異世界から故郷に帰ってきたはずが、パラレルワールドに来てしまったみたいなんだが。   作:水野 四十坂Q

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平穏:2

 なんだかんだ、帰ってきて一週間。俺はそれなりに上手いことやっていた。

 

 佐山(さやま)さんから勉強を教わったり、美緒(みお)永塚(ながつか)に絡まれたり、先生から怒られたり補習を受けたり。今は勉強が生活の中心といった感じだ。とりあえず早いとこ一般人学生レベルになりたい一心で頑張っている。

 

 『前の俺っぽさ』を出すためにゲームを起動してみた日もあったのだが、あまり身が入らず、すぐにやめてしまった。思えばゲームで扱われるようなファンタジー・冒険譚なんかは既に一生分摂取したので、「もうそんなの食べたくない!」と体が受け付けなくなっているのかもしれない。まあ家出の結果価値観が変わった、という体でゴリ押しで行こうと思う。

 

 ……平和だ。本当に平和。ほんのちょっと前の生活からはとてもではないが考えられない。30日前の俺にタイムスリップして会いに行って、「お前、一ヶ月後には実家に帰ってまた学校に通うようになって、家では惰眠を貪り母さんの料理を食べる生活を送ってるぜ」と伝えたら、ああこいつ、ストレスでついに頭が……という反応を返すだろう。だーれも死なないし、そもそも戦いが起きてない。平和すぎて逆に、たまに謎の焦燥感に襲われるくらいだ。なんだか体が鈍っていってしまわないか不安だが、鈍ってしまっていいのかもしれない。なんとなーく旅の感覚を引きずって、散歩をしたり走ったりしているが、それも健康維持のための運動、程度のものだ。

 

貝替(かいがえ)くん? どうかしました?」

「ん? ああごめん。ボーッとしてた」

 

 佐山さんは大変優しいことに、授業中俺にノートを見せたりしてくれるだけでなく、授業の合間の時間や昼休みの間にまで俺に付き合って勉強を教えてくれる。いや、本当に優しい。

 

 流石に俺としても申し訳ないので何かお礼をしようと提案したのだが、

 

「いえ、私が好きでやっていることですから。それに人に教えるのって案外楽しいですし、復習にもなるので私も得してるんですよ」

 

 なんて言われて断られてしまった。聖人か?

 力仕事が必要な時とか、何かあったら積極的に力になりたいと思う。

 

「──で、ここは現在完了形なので……」

「ああ、なるほど」

 

 俺は他の人にも教わっているが、佐山さんはその中でも教え方が上手というか、丁寧だ。物事を順序立てて教えてくれるので、こっちとしてもついて行きやすい。

 

「onとoverって何が違うんだっけ」

「onはくっついているイメージで、overはその上に浮いてるイメージですね。こっちがonでこっちがoverです」

 

 言って、筆箱を乗せた教科書と教科書の上にペンを持ち上げてみせてくれる。

 

「じゃあこのon wallっていうのは?」

「これは壁に掛けられてる、という意味ですね。これは『上』って言葉に縛られてると分かりにくいんですけど、onはその表面にくっついてるとか、そこを支持点とか、土台にしている、みたいなニュアンスなので」

「う〜〜む。分かったような、分からないような」

「日本語には無い使い方ですからね。でも、こういうのは定型文みたいなところがあるので、もうそういうものと割り切って覚えちゃってもいいと思いますよ」

「なるほどね」

 

 『あちら側』にも緊張で固まった相手に「石化した?」って言ったり、明らかに日本語では使わない慣用句あったからな。そういうものということか。

 

「ありがとう」

「いえいえ。こんなのでよければいつでも教えますよ」

 

 ちなみに佐山さんは前期末テストは全て8割以上得点していたので、どの教科でも俺に教えられるとのこと。天才なのかもしれない。

 

 そういえば、部室にあった怪しい気配を放つこけしだが。

 

 一昨日回収に行ったところ、何故だが例の気配は消えており、どっからどう見てもただの木彫りの置物と化していた。

 流石に気になったためじっくり凝視すらしてみたのだが、やっぱり特に異常は見つからなかった。多分その時の俺は一人部室でこけしと睨めっこする変人に見えていたに違いない。

 

 気のせい? 割と珍しいことだが、まあ、そういうこともあるだろう。というか日本にやってきたのに魔法の気配に気を張ってた俺の方がおかしかっただけかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 下校している時のことだった。

 俺はその時永塚と喋りながら歩いていて、変な音が聞こえたものだから永塚(野次馬根性全開のカス)が「面白いものがありそうな気がする!」と言って走り出してしまった。

 

 おーい待てよーと追ってみると、なんだか嫌な予感がする。

 いやこれは予感ではない。

 魔法の気配(・・・・・)だ。

 永塚が入って行った路地裏から、例のこけしよりずっと強い魔法の気配がする。勘違いとかでは済まされないくらいの。

 そして鳴り響く、さっきも聞こえた変な音。

 近くに寄ったからさっきよりもずっと鮮明に聞こえるので、断言できるが、これは、人が殴られる音だ。

 

「おい永塚……!?」

 

 急いで現場に入ってみれば。

 そこには赤とボロ布で装飾されたピンクの肉塊と、あと腰を抜かした様子の永塚。

 そしてさらに、やたらとガタイが良くて肌の赤い大男が、これまたやたらとデカい棍棒を右手に持って、今まさに永塚に振り下ろさんとしている様子であった。

 

「危ねえッ!!」

 

 咄嗟に永塚を蹴飛ばして、代わりに棍棒を左腕で受ける。

 

 明らかに正面から受けてはいけない重さを感じたので斜めに逸らすよう力を加えたはずだったのだが、そんなこと知らんと言わんばかりに棍棒は俺の左腕を粉砕した。

 

 だが片腕を犠牲にした甲斐はあったようで、棍棒は僅かに本来の軌道からズレ、俺のすぐ横に叩きつけられる。

 瓦礫が飛び散って肌を切る感触と、隣ででひゅっと息を飲み込む音がした。

 

「貝替、腕が」

 

 と、永塚が何かを喋ろうとしているのを無視して大男──鬼の顔面に右拳を叩き込む。重たいものを振り下ろした直後で隙があり、かつ姿勢も低くなっていたので、面白いぐらいにクリーンヒットした。目を突くために指の関節を突き出しておいたのでダメージもそれなりにあるだろう。多分。

 

 鬼が顔を覆って怯んでいるうちに叫ぶ。

 

「早く逃げろッ!!」

「いや、お前、左手」

「だああああそんなこと言ってる場合じゃねえだろッ!! 早くこっから出て助け呼んでこい! 俺が時間稼ぐ!」

「ひ、う、うわああああああ!!!」

 

 頑張って凄んでみた甲斐があったか、永塚は若干情けない感じだが走って逃げてくれたみたいだった。

 よし、これで状況はかなり好転した。

 

 鬼も俺らがやり取りをしている間にダメージから立ち直ったらしく、俺を憤怒の形相で見ている。棍棒もがっしりと握り直し、次こそは俺を潰してやろうと意気込んでいるのだろう。

 

 ていうか、日本って化け物いるんだな。平和とか言ってたけど普通に危ねえじゃねえか。なんか先客はミンチにされてるみたいだし。

 

 まあ俺だけなら大丈夫だ。この程度なら修羅場とも呼ばないね。魔法も剣も無いと殺すのに時間がかかりそうだが、俺も腕潰されてメチャクチャ痛かったしその分こっちもなぶり殺してやろう。覚悟しろよ。

 

 一撃で潰すのをやめ、まずは確実に弱らせることを狙ったのか、牽制じみたジャブが飛んでくる。

 

 でも体がデカいせいで大振りだ。こんなの目を瞑(・・・)ってい(・・・)ても避(・・・)けられ(・・・)るね(・・)

 

おせ()──ごばッ!?!?」

 

 余裕を持って避けられるーーはずだったが、ガクンと足が止まったせいで拳をモロに喰らった。

 

 混乱しながらも回転する視界の中で、俺の脚にしがみつく茶色くて痩せ細った、小鬼のような存在を見つけた。

 

 

 

 ──さっきまでいなかっただろ!?

 

 

 

 日本に帰ってきて初めての、本気の驚愕。視界でも音でも気配でも、この小鬼は絶対にいなかった。ワープ攻撃とか病魔や邪竜ですらやってこなかったぞ。日本ってもしかして魔境?

 

 まずい。鬼が棍棒を振りかぶっているのを感じる。左腕半壊どころか全身全損コースである。だが避けようにも避けられない。しゃがむには重心が上に伸びすぎた。避けるには小鬼が邪魔。弾くとかは無理。

 

 実はこれくらいならまだ全然なんとかなったりする。魔法を使えば。ここを乗り越えて鬼をボコボコにするルートがマジでまだ1万通りくらいある。ごめん盛った。

 

 ただ、魔法は副作用がね。いくらなんでもこんな人里で使うのは憚られる(・・・・・・・・・・・・・・)。なので却下だ。

 

 大人しく喰らうか。なあにどうとでもなる! あとムカつくからついでにカウンター狙ってやる。鳩尾に一発入れてやるわ。唸れ俺の空いてる方の脚。

 

 脳内麻薬でも出ているのか、随分ゆっくりと流れる時間の中、やることを決めて。

 

 突然。

 

 ずばん!!!

 

 という豪快な音が響いて。

 

 俺の脚が空振りして。

 

 予定されていたはずの衝撃はやってこず。

 

 バランスを失った俺の体がべしゃ、と無様に転んだ。

 

「お兄ちゃん大丈夫!?」

 

 顔を上げてみれば、そこには制服を着て、刀を持った美緒の姿。

 

 コスプレ?

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