異世界から故郷に帰ってきたはずが、パラレルワールドに来てしまったみたいなんだが。 作:水野 四十坂Q
いやあ、なんというか。
いよいよ、ここが俺がかつて知っていた『日本』ではない可能性が出てきたなあと、しみじみ。
今、俺は怪しい施設の病室にいる。
清潔なベッドに真っ白な床と壁。これだけならまだ普通だが、そこかしこから魔法の気配がする。雰囲気から察するに結界術とか防護術の類だろうか。壁にも何やらお札が貼られているし、急にファンタジーというか、オカルティックな世界に連れ込まれてしまった気分だ。
鬼と交戦して、妹に助けられた後。
「お兄ちゃん怪我人なんだから安静にしてて!」と有無を言わさぬ剣幕の妹に左腕を固定され、どこからかやってきた人たちに担架に乗せられ、あれよあれよという間にこのオカルト病室に連れてこられてしまったわけだ。
運ばれてる間などに妹に聞いた話によれば、妹は「陰陽師」と呼ぶ、魔法的なサムシングを取り扱う組織の一員であるらしく、鬼の討伐・撃退も仕事のうちだったらしい。持っている日本刀もそのための装備で、実は常日頃から隠し持っているとのこと。妖刀なのか何なのか、当然のようにその刀からも魔法の気配がしていた。
いやあ。
いやあ。
ファンタジーも戦いもなくて平和な故郷、どこ……?
「やあ。派手にやったらしいね」
「……関係者だったんですね」
病室に入ってきたのは我らが囲碁将棋部部長の
「そんな感じさ。最も私は君たち
そう言って、救急箱を指す。
なるほど、治癒魔法使いね。
向こうにも怪我人を癒してくれる魔法使いがいたのでだいたい察しがつく。
……あっち、治癒魔法を教会連中が独占してたせいで怪我を治してもらうには結構な金を払わないといけなかったんだよな。ガチで体を『再生』させてくれるので、定期的に大怪我をしてる俺らみたいな人種は文句を言いつつも頼らざるを得なかったのだが。
特に治療費とかの話が出てこないが、こっちでは無償で治してくれるのだろうか?
「ほら、見せなさい。……おや?」
まあ、俺はもうそういうのは必要ないのだが。
「あー、まあ。なんか黙ってて申し訳ないんですけど、こういう体質なんです」
「驚いた。
そう。
俺は、ちょっとやそっとの怪我は勝手に治ってしまうのだ。
それなりに再生速度も速いので、ぶっちゃけると美緒が俺を助けてくれた辺りで腕が動くくらいには回復していた。美緒があんまりにも慌てていたため、言い出すタイミングが無くこうして病室まで連れて来られてしまったのだが。
「再生能力かな? 一週間異界漬けだった影響かい?」
「そんな感じです。なんで、もう元気ですよ」
「なるほどねえ……一般人の君が生きて帰ってこれた理由はそれか」
適当に笑って誤魔化しておく。
というか、俺が『あちら側』に行ってたのはバレてたのか。俺が一回往復したように、意外と行き来は出来るのだろうか? その割には向こうでは日本人を一切見なかったし、時間がズレてるのもよく分からない。
「うーん、本当に何もないね」
「なら、外とか出てもいいですか? 割と暇なんですけど」
「いや、やめておいた方がいいんじゃないかな。
「なるほど」
ならやめておくか。知らない建物の中だし、多分部外者が入っちゃいけない場所とかもあるんだろう。
「それにしてもさ、君、もうちょっと気配とか雰囲気とか隠した方がいいよ。異物感がダダ漏れだ」
「え」
「無自覚かあ」
俺、気配どうこうとか自然に漏れ出る魔力の制御とかは人と比べても得意な自信あったんですけど。
警戒してなかったからその辺りは緩かったとはいえ、ダダ漏れなんて言われるほど出してないはず。
「え? 常にこうしろってことですか?」
布団を被って息を潜め、気配を殺してみる。
「気配は消えたね。ただそういうことじゃなくて、なんていうのかな。普段出してる雰囲気に怪異っぽさが混じりすぎなんだよ。一般人らしさが全然無いから、見る人が見れば一発で怪異関係者だってバレるよ」
「割合ってことすか……?」
「人らしさ」と「怪異らしさ」が混ざってて、俺の場合は「怪異らしさ」が強すぎるのでそれを抑えなさい、と。
無理では?
要するにミルクティーからミルクをちょっと抜いたものを出せってことでしょ?
そもそも怪異っぽさってなんだよ、というところから疑問なのだが、それに関しては元の日本暮らし日本生まれの頃の俺との差異を考えればいい。昔の俺になくて今の俺にあるもの……う〜〜〜ん色々多すぎる。筋肉とか魔力とかね。
それに、俺が魔法に触れていない「純粋な日本人」だった時なんて相当前の話だ。先ほどのミルクティーの例でいえば撹拌しきって完全に混ざってしまっているのである。
「ぜ、善処します……」
「無理そうな返事だねえ。──ま。私としては後輩が元気だったらなんでもいいさ。ほら、妹君が来たよ」
「あ、お、お兄、ちゃん」
「美緒」
見れば、部屋の入り口に美緒が立っていた。その様子からは普段の快活さは感じられず、おどおどと、しおらしくなっている。
「ごめんなさい!」
急に謝られた。
美緒って俺になんか悪いことしたっけ。
むしろ助けられた覚えしかないが。
「その……実は……」
疑問を抱えた俺を前に、美緒は語り出した。
俺を疑っていたということ。
俺や永塚が鬼に襲われていたのを見ていたこと。
助けようと思えばいつでも助けられて、その上でギリギリまで見ていたこと。
……なるほど。
正直なところ、さもありなん、といった感想である。
そもそも、間違っているも何も、美緒の「俺は本当の兄ではなく、似た何者かである」という推測は完全に当たっているのだ。俺は美緒という妹などいた記憶はなく、今はその兄としてのフリをしているに過ぎない。俺が
「美緒。むしろ、謝らないとはいけないのは俺の方なんだ。俺は隠してることがあって、だから、美緒が俺を疑うのは真っ当な行動なんだ。怪我もほら、俺はそういうのすぐ治る体質になったから気にしなくていい。……まあでも、永塚とかは巻き込まれただけだから、今度は助けてやって欲しいかな」
完治している左腕をひらひらと見せる。
少なくとも俺に対して、美緒が気に病む要素は何もないのだ。
……如何にも「どっちもどっち」とか「お互い様」みたいな言い草であるが、美緒が明かしてきたのに対して、あくまで「隠し事がある」とまでしか言わない俺はかなりの卑怯者であると思う。
要するに、わずか一週間程度体験したものでしかないが、今の関係を続けたいと思ってしまっているのだ。それくらい、現状は俺にとって精神的安寧をもたらしてくれるものであった。
その理由が大変気色の悪いものであることも、明かしたくはないが。
「……でも、私がもっと早く出てなかったら」
「まあまあまあまあ。そんなところにしないか。お互いに思うことがあって、今まではちょっと良くないことを続けてしまっていたけど、お互い謝った、今後は仲良くしよう。そういう話だろ? それより、他にも何か話があったんじゃないのかな?」
平行線の譲り合いが発生しようとしていた空気を察したからか、露草先輩が仲裁に入ってくれる。
「あ、はい。……えっと、その、すごく言いにくいんだけど……
お兄ちゃん、陰陽師にならない?」
「お、永塚。無事だったか」
「は、え、貝替!? お前怪我は!?!?」
「……あー」
やべえ。何も考えないで声かけちゃった。
あの後、美緒からの勧誘にはとりあえず肯定的な返事を返しておいた。陰陽師については詳しく知らないが、戦ったり怪異絡みの治安維持が主な仕事らしかったので、それなら俺もそこそこ力になれるんじゃないかと思ったからだ。とりあえずこう、化け物をボコボコにする方面の仕事なら元プロというか、もはや
まあ詳細は後日ということであの怪しげな施設からは解放され、こうして帰路に着いている最中に友人を見かけたため、声をかけたのだが。
いや待てよ? この近くにいるということは永塚も保護をされていたクチではないだろうか。少なくともここはまだ結界の内部だ。何の用事もなくこんな怪しい場所に入っているわけがないだろう。永塚も鬼に遭遇しているので、多分それ関連で事情聴取とか、そんな感じのことをされていたんじゃないだろうか。知らんけど。
「永塚ってどこまで聞いた?」
「どこまでって、オンミョウジのこと? 詳しいことはなんにも」
「あ、いや、そこまで聞いてるんだったらいいんだ。そこの人に治してもらって。ほら」
「お〜。傷一つねえな。すげえ」
陰陽師周りのことを喋ってもよいという確証が得られたため、そのまま一緒に駄弁りながら帰る。
「いや〜、マジであの時は死ぬかと思ったわ。なんなん? あの赤鬼ヤバすぎねえ?」
「俺らが入ってきた時にはもう一人殺されてたっぽいしな。永塚も割と一歩遅かったら死んでたかもしれないし」
「それ言ったら俺より貝替の方が危なかったじゃん! 俺、逃げた後めちゃくちゃ後悔してたんだからな」
「いや俺実は喧嘩結構得意だから生きられる自信あったんだよ。実際無事だったろ」
「初耳なんだけど。貝替って
「そういえばさ、貝替って陰陽師になるかどうかの話って来た?」
「あ〜、されたされた。永塚はなんの?」
「当たり前よ! これこそ非日常そのものでしょ! 追わない理由なんてないね!」
「まあお前ならそうだよな……」
「なんか冷めてね? 貝替はやんねーの?」
「いややるって言ったけどさ」
「やるんじゃん! 厨二病仲間〜」
「厨二病ではねぇよ」
駄弁りながら帰っている間に、交差点に着く。俺と永塚の家は学校から見ると同じ方向だが、この辺りからは方向が別れるのだ。
「……ま、今日は色々ありすぎて疲れたわ! じゃあな貝替、また明日!」
「そうだな。また明日」
とりあえず、今日は帰って寝よう。