだよな……。最初の頃、先輩と先生の試合を見て「こうやるんやろ?」ってやったら初心者の手じゃないだろ、って褒められた記憶がある。俺は全く理解してなかったけど。露草先輩と先生は一応囲碁も将棋も強いんだっけ。
「どうだい、学校生活は」
突然、先輩が口を開いた。
「どう、とは?」
「いやほら、一週間も家に帰ってなかったんだろう? 旅をして価値観が変わるなんてよく聞くことだし、学校生活に馴染めなくなってるのではないかな、とね。ただでさえ1年生で、この学校の夏休みとかも初めてだろうし」
おや。
これはもしかして。
部活は建前で、先輩なりに俺を気遣ってくれている、ということだろうか。
「あー、まあ。勉強が色々忘れすぎてて大変ですね。あとは課題をやってなかったので補習らしいです」
「いや、宿題はやりなよ……」
「仰る通りで」
俺、夏休みの宿題は最終日に終わらせるタイプなんだよな。当然夏休み終わり一週前に消息を絶った時点では一切手をつけていなかった。そしてほぼ夏休み明け当日に帰ってきたので真っさらな状態でやってきたわけだ。担任の先生からしたらナメくさってる生徒にしか見えないだろう。
いや、『あちら側』がどうとか以前に前からやっておけよという話なのだが。やっておけよ前の俺。
「そういえば、その目はオシャレかい? 案外似合ってるね」
「あ、分かります!? 宝石みたいで綺麗ですよね! さっすが先輩! 見る目が違うなあ!」
「あ、うん、そうだね……?」
どっかのアホと違って分かる人にはこの芸術的価値が分かるんだなあ!!
先輩最高!
賢い!
美しい!
流行の最先端を行ってる!
おや、なんだか引かれてる気がする。そんな変なことを言ったか……?
「私の勝ちかな」
ぱちり、と先輩が石を置く。囲碁はこの後石を並べ替えてお互いの点数みたいなものを数えるのだが、そんなことをしなくても俺の負けが分かりきったような盤面だった。
まあ、石結構取られてたし。
「ま、そろそろいい時間だし帰ろうか。可愛い後輩とのお喋りも楽しんだことだしね」
可愛い後輩……
そう表現されることはそれなりに複雑な思いを抱えられずにはいられないのだが、事実先輩から見た俺は年下だし、そうなのなもしれない。仮にもし、俺が年齢通りの歳の取り方をしていたらそうではなかったのだろうが。というかその場合は本当に学校に行けるかも怪しいかもしれないな……
こうして、美緒や永塚や先輩に余計な違和感を与えず、日常を守れているという点ではこの体質にも感謝してもいいのかもしれないな。
「あ、俺片付けやっておきますよ」
「そうかい? 悪いね。でも一応規則だから、戸締まりは私がやるよ。じゃあそこで待ってようかな」
そして後片付けをして、戸締りをして。
「うん。まあ。なにかあったら私に相談しに来なよ。多分3年生の教室かここにいるから」
「いいんですか? 3年生って忙しいんじゃ」
高校3年といえば、大学受験とかなんやらで勉強ばかりしてそうなイメージだ。
「私はそのあたり心配がないからね。他の人には迷惑になるかもしれないから話す場所とから考えるかもしれないけど、相談に来ること自体は気にしなくていいよ。何せ、先輩だからね」
その言葉に対して、俺は。
「……ありがとうございます」
ただ、礼を返すことしかできなかった。